コトバ
今回はココロの底のこと
これまでにたくさんコトバを積んできました。
自分について周りの人について、映る世界や未だ見ぬ世界について。
「コトバにすると逃げていくものについて」
ぼくは自分の気持ちを表現するのが苦手な人間です。
対人関係の組み方は、
「察してくれ」型で、
「伝わらないならコトバで説明してもわかんないや」って片付けてしまいます。
だから、少々鈍い人とは馬が合わないこと多いです。
たぶん、こうなってしまったのは
人の視線を気にしながら生きてきたからだと思っていますが。
ま、そんなことは今となってはどうでもいいや。
最近、ようやくわかったのですが、
「コトバにしないと伝わらない何かもある」ということです。
こんな当たり前のことに気付かず長い時間過ごしてきたんだなぁ、と思いました。
人の目を気にして生きてきたくせに、言い訳がキライで誤解も先入観も
「相手がそう思うならいいや」って片付けてきた、矛盾だらけの毎日。
過去を振り返るとえらく不器用に生きてきたんだなぁ、と思っています(笑)。
でも、
それで今の自分があるのだから、後悔はしてません。
自分でも思うのですが、僕は冷酷な一面をけっこう持っていて、
残酷というか、容赦ないというか、
「イチかゼロか」
の人間です。
強引というか無謀というかそれで周りを傷つけてきたこともありました。
いま僕が何を云いたいのかというと、
生きていて一番辛いのは、「自分が傷つくよりも相手を傷つけたとき」なんですね。
生きていて一番嬉しいのは、「自分が喜んでさらに周りも喜んでるとき」なんですね。
そして、そういうことはちょっとしたコトバで大きく変えられることなんです。
このことをコトバにしたかったのです。
僕は25歳です。最近、京都に来てからを振り返って、自分自身、
「ちょっとずつヒトに優しくなれてるかな」
って思いました。
たくさん笑ったし、泣いたし、感動してきました。
そしてこれからも大事にしたい、ですな。
手塚治虫も言ってました。
「もしあと一年の命だと思ったら、がむしゃらに生きるだろう?
そういうつもりで生きて見ろ」
無駄な日なんて一日もないんです。
そう思いながら過ごしてみようと。毎日新鮮(笑)。
みんなに支えられて生きてると思えば少々のことは関係ないですの。
ありがとうです。
ぼくもなにげなく支えてみますよ
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