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今朝からどんより空模様。 俺の心を見透かされているようで、うつむいて歩く。 重い脚を引きずるように、ゆっくりと。 突然こんなことになって驚くかな。 あいつ、泣いてしまうんじゃないかな......。 夕べの決意を緩めてしまいそうで、脳裏に浮かんだ竜太朗の泣き顔を急いで打ち消した。 でも正直、心は揺れていた。 あんなに悩んで決めたことなのに。 だって... 俺をなくした竜太朗は、どうなってしまうんだろう...? 考え出すと止まらなくなりそうで、迷いを振り切るように脚を早めた。 俺を出迎えた竜太朗は、まだパジャマ姿で寝ぼけ顔だった。 「こんな早くにどうしたの?」 はだけたボタンを掛け直してやりながら、答えもせず、 「入るよ」 とだけ言って奥のソファーに腰掛けた。 竜太朗はその後をとたとたついてきて、俺の隣にちょこんと座った。 「何かあった?」 その言葉と、俺を真っ直ぐ見つめる目に、思わず動揺しそうになって、慌てて自分を落ち着かせた。 「えっ、いや...まぁ、ちょっと...そうだ、コーヒーくれ。」 竜太朗はにこっと笑うと、「昨日おいしそうなやつ見つけて買ったとこなんだぁ」と言ってキッチンへ向かった。 少し大きめのパジャマと、かなり大きいスリッパの後ろ姿をぼんやり眺めた。 「明がね、好きそうなやつだなぁと思って。」 振り返って笑う竜太朗に、心が締め付けられて痛んだ。 なんにも知らずに嬉しそうにしやがって....。 「はい、お待たせ。」 「あ、あぁ...」 ただコーヒーの渦を見つめる俺の横に、竜太朗は寄り添った。 いつものように頭をこつんと俺の肩にもたげている。 子供のように小さい。 まだ眠たそうだ。 「テレビ見る?」 リモコンを渡そうと差し出してきた手を、俺はそっと拒んだ。 「いや、いいんだ」 熱いコーヒーをいくらか飲むと、心が落ち着いた。 今しかない。 お揃いで買ったコーヒーカップを、静かにテーブルに置いた。 「話があるんだ」 先に言葉を発したのは竜太朗のほうだった。 俺の言おうとしたセリフと全く同じ事を、さらっと言い流した。 「話があるんだ。...でしょ?」 顔を上げると竜太朗は、さっきのまま笑顔だった。 だけどすぐに真面目な表情になって、 「落ち着きたい。寝室に行こう」 と俺の腕を強く引いた。 長い沈黙が流れた。 時計の針の音だけが、やけにチクタクと響く。 いつも優しいその音が、今日だけは表情を変えているように思えた。 「...あのさ」 やっと出た俺のセリフに、竜太朗はうつむいていた顔を上げた。 「あのさ、俺たち、もう...」 「いいよ。」 「え....」 「終わりにしよう。...でしょ?」 俺は言葉を失った。 「....気付いてたのか」 「僕が明のことをどれだけ見てきたと思ってるの?」 見つめる視線の先には、変わりない笑顔。 でもそれは、とても見覚えのある、表情。 つらくても竜太朗を不安にさせないよう、笑顔の練習をしていた、鏡に映っていた俺と、同じ顔だ。 竜太朗。 「...それで、明は幸せになる?」 「あぁ....」 今は、嘘でもいい。 「....あのねっ、僕昨日買い物行ったんだ!」 突然、堰を切ったように話し出す。 「さっきコーヒー買ったって言ったでしょ?そこには輸入雑貨なんかもたくさんあってね、可愛くって何時間もいたんだよ」 「竜太朗」 「だってさぁ、ほら、僕らが出会った頃、明が誕生日のプレゼントでぬいぐるみ買ってくれたじゃん!? それからあのキャラクターが好きでさぁ、そのお店にグッズがあったんだもん。思わず買っちゃっ...」 「竜太朗!!」 俺はいつの間にか立ち上がって、ベッドに座っていた竜太朗の肩を掴んでいた。 竜太朗は泣いていた。 「...へへ、だいじょうぶだよぉ」 お前はいつもそう言った。 決して大丈夫なんかじゃない時も、そう言うんだ。 ただ見つめるだけの俺に、竜太朗はふっと優しい表情を浮かべてから 「僕、女の子に産まれればよかった。」 と、うつむいて呟いた瞬間、手元にあったハサミを瞬時に掴んだ。 俺は反射的にその手を封じて、ハサミを奪おうとした。 刃は開かれていた。 「ぅあ....っ!!」 その刃が、俺の手の平を鋭く抉ると同時に、膝元のベッドシーツが赤く染まり始めた。 「あ、あ...っ」 竜太朗はガタガタと震えながら、握り締めていたハサミを床にこぼした。 「ありゃ...やっちまった...平気だよ、はは...」 必死に痛みを堪えて笑った。 きっと今耐えられないほど傷ついているのは竜太朗のほうだ。 「僕....僕、違うんだ!!こんな体、なきゃいいと思って、僕なんか産まれてこなきゃよかったって、だから僕、僕、自分を....っ!!」 竜太朗の動揺は酷かった。 今すぐにでももう一度ハサミを握り、今度は本当に自分を傷つけてしまうと思った。 だから、ただ必死で抱きすくめた。 「わかってる、大丈夫だから。こんな血すぐ止まるから落ち着け。大丈夫だ。いい子だね、そう、落ち着いて....」 独りぼっちにさせた時、淋しい思いをさせた時、悲しい時傍にいてやれなくてつらい思いをさせた時、 "だいじょうぶだよ。"と強がっていたいくつもの竜太朗が、俺の頭の中を過っていた。 染まった手の平を、強く握り締めずにはいられなかった。 俺がいなきゃ、こいつは独りぼっちだ。 本当の意味で、独りぼっちになってしまうんだ。




 

 DEAD END? HAPPY END?