| 音楽と人VOL.84 | ![]() |
| FRONT ISSUE UAとベンジーのコラボレートにより生まれたバンド、AJICO ファーストシングル「波動」にはりつめた繊細なリリシズムの正体とは? 既に誰もが知っていると思うが、AJICOというバンドの事実関係を整理しておこう。 昨年リリースされたUAのアルバム『turbo』に収められているベンジーの楽曲「ストロベリータイム」と「午後」。この2曲がすべてのスタートだった。〈この曲をUAが唄ったら凄ぇカッコよくなる〉。そう思ったベンジーが、彼女をヴォーカるにしてバンドがやりたい、となり、自然な流れでこういう形になっていくのにさほど時間はかからなかった。 同時にUA自身も、重ねてきたキャリアの中で、歌い手として自分より生々しく表現できる方法を探していたんだと思う。それがベンジーとのコラボレートであり、彼女が生まれて初めて経験する、バンドのヴォーカルとしての立ち位置だった。そしてその波はゆっくりと広がっていく。 turboツアーを共に廻り、絶対的に必要だと感じた椎野恭一のドラム、そしてベンジーが紹介したTokieの生み出すグルーヴ。それはごく自然に、静かな衝撃を発した。AJICOは限り無く強い必然と軌跡の中で生まれていたのだ。心の中が震えているような、凛とした緊張感が溢れ出す。ファーストシングルとしてリリースされた「波動」、そして2月に予定されているというアルバムの楽曲たちも、ギターと歌が織り成すスリリングな会話に、ドキュメントな感じでリズムが乗せられていく。ジャムセッション的な色彩さえ色濃く感じられるこのサウンドは、エモーショナルなんて言葉も安直に感じられてしまうほどのリアルがあった。AJICOという生き物の鼓動、静かな息づかいが感じられた。 そして力強い言葉たち。繊細ながらもここで唄われようとしている歌たちには強い言葉がある。何があっても恐れない、自分自身を強く持った言葉だ。 〈もしも愛がもの足りないのなら私は海を飲み込もう〉 何もかもを愛で受け止めてしまえる、変わらぬ熱を抱えた、迷いのない強さ。これは今までのUAにない、AJICOで生まれてきた何かであろう。 11月30日には、突然リキッドルームでライヴも行われたというが、2月からツアーも含めて、この繊細に張り詰めた世界が、ライヴというより生々しい舞台の中で、どんな地図を描き出すのか、それが何よりも楽しみなのである。(金子裕史) シュールで神秘的―――そんな言葉が頭の中を回っていた。AJICONO初体験は夏の〈EZO ROCK〉にて。その時は「波動」を含め、7曲ほど演奏されたはずだと思う。UAとベンジーの新バンドということで大いに注目されていたわけだが、演奏が進むにつれて、あるファンは前列からだんだんと後ろに下がり、またあるファンは立ち上がってステージを凝視しはじめたりと、このバンドの初ライヴはさまざまな反応を呼んでいた。 そのあとすぐに4人に話を聞く機会がのあった僕は、さっきの〈シュールで神秘的〉という訳のわかんない言葉を口走ってしまい「それ、どういう意味?」とUAを困らせてしまった。その隣でベンジーは「いいことなんじゃない」と微笑んでいた。 やがて「波動」がシングル・リリースされ、手元には来年発売されるアルバムからの何曲かが到着した。それらを聴いていると、自分があの夜、どうしてああいう抽象的なことを感じてしまったのか、その理由がわかってきた。 UAもベンジーもヒット曲をたくさん持っているアーティストである。だけどAJICOでふたりが交わろうとしている地点は、もっとスピリチュアルなところにある。ベンジーのメロディはUAという唄い手を得ることでより自由な翼を広げ、そこでUAはリアリティにもファンタジーにも傾かない、文学的な言葉を綴っている。その交歓からは、互いのリスペクトの念すら感じられる。これは僕の思い込みかもしれないけど、歌の中でピュアな人間性をのぞかせるところや、そのどこかに悲しみの感情があるところなど、ふたりの感性が一致するところは少なくなかったんじゃないだろうか。 この両者に名うてのリズム隊が加わって作られる、熱く大きなグルーヴは、時にはインプロビゼーションにも突入するほどフリー・フォーム。しかし決して聴く者を突っぱねるようなことはない。思えばここ数年のUAは、徐々にゆったりとしたスケールのあるグルーヴに移行していた。一方のベンジーはエイトビートと異なるリズムで自分の作品を模索し、シャーベッツという繊細な表現体を獲得したところ。数年前の二人ならもっと違うベクトルだったろうし、AJICOのような音は実現しなかったかもしれない。 「波動」の中でUAは〈ねぇ 来て 新しい波のリズムに〉と唄っている。僕にはこれが、みんなをAJICOの世界に誘ってくれている言葉であるように思えてならない。(青木優) |
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