私の病歴史

時期出来事・症状
2003年
初夏(5月下旬) この頃から、節食傷害と思われる症状が始まった。
主原因として、当時勤めていたコンビニでのアルバイトだった。
私自身、手際の悪さが目立つため、短気な店長からよく怒鳴られていた。

バイトに行く日に限って、原因不明の食べ吐きに見回れだしたの頃。

夏(8月下旬) 長期休暇申請(免許合宿)のため、アルバイト先から解雇を命じられる。
その頃に、初めて内科医の診断を受けて「胃炎改善薬」を処方される。

17日間の免許合宿で、スケジュール通り取得が出来た。
しかし、耐ストレス性がない私にとっては、17日間は過酷さに感じて、
過ごす日々でもあった。その間も症状は進行する一方だった。

2004年
冬期(1〜3月) いよいよ、不安に感じていた就職活動が開始する。
誤った自己分析から短所ばかりにとらわれ、将来に対する失望感が募る一方だった。
憂鬱感も酷く現れ、更には節食傷害が酷くなる一方だった。

母親の薦めから、初めて診療内科で診察。「軽度のうつ病」と診断された。
ドグマチール(抗うつ剤)を服用したから、今まであった「節食傷害」が改善された。
就職活動に支障来すことなく、進める事が出来た。

春・夏(4〜8月) 見事、内定を勝ちることが出来たが、希望していた業界には行けなかった。
一時的に酷くなるが、病状は安定期に差し掛かろうしていた。
秋・冬(9〜12月) うつ病も安定期に入り、就職が決まった安心感からゆっくり過ごせていた。
単位も満たしていため、卒業研究だけであった。
2005年
冬期(1〜3月) いよいよ、学生生活も終える直前に、二級整備士の実技免除講習があった。
大学は問題なく、卒業できることも出来た。
病状はその後もこの時期までは、安定していた。
春期(4・5月) 社会人生活がスタートする。初めて、触るCAD操作についていけてなかった。
そんな中は、人生初めての彼女が出来る・・・。
夏期(6〜9月) 希望していた、車体設計の方に行くことが出来きたが、同僚が実務に入っていく一方。
研修がずっと続くいていた。不安と焦りが募る毎日だった。

この頃から、一ヶ月一度、うつ症状が出るようになる。

秋期(10・11月) 実務にようやく、入れるようになった。しかし、基本的な事柄も忘れつつもあった。
焦りから、周囲の人(チームメイト・同僚)と馴染めず、孤立することになる。

病状も悪化の一途だった。自殺さえ図ろうとしたが、未遂で終わる。
医師の診断で『休職』を取ることになる。一度、実家に戻り静養を開始。

冬期(12月) うつ病の病状から当たり前の事が出来なくなる。さらに極度の不安感さえもあった。
パニック発作を併発もしていた。心の傷から涙を流すことさえもあった。
恋人と中は、不仲になりつつもあった。
2006年
冬期(1〜3月) 恋人とは、とうとう別れることになる。しかし、悪化を一途を辿る病状も、
ようやく、落ち着きを取り戻し始めた。パニック発作は完治する。
私自身に足りないスキルを磨くため、2級整備士の勉強を開始する。
この頃から、「今にみていろ!」と言う精神があったと思える。
春期(4・5月) 勉強の成果もあって、「2級ガソリン整備士」を取得することが出来た。
ディーゼルの結果は、あと一歩の所だった。

病状は回復しつつあったが、「急激な復帰は好ましくない」と言う医師で
退社をすることになった。

夏期(6〜9月) 社会復帰を試みるも、選考で全て弾けかれる結果となった。
そこから、Aviva(パソコンスクール)とヒューマンアカデミ-(CADスクール)に通う事になる。
10月末〜正式に通うことになった。
秋・冬(10〜12月) 病状も少しつづ、治り、薬の量も減る方だった。
昼間はマクドナルドでアルバイトをして、夜はスクールに通うと言う生活だった。

生活にはゆとりはなかったが、充実した毎日だった。
Avivaでは、『Microsoft Office Specialist Word』を取得することが出来た。