音楽随想 1 (音楽との出会いについて)
  私の最初の音楽との出会いは実に稚拙なものであった。今の私を知るものが聴いたら驚くかも

しれないが、最初はパソコンゲームのBGMであった。今も良く覚えているが、”Ys(イースと読む)”

というゲームのBGMだった。これが実は良く出来たBGMで、今聴いても泪ホロリな音楽かもしれない。

特に、エンディングのBGM等は特筆に価する名曲であった。

 最後に出てくるまぁいわゆる ”ラスボス” ってやつをかっちょええBGMを聴きつつ、

”くっ、あっ、これはいたいっ、うおおお!”

とかいいつつ激戦の末に倒してこれを聴くと、実に放心状態で聞き入ってしまったものである。

 これがきっかけでCDラジカセを購入し、

いろんな音楽をきいた。その頃好きだった女の子(この頃13歳であったが、高校生になってもこの子が

好きだった)に、”風の谷のナウシカ”のサントラなんかも借りて聞いた覚えがある。いまも実家にある

だろう。

  しかしまぁさすがにそれだけってわけではなく、その頃はやっていた”TMネットワーク”や、いまも

大好きなBzのCDなんかも良く聴いた覚えがある。ここから高校1年生くらいまで私の音楽生活は

ほとんど変わりなく続いたのだが、ここで少々話が変わってくる。

  高校は一応県立では一番成績の良い人間の集まる高校に入った。そんで、まぁここまで読んだ人間

ならもう分かると思うが、結構こう見えてオタッキ−だったので、パソコンの部活に入った。この関係で

”天文部”なる部活にも入っていた。しかし、パソコンの部活の方はかなりヤバイおたくもいた。

かく言う私も、誰一人右に出るもののないガンダムおたくで、小説すらほとんど読破しているツワモノ

であるが、しかしソヤツラは ”セーラームーン” なるアニメーションを見る本気でヤバイ奴らだった。

しかしパソコンの部活(物理研究部という名であった)の部室はなんと一年生の頃の教室の隣であった

ので、結局部長を務めるまでに居付いてしまったが。

  まぁそんなわけで、結構天文部に出入りすることも多くなっていった。それ関係の部活で、経済史研究

会などというこれまたおかしな部活の部屋にも出入りした。ここは部員が全て天文部という形だけの

部活で、天文部第二部室といった感じであった。

  ここは美術の部屋から近く、友達と良く、写生の時間にここにやってきてサボって過ごしていた。

ある日、

”またあそこでさぼってようぜ”

とかいいつつその部屋にやってくると、なんか一本のカセットテープがおいてあるではないか。

”なんじゃ??”

と、そいつを見てみると、”聖飢魔U 愛と虐殺の日々”と大書してあった。この記念すべきわたしと

ハードロックとの邂逅をなしたテープはいまでも実家にあると思われるが、こいつをその場で聴いた私は

徐々に聖飢魔Uにはまっていった。

  Mと出会ったのはこのつぎの年である。そのころ、友達と良くレースゲームで対戦していた私はそれが

こうじてF1の中継を良く見ていた。それが縁で、Mと話が合って仲良くなった。はじめ、奴は

”おれも物理研究部に入れてくれ”

などと変わったことをぬかしやがったので、私はついでに天文部にも入ることを勧めた。

”いやや、今日は勘弁してくれ”

といっていやがるMを、むりやり天文部にひっぱっていったのを良く覚えている。ちなみに言えば

Mとの出会いはこれが最初であった。(随想1を参照)

  この後、私とMは学校を共に良くサボった。奴のチャリンコの後ろの ”立ちんぼ” は私のリザーブ

シートであるといえた。まぁこういうと少々気持ち悪いが・・・・。

  当然こんな生活を送っている人間が”京大”なんぞに受かるはずもなく、浪人した。そんなある日、

先輩の家に行って一枚のCDを借りた。”SLY”というバンドのCDだ。

  これが私に衝撃を与えた。こののち、私はメタリカ、スレイヤー、など同系統のバンドのCDや、

エアロスミス、ボンジョビなどのロックスタンダードを買いあさることになった。このころから私のCD

コレクションは急増を続け、いつものように予備校の帰りにCD屋を訪れたある日、私は運命の男、

”James Hetfield”

との邂逅を果たすのである。まぁ邂逅といってもビデオを見ただけであるが、そのギターを弾き、例の

重量級のリフをはじき出しつつ咆哮する姿を30分程も眺めていたろうか・・・。この体験がこれまた私の

これからの人生に大きな変化を与えるのである。

  その姿をどうしても忘れられなかった私は、ある時、上京した。その頃父親が東京に単身赴任して

おり、伯母とも交流があったし、Mも川崎で新聞配達をして浪人していたのだ。上京するには十分過ぎる

理由である。伯母と会い、小遣いをもらった私はMと、Mの元彼女との3人で渋谷に飲みに行ったのだが

その折、ついにギターを買ってしまったのである。

Mいわく、

”ごっつい真剣な顔をしていた”

そうである。

問題のギターであるが、いつのものかは定かではない。ただ、クレイマーというその頃ですらもうすでに

この世に存在しなくなってしまったメーカーのもので、どえらく古いフロイドローズのギターであった。

中古で1万4千八百円であった。都合3年間こいつに世話になった。初ライブにもこいつを携えていった。

いまは我が家でオブジェと化している。

  まぁついに19歳のかっちゃんがギターを買ったところでこの随想は終わりとする。もちろんまだ続くの

であるが・・・・・・。