モーニング娘。のファンになる過程にて欠かせないミュージシャンがいる。それがLUNA SEAである。
2000年12月27日に惜しまれつつ全活動を終了したが、今でも彼等に対する思いは冷めようとしない。
まず、LUNA SEAとの出会いを書かなければならないであろう。彼等を知ったのは1996年の時だった。ちょうどロックバンドに興味を持ち始め、ギターを始めようと思っていた頃、今までのロックバンドとは異彩を放つ彼等の曲になぜか引き込まれてしまった。
その後、アコースティック、エレキとギターを弾くことに夢中になり当然彼等の曲をたくさんコピーしていった。SUGIZOの情緒的かつテクニカルなフレーズ、INORANの幻想的かつ深みのあるフレーズ、ハードロック、パンク、ヘビメタ、ヒップホップ(DJ KRUSHが関わった曲)、クラシック(providence・・・「EDEN」収録)とジャンルを超えたSTYLE、RYUICHIの哲学的な歌詞、5人5様のバラバラな個性がなぜか一つになって聞こえるところ。。。彼らの魅力はこのページだけでは語るに足らないだろう。
 初参戦は1998年のクリスマス、懸賞でGETした東京ドームのライブだった。当然本人達はあまりに小さかったが、ライブ内容はとても濃いものであった。とにかくライブ全体の展開の仕方がとても上手かったのである。特に真矢のドラムソロからJのベースとの絡みに至るシーンは印象が強い。真矢のドラムソロはまるで一打一打がメロディーのように構成されていきとにかく驚きの連続だった!また、当時ベースという楽器のことをあまりよく知らなかったが、これを機にベースに大きな興味を抱くものとなった。当時トランペットという目立たざるを得ない楽器をメインにやってた僕にとって「影の立役者」的なベースはそれほどまでに新鮮だった。おそらくJは初めて「ベース=目立たない」の概念を崩すことになるきっかけを作った人であろう。
 もう一つ驚いたのが、「ファン」である。RYUICHI「ここにいる5万人のLUNA SEAのメンバーへ・・・」といったMCのせいか各人が「ファンとしての強い自覚」を持っていたのである。そんなきっかけがあるせいかコンサートでは「観客=一緒にコンサートを作る出演者」という意識が自然と芽生えてくる。コスプレなんかしてキャーキャー叫んでるゴテゴテのファンばかりかと思いきや、こんな風に観客としての強いポリシーを持って活動してるやつもいるんだな、という感じで何だか心を動かされた。 次に参戦したのは99年5月29日、忘れもしない「結成10周年記念人数無制限東京ビッグサイト廃墟野外ライブ」(勝手に命名)である。公演3日前、突然のSTORM(大嵐)でステージが崩壊、開催そのものが危ぶまれたが彼等はあえて廃墟のままでライブをやったのである。昔から「嵐を呼ぶバンド」と恐れられていたが、彼等はその嵐に負けないどころか嵐をも舞台として利用してしまったのである。まさに「タンポポ」だ(謎)。
 そしてLOVEマシーンが空前の大ヒットとなりモーニング娘。に惹かれ始めた99年末SLAVE(LUNA SEAファンの愛称でもあり公式FCの名前)にも驚愕のニュースが舞い込んだ。当時娘。の卒業が決まってた石黒 彩真矢が熱愛というのがそうである。当然、クリスマスに東京ドームで開催されたGLAYとの合同ライブにてこの話題がファンの間で盛り上がったのは言うまでも無い。LUNA SEAで妻子持ちがはっきりとわかってたのはSUGIZOだけであったが、残念なことに離婚してしまった。それだけに2人がもし結婚したらどんな家庭を築くのか大きな期待を抱くことになった。
 新曲gravityが好調な滑り出しを見せた2000年4月、友人からモーニング娘。コンサートの誘いが来た。それも武道館でしかも市井紗耶香卒業コンサートであった。ほとんどLUNA SEA一色であったファン人生に大きな転機が訪れ、気が付けば娘。とLUNAで頭はいっぱいであった。(第1章にて)
 本番を1週間後に迎え、頭がいっぱいになっていた2000年5月12日、このニュースで僕は目が覚めた(というより目覚まし代わりに起こされた)。「真矢・石黒 彩結婚!11月に2世誕生予定」・・・あまりの速さに心配はしたものの2人の愛の大きさにびっくりさせられた。そして大好きな2グループに掛け橋ができたことが何より嬉しかった。当然、結婚生活もままならないまま即「理想の夫婦・家庭」となってしまったのは音楽馬鹿の僕には言うまでもない。そのわずか2日後、LUNA SEAのライブがまだ娘。コンの興奮冷めやらない武道館で行われた。残念ながら参戦できなかったが、とても盛大だったことは言うまでも無い。
 そして娘。ファンとして目覚めた武道館コンから2ヶ月、7月15日、真矢が結婚して初めて参戦するべく横浜アリーナへと向かった。もちろん、彼のドラムソロの時に大歓声が巻き起こったのは言うまでも無いが、それ以上に大人の風格、落ち着きを帯びたメンバー、より優しい顔になった彼、そしてそれに比例するかのようにファンも何か変わっていた。コスプレやら特攻服やらで相変わらず目のやり場に困るファンはいたが、「暴徒」という感じは薄れていった以前参戦した時はMCすらまともに聞けないファンもいて、同じファンとして恥を感じることすらあったぐらいだからこれはきっと大きいだろう。

 ・・・こんな風にLUNA SEAとモーニング娘。は僕の中で化学反応のようにがっちりと結ばれていき、心の支えとなっていった。そして11月26の娘。コンツインメッセ静岡公演、そして28日のLUNAライブ静岡市民文化会館公演の参戦も決まり非常に充実していたさなか、「ファン」の概念すら頭の中から消し去ってしまうぐらいの出来事が起こってしまった。

 7日朝、通学中たまたま立ち寄ったコンビニにて、いつもは通り過ぎてしまうスポーツ新聞のコーナーから目を疑うような文字が飛び込んできた。
 「LUNA SEA、今年で解散」
・・・言葉も出なかった。現実すら疑ってしまった。当然このスポーツ新聞を買ったことは言うまでも無い。
 この日はシングル「LOVE SONG」をフライングGETしたが、空しさだけが残るのであった。何よりも解散の理由がわからなかったことが、空しさを増していった。そして2つのファンとして唯一にして最大の罪を犯してしまった。
 その空しさはいつか苛立ちに変わっていった。「みんなの絆はこんな程度だったのか!」というLUNA SEAへの苛立ち、それだけで終われば良かったがその矛先をあろうことか娘。にまで向けてしまった。「まさか、あの女が!」、その思いが頭から離れなかった。ここで本人達の気持ちを考えられなった僕はファンとして、そして人間として、何と言えばいいのだろう?そうしてるうちに僕はこんなことすら考えてしまう。

・・・「もう、誰のファンにもならない・・・」

 そしてその夜、11月28日のライブを先取りするかのように夢を見たのであった。終演後、何とも言えない悲しみにくれるファン達の中に紛れていた僕は「なんでだよー!みんなの情熱はこんな程度だったのかよ!」と半ば自暴自棄になっていた。とその時、あるものが僕に向かって投げられた。それは流れ星のごとく僕を狙ってきて、僕は恐れながらも渾身の力で受け取った。真矢のスティックだった!普通なら1本しか投げてこないはずなのになぜかちゃんと2本一組になっていた。よく見るとメッセージが刻まれているのであった!
 「俺たちの曲、しっかり歌い次いでくれ!」
これは楽器を奏でている僕には痛いほどよくわかった。だが本当に伝えたいメッセージはもう片方のスティックに刻まれていた。
 「彩の姉妹たちのこと、大切にしてやってくれ!」
「彩の姉妹たち」とは言うまでも無くモーニング娘。のことである。でもなぜ!?煮え切らないまま朝を迎え、何もなかったように夜になった。家に帰ると母さんの口から自分の罪を自覚させられるべく重い一言が心を直撃した。
 「彩と真矢の間に女の子が生まれたよ!きっと可愛い娘だろうね!」
・・・僕は一体何をしてたんだろう?本人の意思を尊重し、暖かく見守る。それがファンじゃなかったのか!
翌日、彼らの記者会見がしめやかに行われた。彼らはLUNA SEAとしてやるべきことは全てやったと悟ったのであった。若すぎる僕は「悟りを開く」ことがどんなことかまだわからないが、彼らの表情は充実感にあふれていた。特に父親になったばかりの真矢の表情は印象的だった。「世の中にこんなに愛しいものがあるのか」と語っていた彼はどことなく現代の父親と違った芯の強さが感じられた。
 何でもっと早く彼らの気持ちを読み取れなかったのだろう?どうして彼らを信じなかったんだろう?ひたすら無情な自分を悔やむばかりであった・・・
思い出してみれば最後にして最高のアルバム・LUNACYに収録された伝説の曲「FEEL」・・・それはまさに彩っぺと真矢の大きな愛を描いた曲だった。作詞者のRYUICHIは2人を暖かく見守って欲しいとファンに願ってたに違いない。
 これをきっかけに僕はファンに対する意識を変えた。ファンは自己満足ではない、追っかけでもない、ましてやヲタクなんて・・・本人を盛り上げる、本人の気持ちを伝える、本人を暖かく見守る、本人の魅力を他の人に伝える・・・それこそ真のファンであると、もしあの時「もう、誰のファンにもならない・・・」と思い続けていたら・・・僕は鬼だっただろう、悪魔だっただろう、愛のない人間になってたかもしれない。
 そして28日、2日前の娘。コンサinツインメッセ静岡からまるでバトンタッチでつながれたように、僕にとって最後のLUNAライブが約3キロ先の静岡市民文化会館で行われた。開演前から泣きっ放しのファンもいて当然名残惜しさでいっぱいのライブだったが、予想していた未練がましさは無かった。本人も、そして僕達ファンも「精一杯やったぞ!」って感じだったのだろう。
 そんな中、途中で機材が故障してしまった!なぜか2日前の娘。コンでも「ふるさと」で機械が止まってしまい観客だけで大合唱した・・・絶対2つの間には不思議な力がある!そう確信した瞬間だった。
 気が付けば本編が終了し、アンコールを待っていた。渾身の力でアンコールを唱えていた僕の頭にある記憶が蘇ってきた。半年前、同じ静岡市民文化会館にて、4月30日に僕達が全ての力を振り絞り、涙涙となった「吹奏楽部引退コンサート」であった。吹奏楽部と6年間運命をともにしたこのホールは僕にとって聖地である。
「今日このホールで、LUNA SEAと運命を共にしよう」
そしてライブはあっという間に幕を閉じいつまでも「ありがとう」と叫ぶ俺がいた。

LUNA SEAとモーニング娘。

2001年10月12日現在

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