独り言其の2・精神と心
2002.9.10
生きる事ってどう言うことだと思う?
夢を持って歩むこと?
働いて誰かと一緒にいること?
何を並べても生きることとは結びつかない。
私にとってはただのキレイゴトで上辺だけの感情しか見えない。
今まで生きてきた人達って何を目指して生きてきたんだろう・・・。
私が生きている中で一つ理解したこと、
みんな嫌でも死へと歩いていると言うこと。
人に言わせれば「違う」と言われると思う。
でも考えてもみて。
人は誰しもいつか死ぬと言うことを・・・。
永遠の命を誰もが持ったとしたら、
それこそ死を得るために戦いを始めてしまう。
そう思わない?
どれだけ永遠の命を得ても、嬉しいことばかりじゃないでしょ。
もっと言ったら苦労や苦しみの方が喜びより何倍も味わってるはずだし、
苦を味わうことしなきゃ全てマンネリ化したりして退屈だと思うの。
だから永遠の命を得ても喜ぶほどの価値はないはず・・・。
限られている命だから喜怒哀楽をちょっとしたことで味わえる。
それをどれだけ自分にとってプラス思考的な生き方に持っていくか、
そういうことが生きる事じゃないかって私は思う。
だから私の考えた上での生きるって、死を目指してその生きてる間に私なりの感情と思いを育てる。
あ、思いって人を思いやる気持ちとか広い意味での思いね。
何か偉そうな事言ってるような気がするけど、でもきっとそういうことだと思う。
みんな悔いを残したまま死にたくはないもんね・・・。
2002.9.10
精神安定剤もないのにどうやって私の感情を抑える?
中途半端に安定させる煙草でしか私の感情や思考能力は成り立たない。
それなのに煙草も取り上げられるの?
煙草まで取られたら私が私じゃなくなっていくよ。
私じゃない私を父に見せても、
煙草を取り上げようとする人間に見せても構わない。
だって父が私に残した傷なんだから。
それさえ見るのが嫌だったら父の手で失敗作として終わらせてくれればいい。
そしたら何もかも見ないで済むし、私に何か言われなくても済むでしょう?
私も人の目を気にしなくて済むし、良い子でいなくて済む。
甘えたいときに甘えられず、しっかりする良い子でいなければならなかった。
一番上に生まれて何かを求められて、嫌だなんて言えば私の事なんて相手にしなくなる。
それが子供ながらに解ってた。
みんな弟が可愛くて私が何か求める度に、お姉ちゃんなんだから我慢しなさいって言われて・・・。
一番上の子供が自分のことを「お姉ちゃん」と言い始めたら気をつけなさい。
大人達がどれだけ名前で呼んであげていないかはっきりするから。
そうなればその子はその子じゃなくなってくる。
私だって私じゃないもう一人の私が存在する。
とても冷酷な考えの持ち主の私が存在している。
家にいればいるほどその自分と一緒にいて、
いつ私じゃなくなるか解らない。
もし私でなくなったらどこかに閉じこめるか日の光を見せないようにして。
そうすればみんなよくなる。
今私が存在しているだけで邪気に包まれてるときがある。
だから・・・・。
眠らせて欲しい。何かあったら私を眠らせて欲しい。
それが今までのそしてこれからの願いだ。
2002.4.20
何故人は、人を追い込み人に追い込まれ、自分を追い込みそして又、自分に追い込まれるのか・・・。
人によって「ただの思いこみ」と解釈されるときが多々ある・・・・。
でも、もっと突き詰めていけば、人を追い込む人は自分の失敗を怖れる人。
私はそう思う。
私も昔、人を追い込む癖があった。
それは未だにある癖・・・、いや、病気に近い物がある。
独り言其の1に書いた、2002.3.8の出来事も私の病気に近い癖が引き起こしたこと・・・。
それまで私は、完璧を誰にでも望まれているような気がしていた。
私が多分完璧にならなければならないと、自分を幼いながらに追い込んだのだと思う。
母を失い、父と別れ、祖父母に可愛がられていた分、完璧になることで祖父母の負担をなくそうと無意識にしていたのだろう。
それが大人になっていく段階で、抜けることすらなく育ちきってしまった為に、私は失敗を怖れ、前に進もうとしない人として成り立ってしまった。
ずっと後ろを向いたまま前を一向に見ようとせず、立ち止まっていた。
彼と居てもそれに解放されることはなかった。
病的に彼を追いつめ、私を追い込んだ結果がこれだ。
私は昔から言われ続けた言葉がある。今でも言われている言葉でもある。
それは「私が話している中に心がない」と言うことだ。
今でもよく「君の話の中に心がないね・・・。」と言ってバイト先のお客様に言われる。
昔は子供の時はただの心のないお人形で良かった。
心なんて邪魔な物だった。
でも、少し芽生えている心は退化させることは出来ず、一人で泣きじゃくり疲れて眠ることによって感情を抑えた。
次の日起きて、何もなかったようにしてその場をあしらい、小学校へ通う・・・。
勉強は出来なかった。
頭が悪かった。
でも、他のことに関しては誰よりも優れていたはずだ。
料理の上達にしろ、物を造り上げるにしろ、そう言うところでの優秀さが私には必要だった。
だから私は、自分を殺し物を造り上げることだけを勉強した。
その中に心を殺す術というのも勉強していった。
「さよなら」という言葉・・・・。
この「さよなら」という言葉を聞いて何を思いますか?
新しい出発と見るかそれとも、悲しみの別れと取るか・・・。
私はどちらでもありません。
私は率直に“死”という一文字にたどり着きます。
あまりに死に興味を持ちすぎてると言う意見が飛びそうですが、私にとっては遠いようでもの凄く近い物です。
そして悲しい感情をも持ち、悔しい気持ちも出てきます。
私にとって一番聞きたくない言葉です。
存在・・・・。
誰かの大切な存在に、私はなったことあるのだろうか・・・。
私にとっての大切な存在はいっぱいあるけど・・・・。
私は誰かを護ってあげたりできてたのだろうか。。。。
愛おしいと思われたことはあるのだろうか。。。。
全てが疑問。
全てが疑わしい。
「好きだよ」と言われても、何処までが本気か解らない。
お互いに思える存在が欲しかっただけなのに・・・。
何もできない・・・。何も解らない・・・。どう愛したらいいのか、どう愛されたらいいのか・・・。
時間を気にするような事はしたくない。
時間を忘れるような存在が欲しい。。。
一時だけでも独占したい気持ちを誰も理解してくれない。
たった5分だけでもいいのに・・・。
いつも何かに追われてしまう。。。。
私から大事な存在を遠ざけるかように。。。。
そんなに私に心ってあっちゃいけないの?
そんなに私の側に大事な存在を作ってはいけないの?