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この頃から、節食傷害と思われる症状が始まった。 主原因として、当時勤めていたコンビニでのアルバイトだった。 私自身、手際の悪さが目立つため、短気な店長からよく怒鳴られていた。 バイトに行く日に限って、原因不明の食べ吐きに見回れだしたの頃。 |
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長期休暇申請(免許合宿)のため、アルバイト先から解雇を命じられる。 その頃に、初めて内科医の診断を受けて「胃炎改善薬」を処方される。
17日間の免許合宿で、スケジュール通り取得が出来た。 |
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いよいよ、不安に感じていた就職活動が開始する。 誤った自己分析から短所ばかりにとらわれ、将来に対する失望感が募る一方だった。 憂鬱感も酷く現れ、更には節食傷害が酷くなる一方だった。
母親の薦めから、初めて診療内科で診察。「軽度のうつ病」と診断された。 |
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見事、内定を勝ちることが出来たが、希望していた業界には行けなかった。 一時的に酷くなるが、病状は安定期に差し掛かろうしていた。 |
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うつ病も安定期に入り、就職が決まった安心感からゆっくり過ごせていた。 単位も満たしていため、卒業研究だけであった。 |
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いよいよ、学生生活も終える直前に、二級整備士の実技免除講習があった。 大学は問題なく、卒業できることも出来た。 病状はその後もこの時期までは、安定していた。 |
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社会人生活がスタートする。初めて、触るCAD操作についていけてなかった。 そんな中は、人生初めての彼女が出来る・・・。 |
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希望していた、車体設計の方に行くことが出来きたが、同僚が実務に入っていく一方。 研修がずっと続くいていた。不安と焦りが募る毎日だった。 この頃から、一ヶ月一度、うつ症状が出るようになる。 |
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実務にようやく、入れるようになった。しかし、基本的な事柄も忘れつつもあった。 焦りから、周囲の人(チームメイト・同僚)と馴染めず、孤立することになる。
病状も悪化の一途だった。自殺さえ図ろうとしたが、未遂で終わる。 |
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うつ病の病状から当たり前の事が出来なくなる。さらに極度の不安感さえもあった。 パニック発作を併発もしていた。心の傷から涙を流すことさえもあった。 恋人と中は、不仲になりつつもあった。 |
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ようやく、落ち着きを取り戻し始めた。パニック発作は完治する。 私自身に足りないスキルを磨くため、2級整備士の勉強を開始する。 この頃から、「今にみていろ!」と言う精神があったと思える。 |
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ディーゼルの結果は、あと一歩の所だった。
病状は回復しつつあったが、「急激な復帰は好ましくない」と言う医師で |
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そこから、Aviva(パソコンスクール)とヒューマンアカデミ-(CADスクール)に通う事になる。 10月末〜正式に通うことになった。 |
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昼間はマクドナルドでアルバイトをして、夜はスクールに通うと言う生活だった。
生活にはゆとりはなかったが、充実した毎日だった。 |
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