| 随想 6 |
| さて、本格的に動き始めた ”Blues Mobile” というバンドに、血道を上げる毎日を送り始めた。私だが ここで、ちょっとだけM家のことについて書いておかねばならない。今回から、”M家の思い出” という タイトルではなくなったが、これはMが事情があって実家に帰ってしまい、M家そのものが消えてしまった からである。・・・・・いや、正確には消えていない。Mが再び我々の元に返ってくることを信じてSと私は もう一人のM家メンバーなどと、今でも時々飲んだりしている。 話を元に戻そう、BMというバンドのことである。このバンドは基本的にVoの長楽の曲を演奏する バンドであった。メンバーは Vo 長楽 公平 Gt 桂野 岳彦 Ba 内田 千秋 Dr 井上 崇 という、なんか期待感溢れるメンツであった。じっさいライブでは意外な動員力があった。ジャンルは 到底既定不可能な、”ちょうさん”、Musicであった。(聴きたい人は、ライブの音源が残っているので、 私のところに連絡を。このHPに期間限定で載せても良い。) しかし、いかんせんメンツが個性的過ぎ(特にVoが)、しかもBaの内田は個人的に良い時期では なかったらしく、まとめ役(バンマスってやつ?)の私は彼女とわかれたばっかだと言うのに実に大変 であった。曲は既に打ち込みで完全に出来上がっていたと言うのに、デモテープが上がるのに2ヶ月 もかかってしまったほどである。 それでも、とにかく曲はもう素晴らしく良かった。そのおかげで、我々四人のモチベーションも最高と 言って良かった。しかし、最高の演奏を求めて苦悩するだけにスタジオ内はまるで、難産の妊婦を抱えて いるかのようにもどかしいものだった。ノドまで出かかっているその音楽が演奏できない苦しみは想像 を絶するものだった。わたしも、必死に練習した。より高いギターによる表現力を求め、ピッキングの 強弱、それを可能にするセンシティブなアンプのセッティングを模索したりした。曲自体も家で繰り返し 演奏した。内田もフレーズをさまざまに変えて試行錯誤しているようだった。 ここに、ある日のBMのスタジオ風景を描写してみよう。こんなことがあったな、ということのつなぎ 合わせである。 日曜日だった。その日はスタジオがあるので早くから家を出てサークルのスタジオのある学生会館 に向かった。しかしそれでも遅刻気味で、ベースの内田に遅刻の旨、電話を入れた。重い機材を抱えて スタジオに入ってみると、内田が仏頂面でベースを弾いていた。 「 いや、申し訳ない。ところでほかのやつらは? 」 と、たずねたわたしに黙って内田は首を横に振ることで応えた。 「 やれやれ 」 そういって、我々はとりあえずコンビニに昼食を買いに言った。そこでやっと長楽に会うことが出来た。 しばらくして井上もやってきて、今日も楽しいスタジオの始まりである。 いつ始まるともなく始まる我々のスタジオだが、気がつくとその日は長楽がいつまでも作ってこない 歌のメロディーをスタジオ内で作り始めた。その時点で、私は非常に不愉快になっていた。幾らでも 時間はあったはずの癖に、なぜよりによって・・・・・・である。内田も心なしか不愉快そうにしたと思ったら うつらうつらしはじめた。内田のこの癖には慣れてきていた私は、とりあえず長楽に雷を落とした。 「 ここで、歌メロを作り始めるとは何事やねん、何回言ったら作って来るんやとおもっとったら! 」 これに長楽は沈黙で応える。 「 ・・・・・・・・ 」 困っているのは井上である。内田は寝てしまっているし。 とりあえず、 「 ヒーコープクイチ(缶コーヒーとタバコで一服すること)でもして話すか 」 と私はその場をかっちゃん流でまとめて、その後のスタジオを円滑に回すことに方向転換した。 しかし、不思議と音楽性の対立と言うのはなかった。 そしてなんだかんだいってライブの日はやってくる。残念なことにこのバンドは3回しかライブを 出来なかったが、はじめは2/7の追いコンであった。この日は曲が間に合わず、クラプトンの ”CHANGE THE WORLD”をカヴァーした。後はオリジナルである。 なんとかこれも好評に終わったが、我々はステージパフォーマンスと、曲の持つ説得力に不満を残し、 つぎの2/17、馬場のAREAでライブを行った。 少し話しを脱線させるが、この頃の我々の経済状況は言語を絶する凄まじいものであった。私も長ノ字 も、電車賃すらなく、奴などはキセルに失敗してスタジオに来れなかったことさえある。私も、ミュージシャン の命とさえ言えるCDを切り売りして露命をつないだものだった。井上も言うに及ばずである。本当に良く 生き抜いたものだと今でも感心する。 さて、初めてのBMのサークルに頼らぬ自力でのライブノ日がついに来たわけだが、このAREAという ライブハウスがまたちょっとクセモノだった。なんと今は下火となったビジュアル系の巣窟だったのである。 まぁその日はあまりそれっぽい奴らは来ていなかったが、それなりにそれっぽい奴らがタイバンだった。 それでも、我々のライブのときは 「 ロッククライミング 」 の友人達がたくさん訪れてくれて、我々 がいかに期待されているのか思い知らされ、うれしいやら緊張するやらと言った状況であった。 そしてついに本番、SEが終わると、まず井上のドラムからスタートである。そこに内田のベースが かぶさり、間を置いて私のギターがジェフ・ベックの 「 Mama Sad 」 のリフをがっつりひずんだ音で 重ねた。悪くない出だしのように感じられた。おもわずギターを弾きながら咆哮してしまった。その後 そのままのコードでギターソロ、そしてリフのユニゾン、ライブの出だしはこれで終わりだ。あとはパワー コードをのばしつつVoの長さんの登場である。ここからまた井上が一小節だけドラムをたたいて 一曲目のリフが始まる。 そんな感じでライブは幕を開けた。しかしやはり初ライブであるだけに緊張は免れなかった。ギターの フレーズも難しいものばかり作ってしまったので動きまわりながら緊張をほぐすことも出来ない。 厳しいライブだった。相変わらず曲は四曲しかなかったので、クラプトンのカヴァーもやった。これは わたしもコーラスを取っていた。このコーラスの結構厄介なこと!! そして私のお気に入りの一曲。最後の曲となった。これは長さんのアルペジオから始まる曲なのだが、 なんとこれをミスりやがったのである。しかしまぁそこはそれ、そう言う顔をしなければもう一回弾き始めて もとくにカッコ悪いわけではないのは先刻承知のようであった。(まぁ問題なかったのだけどね。) この曲は、そのアルペジオの後、私のギターソロで、テーマのようなメロディを弾く、長さん的な哀愁を 帯びた素晴らしい一曲である。ギターソロそのものも、泣きまくりで今でもお気に入りである。まぁ長さん 今でもお気に入りかどうかは疑問なのだが・・・・・・。 そんなわけでその日のライブは終わった。やはり曲のダイナミズムの問題と、ライブパフォーマンスには 最後まで不満は残ったのだが。 (随想7へ続く) |