■大槻ケンヂ■ のほほん学校 1時間目
'98/08/09 <新宿LOFT PLUS ONE>
◆ 80年代筋肉少女帯を爆音で見たり聞いたりの日◆
〜デビュー前後の筋肉少女帯〜
出演者
大槻ケンヂ
今野多久郎(筋肉少女帯のアルバム「仏陀L」「シスターストロベリー」の
プロデューサー/元 桑田バンドプロデューサー)
三柴 理 (元 筋肉少女帯 キーボーディスト)
内田雄一郎(筋肉少女帯 初期からのベーシスト)
熊野哲彦(元 筋肉少女帯 マネージャー /
現 three michelle gun elephant マネージャー)
みのすけ(80年代 筋肉少女帯のドラムス)
「のほほん学校」に行ってきました。
内容が多すぎて上手くまとめられそうもないですが、
覚えている事をいくつか書きますね。
会場である新宿ロフトワンは、なんだかいかがわしいお店の並ぶ道に面した
ビルの地下2階。五時十五分くらいに会場前に着くと地下へ降りる階段には
ずらっと人がならんでいました。
お店からは、お客さんに対する入場に関する案内がなくて、
並んでるこちらも並んでいていいものかどうか不安でした。
階段の中間にある地下一階のバーかなにかは結構ヤバイ系のお店らしく、
黒い服のお兄さんが超ミニのスカートをはいたお姉さんを連れて
外に客引きに行くのが見られました。
「のほほん学校」のお客の列が営業妨害になると、そのお店の人が
かなりイライラしていてロフトワンに注意しに行った様でした。
その後やっと、番号順に入場を誘導しはじめました。
会場は居酒屋風と聞いていましたが、なるべくお客さんが入る様に
テーブルが取り払われてしまっていて、椅子のみがたくさん並んでいました。
中の雰囲気はお芝居をやっている小さな小屋みたいで、
端の方には一段高くなっている畳の席も三畳分くらいありました。
渋公で売られたチケットが200枚。ロフトで売られた当日券が30枚くらい。
後ろの方は立ち見の方もたくさんいて、移動も大変なぎちぎちの状態でした。
7時23分頃、内田さんらしき人影がちらりと見えて、
「あっ、そろそろかな?」と思っていると、
「みなさまお待たせしました。大槻さんの登場です。」という紹介と共に
「あのさぁ」の曲をバックに大槻さん登場。
今日の服装は、黒のTシャツに(日本の)ゴジラがプリントされているものと、
いつもの黒のワイドパンツ?です。
のほほん学校では、のほほんとだらだら、ほのぼのいろんな話しをしたい・・・
電波系は自粛するように。(笑)などと、大槻さんの挨拶がありました。
お客さんの入場に関して、「上のお店に怖い人達いるからみなさんよろしく
お願いしますねー。」と、妙に納得できる言葉もありました。
「とりあえず一曲聞いてください。新宿に、この場所にぜんぜん似合わない曲です。」
という説明付きで歌い出したのは先ほど登場した時かかった「あのさぁ」でした。
どうもさっきかかったのは、段取りまちがいだったもよう。
(この場所にぜんぜん似合わない・・・上の店の人がそうとう怖い脅しをかけて来たので
しようか・・・大槻さんびっくりしたのだろーなー。ちょっとこだわってた。)
大槻さんに続いて登場したのは、内田さん。
最近かけている茶系の楕円型のレンズのはまったサングラスで紫のTシャツを着ていました。
その後、みのすけさん、三柴さんが登場。少し話をしてから能野さん、今野さんが登場。
大槻さん達がいるのはお客さんより一段高くなっている場所で、
背の低い大きな木のテーブルが(ちゃぶだい?)が。
その上にマイクがゲストの数だけ置かれ、テーブルの下は堀こたつのように
足が垂らす事が出来る空間がありました。
私の隣にいたAさんが、「いといしきみたい」と言ってらっしゃいました。
(私は見た記憶がナイのでちょっとわからないですが、見た事ある方は
想像してみてくださいね。)
今回私が一番笑った昔話しは、ベラさんのフェアレディーzの話。
昔、内田さんの車をみのすけさんが運転して、内田さんと大槻さんの3人で乗って
高速を走っていた時、知らない車に幅よせされた事があったそうです。
避けようとして中央分離帯に接触して止まったらしいのですが、
たまたま後ろでフェアレディーZに乗って見ていた元筋少ギタリストの
石塚(ベラ)さんと同乗していた三柴さん。
三柴さん曰く、「内田の車のホイールが飛んだ時、ベラさんアクセル思いっきり
踏みこんでさぁー、あの頃ベラさんかっこよかったよねー。」
大槻さんそこへ「でも、ベラさんって言う事おおげさでさー。」
三柴さん「そうそう、あの時もぶつかりかた見て
『おい、やっべーよ!絶対一人は死んでるよ!こりゃ、やっべーよ!!』とか言って(笑)
ガーってとばして、もう、ゲームの画面みたいに景色が流れちゃって俺もう怖くてさぁ。
大丈夫かなぁーってドキドキしてたんだけど、ベラさん、幅寄せした車の前に
すっと出て車を止めて・・・『エディー行け!』(会場爆笑)」
その頃のエディー(三柴)さんはスキンヘッドにしたり、モヒカンの変形だったり、
スキンヘッドの一カ所から一房だけながーーい髪伸ばしたり、
見るからに怖そうな人だったみたいです。
「ジェットコースターとか前の方に乗るとさー、その一房だけ長い髪が
後ろの方までなびいたんだよなー。(笑)」と、エディーさん。
昔の髪型の思い出話もしてくれました。(^^)
ベラさんは、昔から言う事がいつも大げさだという例でこんな事があったそうです。
「昨日箱根まで車で行ってきたよ。」というベラさんに、大槻さんは、
「ベラさんだったら早かったんでしょうねー。何キロくらいで走ってたんてですか?」
そこでベラさん一言「マッハだ!」(爆笑)
筋肉少女帯の曲「銀輪部隊」の「銀輪銀輪マッハマッハ〜♪」は
ここから来たと、大槻さんは言ってました。
今回、昔の映像が何本か上映されましたが、最初に流されたのは
歩行者天国を大槻さんが白塗りでよろよろと歩く幻のプロモーションビデオ
「釈迦」です。
出演者の頭の上に丸めてつり上げられていたスクリーンが
するすると降りてくると、丁度内田さんの頭に当たりそうになっていました。
内田さんは気づかないのか、その位置から動きません。
私はハラハラして、「ああ、うっちーが、うっちーがぁぁぁ。ぶつかっちゃうー。」と、
ぶつぶつ言っていたら、他のお客さんも気が付いたみたいで、
口々に「うっちーが、うっちーが・・・」(笑)と心配していました。
会場がザワザワしているので、内田さんもやっと気が付いて
直撃する前に手でよけていました。 (^。^) ほっ・・・。
プロモーションがはじまると、思いっきり妖しい大槻さんの姿。
そして、わっかーーい本城さんの演奏している姿が写り目が釘づけです。
一番笑ったのは、白塗りの大槻さん(メッチャ若いーー!!)が、
フラフラと道を歩き時々カメラに向かって右手に持った何かをみせます。
袋らしいのですが、最初ぶれててよく見えません。
ずっとみていると、その袋はなんと、ハートのマークの付いた小麦粉・・・
みんな同じタイミングで笑っていました。
私はよく趣味でお菓子とか焼いてたので、その小麦粉は使った事がありました。
そっかー、その白塗りってその小麦粉なのねー。(^_^)
そんな風に思うと可笑しくて暫く笑いがとまりませんでした。
道理で白塗りの表面がガビガビしているわけです。
それからそのビデオの途中に、インサートカットとして白黒の映像が。
昔の学校の様子や、車に人間の代わりに人形を乗せて
車が衝突した時の衝撃の様子を車内のカメラで記録したもの等が写りました。
なんとこれは、「プロモーションを撮る時にどんな風に撮りたいか?」と、
聞かれた時に内田さんが趣味で録画していた教育テレビの映像を家から持ってきて
「こんな感じにして欲しい。」と言ったところ、そのまま使われてしまったとのこと。
ちなみに、衝突の映像は「ウルトラアイ」から録画したモノだそうです。
そのあと、一旦上映を止めて、そのビデオを撮る事となった
いきさつを話していました。
大槻さんが、「みのすけなら知ってると思う人が出てくるよ。」という説明の後、
二本目のビデオの上映はがありました。
昔の、新宿ロフトで演奏された「いくじなし」の貴重な映像です。
「みのすけなら・・・」と言われた人は「いくじなし」の演奏中出て来て
間奏の部分でお芝居の言い回しで同じセリフを繰り返し言っていた
手塚とおるさんという方です。
その後、デビューするかしないかの頃、みんなどんなバイトをしていたか?
という話題になりました。
三柴さんは、日光江戸村での吉幾三ショーと三波春夫ショーの警備と、
その後のバナナのたたき売りのバイトをしていたそうです。
三柴さんが、吉幾三のライブのトークが面白いと盛んにその頃言っていたので、
大槻さんは「俺、あの時吉幾三にヤキモチやいてたんだー。
くそー、俺もMCがんばっておもしろくしてやるー!って。」
・・・やっぱり大槻さんにとっての三柴さんってとっても特別なヒトだったのねー。
(いや、あの変な意味でなくて・・・笑)
それを聞いて三柴さん、「あれぇー!?そうだったの?いやぁ、吉さんのMCは
完成されてるっていうか、もうキッチリ出来ているものを間とかで笑わせるんだけど、
大槻のはアドリブとか、どっからもってきたんだそれっていう
発想のおもしろさがあるから全然(種類が)違うからねぇー。」と、
なんだか、浮気がばれた時のいいわけをする様にアセって説明してる三柴さんが
かわいかったな。(^_^)
その他にも三柴さんはブルマートでもバイトをした事があったそうで、
夜中にレジ打つ時に靴の下に空き缶はめて、やけに背の高い店員になって
お客を怖がらせたり、裸の上にエプロン一丁でレジ打ったり
けっこういろんな事してたみたいです。(笑)
内田さんはその頃特に何もしていなかったそうです。
大槻さんもバイトはしていなかった様でした。筋少のメンバーではないですが、
有頂天のケラさんもコンビニでバイトしていたそうで、
お客がいないときアイスをレンジであっためて溶かしてからまた元の場所にもどす、
などの小さな悪事を重ねていたそうです。(笑)
みのすけさんは、ファミリーマートでバイトしていて、
けっこう認められていたらしく、店長になるか?とかいう話しまで
あったそうです。
筋少には一時期正式なギタリストがいなかった時期があって、
その時今野さんの紹介だと言ってやってきてしばらくの間
筋少のライブ等でギターを弾いていた人で加藤さんというヒトがいたそうです。
みなさんカトちゃ と呼んでいましたが、そのヒトが演奏している
珍しい映像も上映されました。
(仙台方面のNHKで昔流れた映像「仙台ロックンロールオリンピック」
に出演していた筋少の演奏する「元祖鼻血ブー伝説」の様子)
しかし、このカトちゃ、今野さんは知らないヒトだといいます。
今でも、「こいつは誰だったんだ!?」 というのが大槻さん達の疑問だそうです。
そういえば、今野さんからこんな発言もありました。
「あの頃、大槻にどんなCD作りたいの?って聞いたら、お前こう言ったんだ。
『売れるヤツ!』」その瞬間会場からは、あぁ〜〜ははははぁぁぁ〜〜〜。と、
大槻さんを責める様な笑いが起こりました。
UGS出した時言ってた事とまるっきり違う事いってたんじゃないっっ!と、
誰しもが思った事でしょう。(笑)
大槻さん自信も驚いて「ええっ!俺そんな事いってた?!」と、はずかしそうでした。
それに関連した話題だったと思うのですが、三柴さんが筋少を去ろうとした
理由についてこんな風に言ってました。
大槻さんは売れて芸能人になりたかった様だったけど、
三柴さん自身はそういう気がなくて、ちょっと求める方向が違って来ていたので
やめようと思ったと・・・
「俺オヤジが銀行員だし、おじさんがディックミネだからさー。
芸能人には絶対なるなって親からいわれてたんだー。」と、言う三柴さんに、
大槻さん達「それと芸能人になっちゃいけないって事とどう関係があるんだよっっ!」
と、突っ込み。(笑)
どうやら親戚が集まるとディックミネさんの事についていろいろあるらしく
(そういう事はやってはいけないという感じの話が出るのかな?)
銀行員をやっている様なお堅い三柴さんの親には、芸能人に対する
偏見があったそうです。
大槻さんは、その発言を聞いて、「ええー、そうだったのぉー?!それが理由だったの?」と、
少し驚いていた様です。
デビューして有名になる事に焦っていた大槻さん自身が、
三柴さんを遠ざける理由になっていたことにやっと気が付いた様でした。
それから、みんなで筋少新聞の第3号に載っている「内田日記」を読みながら、
いろんな思い出を語ってくれました。
デビュー直前・直後の筋少の様子を内田さんが撮影した8ミリビデオも上映されました。
その中には、もと筋少ギタリストの関口さんをいじめる三柴さんの姿も映っていて、
まさに内田日記の通りだと、みんな笑っていました。
一台のバンに楽器も、メンバーも乗ってツアーに出る様子も映っていて、
それが映ったとき、大槻さんは嬉しそうに
「ああ、ホラ、『バンドワゴン』だ、『バンドワゴン』だ!」と言って
懐かしい様な照れたような笑顔になっていました。
(『バンドワゴン』とは、大槻さんが一押しのバンドものの映画です。
デビューするかしないかの頃の自分達ととてもだぶるところがあると
以前言っていました。)
最後の方で、新宿ロフトの映像で、ドリフターを演奏している所を
見せてくれました。
私は、この曲をちゃんと聞いた事がなかったので、ああ、これがそうなのかー、と
思ってじーっと見てしまいました。
最後にゲストのみなさんに一言ずつ言ってもらってましたが、
印象的だったのは、今野さんの「今日は桑田君のライブだったけど、
こっちの方がおもしろそうだったからこっちに来ちゃった。」という言葉に
お客さんからも拍手がわいたこと。
今野さんは、「あ、いやそんな大した事じゃないから。」と、照れてましたが・・・
なんかそう言う風に言ってもらえると、嬉しいですね。
そんな感じで終始なごやかに行われた第一回目ののほほん学校でしたが
なんとなく雰囲気わかってもらえましたでしょうか。
ホントはまだ書きたい事があるのですが、ひとまずこれでレポは終了です。
最後まで読んで下さった方ありがとうござました。
<1998年08月・とーやま>