HISTORY2

第9期

1999年04月22日

 恵比寿GUILTYにてライブ。9期の初ライブ。
1999年06月26日

 恵比寿GUILTYにてライブ。対バンはMOVE MOUNTAIN、DANCE BEAT FACTRY、PRINCE OF HELL。
1999年07月17日

 恵比寿GUILTYにてライブ。
1999年09月19日

 恵比寿GUILTYにてライブ。荒木真為加入後、初の音源をとるために板橋イエローナイフスタジオにてレコーディングを開始

 収録したのは「EMBODIMENT」「EVENT HORIZON」「AGAINST THE SUN」。完成後、デモテープを頒布開始。
1999年11月20日

 恵比寿GUILTYにてライブ。
 レコーディングにも参加しているジャズロックバンド「BLUE 3」や「MOVE MOUNTAIN」のキーボード須藤信一郎が、ゲスト出演。
 「AGAINST THE SUN」をジャズピアノアレンジで披露、また素晴しいテクニカルなソロも披露した。
2000年02月19日

 恵比寿GUILTYにてライブ。対バンは、ものいい、他。
2000年04月22日

 恵比寿GUILTYにてライブ。対バンは、DANCE BEAT FACTRY、FOSM他。FOSMはUSOの前身バンドでUFOやMSGのコピーバンドで、ドラムに関高生が参加。
2000年06月24日

 ギター田口正樹の従兄弟の結婚式が、大森東急インで執り行われたが、新郎新婦の希望でSIEGFRIEDに出演してほしいとのことで、披露宴にて爆音を轟かせることになった。
2000年07月26日

 渋谷DESEOにてライブ。対バンはTRANQUIL他。
2000年08月19日

 恵比寿GUILTYにてライブ。
2000年09月09日

 恵比寿GUILTYにてライブ。対バンはCRACKER JACK、cloudica、KING E'NG、Wild Pan Tea。
 キーボードの必要性を感じていた関高生が、CRACKER JACKのキーボード保田英器に目を付け、バンドに交渉を開始した。

第10期

2000年11月11日

 CRACKER JACKの保田英器が、キーボードで加入した。 これで、SIEGFRIEDとしてのスタイルが完成されたと言っていいだろう。
 恵比寿GUILTYにてライブ。この日はイベント出演者が少なかったので、急遽SIEGFRIEDの持ち時間が90分となり過去最長になった。
 しかもそれが決まったのが1週間程前。保田氏加入後の初ライブがいきなりこういうカタチになり、キーボードにはかなり負担をかけてしまった。
2001年01月19日

 秋葉原PAGODAにてSOOMのライブ。USOの前身バンドでUFOやMSGのコピーバンドで、ドラムに関高生が参加。
 USOはFOSM⇒SOOM⇒USOとメンバーチェンジ毎に名前を変えてたが、後日、正式にUSOとなった。
2001年02月11日

 恵比寿GUILTYにてライブ。
2001年03月03日

 吉祥寺CRESCENDOにてライブ。対バンはJACK DAISY、STEEL EMBLEM。
2001年07月14日

 恵比寿GUILTYにてライブ。対バンはレパカクリフォス、USO他。USOは、UFOやMSGのコピーバンドで、ドラムに関高生が参加。
2001年08月18日

 吉祥寺CRESCENDOにてライブ。対バンはレパカクリフォス、JACK ROSE。
2001年09月02日

 秋葉原PAGODAにてライブ。対バンは、RAG-TIME、R.B.SOUP。
2001年10月06日

 吉祥寺CRESCENDOにてライブ。対バンはJACK ROSE、ARCADIA。
2001年11月03日

 吉祥寺CRESCENDOにてライブ。対バンはIDL、WASTELAND、ZEAL CAMERA。
2001年11月18日

 恵比寿GUILTYにてライブ。対バンはMASTER MIND、レパカクリフォス、WASTELAND、CORAL、STEEL EMBLEM
2001年12月

 MASTER MINDのメジャーデビューアルバムに荒木真為がコーラスで参加。
2001年12月30日

 吉祥寺CRESCENDOでMASTER MINDのライブに荒木真為がゲストで出演。
2002年02月09日

 目黒LIVESTATIONにてライブ。対バンはMAVERICK、凱旋マーチ、REAL-TENSION。。
2002年03月11日

 SIEGFRIEDのホームページが暫定オープン。
2002年03月23日

 吉祥寺CRESCENDOにてライブ。対バンはJACKROSE,RAZING STEEL,DUEL。
2002年04月14日

 恵比寿GUILTYにてライブ。対バンはPAX IN TERROR,JACKROSE,RAZING STEEL,REAL-TENTION,WASTELAND
2002年04月29日

 
 メンバーの集合写真等を撮影するため、某所の廃虚にて撮影を行う。
2002年05月05日

 吉祥寺CRESCENDOにてライブ。対バンはZEAL CAMERA,MARGE LITCH,五人一首
2002年06月08日

 吉祥寺CRESCENDOにてレコ初ライブ。制作に3年近くかかってしまったSIEGFRIEDの1STアルバム「REMAINS」がようやく完成し、販売を開始した。
 対バンは貝,UNCHAIN,BRIDGE OF TEARS
2002年07月

 「REMAINS」の店頭販売も開始。北海道から九州まで、10数店鋪で販売してもらえる事になった。
2002年08月10日

 吉祥寺CRESCENDOにてライブ。対バンはBRUNET BULL,WASTELAND,UNCHAIN
2002年09月29日

 吉祥寺CRESCENDOにてライブ。対バンはSCHOPFER,ARCADIA,BRIDGE OF TEARS
2002年10月27日

 神戸BREATHにて初の関西でのライブ。 神戸三ノ宮のSTARGAZERと、DAEMONIC MAJESTYの協力に寄り、「ぎらごり」の番外編として企画して頂いた。
 以後の関西ライブの切っ掛けを作った事は大きい。対バンはBLAZE,MOONSTRUCK首
2002年11月02日

 目黒LIVESTATIONにてライブ。漢企画「LIVE EVIL 東京」としてツアーバンド3バンドとともにステージにたった。
 以前より各所から要望のおおかった、待望のFATIMA HILLとも共演し、まさに2002年のライブのピークとなった。
 対バンはARGUMENT SOUL,FATIMAHILL,MANIPULATE SLAVES,BRIDGE OF TEARS
2002年12月14日

 吉祥寺CRESCENDOにてライブ。この日は20年ぶりにドラムがワンバスでライブに出場。
 また、カバー曲もカルメン・マキ&オズの「閉ざされた街」を披露するなど、いつものSIEGFRIEDとは少し変わったライブになった。
 対バンはBRUNET BULL,VIGILANTE,WIRED
2003年02月16日

 大阪寺田町FIRELOOPにて関西2度目のライブ。
 REIGNの企画する『Massive Groove...』に呼んで頂いた。対バンはREIGN,SADISTIC EYES,ARGUMENT SOUL
2003年03月01日

 大森モントレ山王にてライブ。2度と無いと思われた披露宴ライブが、またしても田口正樹の従姉妹の結婚にあたって実現してしまった。
 前回と違いキーボードがいるので、こちらとしてもやりやすかったように思う。
2003年10月05日

 大阪寺田町FIRELOOPにてライブ。対バンはREIGN,SCREAM ANGER,CLOUD FOREST。
 関西での手応えが良かったので、来年以降のライブの計画を立て直した。東京の「毎月ライブ」の状態をやめ、1回1回のライブに内容を濃く詰め込むことにした。
 そして東京と関西(時に名古屋も)を対等に回ることにした。
2003年10月18日

 恵比寿GUIRTYにてライブ。対バンはRAZINGSTEEL,and EssencE,ROCKET QUEEN,BRIDGE OF TEARS,BEEL-ZE-BUL。
 この日、大阪のREIGNが初の東京ライブを吉祥寺CRESCENDOで行ったため、両方見たいお客さんが吉祥寺/恵比寿でマニアックな大移動が勃発したらしい。
2003年11月08日

 吉祥寺CRESCENDOにてライブ。対バンはMIGHTY WINGS,VANGUARD,JACK DAISY,DOG-MAG
2003年12月13日

 吉祥寺CRESCENDOにてライブ。対バンはVALKYRRE、SEVEN SEAS、蛸殴総本山、BRAVESTAKER
2004年

 荒木真為がSTARLESSに加入、また、後日、神戸に移住することが決まった。
2004年04月10日

 吉祥寺CRESCENDOにてライブ。対バンはREIGN、ARGUMENT SOUL,MASTERMIND、PAX IN TERROR。REIGNは2度目の東京ライブ。
 前回一緒に出られなかったREIGNとの東京でのライブが、今回始めて実現した。
2004年08月28日

 吉祥寺CRESCENDOにてライブ。2004年東名阪ツアーの形をとった。
2004年10月10日

 新栄MUJICAにて初の名古屋ライブ。対バンはARGUMENT SOUL,ASTRAEA,STEEL FACE,HELLHOUND
2004年11月14日

 
 大阪寺田町FIRELOOPにてライブ。この日、STARLESSの大久保寿太郎氏がアンコールで2曲ゲストで出演した。
 対バンはREIGN、CLOUD FOREST、REAL-TENTION,PERFECT CRIME
2005年04月01日

 
 沼袋SANCTUARYにてライブ。対バンはFREE LOVE,FATIMA HILL,JILL'S PROJECT
2005年08月06日

 
 吉祥寺CRESCENDOにてライブ。
2005年10月02日

 
 三ノ宮URBAN SQUAREにてライブ。2005年東名阪ツアー。
 対バンはREIGN,SCREAM ANGER、ダムダムダン、THUMBING,NO PAIN,SCREAMING DEMON
2005年10月22日

 吉祥寺CRESCENDOにてライブ。2005年ツアーの東京編。対バンはREIGN,LONGINUS,VOODOO CARAVAN,FULLMOON
2005年11月13日

 
 鶴舞DAYTRIPにて2005年ツアーの名古屋編ライブ。
 対バンはREIGN,VITA、SHIRLEYTEMPLE,UNAFRAID,SCREAM ANGER
2006年01月

 保田英器がINSPIREに加入した。
2007年07月

 関高生がMARGE LITCHに加入した。
2007年09月29日

 
 沼袋SANCTUARYにてライブ。2007年東阪ツアー。2007年分のライブは試験的に半音下げチューニングで行った。
 対バンはREIGN,WISDEM
2007年10月07日

 
 大阪寺田町FIRELOOPにて2007年ツアー大阪編ライブ。
 結果的には10期のラストライブになってしまった。
 2004年に荒木真為が神戸に移住してからというもの、バンドは新曲や2NDアルバムなどの製作が一切ストップしてしまった。
 さすがに荒木嬢の度重なる上京も体力的、精神的、経済的にも苦しくなってきた様だ。
 対バンはREIGN、ダムダムダン,WINDING ZOETROPE
2009年01月

 荒木真為より脱退の申し入れを受ける。バンドは新ヴォーカルを探す決断をするが、その前途が大変であることは目に見えていた。
2009年02月

 関高生がMARGE LITCHを脱退した。この頃から、SIEGFRIEDのメンバーによるミーティング&飲み会が阿佐ヶ谷にて(阿佐ヶ谷会)ほぼ毎月行われるようになる。
 話題は新ヴォーカルを「誰に声をかけるか」が中心だった。色々名前が上がったし、実際にオーディションも行ったが、決定打は無かった。
2009年04月

 高木修三が脱退を表明したが、説き伏せて残留決定となった。
2009年07月

 田口正樹が引退を表明。以後、1年掛かりで説得することになる。
2009年10月

 最有力候補といわれた女性ヴォーカルと共に阿佐ヶ谷会を行うが、結果はなかなか思うようには行かなかった。

第11期

2010年01月

 関高生の脳裏には、ある男性ヴォーカリストを加えての再出発構想を固め、2月の阿佐ヶ谷会にてメンバーの同意を得ようと決めた。
2010年02月14日

 関高生は来週の阿佐ヶ谷会を前に、保田英器がこの日のライブを持ってINSPIREのライブ活動を退くとのことで、吉祥寺CRESCENDOを訪れた。
 INSPIREのライブを見るのは3年ぶりくらいだったろうか?すっかり成長した杉乃のパフォーマンスに一目惚れしてしまった。
 そして、阿佐ヶ谷会へのアプローチは変更されることになる。
2010年02月21日

 阿佐ヶ谷会で杉乃を正式に誘うことを提案、メンバーの了解を得る。一番驚いたのは、保田英器だった。
2010年03月

 杉乃と連絡が取れ、SIEGFRIED加入を打診、後日、OKの返事をもらう。
2010年07月

 既にINSPIREのライブが月1で決まっているため、その合間を縫っての時間調整の為、SIEGFRIEDのリハはなかなか進まなかったが、ようやくスローテンポながらリハスタートとなった。
2010年08月

 
 BLACK LISTEDの大西氏の協力の元、新メンバーによる初ライブが吉祥寺CRESCENDOで翌年2月に決まった。
 実に3年半ぶりのライブである。
2011年2月6日

 吉祥寺CRESCENDOで新生SIEGFRIEDの初ライブ。 対バンはMASTERMIND、ASRA、CROSS VEIN、KNIVES。
 ライブは、荒木真為の脱退により開いた大きな穴を杉乃が見事に埋めた感動のライブであった。
 ここ数年のバンド活動のブランクや音信から不安な気持ちで来場したお客さんも多かったと思うが、このステージを見てみな安心したようで、中には涙ぐむ人もあったとか。
2011年10月9日

 
 寺田町FIRELOOPでライブ。感動の復活ライブを関西でもということで、REIGNの協力で大阪ライブを実現する事が出来た。
 大阪でも、ジークが一番良い形で戻ってきてくれた、と喜んでもらえた。
 対バンはLED、REIGN、SEVENTH HEAVEN。
 この日は荒木 真為も見に来てくれて、初めて観るジークのライブ(!)に彼女自身も喜んでくれていた。
 打ち上げにも同席してくれ、時間が過ぎるのも忘れて、感動の夜は更けて行った。
2012年1月

 今年はSIEGFRIED結成30周年にあたる年なので、それなりの企画を立てようと始動する。
 ライブは去年と同様、大阪と東京、そして名古屋を照準にした。ライブの他にも、杉乃加入後初の音源を製作し、記念ライブに合わせた発売を計画した。
 そして新曲へのアプローチ。
2012年4月

 メンバーの予定や大阪の協力者REIGNの予定を細かく調べて行った結果、ライブが可能なのは7.9.10月の連休のみ、
 これにハコ側の状況を組み合わせると、9月大阪、10月東京で、名古屋は不可能になってしまった。
 この結果、9月16日寺田町FIRELOOP、10月7日吉祥寺CRESCENDOに後日決定。
 9月のFIRELOOPにはゲストとして荒木 真為が参加してくれる事が決まり、花を添えてくれる事になった。
 10月のCRESCENDOはSIEGFRIED企画としてスタートすることになった。
 対バンに関しては、REIGNの他、ジークの元メンバーのいるバンド、杉乃参加経験のあるバンド、などの方向から探して行ったが、
 その両方とも予定が合わず、結果的に関 高生の好きなバンドをということで撰ぶ事になった。
2012年5月

 杉乃が個人的な理由により引退を表明、2013年春までにSIEGFRIEDとINSPIREから脱退することになった。
 これにより予定されていた計画も大幅にトーンダウンする必要が出てきた。
2012年8月

 既にリハは5月から行われていたが、杉乃不参加のまま8月を向かえる。
 計画の大幅変更としては、まず音源製作が間に合わなくなった。これは翌年3月までに製作すると言うことに変更した。
 荒木真為の東京ライブへのゲスト参加を打診したが、日程があわず挫折した。その他、ライブでのMCや構成なども普段のライブ並にシンプルにすることにした。
2012年9月16日

 
 寺田町FIRELOOPで「SIEGFRIED結成30周年記念ライブ」
 大阪編を開催。対バンはREIGN、JACKSTAR GYPSYZ、RECKLESS CHARGE。
 結局、杉乃は1ヶ月で新曲「FINAL CONFLICT」をマスターし、どうにか間に合った。
 荒木真為のゲスト参加をより効果的に演出するためにアンコール時の参加では無く、本編の参加にした。
 「TENDER TRUTH」でキーボードソロになると何気なく杉乃がソデに引っ込み、
 ギターソロが終ると何気なく荒木真為がソデから出てきて残りのパートを歌うと言うものだった。
 MCをはさんで最後は「BORN TO DIE」をツインボーカルで熱演してくれた。
 またアンコールの「AGEINST THE SUN」で杉乃からのメッセージを導入、30周年であり、杉乃ジークの大阪最後のライブを臭わせた。
2012年10月7日

 
 吉祥寺CRESCENDOで「SIEGFRIED結成30周年記念ライブ」
 東京編を開催。対バンはMASTERMIND、DUEL、REIGN、Embreca Vvalkyrie。
 大阪で不調だった杉乃が討って変わって最高のライブを披露してくれた。
 ゲスト参加のような企画は無かったが、ストレートに良いライブになったと思う。
 この日もアンコールの「AGEINST THE SUN」で杉乃のメッセージを導入し、実質的に杉乃のボーカル引退ライブになった。
2013年1月

 杉乃参加による音源製作を中止することにした。
2013年3月

 杉乃がSIEGFRIEDを脱退、引退した。また、保田英器が体調不良の為、休養宣言を発表した。
2013年5月

 キーボード不在のまま、誰かにヘルプを頼まなければならないのだが、関高生は「保田英器じゃ無いキーボードは不要」とキーボードのヘルプを拒み、
 サイドギターでのヘルプを強行した。炎神でヘルプをしていた元SIEGFRIEDの梅津豊を連れてきた。
 あくまでもキーボード的な役割を任せるためで、ツインリードにはしないと言う条件でヘルプが始まった。と、同時にボーカルのオーディションもスタートさせた。

第12期

2013年7月

 何人も何人もオーディションした結果、コピーバンドなどで活躍中の朝倉貴子をボーカリストとして向かえることに決定し、リハーサルが始まった。
2013年11月

 
 リハを進めていくがヘルプのギターが全く機能しなかった。
 アンサンブル的にジークサウンドに近付くことが無かった。
 その後のことを考えると難しかったが、意を決して梅津豊のヘルプを断ることにした。
 時間が経ってしまったが、実質的にここからが新ボーカルを加えてのリハーサルスタートになった。
2013年12月

 
 スタジオに遊びに来てくれた保田英器が突如の復帰宣言!
 これで一気にバンドのボルテージが上がった。すぐに来年からのライブ計画を始め、音源、プロモなど諸々の動きが本格化してきた。