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→→→本質

和が、嫌いなもの。「本質の見えないもの」言い直せば、「本質のわからないもの」本質の見えないうちには信用できない。

例えば、音楽。ビジュアルだけでやってるように見える人たちの音楽は聴こうと思わない。これは、あくまでも

「やってるように見える人たちは」見ようとしないから、わからない。そうゆう和の悪いところもかなりある。そうゆう時、

雑誌のインタビューでそのアーティストのことを知って好きになるってこともよくあるけど。
例えば、ジャニーズ。これはほんとに嫌い。ジャニーズファンの人よ、ごめんなさい。けど、マジで嫌いなので。そしてこれは和の考えであるので、

気にをなさらず…。なぜ嫌いか。「かっこいいがなんなの?」「なんのためにあんた歌ってるの?踊ってるの?」

「自分のかっこよさを見てもらうためか??」これに関してジャニーズの人らの考えは聞いたことがないので、和が間違ってることもあるかもしれない。

けど、和にはそうにしか見えないので。歌う目的があるのか…踊る目的があるのか…和は、目的があるならフツーにアーティストやってると思う。

そうじゃないから、おかしいと思ってしまう。まぁ、きっとそうじゃない人たちもいるんだろうけど。それはまだ、和は見えていない。

ジャニーズだからとくくってしまうのもたぶんいけないと思う。けど、あのチビらが自分の意思でやってるのか?ちゃんとした

アーティストと同じ場所にいる資格があるのか…。例えば、人。男にキャーキャー言ってるバカ女、文句しか言わないアホ男。中身があるのか…。

人をかっこいいで判断して何がいいのか。中身が見えているのか。和にしてみれば「かっこいい、それでどうなの?その次は?」という感じなわけで。

その次を知って、それがかっこよければほんとにその人をかっこいいと思えるんじゃないのかな。かっこいいってそもそもなに?顔?

そりゃ確かにお見かけがよろしくないのはイヤかもしれないけど、和は考えや、行動だと思うんだよねぇ…。(恋愛論になりかけだ…。)

本質を知ってこそかっこいいって判断できるものだと思う。要するに、何を考えてるかわからないものが、和は嫌いっていうお話です。

それはまだ和が見えてないことなのかもしれないし、実際に本質のないものなのかもしれない。興味のあることは知ろうとするし、

知ろうとも思わないものはそのまま放っておくかもしれない。