洋楽な日々〜その1:デビシル☆

 

春の日差しを取り戻した午後は、フォートナム・メイソン。

ステレオから流れる気だるい歌声が、風邪気味の頭に絡みつく。

あぁ、デビッド。 ...君は、教授〔*1〕や土屋君と友達だったね。

...ねぇ、君は今でも美しいままかい?

 出だしからいきなり、耽美してしまいましたが、4月30日の「地雷ZEROキャンペーン」で、みなさんは久々のTAKUROさんとTERUさんのTV登場を待ちわびていると思います。そのキャンペーンの海外参加アーチストの二人目、David Sylvianの名前を見つけ、昔別れた恋人に出会ったような懐かしさにおそわれたのは私だけでしょうか。

 ‘デビシル’ことデビッド・シルヴィアン。彼はJAPANのボーカルとして’78年に英国でデビューしました。そのグJAPAN
Obscure
Alternativesループ名と、ブリジッド・バルドーとミック・ジャガーの隠し子か?といわれた美貌で、日本中の少女を魅了する。私の覚えのある限りでは、化粧をして髪をブロンドや赤や青に染めたロックバンドは、彼らが最初です。(デビシルの本当の髪の色は黒であるらしい。)つまり、彼らが支持しているデヴィッド・ボウイも化粧系ではあるけれど、彼らこそが、ビジュアル系ロックバンドの元祖といえます。演奏技術はそれほどでもないのですが、その音楽は政治的なメッセージ性を持ち、辛らつなものです。そのアングラ性が、同じ英国の超売れっ子Bay City Rollers(ベイ・シティ・ローラーズ)と対極していたと思う。                   彼らの後に、よりポップに、より洗練された、DURAN DURAN(デュラン・デュラン)に代表されるニューロマンチック旋風が続きます。

JAPANには、デビシルの弟、スティーヴ・ジャンセン(Dr)もいます。何故、姓が違うかというと、芸名をつけるときに、目を閉じて電話帳にペンを刺して決めたからです。兄とは対照的にシャイなイメージの彼は、兄とともにファンを二分していました。彼もZEROキャンペーンに参加しているのでチェックしておいてください。

 JAPANの代表アルバム、「苦悩の旋律」「ブリキの太鼓」。一度聴いてみてはいかが?

*  1...プロデューサー坂本龍一氏のことです。彼は、東京藝術大学を卒業したインテリなので、このあだ名がついています。

 

 

追記

ZEROキャンペーンにTAKUROさんたちが参加していなかったら、デビシルが参加していなかったら、そして「デビシルって誰?」と、とももさんのツッコミがなかったら、このHPは、コンテンツ不足のため、今ごろなくなっていたかも知れませんね。

JAPANの音楽をもう一度聴くために、段ボール箱に入れられたカセット・テープを引っ張り出してきました。見つかったのは、先に紹介したアルバムではなく、英BBC放送で収録されたライブをNHK−FMで紹介したという貴重なものでした。(渋谷陽一さん、サンキュ☆)

収録曲目は1.Swing、2.Gentlemen Take Poraloid、3.Eilian、4.Rhodesia、5.Quiet Life、6.My New Career、7.Taking Islands In Africa、8.Method Of Dance、9.Ain’t That Peculiar、10.Hallowin、11.Europian Sun

まだまだ怪しげな(?)カセットが存在します。機会があれば、このコーナーでご紹介しましょう。

 

(2001年3月13日記す。同年4月25日加筆。)