わたしの敬愛する、清少納言は言いました。



夏は、夜 ―――――― 、と。








HANABI




?』


「ん?」


夜8時。

すっかり長くなった日照も漸く消えて、やっと部屋の中が落ち着きを取り戻す。

『おみやげ買ってきた』

「買ってきた、って。今どこにいるの?」
んちの前。あけて?』




珍しく早い時間に彼からの電話。
逢いにきてくれるのかとは思ったけど、まさかもう家の前なんて。

「鍵開いてるから、入って来ていいよ?」

『や、外出てきてよ。つーか危ないから鍵かけとけっつったろ』

「えー?外でるの?」

もうお風呂も入ってすっぴんだし、あんまり外出たくないんだけど…;;

でもまぁ、剛くんは1回言い出したら聞かないひとだっていうのはわかってるし、
ここはおとなしく従っておこう。


「はいはい。ちょっとまってね。切るよ?」

『ん』

軽く手櫛で洗いざらしの髪を整えて。
部屋着のスウェットをデニムミニスカートに履き替えて。
Tシャツは…いっか、そのままで。

ガチャ

「おせぇよ」
「…」

…オレ様め。

「なに?お土産って」

「コレ」

剛くんが指差した、彼の足元。


「…花火!!!」

「おう。今年まだやってないっしょ?」
「やってない!」
「さっき煙草買いにコンビニ行ったら見つけてさ、まぁ珍しく早く帰れたし、と思って」

ご丁寧に、小さなバケツまで。

「…これは、なんか可愛いな、と思って」

ピンクで金魚柄のバケツをあたしが持って。

2人でやりきれるのかと不安になるような量の花火を、剛くんが持って。


近くの広い公園まで、指を絡ませて歩いた。

夜は、周りがあんまり見えないからすき。

そんな理由で夜をすきになれたのも、あなたと出逢えたから。


「よし、この辺で」

「ローソクは?」

「…ねぇよンなもん」

「…どうやって火ぃつけるの?」

「ライターで直接。1本つけりゃコッチのもんだし」

コッチのもん、って。

剛くんがゴソゴソと花火の束から取り出したのは、7色の光が噴射する手持ち花火。

「はい、持って」
「ん」

おとなしく持って、剛くんに火をつけてもらう。

先端の紙にゆっくりと火が着いて、ゆらゆらと燃えていって


―勢いよく、まばゆい光があふれ出した。

「やっぱいいな。よし、んじゃコッチに火ィ移して」

何本も花火を束で持ってる剛くんは、夏休みの小学生みたいで。
いい大人が、なにやってんだか。

そう思いつつも、やっぱり心楽しくて。


ねずみ花火、ロケット花火、手筒花火に噴水花火。


子どもみたいに大はしゃぎして、まだ夏の入り口なのに、夏休みの終わりのように笑った。

「最後はやっぱコレ?」

袋の底に残ったのは、線香花火。

「シメって感じだよね」

2人で並んでしゃがみこんで。

剛くんのゴツいライターが、ゆっくりと線香花火に明かりを灯した。


「…ずっと、落ちなければいいのに」

そう呟いた声は、夜の闇に溶けたのか、それとも彼の聞こえないふりか。

返ってこない返事に、不思議と安心してみたりして。

ふいに触れた、まだ温度の下がりきらない地面が、なんだか妙に優しく感じて、
ちょっと涙が出そうになった。


「来年もやろうぜ」

「…ん」

「なーに泣いてんだよ。夏はこれから!」

「…そうだね」


ねぇ、遠くに行かないで。

この線香花火が落ちてしまったら、もう離れ離れになってしまう気がするの。


「…、」

「え?」

涙目のまま、呼ばれたほうを振り向くと


ちゅ



確かにそう音をたてて、煙草のにおいの彼の口唇が、わたしのそれに重なった。

「…あ、落ちた」

「…///」

「オレに何も言わずに不安になるの禁止」

「…はい」

「あと、ミニスカ履いてしゃがむの、オレの前だけにしろよ?」

「…ばか」


夏は、夜。

ひとりなら怖い闇の中も、一緒ならすきになれる。

だって、手をつなぐのも、キスをするのも、2人だけの闇の世界なら、
恥ずかしくもなんともないから。