| 随想 7 |
| どうもブルースモービルのことを書くとイマイチ面白くないものになりがちなので悩ましいのだが、ここで 切るのもアレなので続けることにする。なんせひたすらバンドやってただけなんで、そうたいしたエピソード もないんである。筆者としてはそれを見つけるにちょっと一服必要な感じである。 さて、いままで持ち曲が四曲ししかなかったBMなのだが、やっと3月の目黒ライブステーションのライブを 前に、長さんの宅録によるデモテープがあがった。聴いてみると、歌メロが今までとは革新的にちがう、 ポップな曲であった。しかし、バックは完全にロックで、私など、クリーントーンを一切必要としない ほどで、しかもギターとベースはバッキングなのにユニゾンで弾きまくり。、というごっつい曲であった。 これをはじめにやっていればもっといいバンドになったんではないかと今にして思う。 いずれにせよ、突貫工事にならざるをえなかった。家でコピーして、いざライブ前最後のスタジオに 入った。すると、私のコピーしたフレーズがまったく違っていることが発覚、内田も然りであった。 長さんの指導の元、やっとこさフレーズを覚え、なんとか形にはなったのだがライブの出来は結果から いって 「 ? 」 な出来だった。出来れば今でもリベンジしたい気持ちである。まあそれを言ってしまえば 全部そうなんだが・・・・。そう、その時の練習のせいで、あれだけ分厚いタコがあった私の薬指の先が 腫れたのを良く覚えている。信じられんことだった。内田もすっかり 「 テンパって 」 いた。 ここで、ライブステーションのライブの時の話に入る前に、ちょっとブルースモービルの音楽性の話を してみたい。丁度去年(2001年)の春頃、長さんと私はオリジナルバンドを組むことを目標にその音楽に ついて飲みながら際限なく語り合っていた。元々は、ブルースをルーツにもつハードロックバンドという コンセンサスだった。まぁこれだけではイマイチ狭すぎるんで、他の音楽の要素もふんだんに取り入れる ということになっていた。当初書き溜めていたネタには、ラテンのモノもあったし、3連のブルースロックも あった。さらには、ザックワイルドをイメージしたと言うヘヴィなリフの曲もあった。これはAメロがジャズの 4ビートという、実に変わった曲でなんと春合宿でも一回演奏している。しかしその後もどんどん長楽は 音楽性を変化させていった。それに私はついて行けなかったとは思わないのだが、長さんがなにか殻に 閉じこもるような雰囲気を漂わせ始めたのを覚えている。結局そこに私がうまく踏み込めなかったの だろうか・・・・・。多分今となっては奴にも私にも良く分からないであろうと勝手に思っている。 ところで例の春合宿だが、そのころ井上がすっかり音楽性に 「 ? 」 な状態で、一時佐藤にオファー をかけたほどだったがなんとか井上を説得して続けることになった。まるで未来を暗示するエピソードだ。 なにせ同じ理由で先の3月にこいつは一抜けしているのである。 さて、いよいよ楽しみにしていた目黒のライブステーションでのライブである。なんかハコとしてとても 期待していたんであるが、実際PAなども最高であったし、対バンも良いバンドがっていうかプロのバンド が半分であった。 彼らの貫禄に 「 おおおお?? 」 という具合になっていたものだ。 ライブに関しては、前と内容がほとんど変わらないのでもうここでは書かない。客が増えたというのが 前回ともっとも大きく違うということである。内田が良くがんばったということと、有名所のハコでやったこと が大きかったのではないかと思う次第である。なんとノルマ30人で、28人来ていただけた。 面白かったのは飲み会である。近所の白木屋に言ってみると、例のプロでやっていらっしゃるバンドの 方々など対バンのメンツがほとんどそろっていた。まさに知らない人と音楽を肴に飲んだくれる空間が 出来あがっており、おまけに最後にはライブハウスのスタッフの方々までやってきてすっかり大宴会の 様相を呈してきていた。 なかでも、ステーションのボスがやってきていたのは面白かった。そのボスとは井上がずっと話しこんで いた。私は最初出演バンドのギタリストが集まっているところが出来ていたのでそこにいたのだが、 変なオヤジにとっつかまって最後は悲惨なことになっていた。同じオーディションライブをしにきていた 出順しょっぱなのバンドのドラマーさんである。こいつがヘタクソな上に酒が入ると話しやまないタイプ らしく、往生したものだ。しかし、このときはギタリストが良い人ぞろいだったので非常に楽しかった。 まぁ一番良かったのは、年が妙に若くなかった所である。おっさんが多かったので、酒が飲みやすかっ たものだ。 (なんかつまらないのでこのシリーズは終わり)) |