徒然紀行3 双子犬の相互依存率1
さて、またタイトルだけ決めてからの構想時間一分の今回は
満願神社の狛犬ツインズにスポットを当てたいと思います。
今回の内容と全然関係無いですが、これを書く動機ではあるので言わせてください。
私はおじゃる丸の中で一番にこりん坊が好きです!

狛犬の双子とは 壱―「双子」の生誕

狛犬とは元々双子であるのかは勉強不足で知りませんが、狛犬の双子とは多分
1・石の採掘地が一緒
2・同じ岩石から二体掘り出された
3・彫り師が一緒
のどれかであるかでしょう。多分そのどれもではないかと私は勝手に考えておりますが。
1のみである場合は厳密に双子とは認識しがたいからです。
この場合は兄弟ではあるが双子ではないですよね。
余談ですがドラえもんドラミ兄妹は同じドラム缶の燃料を使っているから兄妹なのです。

同じ岩石同じ彫り師(仏師の神道版みたいな人か)から
彫り出されたというところが双子犬の双子たる認識が生まれる土台になったのではないでしょうか。
その土台の上に彼等の個性(魂、自我・・など好きな呼び方でどうぞ)が宿ったということで
二匹の狛犬のそれぞれの心に双子としての認識が事実生まれたというわけです。
彼等自身の認識が彼等を双子としているのではないかというのが一番の重要なポイントです。
そして双子犬の絆の重大な基盤がその住環境にありますのです。

狛犬の双子とは弐―設置ポイントによる性格の違いとそこから生じた絆

狛犬の双子の各々の性格の差とは、を考えるにあたってまず思いつくままに仮説をいくつか記してみよう。
1・石の個性→例・この石は硬そうだ。色も頑固そうな色をしている。
などと言われ続けて自我を持つ頃には自我もすっかり頑固に。

2・表情の違い→これは1とも少々がぶるが、険しい顔のオコ坊、
穏やか顔のニコ坊と彫られたおかげで宿る魂も相応な物になった。

3・彫り師の入魂具合によって→結局これも1.2とかぶるが
険しい顔の犬を彫るにはこの石が良い、ぴったりだ、と掘り出した。
あるいはこの石で犬を掘り出したらこんな険しい顔になってしまった、等々。

壱で述べたのと同じ経過をたどりますが(笑)私はこのどれもではないかと思います。
貧弱な頭ではこれ以上の仮説は発想できませんが、まあこんな感じで各々の性格の基礎は
形作られていったと思われます。
さて性格の形成上重要なのは犬も人も同じで、その育った環境によります。
各々の設置されたあの台座が命運を分けたのではないでしょうか。
互いまで距離にしてわずか数メートルながらも、
身にしみる北風は北側に設置された方に多く吹きます。
温かい南風は南側に設置された方により温かく吹きます。
動けぬ石像の身で、置かれた境遇にさほど差は無かったとはいえ、
その数メートルが人格形成に微妙な差異をつけたはず。
ま、決定的なのは満願神社がさびれ出した頃だと思いますがね。
憂えることなど何もない神僕に個性など必要ないと思われますので。(これは言い過ぎか)

個性がはっきりしだしたのが満願神社がさびれ出した頃だとすると
絆が太くなったのもさびれ出した頃だと思われます。
信心の浅薄による神の不在化か、神の不在による神社のさびれっぷりか
あるいは神体の紛失という物理的な理由か、どれかはわかりませんが
神がいなくなり神社がすたれ始めたことで石像の身で二匹肩を寄せ合い生きてゆき、
いつかは神社の再建をと誓ったのでありましょう。

弐・追記
狛犬ツインズの自我の発生がいつかはわかりませんが、
これはいつ狛犬ツインズが作られたかによるからです。
箸さえ大根さえ年を経ると化けて出ると思われた時代に作られたのなら、
その当時には動き回っていたかもしれません。何らかの事情で
動くことができなくなっていた所におじゃる丸が現れた、とも考えられます。
でも戦中戦後の波にもまれた割には貫禄が足りない気がするので違うかもしれません。
あるいは比較的新しく彫られた狛犬なのかもわかりませんし・・。
これは全く、想像の翼が幾重にも羽ばたいてしょうがないです。
個人の好きに決めて良いところでしょう。

本題―双子犬の相互依存率について
まさか前置きがこんなに長くなるとは思いませんでした。
双子犬の双子の定義、双子犬のそれぞれの性格の差異などを
踏まえた上で本題にはいります。

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