| 西暦 |
出来事 |
解説 |
| 1973 |
ママから産まれる。 |
ママ曰く、「あんたは産んだんじゃないわ。自分から産まれてきたのよっ!」…どうやら、いきむ前に産声が聞こえたらしい。 |
| 1976 |
音楽に触れる。 |
3歳からエレクトーンを習いだした。おかげで絶対音感が身につく。(高校でやめてしまったが) |
| 1977 |
生まれて初めての敗北感を味わう。 |
兄貴の入園式についていった。目の前にあった、ものすごく興味をそそられるものに手をかけた。回した。一点集中の雨が降った。プールのシャワーだ。「立入禁止にしとけよ…」と子供ながら思った。 |
| 1978 |
幼稚園入園。 |
なんだかカソリックな幼稚園。
ある日、好きな異性の名前を紙に書いて、お互いの名前を書いた子同士を隣の席にするという、なんとも子供の気持ちを踏みにじる提案を、先生がだす。私の書いた小野くんと武田さんが隣同士になった。
教訓:「世の中顔」 |
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管理人、子供の作り方を知る。 |
移動図書館で借りてきた本の中に紛れていたあの1冊…。
『お父さんとお母さんはとっても仲がいいので、産まれたままの姿で一緒に寝ます。お父さんのペニスをお母さんのヴァギナに挿入し、精子と卵子が出会うことで、あなたが産まれてきたんだよ』と…。えぇ、ほとんど本文のままよ、これ。この後何年も、すごく普通のことで、みんな知ってることだと思っていた。 |
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この頃なりたかった職業
『ストリッパー』 |
「あっこちゃんストリッパーになりたいの」って言った時の両親の顔は忘れられない…。大勢に見られて幸せそうだったんだものっ!11PMが悪いんだっ |
| 1980 |
小学校入学。 |
どうやらこの頃、夢と現の狭間で生きていた感がある。プールの授業中、ふと気付くと隣接する幼稚園のブランコに乗っていた。教室に戻って着替えている時のクラス全員の仮面のような視線を覚えている。何時間か経過していたのだが、未だに空白の時間である。 |
| 1981 |
無実の罪をきせられる。 |
教室の亀がいなくなったのが、何故か私のせいにされた。給食のおかずを盗んだとも言われた。全校生徒の前で謝罪させられた。誰も私の意見を聞いてくれない。出来のいい兄貴と比較されつづけた小学校低学年。そりゃ、現実逃避もしたかっただろう。 |
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生まれて初めて演劇を見る。 |
体育館に全員集まって、演劇をみた。知的障害者の役をやっている役者さんを、本当にそうだと思っていた。終了後バラシと積み込みをしているところをみて、普通の女の人だったのでびっくりした。演じることへの興味を抱く。 |
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この頃あったヤバイこと
『お医者さんごっこ』 |
近所の一つ上の女の子。お父さんと2人暮らしだったのを覚えている。部屋のカレンダーはヌードの女性。ドキドキしながらそれを見るのが好きだった。彼女とお医者さんごっこをした。なぜ、医者が病人のパンツに手を入れる!?しかも私が医者。そのようにするようにって、その女の子からの指令だったのよね。 |
| 1982 |
性への意識が高まる。 |
「子供はどこから産まれるのん?」という質問をした生徒がいた。先生は黒板に絵を書き、おしっこの穴とうんこの穴の真ん中だと説明した。お父さんの種とお母さんの卵が一緒になるとも言った。
「じゃあ、どうやって種と卵がであうんですか?」と質問は続く。知っていたのだが、先生が言いにくそうにしているので、なんだかいけないことのような気がして沈黙を守った。少しうつむいてニヤニヤしている質問者。知ってて聞いたな!?「キミは知っているね?」「お前こそ」と目で会話したね。
人間が誕生するという神聖なる儀式が、世間一般では「いやらしいこと」とされている事実に疑問だけが残った。 |
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生まれて初めて商業舞台を見る。 |
榊原郁恵ちゃんのピーターパン。何故かピーターパンよりも、脇役だった男の子役の女優さんに興味を抱く。穴があくまでパンフレットを見つづけた。メインキャストよりも、脇役の人ばかりが気になった。 |
| 1983 |
転校! |
心から嬉しかった。今までの私を誰も知らない場所で生きていける嬉しさ。決して悪くない成績でも、兄貴と比較された過去にさよならだっ!新しい自分を形成し、演じつづけた。友達もできた。とりあえず、少し自分が好きになった。 |
| 1984 |
生まれて初めて宝塚歌劇を見る。 |
言葉では言い表せないものを感じた。一人の主役を支えるために、あれだけの人数が協力しあう。すげぇ。でも、あの中央に立つ人間になるんだ、と当時は考えていた。今でも歌えるこの時の「春のをどり」テーマソング。
終演後、黄色いバラの花束を届けに楽屋口にいった。ものすごいメイクに圧倒される。初舞台ということで、とても幸せそうに見えた。その後彼女が宙組の組長になるまで、陰ながら応援しつづけた。バラが1本500円もすることを初めて知った。 |
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この頃なりたかった職業
『宝塚歌劇団』 |
親に言ったら「ものすごくお金がかかるから、無理」
みんなびんぼーが悪いんだ…(;-; )( ;-;)(;-;
)( ;-;)フルフル |
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この頃あったヤバイこと
『男の子と女の子』 |
クラスで「ビニ本」という単語について、知ってるかどうかを確かめるような、そんな周りの性への意識が高まり出した頃。お互いの身体を見てみようということで、4人でさわりあいっこしたな。危ない方向に進展しなくてよかった。無知でよかった…。 |
| 1985 |
いじめに合う。 |
今でこそ、「イジメられてた?イジメてたの間違いちゃうんっ!」と言われてしまうあきだが…。
イジメがはじまった理由は簡単。「あの子あんまり好きじゃない」と口をすべらしたところ、告げ口される。相手の子が余り大人じゃなかったので、クラス全員に私を無視するよう勧告を出した。翌日からキレイに無視。
しかしながら、この性格なので、みんながサッカーやってたら入っていったし、いくら無視されても、話しかけ続けた。だから先生は気付いてなかったようだ。ウンコ呼ばわりされたり、雑巾を投げつけられたり。本当は、生まれて初めて死について真剣に考えた。 |
| 1986 |
中学校入学。 |
いじめから守ってくれたIちゃんと同じクラスで嬉しかった。と思ったのも束の間、そのIちゃんが、他の子を無視しようと誘ってきた。そんなことイヤなので、普通にしてたら、今度はまた私をターゲットにしようとした。女の子ってキライ…。 |
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クラブ活動に夢中になる。 |
部活内にグループができ、かなりやりづらかった。基本的にグループ組みたがるヤツラが好きじゃないのよ。性格的に目立ちなのでキャプテンになりたかったが、副キャプテンに任命される。キャプテンになった子は、子供の頃から周囲にチヤホヤされてきた、かなり我侭自己中な子で。クラブをサボリ出しやがった。
顧問の先生から「あの子は小さい頃からちやほやされて育ってきたから、キャプテンにしてあげないと、精神的につぶれてしまう子なのよ。実質的には、あなたがみんなをまとめてね」と言われる。今考えたら理解できる話しだが。
中学生の私は、そんなに人間できてません…。子供扱いされてもいいから、キャプテンになりたいタイプです、先生。 |
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いつのまにか、痩せる。 |
2年の時クラスメイトに「スタイルいいよね。そんな風になりたい」と言われ、イヤミだと思い、採寸してみる。小学校の時68cmあったウエストが56cmになっていた。156cm/46kg/83・56・88。ほれ、スタイルだけはええじゃろ?この頃の身体に戻りたい… |
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不良になりそびれる。 |
誰しもがそうであるように、例外なく私も不良にあこがれた。後輩を呼び出してスカート切ったりするような、子供地味たのではなく、後輩も可愛がり服装は違反してるような。でも、「走りに行こう」という電話に「夜遅いから」と答えてしまう真面目な性格が災いした。
明日、制服を変形して来ようゼ。先輩や先生にわからすんや!(何を?)と、みんなで相談したときも、寝坊してチェンジアップできやんかった。みんなは先生に呼び出しをくらった。まるで私だけ逃げたみたいじゃんっ。なんてタイミングの悪い…。 |
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この頃なりたかった職業
『アイドル』 |
多くの突っ込みが入るであろうことはわかってる(-。−;) 鏡見ろよってなぁ。うん。
歌が歌いたかった。テレビにでたかった。ホリプロスカウトキャラバンも受けたなぁ…。 |
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ヴォイストレーニングを受ける。 |
オーディションで合格。1ヶ月通う。しかし、翌月からものすごい額の月謝が必要だと言われ、オーディション合格は実力ではなく誰でも通ったのだろうという推測をたてる。きっと間違ってない。 |
| 1989 |
高校進学。 |
丁度私って3年周期みたい。中学校がイヤになってたもの。適度に頭のいい、同じ中学からは7人しか受験しない高校をあえて選んだ。入学式で「どこのチーム?」と聞かれた。周囲からみるとヤンキーらしい、私。こんなに真面目に生きているのに…。 |
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軽音楽部に入る。 |
歌が歌いたくて軽音部に入るが、「私がヴォーカル、みんな何する?」と言い放ったヤツがいた。キーボードも弾けたのだが、ギターしかあいてなかったのでギター弾きに。なんか、2・3曲やったけど今いち盛り上がらずやめ。かわいそうなFender…押入れ行きに。 |
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自分自身の存在について深く考える。 |
肉体と精神があってさぁ。肉体はただの容れ物で、精神が自分自身だと思ってたんだけど、精神部分が入れ替わってしまうのをすごく予感した。「18歳くらいでアッコはいなくなる」って…。青虫が蝶々になるとき、サナギの中で一回ドロドロに溶けるの知ってる?で、同じ細胞を使って、再形成されるの。なんかそんな感じ。泣きそうになる程深く考えたけど、時間が解決してくれるのを待つしかなかった。 |
| 1990 |
秘書まがい。 |
軽音をやめ、男子ソフト部のマネージャーに。でも部員と触れ合うよりも顧問の先生といる方が長かった。全国大会なんかの資料を作ったりまとめたり手紙をだしたり…。おい。今やってる仕事とかわらんやんけっ!朝礼で書類を渡され「昼休みまでに校正しといて」って先生。授業があるんですがね…。校内放送で名前だけで呼ぶのも止めて下さい、先生。「○○〜○○〜。教官室まで〜」せめて学年とクラスくらい告げてください。( ̄ー ̄; |
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人生で一番好きな人と出会う。
人生で一番辛い失恋を味う。
(つもりだった。当時は。) |
ちょっと好きかもって思ってた先輩が、雑談の中で彼女と別れた事を知る。2週間後のバレンタインデー、勇気をもって告白しようとしたら、よりが戻っていた。あきらめきれず、アプローチしつづける。2年間で3回ふられる。1回目であきらめろよ!ワシ!!未練がましい…
最後にあきらめようと思ったきっかけとなった、友達と先輩との会話。
友達:「あっこは、先輩のこと、本当にものすごく愛してるんだと思います。」
先輩:「それ、俺があいつのこと好きやったら、世界で一番幸せなんやと思うわ…」
卒業式で、先輩に言われた台詞
「世の中には、いい男がいっぱいおるって!」
余談。2年後に先輩にあった時言われた台詞
「おぉ!大学生になってんなぁ。ヤリまくってるか?」q(T▽Tq)(pT▽T)p |
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役者になりたがる。 |
アイドルは無理だと気付いたのだろう。新聞の広告に載っていたオーディションを受け、合格する。これもまた、誰でも受かるんだぜ?と思っていたら175人中、5人だけ合格だったらしい。すごいね、これはすごいね★ |
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初めてのアルバイトを経験する。 |
ずっとバイト禁止だったので(それを守るようなマジメな人間なの、ごめんね。不似合いで)高校卒業して初めてバイトをした。大相撲の3月場所の間だけオープンする喫茶店だったんだけど、朝の6時半からモーニングを作って、夕方7時までの営業。なんでバイトのワシが鍵を開けるねん?確か時給が650円だった。まぁ、おかげで相撲部屋に遊びに行ったり、関取達とカラオケに行ったりという、めずらしい経験ができたけどね。この店にすでにアッコちゃんがいたので、あきちゃんと呼ばれるようになる。この頃から自分のことを、「あき」と言い始める。 |
| 1992 |
大学進学。 |
母親から、「芝居をするなら、大学だけはでて!」という不条理な条件をつきつけられる。断る理由もないのでとりあえず大学進学。 |
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生まれて初めて彼氏ができる。 |
とってもピュアな恋愛だった。彼氏がいるので1年の間は学校に通ったが、別れてしまってからは理由が無いのでほとんどクラブボックスでファミコンをしていた。もしくは学校いかずに遊んでたなぁ。夕方からは演劇のレッスン。あき足らず劇団にも入る。 |
| 1993 |
商業舞台で初舞台。 |
劇団の芝居は経験してたんだけども、京都南座の舞台を踏むという貴重な体験をする。それまでにしてた仕事って、テレビのエキストラとかしかなかったからさ。舞台のエキストラってのはいい経験だった。 |
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女になる。 |
この頃、子供の頃読んだ例の本を実践する。深くは追求するな…。この年、二十歳だよ、成人だよ。とたばこをはじめる。その前に大人なんだよ、自分…。学生っていいよね。 |
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レンタカー屋でアルバイト。 |
結構長いこと世話になった。タレント活動していることをちゃんとわかってくれる社長さんで。1ヶ月だけの派遣のバイトのはずだったのに、直接契約にしてくれて。また、仕事で忙しくても大丈夫なように、会社の鍵も預けてもらったので、あきの好きな時間に行って、タイムカード押して仕事さしてもらえた。完全なフレックスよね。ちゃんと締切までにデータを入力するのは絶対の約束だったので(そうしないと請求書が発行できないっ!)芝居の稽古終わりでも、夜中に行ってデータ入力したよな〜〜。 |
| 1996 |
無理矢理卒業する。 |
これ以上学校に残られても困る。という理由で、2単位足りなかったのを先生自らごまかし無事卒業させられる。そりゃそうさな。舞台だ仕事だと、ゼミにも行かなかったものな。 |
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タレント活動。本格的に。 |
今後の人生に不安を抱きつつも、演劇人として生きる。同時にタレント活動も運が向いてきて、ローカルなCM、ローカルなラジオ、H〜な番組(ビキニだったり、ミニスカだったり、バスタオル一枚だったり)が多くなる。そして全国ネットのドラマのレギュラーの座を勝ち取る。
今にして思えば、この時が山の頂上ね。そのあと鳴かず飛ばず。 |
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アッコはあきになっていた。 |
気付けば周りはもう、みんなあきのことを「あきちゃん」と呼んでいた。嫌いだった自分は、いつの間にかいなくなっていた。アッコが消えてしまう、と昔感じたことを思い出した。こういうことだったんだなぁ、と優しい気持ちになった。 |
| 1997 |
ポルノさんに出会う。 |
何気にみていたBSヤングバトルで、PornoGraffitti・岡野くんに堕とされる。くしくも、その1ヶ月くらい前に、ライブハウスでニアミスおこしていたことに気付く。単に友達の照明の子、迎えにいっただけだったんだものっ。ちっ。みとけばよかった。 |
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舞台に目覚める。
チーママになりかける。 |
テレビタレントがよかったのに、なんだか舞台の楽しさにも目覚め、舞台人として生きる。劇団の忙しさに、他のこと何もできず。昼のバイトも大変だったので、水商売に転向。根が真面目なので一生懸命やってしまい、あやうく店をまかされそうになる。
忙しい毎日の中で、ポルノも記憶の片隅に。 |
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バイトが安定する。 |
レンタカー屋と平行して、劇場でバイトをし出す。1ヶ月だけヘルプできて〜と言われたのに、来月もね。と。気付けばそのまま何年おるねん…。誘ったのは誰でもない、相方だよ。責任とれよっ。
で、結局そっちが忙しくなって、レンタカー屋は辞めちゃったのよね。正社員にもならないか、と言われたが、芝居しながらなのにそんなこと悪くって…。丁寧にお断り申し上げた。
劇場では、ブッキングやってるという強みから、自分も出演したりなんかして。自分のマネージャーとギャラの連絡。あんまりできない経験よね。 |
| 1999 |
芝居業を中断する。 |
いろいろあって、劇団をやめる。と同時に産まれて初めて正社員となる。やりたいことも大事だが、生活するということも大事。両天秤にかけて、大人になろうと思った。 |
| 1999.7 |
ポルノと再び出会う。 |
会社帰りの車の中で何気にラジオをつけていた。アイコという名前の女の子が「今度はじめてMステにでるね〜ん。ポルノグラフィティっていう初出演の子らが一緒で・・・」え?今なんて!?ぽるのぐらふぃてい??それって、あれか?あの緑のネッカチーフか!?
家に帰り、ネットサーフしまくり。ハルイチのページに辿りつく。
そこからデビューしてしばらくまで、かなり応援するも、今の彼氏にであってしまい、テレビの中の人よりも、現実に目を向け出す。 |
| 2000 |
ポルノと三度出会う。 |
近所の弁当屋のおっちゃんに、ポルノグラフィティって知ってる?と聞かれる。ミュージックアワーの頃だ。「新曲だしてたんや〜」状態の私。カラオケで「ヒトリノ夜」を歌い、友人たち(S嬢)にバカにされる。 |
| 2001.1 |
一人暮しをはじめる。 |
某三味線ロッカーとそのマネージャーに、「一人暮しをしたことがない女は、女じゃない!」と触発されていたが、やっぱりそうだわ。そうだわよね、彼氏もできたことだし。 |
| 2001.5 |
初ポルノライブ。 |
私をバカにしたS嬢から連絡があり、「6月1日あけておけ」といわれる。ちゃっかりといつの間にかFCに入会しているS嬢。あなどれじっ!
ジャパンツアー大阪2日目。私の人生の転機でもある。ここからかなり、私とポルノとの空白の時間を埋めるための作業に入る。彼氏ともおちついてきて、心ゆくまでポルノに時間を割くことが可能になる。 |
| 2001.6〜 |
ネット友達・ライブ・遠征。 |
インターネットで知り合った人なんて、所詮はバーチャルな関係だと考えていた。しかしながらその中で、友達というダイヤの欠片をたくさん拾った。人間関係について、人生について、ポジティブにアクティブに考えられるようになる。いや、いつの間にか考えられるようになっていた自分に気付く。
そしてCUPIDツアー。ライブのために遠征するということを産まれて初めて経験。はまる。クリスマスは彼とではなく、ポルノと過ごす。しかしながら、アルバムは買うがシングルは買わない状態。ライブがいいのよ、ナマが。 |
| 2002 |
2度目の遠征。 |
BSMBツアーでは、もちろん遠征。私、お金ないない、言うてたけど、ちゃんと計画をたてれば大丈夫なんじゃん。 |
| 2002.4 |
息子が我が家にやってくる。 |
「誕生日プレゼント、ハムスターとインコ、どっちがいい?」とは動物好きな妹の台詞。妹の彼氏のおじいちゃんの家で、ヒナが産まれたらしい。本当はハムスターと思ってんけど、「姉ちゃん鳥好きやろ?」ってことでセキセイインコがやってきた。名前は会う前から決めていた「ぴよ」
おうちに来た時は、かあちゃん、煙草はベランダで吸ってたよね。何日かしたら、「ぴよ、ぴよ」って自分の名前言うようになったよね♪ゴメンね。キミのいるところで(
▼Д▼)y─┛~~
して。どんどん言葉教えちゃったよね。「ぽるのぐらふぃてぃ・あきひと・はるいち・たま」どんな意味だと思ってしゃべってるんだろうか?
おうちで息子が待っているってのは、すごく私に勇気を与えてくれる。このこが待ってるおうちに帰らなくちゃ!って。あたしがいないと寂しがり、しばらく放っておいたら甘えて甘えて肩にのってくる。
これからも一緒に生きて行こうね。愛してるゾ★ |
| 2002.9 |
NEW ROTE'KA、そしてGELUGUGUとの出会いっ! |
滅入っている相方を元気付けようと、「気晴らしにライブでも行こうや〜!」と、仕事が忙しくない日(9/21)を選んで、某オークションで検索。なんか面白そうだし安かったので買った一枚のチケット。
これがまた、私の人生を変える。
「俺達いつでもロックバカツアー」涙がでそうに嬉しいです。
あんなに幸せを感じさせてくれるピエロに、三十路手前で出会いました。
次の日も売りきれているとわかっているのに、なんとかなるさ!(おぉ、ポジティブシンキング!)とチキンジョージへ。2人くらい入れるさっ。2日目だけども、既に身体が覚えている曲達。楽し過ぎ〜〜♪そして。GELUGUGUに堕とされる私。過去のCDを買い漁り、ほとんど収集。1ヶ月ですばらしいっ!毎日聞いているうちに…。めっちゃ好きやん!どんどんはまってゆく。情報を収集し、近場のライブチケットもおさえる。どうした私?積極的じゃのぉ〜〜★ |
| 2002.11 |
HPの開設。 |
あきの好きなものを、みんなに知ってもらって、共感して欲しい〜〜!!と、HPをたちあげる。GELUGUGUの認知度をあげるのが、今の目標。え?別に紹介していらん?(笑)
舞台に立つということで埋めようとした自分自身の存在価値を、今HPを持ってして埋めていけるような気がする。大変だろうが、頑張る。誰も見てなくても書きつづける。
私にこんな自信をくれた、ソウルメイトLに、この場を借りて御礼申し上げる。 |
あぁ、長い自己紹介。紹介というよりあきの歴史よね。
そして最後の最後にしかでてこないゲルとロティ。
でもね。でもねっ!
好きになるのは、時間じゃないの。今、とってもとっても好きなのよ。
ここまで読んでくれたあなたに感謝ですわっ!! |
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