このぺージに載っているアーティストの順番は、無作為に並べています。

oasis

オアシスを”イギリス最大のロックバンド”である事に異論を唱える人はアングラファンの方以外には、恐らくいないだろう。オアシスは、Vo.リアム ギャラガーと、Giter.ノエル ギャラガーが中心のバンドで、二人以外のメンバーはコロコロと変わり、デヴュー時の原型はほとんどない。
はっきり言えば、ギャラガー兄弟以外は誰でも良いのであろう・・・。
彼らの音楽は、ビートルズやストーンローゼスの影響が大きく、特にビートルズの影響は多大で、自分たちの事を「ビートルズの意思を継ぐもの」と言い、崇拝している。

弟のリアムの声は1stアルバムの時、ピストルズのジョニー ロットンの歌い方に似ていると言われたが、2ndから一変して素晴らしい声になり、いつしか「世界一のロックヴォーカリスト」とまで言われるようになる。確かにリアムの声は素晴らしいとしか言いようがない。あの、枯れているようで、澄んでいる声(どっちだよ)は、世界中でまさに無二の声である。けど、最近のライブ音源を聞いたら、高音のほうがちとヤバイ。ちょっとは酒を控えろよ・・・。

やんちゃな弟(リアムはもとフーリガン)とは違い、兄のノエルはアーティストらしくて、さわやかなイメージがある(私だけ?)。アーティスト、メロディーメーカーとしての高い評価をうけ、ビードルズ世代の人にも高い評価を受けている。最近は、The Whoのライブにブライアン アダムスや、エディー ヴェダー(パールジャム)らと一緒にゲスト出演している。
この最強の兄弟が仲良くしてくれれば良いが、ここ数年、兄弟喧嘩ばかりしている様で、解散も噂されている。



PIXIES

2000年あたりから日本で突然に注目され始めたピクシーズ。80年代オルタナロックの先駆け的な存在で、90年代のロックミュージシャンに多大な影響を与えたバンドである。
ピクシーズは80年代中期頃から活躍したバンドであるが、レディオヘッド、ウィーザーのような90年に入ってからのポストロックと呼ばれるミュージシャン達はピクシーズの影響を最も多く受けたと思われ、ニルヴァーナも彼らに強く影響を受けたと公言してたように、このそうそうたるメンバーを見ても、影響力の凄さがわかる。

注目されてきた理由はいくつかあると思う。単純に映画「ファイト☆クラブ」で使われたというのもあるが、日本でもナンバーガール、ペンパルズなどのミュージシャンが彼らの技法を真似ているというのも理由の一つにある。実際には真似というより影響どまりではあるが。
それに、ピクシーズの技法を真似たのは日本人だけじゃなく、上記にも書いたレディオヘッド、ウィーザーは当の昔にやっていたことである。

ピクシーズの音楽は、きわめて単調でメロディック。コード進行が一定で、メロディーそのものに重点が置かれているため、メロディーセンスが無いと成り立たないものになっている。曲構成が単純だからといって、簡単に真似れるものではないが、様々なミュージシャンに影響を与えたのは事実である。

ピクシーズの魅力は曲だけではなく、歌詞にもある。
かれらのルーツはパンクであるのだが、ファックといった鬱積をストレートに吐き出したような言葉は聞かない。
いろんな物事を否定してはいるのだが、その先にある希望への否定に聞こえる。唾を吐き捨てるようなグランジ、パンクの歌詞とは表現方法が全く違っていたと思う。

メンバーの話をすると最初にあがるのはメンバーの中心であるVo.ブラック・フランシス。肥えた体格で変なキャラクターに見えるが、実際は孤高の音楽家である。
曲に対する執着心やオリジナリティーを追求する姿は、曲を聴いただけでその緊張感は伝わってくる。
だが、その孤高な精神が原因なのか92年に解散。その後ソロになり名前をフランク・ブラックと改名し再出発するのだが、時代はもはやグランジ一色。さらにはオルタナ、へヴィーロックが主流になり彼のやってきたことは、スタンダードな物としてしか受け入れられない存在になってしまう。

他のメンバーも個性的で、コーラス&ベースのキム・ディール(女性)は、コーラスとして、ベーシストとしてピクシーズを支えた重要人物。その他にフイリピン人のギタリスト、ジョーイ・サンチャゴ。普通の人ドラマー(笑)デビット・ラヴァリング。
今の時代にピクシーズのような個性的なルックスのバンドは売れないかもしれない・・・。

音楽の話に戻すと、現代音楽には必ずルーツがあり、それを知りたがる若者の間でピクシーズの再評価が始まっている。
この現象は、悪いことではなく、むしろ当たり前のことなのだが、リアルタイムで彼らの音を聴いた年代の人は「何を今さら・・・」と思うかもしれないが、これは現代音楽の宿命。ルーツを聴いて浮かれて知ったかぶる若者が増えたとしても、それはピクシーズの音楽の価値にはなんの影響も無いし、むしろ素晴らしいこと。
そして、この太ってハゲあがったおっさんのポップナンバーは永遠。




QUEEN


技術と創作力を完璧なまでに表現したバンド。
彼らの音楽にはオリジナリティーがあり、チャレンジする事への飽くなき探究心が見える。今で言う所のハイブリットなバンドで、とにかく何でも食べてしまったのである。
オペラ、ワルツ、ロカビリー・・・数え上げたらキリがないくらい自分達の音楽へ吸収していったが、それは彼らのポリシーのような物だったのかもしれない

だがデヴュー当時の彼らは、とかくビートルズやLED ZEPPELIN達と比較される事が多く、あまり評価されていなかったという。
有名な話だが、クイーンはまず日本でブレイクする。ルックス的な部分も売れた要因の中にあるが、当時の欧米の音楽はどちらかと言えば保守的に成りつつあり、換わり行く音楽スタイルを受け入れる準備が余り無かったように思える。(パンクムーブメントはまだ水面下でくすぶっている)
そのてん日本は、やっとビートルズ的なものから脱却できた時代で、様々なものを受け入れることが出来たのであろう。そういった意味では日本の方が柔軟だったのだ。

彼らは楽曲のことだけではなくビデオクリップなどにも力を入れ、あらゆる側面で成功する。だがその反面に商業的との批判も受けるのだが、その背景にはパンク的な思想を持ち出すマスコミなどの思惑が見える。だが今のようにMTVがある訳でもなく、プロモーションビデオなどが直接セールスに結び付かない時代にこのようなことをするのは、商業的なのではなくあくまで創作の一部なのだと思う。

91年にVo.フレディーマキュリーがエイズで亡くなってしまいバンドも消滅してしまうのだが、もし今の時代にフレディーが生きていたのなら今のロックシーンは確実に変わっていたであろう。
彼らの残した作品は目に見えないような影響力を持っているし、私にとっては音楽に確たるルールなど無く、型にはまっただけの音楽などはつまらないと教えてくれたのは彼らのような気がする。

今のように音楽が多様化しオルタナがオルタナでいられなくなっているような今の音楽シーンでは、彼らのように雑食なセンスが必要なのかもしれない。(ただあらゆる物を食いつぶされた今の時代ではそれは難しい話ではあるが・・・)



RAGE AGAINST THE MACHINE

レイジ アゲインスト ザ マシーン(以下レイジ)は、Vo.ザック・デ・ラ・ロッチャ、Giter.トム モレノが中心のミクスチャーロックバンドである。

ミクスチャーというジャンルなので、かるいと思う人もいるかもしれないが、社会的問題に対する活動、それを訴えかける曲と詩など、常に音楽という武器で社会に問題定義をして来たバンドなのである。
レイジの根本にある音楽思想はメッセンジャーとして、もしくは活動家という資質によるところが大きく、ジャンルや人種を超えた支持を受けている。
それは、ライブでも同じで、社会問題への関心を持たせ、様々な人種を楽しませる事に、成功している。

しかし彼らの最大の魅力は活動家の姿ではなく、あくまでも曲の中にある。パンクとHIP-HOPを融合させる事にここまで成功し、パンクファンからHIP-HOPファンまで支持される音楽性は後にも先にもレイジだけかもしれない。
音的にはメタルであるが、もともとハードコアコミュニティー出身のザックの影響で、パンク的な要素も入っているのであろうが、やはりメタルはメタルなのであろう。
そもそもメタルとハードコアの境目は微妙。ザックの在籍した前バンドのIN SIDE OUTも初期はハードコア、後期はメタルという見方(ほぼ確定)もあるくらい。

それは置いといて、彼らが影響を受けたミュージシャンにはクラッシュ、パブリックエネミー、サイプレスヒルなど、とにかく社会的に反逆してきて、なおかつ本音で歌っているミュージシャンが多いのだが、これを見るとレイジの原点は社会派でも政治的でもなく、理想家なのかもしれない。
現実を歌うのもアリだが、理想を歌うのは大変な気がする。レイジの場合は「こうなれば良いな〜」ではなく、「こうしなきゃダメ!」であるから、さらに強烈である。
人種の点でもザックとトムはアメリカでは少数民族。差別や偏見なども少なからず受けたのだろうが、それゆえに客観的な視点でアメリカを見れたのかもしれない。

だが、そこまでの評価を受けながらも、2000年10月に、ザックが脱退を表明した・・・。
自分の勝手な思い込みであるが、レイジというバンドには、何か強い結束のようなものを感じていただけに、ザック脱退の報には、戸惑いと、怒りがある。



RADIOHEAD

まだ記憶に新しいアルバム「キッド A」は、今までの彼らの音楽性を否定するほどの変化を見せ、無機質的な音と独創的なイメージを作り出し、世界中の評論家やミュージシャンを震撼させた。・・・はっきり言って私の様な凡人には彼らの崇高な考えは理解出来ないかもしれない。

・・・・が!音楽とはそんなに崇高なものなのだろうか?
いや、音楽なんて所詮は趣味の世界の出来事であり、そんなに崇高な存在では無いはずである。
しかし一時期、欧米などの評論家などの間で「キッド A」を理解出来ない人は「保守的」だの「センスが無い」と、このアルバムを音楽に対するセンスや気持ちのバロメーターのような存在にしてしまい、 物議をかもし出した。

これと同時期、日本でも似たように「キッド A」を理解出来ることがミュージシャンや歌手の間である種の「宣伝」になってしまった時期もあった。
あり得ないようなアイドル歌手が「キッド Aに、はまってます」と言い、評論家なども右へ習えで「素晴らしい」と言っていたのを思い出すのだが、このような事って本当は凄く怖い事なのに、意外にも反対意見などを雑誌などでは見られなかったのがまたまた怖い・・・。
音楽をひとつの方向でしか見れなくなる事は、音楽の可能性を潰すことになりえるし、否定的な意見を排除することはもっと怖いと思うのだが・・・。

だが、こういう議論が巻き起こること自体がトムヨークの思惑であるのだろうし、このアルバムこそレディオヘッドがジャンルと言う矛盾の中で探してきた進むべき道なのであろう。
そしてこのアルバムでレディオヘッドがやろうとした事は、音楽を崇高な存在にしようとした事ではないのは間違いない。

あとトムヨークはナイーヴな男と思っていたが、この作品で意外にも野心家であると思ってしまったのだが・・・果たしてそう思ったのは私だけだろうか・・・。




RAMONES

ラモーンズを語る上でNY(ニューヨーク)パンクの存在は避けて通れない。いや、あえて語らせてもらう。
なぜかといえば、日本で言われるパンク(ファッションや思想も含む)のほとんどがUKパンクのことであるが故に、彼らの名がおおっぴらに世間で語られる事は少ないからである。
グリーンデイのファンの人がピストルズを知っていて、ラモーンズを知らないのはチョット悲しいし・・・。

彼らは74年頃からニューヨークで活躍し始める。この頃はもちろんパンクという言葉は厳密には存在してなく、彼らの音楽も「音楽の一部」でしかなかったわけで、パティスミス、テレヴィジョンといったNYパンクの代名詞的な存在の人達も同じであろう。この約一年後、UKではピストルズの登場でパンクムーヴメントが始まり、様々なバンドが登場するのだが、NYではどちらかといえばムーヴメントというほどの大々的な雰囲気ではなかったらしい。

UKの場合は、その当時の経済状況による失業や政治不信などの社会的な不満を「パンク」という言葉や音に思いを託し、ムーヴメントという形で大きくなったのだが、NYの場合は全く違う。
ラモーンズはどちらかといえばUKパンクにある「不良」的なイメージがあるのだが、パティスミスやテレヴィジョンはアート色が強く、初めて聴くと「これってパンク?」と疑ってしまうほどである。
これを見て分かるとおり、「パンク=反抗」と思っている人は正しくは正解ではない(間違いでもないが)。もっと自由でアーティスティックな存在だと思う。
どちらにしても、UKパンクはラモーンズが存在しなかったら「あり得ない存在」であったのは間違いないだろうし、とりあえず聴きなさい。
まあ、これ以上語ると「パンクとは何か?」なんて無意味な疑問が沸いてくるので終了。

ラモーンズに話を戻すと、彼らの音楽は非常に簡素でスリム。余計な贅肉は全て取り除き、ポップでもあり生々しくもある。まあ、今となってはこのスタイルは珍しくもなんともないが、当時はピストルズがそうであったように、若者に「俺にも出来るかも?」なんて希望も与えていたらしい。
誰かが彼らの曲を「金太郎飴」と言っていたのを思い出すが、実際には間違い。アルバムを通して感じる似たような曲構成はシンプルで素っ気ないのだが、このポップなメロディーと構成はラモーンズのオリジナル。
それに決して同じ様な曲を作ってきたわけではなく、ただ余りにも曲が短く、聴く側がそう感じてしまうだけだと思うが、どうだろう?。
そのまえに、このスタイルで音楽を創り続けることの方が難しいかもしれない・・・。

バンドは1996年に「アディオス・アミーゴ」の声と共に解散。
そして、去る2001年4月15日にVo.ジョーイ・ラモーンも亡くなってしまったが、多くのフォロワーと共にラモーンズを愛してやってください。




RED HOT CHILI PEPPERS

現在言われている、西海岸ミクスチャーの元祖的な存在で、80年代初頭から現在にいたるまで様々な苦難を乗り越えた、アメリカにとって重要なバンドの一つ。

苦難とは、初期の頃にメンバーチェンジを繰り返し、中途半端な状態で作り売り出した1st.アルバム「THE RED HOT CHILI PEPPERS」の出来の悪さがある。
この作品については、本人達も失敗であったと言ってるように、メンバーやプロデューサが満足のいく形で集められなかったことにあるようだ。

2ndアルバムはどうだろう。 もともとファンク的な音が好きだった彼らは、2ndでさらにファンキーな音を作り出し、新しい領域に踏み出したが全く売れなかったらしい。
これは、兎にも角にもプロモーションの問題が多くあるのだろうが、自分が思うにはいわゆる音楽好きや評論家達に好かれなかったのも原因の一つにあると思う。
いい作品だが、パワフルではないし、当時の音楽界の背景にある商業的な側面と、レッチリの音楽性が合わなかったようにも思える。

3rd.アルバムはどうだろう。この作品は、今までの鬱積を晴らすように売れ、やっとのことで注目され始める。
取り立てて彼らの音楽が変わった訳ではないのだが、おそらく時代が徐々に変わり始めてきたころで、新しい感覚の音楽を「良いもの」として受け入れられ始めたのであろう。
しかしここで、事件が起こる。レッチリの初期メンバーである、Giter.ヒレル スロヴァクがヘロインの過剰摂取で死亡してしまう。
なんとも不運なんだろう。実から出たサビとはいえ、何もこんな時期に・・・。
さらに、この事件でバンドの活動に疑問をもったドラマーも脱退してしまう。
その後は、ギタリスト、ドラマーを新しく加え再出発する。だがこの後も、オアシスやモー娘もビックリするくらいに脱退、再加入を繰り返し、最終的には現在の形でおさまる。

一つのバンドでここまでメンバーが変化するのもめずらしい。
もちろん不慮の事故や、メンバーの若さが原因の場合もあるが、音楽性の違いやメンバー間の不和などの理由の場合は、レッチリというバンドの中にあるアーティスティックな部分と、体育会系な部分の妙なもつれが自分には感じてならない。
なにか新しいことをやろうとすれば必ず衝突するし、問題も多く出てくる。それでも何とか乗り越えてきたのは、人との繋がりを重視するバンドだからこそであろう。

1999年発売の「CALIFORNICATION」では、どちらかと言うと繊細で哀愁のようなものが多く感じ取れたのだが、ファンキーでパワフルな部分も少なからず感じ取れた。
再出発のような形ではあったが、その出足は彼らならではのセンスだったと思う。
それと、彼らの目指す音楽はおそらくミクスチャーでは無いはず。始めに西海岸ミクスチャーの元祖と書いてしまったが、それはあくまで世間一般で言われてることであり、自分は彼らの音楽をミクスチャーとは思っていないし、彼らも思っていないだろう。
伝説となった97年嵐のフジロックもしかり。20年のキャリアと共にこれからも伝説を残してほしい。




THE SMASHING PUMPKINS

スマッシングパンプキンズ(以降スマパン)は2000年に解散してしまったが、このバンドは正しい形でオルタナティヴを完遂させた希少な存在で、数多くのミュージシャンに多大な影響を与えたバンドである。
スマパンはグランジ一派としてデヴューしたが、グランジの枠では収まりきらない音楽性を持っていたため、いつしかオルタナと呼ばれる存在になったのだが、彼らの音楽性はどこか親しみやすさがあり、ロックの思想や概念などは彼らの音には余り存在していない。

親しみやすさと言っても決して、「ただ解りやすい音楽」と言う意味ではなく、音の多様性と意外性を両立しながら、ビリーコーガンの音楽性まで共有してしまいそうなほど音への窓口が広いと言う意味である。

何処にも属さないような音楽を、解りやすく窓口を広げる事は相当難しく、ましてやヒットさせるのは並大抵の才能では難しいと思うのだが、スマパンはそれをやってしまい、自らオルタナの枠を無くしてしまった。
それでも彼らは音楽を探求する様なストイックな姿勢で自分達を鼓舞しつづけていたが、 ついに解散してしまう。

解散宣言をした時のビリーの言葉に「アイドル全盛の今の時代に、意義ある戦いをするのは難しい」と言っていたのだが、私としては「意義ある戦いとは、アイドル全盛の時代を変える事」と言って欲しかったが、それは余りにも彼らにとって酷な話なのであろうか・・・。



SLIP KNOT

久しぶりに出た色物バンド!!・・・と思って聞いてみるとイメージとの違いにびっくりしてしまった。・・・という方、結構多いのではないでしょうか。
楽曲は今までのヘビーロック系、インダストリアル系の領域を脱したとは言えないものの、9人編成やマスクを被ったりと他との差別化を図っている。

彼らの最も凄いところは、私的にはメロディーにあると思っている。彼らの様なヘビーな曲に、メロディーを強調してしまうと歌謡曲みたいになりがちだが、彼らの作る曲にはそう言ったニオイはしないし、なにしろ新鮮で気持ちがイイのである。
それは、彼らの音楽センスの優秀さとロス・ロビンソンとの出会い、そしてコーンやマンソンといった他のヘビーロック系が最近、精彩さを欠いてしまっている現状もあるだろう。
とにかく彼らは、これからのヘビーロック界を支えていく逸材であることは間違いないだろうし、なによりも最近ちょっと停滞気味なヘビーロック界の起爆剤に今後ともなりつづけてほしい。

ちなみに私は、パーカッション担当の6:ショーン(写真右)が一番好き・・っていうか面白い。プロモはかなり笑えた。