遊体


 消えて行った僕の意識・・・。

 君には煩わしいのか?

 眉をひそめ僕の手を離した。

 そんなにも僕が邪魔だったのだろうか・・・。

 今思い出しても苦しそうな君の顔しか浮かばなかった。

 何も苦しめる原因など無かったはずなのに・・・。

 僕はバロック式の階段を僕の感情とは別に足を進めなければならない。

 微かに頭に残る笑い声が僕を狂わせようとする。

 うるさい・・・うるさい・・・うるさい・・・。

 あの時と同じ・・・。

 この笑い声の性で居なくなるはずだった僕は君を反対に堕としてしまった。

 ベッドに寝かされ、意識は遠退き始め、ぼんやりしていた。

 すすり泣く声に混じる微かな笑い声・・・、またお前か・・・。

 動けない僕は無理矢理その声を聞かされている。

 静かな部屋には幻聴と僕が残され、周りに居た人は僕が動かなくなったのを確認して出て行った。

 おかしいね、もう居ないはずの君に包まれているような気がしてた。

 白い部屋の中で君は愛してくれたと勝手に思いこみながら、静かな眠気に身を任せた。

 僕は君を護りたかった・・・。

 なのに僕は君を突き落とし、この腕で包む事すら出来なかった。

 静かな白い部屋・・・、悲しみは全て僕の手の平に落ちて行った。

 僕は体温を失っていく。

 君の体温が僕を温めることなく、そして僕の体温が君を護る事できずに・・・。

 閉ざされた空を見つめていた。



 消えていく神経・・・。

 もうじき魂が、命が、僕が消える体にはいらないものなのか・・・。

 力が無くなり、精神は宙に浮遊する。

 先程上ってきたバロックの階段は更に長く感じ、延々と漆黒の闇が大きく口を開けている。

 この階段を降りる事はもうできないと悟った。

 微かに感じる足元からは消滅を暗示させている。

 ベッドに寝かされている抜け殻・・・。

 その側に現れたのは居なくなったはずの、僕が突き落としたはずの君・・・。

 驚愕した。

 でもこれで良かった。

 僕の別の心は粉々に粉砕されて怒りをあらわにしていたが、その心よりも安堵の心の方が大きかった。

 なのに白い部屋の中、君は凄く怯えていた・・・。

 だけど僕はもう同じ世界の違う場所にいて、何もできない。

 静かな白い部屋・・・、僕は君を包めずにすすり泣く君の姿を眺めていた。

 僕は全てを失い、君の思いが僕の体を温めることなく抜け殻はただ宙に漂う僕を見つめた。





 君への思いは僕の心に大きな闇を落とし、僕を連れ去る事を待っていたのに・・・。

 その闇さえ僕の足元から遠退いて行こうとした・・・。

 僕はその闇を追いかけ、飛びこみ逃がさないようにもがくしかなかった。

 階段の一段一段に手をかけて這って降りて行くしかできない・・・。

 他の魂は僕をあざけ笑いながら踏みつけて行った。

 この静かな部屋から逃げ出したい。

 もういいんだ。

 君の泣いてる姿から目を背けたかった。

 体を失っても懸命に這っていくしかないことに少し笑った。





 煩わしく思っているのだと思っていた僕・・・。

 君の涙を見て違ったんだとわかった。

 それだけでいい。

 それがわかっただけでいい。

 でも、慣れないね。

 君の涙だけは見たくなかった。

 僕は君の泣いている姿を見かねて、閉ざされている空を仰ぎ、腕を伸ばした。

 閉ざされていたはずの空から光が僕だけに降り注ぎ、僕は君を一度も見ることなく目を天に向けたまま消えていく。