| 随想 8 |
| さて、今題名を考えず何を書こうか考えているところである。む、良く考えると、浪人してた時のことは 書いていないじゃないか。ではその時の事を書いてみよう。まぁ色気もないし大して面白くもないので 音楽のことを軸に書いてみよう。 まず、一年目の事を書いてみよう(今のは笑うところだ)。当時私はトラディッショナルなヘヴィメタル にすっかり 「 お熱 」 であった。挙句の果てにサバスやメイデンやプリーストにはまっていった。 はじめはスキッド・ロウ、ボン・ジョヴィ、エアロスミス、メタリカ、などと基本的な所を押さえていたの だが、だんだんソヤツラがなにをトリビュートしているのか調べているとそこに行き当たったのである。 その頃聴いたCDあるいは曲について少し書いてみよう。まずはサバスであるが、これは友人に ベスト盤を借りて聴いた。私はCDは買っていない。 「 サバス・ブラッディ・サバス 」 を気に入っていて 結構聴いた覚えがある。あれはずばり、トニー・アイオミのバンドであると私は考える。オジーの存在感 は不思議とないと寂しさを覚えさせるのであるが、しかしやっぱりオジーはもっとうまく歌って欲しい・・。 次に、メイデンであるが、彼らは結構良い曲を作るんであるがスティーブ・ハリスの作る曲がいつも 「 ダサカッコイイ 」。良くも悪くもやはり彼らの特徴であろうか。ファーストアルバムなんぞは 聴けたもんではない。しかしブルース・ディッキンソン(Vo)が入ったあたりから良い曲が増えてくる。 この間コピーした 「 The Evil That Men Do 」 なんかは彼らの 「 良い 」 曲の典型と私は おもう。あとは、「 Fear Of The Dark 」 にはいっている、「 Judas My Guide 」 なども好きだ。 さて、ここでメタル・ゴッド 「 Judas Priest 」 についてであるが、ここでおおまかに語っておくべき ことがある。彼らの活動には5つの時期があったと考えられる。まずはファーストアルバム、「 Rokka Rolla 」 を出した頃を第1期としてみたい。このアルバムはロックン・ロールと、コカコーラをまぜこぜに した造語によるアルバムタイトルからも分かるように商業的な意味あいが強く、彼らはメジャーで デビューしたにもかかわらず、工場で働いたりして苦しい生活を送っていたらしい。 さて、ここからしばらくして移籍し、第二期が始まる。私は個人的にこの頃、世界的に見てもいままで 存在があやふやだったヘヴィ・メタルという音楽がこのバンドによって作られたのではないかと考える。 「 Hell Bent For Lether 」 などのアルバムを出したこの頃、ツェッペリンの前座などをやりつつ ブレイクの時を伺っていたに違いない。 そして、「 スクリーミング・フォー・ヴェンジェンス 」 というアルバムを出して、ついにメタル・ゴッドの 不動の呼称を手に入れることになったのだと思う。私もこのアルバムを聴きながらよく大阪の 「 ミナミ 」 の街をぶらぶらしていた記憶がある。この頃を第3期としたい。この第3期には 「ディフェンダーズ・オブ ・ザ・フェイス 」 というこれまた名盤を出している。個人的に言えば、このアルバムの方が前者より好き である。その後、「 ターボ 」、「 ラム・イット・ダウン 」と二枚のアルバムを出してこの第3期は終わりを 告げる。 第四期はへヴィメタルの黄金時代とオーヴァーラップする。他のエクストリームなへヴィバンドに影響を 還元された彼らは 「 PAINKILLER 」 というモンスターアルバムを完成させる。第四期はこれに伴う ツアーと、他のへヴィバンドとの交流などで終わりを告げていると考えられる。要するにこの一枚で第四期 は終わりである。しかしそれだけの価値のある一枚だ。 そのあと、8年ほどしてやっと第五期が始まったのだと私は思う。ペインキラーを出した後脱退した ロブ・ハルフォード(Vo)に替わり、オーゥェン”The Ripper”というヴォーカルが加入する。プリースト が復活したのは20世紀末で良い事の一つだったが、私はそれ以来プリーストは買っていない。 こう書いてみると、私が浪人時代濃いメタルばかり聴いてきたように見えるが、ちゃんとバランス良く ヴァン・ヘイレンなんかも聴いていたので、誤解なきように願いたい。しかしいずれにせよ結構昔大御所 といわれたバンドが好きだったりするのも事実ではあるが。 秋になるとよくスコーピオンズを聴いていた気がする。これはコピーをやったことがないのでそのうち やってみたいのであるが、なにせクラウス・マイネ(Vo)の声域が広すぎてコピーしようなどと今の今まで 思いつきもしなかったのである。82年だか83年だかに発表された 「 BLACK OUT 」 という アルバムがもっとも有名だと思われる。素晴らしいバラード曲が2曲ほど入っており、バカハードロックの 曲も幾つか入っている。「 Love At First Sting 」 も良いアルバムである。全体に哀愁が漂っていて 私好みである。そしてやはり、「 CRAZY WORLD 」 は是非これを読む諸兄には聴いていただき たい。 そんな風にもうただ新しいロックのアルバムを発見して聴くことだけが楽しみな生活だったわけだが、 この頃は本当に何を聴いてもひどく感銘を受けていたものだ。どれもこれもが新鮮で、素晴らしい感動を 与えてくれた。最近はすれてきたのか耳が肥えたのかはわからないが、こういうことは少ない。 最近で一番感動したのはジャーニーの 「 アライヴァル 」 くらいなもんである。 また話が逸れそうになったので元に戻そう。そんな具合に浪人していたわけだが、昼飯のことをちょっと 話してみたい。予備校は大阪の河合塾だったのだが、この近所に知る人ぞ知る素晴らしい店があり、 そこでは500円場合によっては450円で巨大なカツ丼が食えた。しかも、味噌汁とアイスコーヒーが 付いていた。まさにいうこと無しな店で、よく通ったものだった。 そしてまた授業にモグるのが私の好きな行動の一つであった。まず自分がもらった時間割を無視して 自分の好きな先生の授業で固めた時間割をつくり直すのである。そのために時間と曜日と部屋と先生を 表にしたものまで出まわっていたものだ。挙句の果てに次の年には授業料を払わずに浪人しに来ている 地方出身者にも出会ったほどだ。 (続く) |