Takayuki, ITO --伊藤貴之--


Nampey
での・・・ 

担当楽器:ウィンド・シンセサイザー、トロンボーン、MIDI製作、

担当部署:メルマガ発行担当、MP3製作、音楽監督、作・編曲、味見奉行(>ひたすら大酒のめればいいくせにっ)
      ・・・それと、木おやぢギャグへのすばやい反応とつっこみはおみごとです

位置付け:大里みどりの中学からの腐れ縁的同級生。   
     高木家の梨加(りんか)お嬢に、たいそう好かれている、いけないオトナ。

 

プロフィール(本人による)

196X
年生まれ。ピアノやオルガンを習うこともなく、小学校卒業までは、
楽譜の読めない音痴な子として育つ。

198X
年中学入学。クラスメートに無理やり連れられて吹奏楽部に入部。
(ちなみにそのクラスメート、吹奏楽部には入らなかった・・・)
トロンボーンを始める。へ音記号を知らなくて先輩に笑われる。
それと同時に、自宅で作曲の真似ごとを始め、自作のミキサーと、
お年玉で買ったミニキーボードで、アレンジを始める。
吹奏楽部で大里みどりに出会う。中学3年の3月のコンサートで、
受験そっちのけで一緒にコンサートの企画を担当し、意気投合する。
声と態度の大きさは昔も今も変わらず・・・(え、おたがいさま?)

198X
年某県立男子高校入学。吹奏楽を続ける。2年の時に大里宅で高木光二に会う。
まさか、天下の市立K高校吹奏楽部の副部長だったとは・・・
(だっていつも寝てるんだもん。)
3年の時に高校の後輩として横山勝巳が入学。天才とア●の紙一重の
ような音楽センスに、入学当初から強いオーラを感じた。
高校生だけの一般吹奏楽団体 the HNO3 を結成し、高校3年の3月に、
初めて高木、大里、と3人そろってステージに立つ。

198X
年大学入学。吹奏楽部の最初の宴会で、いきなり終電すぎまで飲んで
学生指揮者の家に泊まりに行き、翌日には指揮棒を渡される。
以後、学業そっちのけで吹奏楽アレンジと指揮法の勉強に明け暮れて
4年間を過ごす。
高木、大里らと結成した南平ウィンドアンサンブルにおいても、
引き続き指揮を担当する。30人そこそこの少人数アンサンブルで、
独学による独自(=ひとりよがり?)の作曲・編曲スタイルを発揮する。

199X
年就職。本業はIT企業の研究員。なんと横山が同じ会社の同期入社で、
研修のビルでばったり会ってお互いに驚く。
199X
年頃、インターネットで出会った多くの音楽仲間に刺激を受けて
吹奏楽からバンド活動に転向。いくつかのバンドでホーンセクションを
担当したのち、DTM(コンピュータによる音楽制作)に目覚め、1998
頃から作曲活動を再開。
インターネットインディーズサイトでの上位獲得、FM放送番組テーマソング
の作曲、音楽雑誌への記事執筆、大学での音楽関係の講義(その風貌から職員にはよく学生と間違えられた)
、などを経験する。

2002
年、the Nampey 活動開始。独学による独自(=ひとりよがり?)の
作曲・編曲・コンピュータ音楽制作スタイルを発揮する。


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