〜 そ ら 〜 誕生の日

 

中学校1年生の時、2年前の1999年の頃だった

そのころ僕の中学校では小学校の頃 タケシ がギターをして
仲間の間で始める人が何人かいた時期だった
僕は小学校の頃は音楽にまったく興味がなく
別に気にも止めていなかったのだが
中1の頃 「ゆず」 「SURFACE」に憧れ、
僕のまわりの仲間もギターをし始めていたので
僕もそのころの月2000円のお金を振り絞って
12000のエレキギターを購入した。
そして、友達はいち早くギターを購入しすでに
僕の上を行っていたので バンドをくんだりしていた。。。

タケシはそのころ 親父さんからの譲り受けのギターを片手に
スピッツ「チェリー」や ゆず「いつか」などを弾いてすでに1年のギター歴で
友達とバンドらしい事をやろう!といって、そのころGLAYに憧れていた

そして 1月14日(ゆず北川ゆうじん の誕生日)の事だった
まだ少し寒く、雪も残っていた頃だと思う。
小さい頃から家ぐるみの付き合いが多かった僕達は
普段もよく遊んでおり、その日は僕が家にあった父親からの
オサガリのフォークギターをもってタケシのうちに遊びにいていた と思う

2人でヘタクソな歌とヘタクソな音楽(オモに俺がヘタクソ)
で唄っていた。どちらから言い出したのか覚えてはいないが

どちらかが「なあ、2人でグループくもうぜ」

と言い出したんだと覚えている。

この時は2年間もずっと続く、少しトヤマの路上で有名になり、

地方とはいえテレビ番組に出演するとは夢にも思っていなかった

まず2人で悩んだのはグループ名だった
「あ〜ゆずって良い名前だよな!なんで思いついたのかな。すげーよな」
「でもさ、有名にならなかったら、〜なんだよ ゆず ってフザケタ名前だな」
「俺らも ゆず みたいな名前にしたいよな」
「でもまったく思いつかないな。。。」

しばらく案を出し合っていたがサッパリおもいつかなかった

ついには国語辞典をとりだしてペラペラぺラ〜っとページをめくって
指差したページにある名前をグループ名にする事にした
そのとき指差したのは「し」の行

その時のとりあえず決定したグループ名はジャムだった
別に
ジャムミュージックをするわけじゃないんだが・・・また2人で感動した事があったら
その名前にしよう・・・と決めた

まあ、それでソレから4,5ヶ月くらいした後、テレビで「星の王子様」という絵本の
特集がしていて、こんな言葉を言っていた

「空を飛んでいる人は。全てをみる事ができるけど飛べない人は自分の目線でしか見る事ができない」

この言葉を聞いた時 僕らは空になって、みんなを心の空につれてかなアカン!とそんな感じに聞えて
(あ、今 俺良い事いった!かっこいい俺!)タケシい伝え

そら になったわけだ。

まあ、話は戻るがグループ名を僕らはジャムに決めたあと、
リーダーを決めることにした

「いや、俺がやる」とタケシの一言で決まった
むしろ俺がリーダーをやるわけがないと思っていたので当然だった。
「俺、じゃあヒラで!」
こうしてタケシとヨウスケの
ユニットができたのだった。

最初の活動をしたのは曲作りだった。そして出来たのがタケシの作った
ジャムの初めての曲、これから走って行くという歌だったソレが

スタートだった・・・

「スタート」

始まりはいつでもやってくるんだ どこからともなく
いつもスタートは光がとどかない そんな場所から
だけど逃げる事なんてしない いつか光は僕達をてらすのだから

大きな夢を目指し続けて 夢に向かって走り続けるよ
自分の力に自信をもって スタートしたばかり

ゴールはないのか愚痴ってた 風も吹きやしない
「夢」や「未来」を心のどこかへ 閉まってた気がする
だけど本当は怖がってただけ 少し休んで光が照らす道を

行こう走ろう恐がんなくていい 少し遅れた時間を取り戻すよ
風が僕らの背中を押している ゴールはまだ遠いけれど

大きな夢を目指し続けて 夢に向かって走り続けるよ
自分の力に自信をもって スタートしたばかり
・・・