famous 2001年 2月号

初ワンマンライブ完全レポート

初ワンマンライブ完全レポート

UAと浅井健一の2人が中心となって結成された新バンドAJICO。「AJICOとは宇宙を彷徨うヨットのことです。」メンバーの1人浅井健一はバンド名の意味をこう説明する。20001130日、東京・新宿で行われた初のワンマン・ライブ。わずか10前に情報誌1誌とラジオなどで告知されたのみだったにもかかわらず、チケットは一瞬にして完売した。この日、会場に集まった人たちが耳にした新しい音楽と、自ら立ち会った新しい「歴史」が始まる瞬間の記録。

 

 

予定調和に慣れすぎた耳には異物感のある音楽

美しいものは人を沈黙させるという。

 その夜、AJICOの“プレミアム・ナイト”は静謐な空気に包まれていた。話題のバンドをいち早く観たいという熱気は、リキッド階下から押し上げられていたのだが、AJICOの演奏が始まると熱いものをグッと飲み込み口を閉ざす気配が漂った。

 UAがベンジーとバンドを組むらしい。

 そんな風のうわさを聞いたのはブランキー・ジェット・シティの解散が決まった前後だったように思う。それをさほど意外だったように思う。それをさほど意外だったと思わなかったのは、UAのアルバム『turbo』で、既にベンジーが「ストロベリータイム」と「午後」の2曲を提供していたからだ。その2曲でギターもプレイしていることから、AJICOの音像も、多少なりとも想像できる・・・・・・というのは、しかし甘かったのだが、「ブランキーがすき?」とUAに訊かれたのはいつだったのだろう?「もちろん!」と答えたのはあの時は、まさかこのバンドの誕生を予測することなどなかったのだが、両者に共振する何かは、それぞれの音楽を聴いてきた者ならみつけられるのではないか?私はそう感じながらこの夜のライブに向かった。4人が薄暗いステージに出てくるだけで、緊張感が高まる。何か“伝説”に立ち会っている気分にさえなるような。もの哀しいフォルクロ−レのBGM、中央にUA。左にベンジー、右にTOKIE、奥に椎野恭一。この4人がAJICOである。

 ベンジーのギターで始まった1曲目は「深緑」という。ベースとドラムが静かにビートを刻みながら、UAの歌が入る。それこそ深いグリーンのライトがステージを照らし、AJICOの音の世界を決定づける。続いて、「素敵なあたしの夢」。タイトルから連想されるようなスウィートな曲調ではない。けれで、一音一音が体の中に入り、決して溶け合ったりはしない。そういう異物感がある。予定調和に馴れすぎた耳には、AJICOの投げかける音は十分、“問題”であろう。けれで、それこそがAJICOの価値である。

 

男臭さや女っぽさを超越した両性具有バンド

 

「美しいこと」は、ベンジーがメイン・ボーカルのセカンド・マキシ。“素直な心で”というサビとリフレインを素朴という以外の表現で歌えるのは浅井健一だけだろう。彼の持つ孤独で漂泊する魂の表現は、日本のロックに風穴を開けたが、AJICOではさらにディープ荒野に分け入ろうとしているのか。傍らではタンバリンを叩きコーラスをつけるUAの姿に“バンド”であるという事実を改めて思い知ったが、男2女2のこの編成のバランスが実はすごく重要である。優れた表現者の両性具有性はたびたび指摘されているが、AJICOはバンドごとそうではないか?UAもベンジーもボーカリストとして唯一無二であることは誰もが認めるところだろう。そうたらしめている理由に両性具有性がある。男臭さや女っぽさを超えた性を、私はこのバンドから感じたがどうだろう?

 ファースト・シングル「波動」のカップリング「金の泥」の無国籍性もAJICOの特質だろう。ベースのTOKIEにしても、ドラムの椎野恭一もテクニックは申し分のないミュージシャンだが、AJICOの深みはこの二人によるところが大きい。お互いの個性をかなり深いレベルで認め合っているプレイには、パーマネントなバンドとは違うテンションがあり、聴き手も集中せざるを得ない。“音楽を聴く”という行為に没頭できる音楽なのだ、これは。

 ライブ当日にAJICOの手がかりになる曲はシングル2曲のみ。あとはどんな曲が待ち受けているか分からないという状況はおもしろい。知っている曲で盛り上がる楽しさもいいが、ライブで初めて聴くという出会いは格別なものある。だいたい、何曲やるかも検討がつかない“新人バンド”なのだいちいちスリリングである。

 「GARAGE DRIVE」もベンジーがボーカルを取る。ブランキーのファンにはうれしいタイプのロック・ナンバーだ。“幼い頃”“ドライブ”“星の彼方”という彼らしい言葉にあの声とギター。カッコイイ!と一言だけですませたくなる。この曲でジッと凝視していた観客もずいぶん温まってきたようだ。AJICOにおけるベンジーのポジションをやっと理解できたというように。

 

誰とも比べられないこのバンドにただ圧倒されていた

 

 ロマンチックこの上ない曲が「メロディ」。優しいメランコリックなギターの調べに、UAの押えたボーカルが寄り添う。この地球に生きる幸福を美しく描いた歌詞がいい。非常な世界に生きているという自覚があってこそのいつくしむ気持ちがある。音楽家はロマンチストであってほしいという願望を、今の混乱した時代に叶えてくれている存在なのかもしれない、AJICOは。

 決してハデとは言いがたい。最新モードを備えたビートでもない。けれど、だからこそ胸を撃つ。時代が孕んでいるものしこたま入っている。

 「青い鳥はいつも不満気」のダウナーな雰囲気はきわめて今を描き出していてゾクッとした。不条理な映画よりも始末の悪い現実が投影されているようにも思える。ややふしだらなUAの歌いっぷりも“感じ”が出ている。やりきれなさを表現できる歌い手なのだ。明るくポジティブであることばかりにやりきれなくなってきた時代をAJICOは音楽を見抜いているのかもしれない。

 「カゲロウソング」は、1曲で映画のような内容を伴っている曲だ。聴く者をストーリーに導いていくようなバンドのアレンジも素晴らしく、余韻がいつまでも残る。うまくは言えないが未来を信じるポジビリティを感じる。押しつけがましくない。静かにジワジワとクル。

 「みんな静かやな?」

UAが言った。場が少しなごんだ。が、ピリピリしているというのではない。他の誰とも比べられないこのバンドに圧倒されていたのだ。

 続いて、ベンジーの歌う「フリーダム」。「ロッケンロール」と低くベンジーがささやく。シンプルで軽快なRRをストレートにやってみせる余裕も、このバンドは持ち合わせているようだ。

 コンセプトめいたものたぶんない。必然的に集まったこの4人が互いの音を出したらこうなった。本来バンドというものはそういうものではないだろうか。

 ラストは「波動」。“ねぇ 聴いて 新しい波のリズムを”と歌うAJICO。新しいバンドはうねっていた。