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【2000.12.26】 続・世紀を超えて・・ 戻る

バイオテクノロジーの発達によって技術的には人のクローンを造ることも可能になった。これから先更に技術が進むと、人間の臓器や組織などを人工的に造り、古くなった器官と取り替えることも可能になる。病気を治すのではなく、体ごと新しいものに取り替える。老いや死を超越できるかもしれない夢の技術である。
アメリカでは法的規制が少ないこともあり、この手の研究が盛んだ。カリフォルニアのシリコンバレーはIT関連の会社だけでなく、バイオ関連の会社も数多い。その中のひとつgeron社は最近ES細胞という画期的な細胞を発見し、イギリスのクローン羊ドリーを生み出した会社を買収した。その勢いには恐ろしささえ感じる。
 このバイオテクノロジーの勢いに懸念を抱く人は多い。高度技術であるがゆえの未知数の代償に不安を抱くのだ。我々の将来の方向性を見据えた上で、いろいろ議論はされているようだが、なかなかうまくまとまらないようだ。 今のところ、法律や倫理の観念から規制をしてはいるが、法をかいくぐる人間はいくらでもいる。また、研究所などバイオテクノロジーを扱う現場で事故が絶対に起こらないとは言い切れない。

人間の知能を人間自身が定義できないように、人間の体や生と死についても人間自身ではコントロールできないのが本来の姿ではないのか。
しかし、確実にそういう時代へ移行しているのは事実である。
いつの日か規制をかいくぐったクローン人間が我々の前にひょっこり現れる日が必ず来るだろう。我々はその彼を見てどう思うのか。クローン人間だと判明した彼にどんな感情を持つのか。もはや後戻りはできない時代になってしまったようだ・・


【2000.12.22】 世紀を超えて・・ 戻る

市場経済のグローバル化によって世界の隅々までいきわたろうとする自由競争主義の荒波。良い物をよりたくさんより効率的に生産することによってコストを下げ、消費者に安価で提供できるようになる。現在の効率優先主義にそぐわないものはたとえ良質なものでも自由競争原理に基づいて淘汰されてしまう。市場がその価値を決め、世界の経済をコントロールする。IT化によって世界の隅々まで行き渡ったこの競争原理は強者をますます強大に、弱者をますます弱者にしているとも言われている。安く手に入ることはいいことだが、すべて画一化された商品はなんとなく味気ない。怖いのは店に並ぶ商品だけでなく、人もまた市場経済によって画一化、統一化されているということだ。急速に発展したメディアによって更なる地球全体の画一化が進もうとしている。「効率的で便利なもの」の裏側にあるものをよく考えてみる必要があるだろう。


【2000.12.20】 祝・攻殻機動隊2発売!! 戻る

どうやら12月19日に、ようやく「攻殻機動隊2MAN MACHINE INTERFACE」のSOLID BOXが発売されたようである。いったいどれほど遅れたのか?一年ぐらい待たされているうちに、そんなことどうでもよくなってしまった。\13.333という値段はともかくとして、これだけ待たされたのだからその期待に応える内容に仕上がっている、と思いたい。通常版がいつ出るのかわからないが、せめて、昨今の技術の急速な進歩がこの作品に登場する技術レベルを上回らないことを願う。しかし、第1巻の発売から10年かかろうとは・・・


【2000.11.25】 続々・小さな留学生  戻る

昨日に引き続いて2夜連続、中国人「留学生」シリーズの第2回目。今日の話は大学に入るために単身東京にやってきた2人の中国人の話だった。ひとりは18才の女性。もうひとりは家族を残して上海からやってきた男性。2人の共通点は日本語がわからないまま日本にやってきたということ。そして、日本語を学ぶために同じ学校に通っているということだ。最終的な目標は日本の大学に合格することである。
 この学校の学費は年間60万、それに加え生活費も必要である。勉強も大事だが、この状況の中で生活していく方が大変だ。日本語もまともにしゃべれない外国人がアルバイト先を探してあちこちを歩き回る姿は痛々しい。それでもなんとか働ける場所を探し、ようやく慣れない生活を始める。しかし、生活は安定していない。精神状態も極限の状態が長いこと続いたのだろう。体を壊してもおかしくないほど勉強し、働く。勉強以外の時間はほとんどアルバイトに費やさなければ物価の高い東京では生きていけないのだ。厳しい現実である。日本人でも勉強しながら独りで生きていくのはかなり大変だ。ましてや彼らは生活基盤である言葉が分からないのだ。その厳しさは想像を絶する。
 主人公のひとり「王 尓敏」さん(女)はコンビニでバイトを始めた。「仕事には慣れたが、時々人が何を言っているのか分からないことがあって悲しい」という。始めの頃は、コミュニケーションがとれない悔しさ、それに加え、大都会の中での孤独感に寂しくて泣いてばかりだったという。しかし、彼女はあきらめて中国に帰ったりはしなかった。来日時に長かった髪をばっさり切ってキモチを切り替え、再び東京の生活を続ける決心をしたのだった。このがんばりには本当に頭が下がる。一体何がここまでさせるのか。そうまで苦しい思いをして日本に滞在し続ける価値があるのか。中国にいればもっと暖かい生活が送れるのではないか。なぜに厳しい道をあえて選ぶのか。  その答えは祖国にいる彼女の父親が話してくれた。「中国にいたのでは子供は自立できない。近くで子供が苦しんでいれば親が飛んでいって世話をしてしまう。遠い東京にいればそれができない。東京では子供は本当に自立しなけばならない。」  娘が日本へ渡った当初は両親も眠れぬ夜を過ごしたという。娘から便りが来るたびに涙を流し、父親以外は強く帰国を勧めたという。「もういい。もうそんなに苦しまなくてもいい。」と。しかし、父親は決して帰国を許可しなかった。あえて娘に「苦労の道」を進ませたのだ。子供のためを思えばこそ「かわいい子には旅をさせろ」ということなのだ。 祖国と一丸となった彼女の願いが通じたのか彼女は来日一年で見事、千葉大学工学部に合格した。日本語に加え受験科目の勉強、想像以上の努力が必要だったに違いない。加えて東京での生活を安定させねばならない。否が応でも自立しないわけにはいかない。一歩も引けない状態にいるのだ。後ろを振り返っている暇なんかない。ただがむしゃらに前に進むだけなのだ。彼女は現在千葉大学の4年生で23才。就職も日本企業に内定しているという。もう何もできない泣いてばかりの自分ではない。あの頃に比べたら一回りもふた周りも大きくなり、日本語も上手に話せ、独りで立派に「自立」して生きていっている。おそらく父親の想像している以上に「自立」して立派になったことであろう。
 彼女はこの番組の中でこう話している。
「生きていくことは簡単ではない。全ての苦しさを人は経験しなければならない。でも恨み言は言わない。人は誰でも苦労の中にこそ夢を持つのだから。」
「多くの社会経験を積むチャンスがここ東京にはある。自立するには課程が必要だ。私は祖国にいるより早くその課程を経験することが出来ただけです。」
一人前になった彼女のそのずっしりと心に響く言葉に「生きていくことの大事な意味」が込められているような気がした。
もうひとりの主人公「韓  松」さん(男)。家族を中国に残して日本へやってきた。彼は日本語が全く話せない。最初の日本語を習う学校でも入門コースからのスタートだった。最初の日本語のテストがわずか3点だったのだ。この時、自分に失望したと語っている。彼は留学を甘く見ていたのだ。故に自分の想像していた日本と現実の日本とのギャップに相当苦しんだ。その後も思うように事が進まず、勉強もはかどらない。どん底の生活が長いこと続いた。中国では割と良い生活をしていただけにプライドを棄てきれないという面があり、それが仇になっていたのかもしれない。しかし、彼はあきらめなかった。何も成果を残さないまま中国に逃げ帰るのことだけはしたくなかったのだ。現実にはそいういう人もたくさんいる。祖国で描いた夢と現実のギャップに押しつぶされて身動きがとれなくなり、帰国という選択枝しか残らなかった敗者たちだ。彼はそれだけはしたくなかった。ギリギリの生活を続けながらも限界すれすれでずっと頑張ってきた。底辺で泥まみれになりながらも決して希望は棄てなかったのである。そして、遂にその日はおとずれた。背水の陣で挑んだ明治大学商学部に見事合格したのである。「今までやってきたことは無駄じゃなかった」彼の口から喜びの日本語が出た。努力が報われた瞬間である。  その後彼はこう語っている。
「自分が代償を払って努力すること。それが報われるということ。」
「人間として原点に戻り素直になった。どう生きていけばいいのか分かってきたような気がする。」
「努力すれば生きていく意味が新たに見えてくる。」
以前の彼とは思えないほど謙虚で素直な言葉である。人間的に成長した彼は日本に来た意味、外国へ留学する意味が痛いほど分かったに違いない。

 以上、これで2夜連続の留学生シリーズは終わった。日本に来た彼らは勉強だけでなく人間的に大きく成長し、最後には素晴らしい顔つきになっていた。東京という大都会が彼らを短期間のうちにあそこまで成長させたのである。厳しい現実であればあるほど無駄なものはそぎ落とされていく。苦しくて苦しくてしょうがない瞬間だが、それを乗り越えることによって人間の限界は大きく引き延ばされ、後から見ればそれが人生を生きていく上での大きな糧となるのである。このシリーズではこのことが自分の浸っているぬるま湯と比較して身に浸みて分かった。
 「努力」と「苦労」、これに勝る人生の輝きはないのだと。


【2000.11.24】 続・小さな留学生 戻る

「小さな留学生」の再放送があった。これは中国人少女が初めて訪れた日本で色々な経験をしながら成長していった2年間の感動の記録である。前回放送が2000年5月5日だからあれから半年が経とうとしている。しかし、なぜ再放送なのか。しかも金曜のゴールデンタイムに。それほど前回の反響が大きかったのだろうか・・。そうとしか思えない。しかも今回は2夜連続でこのシリーズを放送する。確かに日本と中国の架け橋となるこの番組が双方の国民に大きな感動を与えたことは納得がいく。かくいう自分も、今日再放送と分かっていながら、見ないわけにはいかなかった。日本の嘘臭いドキュメンタリーとは真実味が全然違うのである。制作者が持つ純粋な精神に基づいたドキュメンタリーは視聴者側も純粋な気持ちで受け取ることができる。伝えたいことがダイレクトに伝わるため、より双方の距離を縮めることができるのだ。ゴールデンタイムの再放送をやるからにはこういった深い理由があるのである。
 番組中の中国人の少女の名は「張素」という。お父さんの仕事の関係でお母さんと一緒に日本に来たのはわずか9才の時。始め、彼女にスポットを当てたのは偶然だったかもしれない。しかし、幸運なことに彼女は確実に絵になる被写体だった。わずか9才とはいえど彼女の様子はどこを映してもドラマになるのだ。前回の放送を見たとき、中国の子供が皆これほど賢かったら将来の中国は大変なことになるだろうと思っていたが、今回見直して、さすがにそうではないことが分かった。それほど彼女は中国の周りのどの生徒より大人びていたし賢かったのだ。普通の子ならくじけてしまいそうな時でも勇敢に立ち向かい笑顔で壁を取り払ってしまう。苦しんで越えるのではない。自ら楽しみながら前へ進んでいって壁をなくしてしまうのだ。まだ幼くても「努力」という力で大人でもできないような不可能を可能なものにしてしまうこのとてつもないパワーには驚かされる。努力すれば何でもできるのか、ということをつくづく思い知らされる。と同時に自分も頑張らなくてはいけないと身が引き締まる。
それほど、ブラウン管を通して映る彼女の姿はいつも輝いており、彼女の行くところには人が集まり。彼女の周りには自然と人が集まり、彼女はいつもその輪の真ん中にいる。なぜこんなに人に好かれるのか。それはやはり彼女にはカリスマ性があるということである。なんでもこなす高い能力に惹かれあこがれるからであろう。しかし、もとからこれほど高い能力を持っていたわけではないと思う。もともと生まれ持った能力ではなく「素直さ」と持ち前の「努力」で今の能力を築きあげてきたのだ。その結果、彼女はある種のカリスマ性さえ持つようになったのである。彼女の心の「美しさ」が多くの人間を引きつけるのである。  現在彼女は北京の中学校で日本語を必修科目として学んでいるという。彼女の日本語の発音は先生よりうまく、クラスのリーダーも努めている。そして彼女の将来の夢は、中国と日本の間を取り持つ立派な外交官になることだという。
 この番組は国の枠をこえて最近忘れがちな「美しい」心、純粋な気持ちを思い出させてくれた。そして何よりも見るものを素直に感動させてくれる。中国人と日本人にこれだけ多くの影響を与えたのだから、外交官になりたいという彼女の願いはすでに叶っているのかもしれない。


【2000.11.22】 技術っていったい・・  戻る

最近、漢字が書けない。すごく簡単な漢字なのにいざというときどうしても思い浮かばないのだ。読めるのに書けない。パソコンやワープロが普及してよく言われていることではあるが、いよいよ身近なものになってきた。やばいやばいとは思うものの漢字を書く機会が増えることはない。むしろ減る傾向にある。これはなにも個人レベルの問題ではない。社会全体がコンピュータ化によって漢字が書けなくなっているのだ。これは間違いない。これから更にこの傾向に拍車がかかるだろう。電卓を使うようになって簡単な計算が出来なくなった人が多いというが漢字が書けなくなった人のほうが圧倒的に多いはずである。これから先、子供の教育環境にコンピュータが導入されるだあろうが、一体この問題はどうなるのだろう。熟練したキーボード上では書けるが紙の上ではひらがなも書けないなんてそんなおそろしい日が来るのもそう遠い先ではないような気がする。
 書けないでもいいのか。テクノロジーが発展すれば人間の機能は退化してもいいのか。発展しすぎたテクノロジー故に人間は衰退するのか。いやいやそんなことはない。テクノロジーも進化しつつ人間も進化しなくてはならない。テクノロジーは人間の機能の補助であり代替であって、人間の機能を低下させるのが目的ではない。しかし、使わない機能が退化していくのは本来の生物の機能である。テクノロジーの発達とともに退化する人間の機能に歯止めをかけることはできないのか?それが自然という大いなる万物の法則なのだろうか?じゃあ技術って一体・・・


【200.11.08】 DVDはいらない? 戻る

通信速度が劇的に向上し、通信費も劇的に安くなると、CDやDVDなどのパッケージソフトやHDD等のストレージデバイスは必要なくなるといった話がある。つまり、通信回線を通じてすべてのソフトウェアを供給することによりCDやMDといったメディアを持ち運ぶ必要がなくなるのである。中央のストレージデバイスに情報を保存しておけばあとはいつでもどこでも好きなときにそれを通信回線を通じて取り出して視聴すればいいのである。情報を一元管理できるので違法コピーの問題もなくなるかもしれない。 次世代の記憶媒体としてDVDが注目されているが、DVDの普及以上にネットの快適度の方が急速に改善されDVDメディアのパッケージ代より通信費の方が安くなるといった時代が早く来て欲しいものである。技術的にはあと5年もいらないと思う。あとはNTT次第。


【2000.10.29】 最近の大容量HDD 戻る

ここ最近パソコン関連商品の値段動向を目にすることがなかったのだが、気がついてみると色々安くなっているようだ。例えばメモリ。一時期高騰した時期があったがまた値が下がっているようだ。しかも過去に類を見ないほどの安値だという。消費者にとってはうれしい限りだが、メモリメーカーにとっては再び厳しい時期になったということか。
 他にもびっくりするほど安くなったものとしてハードディスクがある。この記憶媒体は技術の進歩と共に値段動向の方は常に下がる一方だから時間がたてばHDDは安くなっていくというイメージがある。最近では数十Gバイトのものが主流で、なかには50GBとか60GBといったものもあり、お買い得感が高い。しかし、50GBも一体何に使うんだろうか。音楽や動画をレコーディングする人はそれなりの容量がないと辛いだろうが、普通にインターネット等をする上ではそこまで膨大な容量は必要ないように思われる。そもそも管理維持が大変なような気がするのだが・・。メーカー製のパソコンなんかはメモリは64MBしかないくせにHDDが30GBもあったりする。パーティションを切ってないものだからCドライブに全てのソフトがプリインストールされていたりして、いったんフリーズしようものなら、再起動後のスキャンディスクで随分長いこと青い画面を眺めておかなくてはならない。いくらHDDはアクセスが速いとはいえこれほど大容量ではさすがに体感速度の方は遅くなってしまうのだ。大容量の弊害というやつで、でかけりゃいいってもんでもない。Cドライブは個人的に5G以上にはしたくない。設定で再起動後のスキャンディスクをキャンセルすることもできるのだが一応チェックしないと不安が残る。現在自分の所有するHDD容量は25Gバイト。そのうち未使用領域は10Gほどあり容量不足になることはまずない。CD−Rもあるため大きなデータはなるべく焼いておくようにしているためというのもあるが、OSの再インストールの度に長い時間かけてフォーマットするのが面倒なのだ。しかしながら、これからはますますこの大容量傾向に拍車がかかるのだろう。


【2000.10.28】 悲願のフェラーリWタイトル 戻る

2000年F1最終戦はマレーシアグランプリにおいてフェラーリの21年ぶりのダブルタイトルで幕を閉じた。シューマッハは前戦日本グランプリにおいてワールドチャンピョンを決めていたのだが、このマレーシアの地で堂々の優勝、そして、フェラーリにコンストラクターズチャンピョンをもたらした。シューマッハにとっても、そしてフェラーリにとっても長い長い道のりであったに違いない。
 かつてベネトン時代の94,95年と2年連続ワールドチャンピョンを成し遂げたこの若きヒーローシューマッハは莫大な移籍金ともに96年フェラーリにやってきた。その目的はただひとつフェラーリを頂点に君臨させること。90年代前半当時フェラーリの技術力は高い水準ではあったものの、2大勢力ウィリアムズとマクラーレン、そしてベネトンの前には歯が立たず、過去の栄光とそれを崇めるティフォシ達の熱狂的な声援が故のプレッシャーと共に苦悩の時代が続いていた。
 シューマッハは移籍早々優勝を3回、96年シリーズでは3位につけた。続く97年、タイトルの届く2位の座についたはものの、その勢いのためか、もしくはあせりのためか最終ヨーロッパグランプリにおいて首位のジャック・ビルヌーブとの接触事故を起こしてしまう。この事故により、シューマッハは全ポイントを剥奪、この年5勝をあげたもののランキングは無効となってしまった。なんとも不運としかいいようが無い出来事だった。そして、翌年98年もシューマッハは序盤こそ振るわなかったものの、中盤から後半にかけてライバル、ハッキネンを猛追すべく快進撃を続けた。タイトル争いは最終戦日本グランプリまでもつれこみ、鈴鹿直前のポイントはハッキネン90ポイント、シューマッハ86ポイントで、4ポイント差となっていた。この状況でハッキネンが2位以上でフィニッシュすればチャンピオンになる。シューマッハは優勝して、かつハッキネンが3位以下にならなければれない。予選は見事1位。決勝でもこの調子かと思いきや、なんとシューマッハはクラッチトラブルでスタートが出来なかった。メインスタンドの歓声がどよめきに変わる。結局、最後尾からのスタートとなり驚異的な追い上げをするもマシンが耐えきれずついに右リヤタイヤがバースト。この瞬間ハッキネンのタイトルが決まった。またしても劇的な幕切れである。首位ドライバーを脅かしつつもあと一歩のところでどうしても届かないタイトル。
 そして99年、この年こそはと意気込んでいたシューマッハ。序盤から安定した強さで得点を重ね、第7戦を終わり2位、ハッキネンとの差わずか8ポイント。しかし、続く第8戦イギリスシルバーストーンで衝撃が走った。シューマッハがストウコーナーのタイヤバリヤに猛スピードで突っ込んだのである。ブレーキトラブルの代償は右足の骨折、そして、思いもよらぬタイトル争いからの転落。シューマッハの99年はこの瞬間終わった。アーバインの活躍によって99年のコンストラクターズタイトルは何とか手に入れたものの、ドライバーズタイトルはハッキネンが2年連続獲得しシーズンは幕を閉じた。
 そして2000年、幾度となく経験した過去の悔しい思いを胸にシューマッハは今度こそチャンピョンタイトルを手にするべくフェラーリF1−2000のシートに座った。過去の鬱憤をはらしてか立て続けの開幕3連勝。その後中盤こそやや足踏みしたものの、後半は再び安定した速さを見せつけ年間9勝をあげた。そして長い間夢見ていた悲願のタイトルをついに手にすることとなったのである。フェラーリに移籍してきた96年から数えて丸5年。シューマッハをしてもタイトル奪回には5年の歳月を要したのであった。
 こうして2000年、フェラーリが20世紀最後のシーズンに獲得したのはエンツォ・フェラーリ亡き後、中空を彷徨い続けながらも苦難の末ようやく手にした21年ぶりのダブルタイトルという最高の栄冠だった。


【2000.10.17】 『NAOMI2』について  戻る

「NAOMI2」がいよいよリリースされるらしい。スペック的には以前の「NAOMI」とそう変わらないようにみえるのだが描画性能が大幅にアップされているということだ。ポリゴン数で言えば、「model3」の100万、「NAOMI」の300万と来て、今回は1000万という驚異的な性能アップである。オーバースペックとも思えるこの数値は現行PS2の実効ポリゴン数を上回っているとかいないとかで話題になっている。PS2のポリゴン描画能力はスペック上では7500万ポリゴンという途方もないものだが、現在のゲームでこの数値を叩き出しているものはなく、せいぜい数百万ポリゴン止まりであるという。それだけソフト開発が難しいハードだということだが、これからまだまだ伸びていく可能性はある。一方、「NAOMI2」はこれまでの「NAOMI」の資産が生かせることからスムーズに開発が移行していくと思われる。
 この基板によりセガのアーケードにおける存在感は再び揺るぎないものとなるだろうが、もう一方の業界大手のナムコも「システム246(仮称)」というPS2コアを内蔵した基板をリリースする予定である。個人的にはこの基板がどれほど「EmotionEngine」と「Graphics Synthesizer」の性能を引き出しているかが楽しみである。第一弾タイトル「リッジレーサーV アーケードバトル」に期待したい。


【2000.10.02】 ドラクエ7発売後について 戻る

以外にあっさりとドラクエ7の出荷数がFF9の出荷数を上回ったらしい。私の予想ははずれ。ドラクエファンは辛抱強かったってことか。まだプレイしてはいないがまずまずのデキらしいという。年末にそれほどメジャーなタイトルが出ないことから年間トップ売り上げはこの時点ですでにドラクエに決まりとも言われている。まあ、これだけ長い間待たせたわけだからユーザーも買わずにはいられなかったのだろうと勝手に想像する。発売直後からグラフィックがしょぼいなどのビジュアル面での不満の声が挙がっていたが慣れてくれば「ああ、これがドラクエだな」と思えてくるという。まさにドラクエマジック。個人の好き嫌いもあるようだが総じて時間がたつにつれてそういった不満の声は消えていったようだ。しかし、今思えばなぜかドラクエの話自体もさほど盛り上がることなく消えてしまったような気がする。FF9は攻略一切禁止ということで他のユーザの進行状況がネットと身近な人に限られていて内輪で盛り上がるという感じだったが、ドラクエはそういった規制は敷いていない。もっとドラクエ的話題が豊富に転がっていてもいいようなものだが・・・。
まだプレイしていないため評価は出せないがドラクエらしさが随所に出ていていいらしい。が、クリアするまでのプレイ時間が100時間にも上るという。忙しい社会人が週末に4時間プレイしたとしても25週、約半年かかってしまう。うーん、どうだろう。その話を聞いただけで少し引いてしまった。


2000.09.10 シューマッハ、セナに並ぶ 戻る

2000年F1第14戦モンツァ キンキの堂本光一がゲストで出演していた。
スタート直後、コーナーでからみあう大クラッシュが発生。フレンツェン、バリチェロを含む計7台のマシンが一瞬にしてコース外に消えた。ここのところ見なかった迫力満点の大クラッシュだった。マンネリ化したレースに活をいれるかのような突然の事故。
それにもかかわらず、シューマッハはPole to WIN。カナダグランプリ以来の久々の優勝を飾り、本拠地モンツァで地元ファンの期待に応えた。久々の優勝とそしてセナと並ぶ41勝を獲得した喜びでレース後のインタビューでは涙を見せ声をあげて泣いていた。その涙にこちらもうれしくて涙が出そうになった。


【2000.07.31】 ドラクエ7延期について  戻る

なんと、なにげなく寄った古本屋でオリオンを発見。長年探していたものがようやく手に入った。通販で買うべきか迷っていたもので、粘ったかいがあったということだろうか。これで士郎正宗作品は大筋そろったということになる。あとは攻殻2を残すのみ。いったいいつ発売になることやら。噂では7月という話なのだが本当なのか?廉価版はいつ出るんだろう。ヤンマガにも最近は出てないみたいだし、青心社のホームページも2月から更新してないし、21世紀中にでればOKなんじゃない、という人もいるけど、うーん。まあ、ドラクエに比べたらまだかわいいほうだから気長に待つとするか。
 しかし、ドラクエは売れるんだろうか。延び延びになって、期待も膨らみすぎて、今やもうその期待もすっかりしぼんでしまったような気がする。どうも大作ゆえのプレッシャーが大きすぎるのではないだろうか。ゲーム業界の進歩は速いので、延期すればするほど状況は苦しくなってくる。これはどこのゲームメーカーも同じなのかもしれないが、開発に2年も3年も費やしていたら、流れの速い現在の市場についてはいけないような気がする。ユーザーはドラクエと名が付くから、一応買いはするが、それが2年も3年も練りに練った傑作に値すると判断するかどうかは分からない。メーカーであるエニックスはドラクエという冠が付くから傑作を作らねばならないという暗黙のプレッシャーと戦い続けて自問自答の末、延期を繰り返してきたのである。この方針が吉と出るか、凶と出るか。
 これに対してスクウェアは、スピード開発ですぐに発売するため開発サイクルは非常に短く感じられる。その分質が低下するかといえばそうでもない。なかには酷評されるものもあるが、現在のゲーム業界を引っ張っているのはスクウェアであり、会社の規模を見ればどちらの方針が正しいかは明らかであろう。ただし、まだドラクエは発売されていないので、どちらに軍配があがるかはふたをあけてみないと分からない。まあ、世間の大方の予想を裏切ることは無いと思うのだが・・・と思ってみたり。


【2000.05.12】 IT革命について 戻る

どこが最新でどこが遅れているのか。よくわからない時代になっているのかもしれない。行き詰まると過去に回帰してよい物を発掘するという行為が多く行われている。わからなくなったら初心に帰れということだろうか。世間では猫も杓子もIT革命と騒いではいるが、実体がどんなものか多くの人は理解していないだろう。急に浮上してきた言葉だけに、その必要性と重要性が軽く扱われているような気がする。そもそも政治家のお偉いさん自身がネットを駆使して政治をしているとも思えない。そもそも情報自体そのものが物質ではないもの全体を意味するのでそれを形容することは難しい。
 過去回帰も空しく、なんとなく良さそうだと投資家達はネット企業に投資する。その結果、ネットバブルという言葉も出てきた。今後更に加速していくべきであろう情報速度だが、今のところ、日本はその速度とNET普及率で他の先進国に比べると伸び悩んでいるという。個人的に韓国に遅れをとっているというのが気になる。特に電話代は馬鹿高い。ICチップ内の速度はギガヘルツ帯まで可能だし、電波の周波数もギガヘルツ伝搬可能だから、有線情報伝送もなんとかそこまで速くならないものか。いまのままでは真の情報革命はほど遠い。インフラもまだまだだが、根本的なスピードが遅すぎる。皆が描く快適な未来像はいつになったら訪れるのか。
しかしながら、逆にそれが急激な情報化の弊害を防いでいるともいえる。高速網では、現在の主な伝送メディアである文字に変わって、音声や動画も扱えることになる。画面から読みとれるのは人間の目が認知できる情報のみであるから、新聞を見るような感じで扱っているが、動画となるとテレビと同じ感触となる。急激なマルチメディアストリームは最先端を行く者にとっては魅力的なものだろうが、大量の情報の垂れ流しは激流となり、それを取り巻く法律や環境の整備は必要不可欠である。近々始まるデジタル放送では質もさることながら情報量も莫大なものになるという。大量の情報が目と耳からはいることになる。デジタルディバイドと呼ばれる情報格差が広がるのか縮まるのか、いい情報も悪い情報もかまわず、世界中を駆けめぐる時代になるのだ。現在のインターネットの無法状態のようなものが更に加速するのである。そう考えるとプライバシーの問題とも絡んで少し、怖いような気もする。


【2000.05.05】 「小さな留学生」について 戻る

 今日、久々に感動するテレビを見た。「小さな留学生」というタイトルのドキュメンタリー番組だ。内容は中国北京に住む9歳の女の子がお父さんの住む日本にやってきて全く日本語がわからない状態で生活を始めるというものだった。  彼女は日本に来た当初、お父さんの「日本人の子供にいじめられたらどうする?」との質問に「勉強で勝ってみせる。昔、中国は日本に侵略されたが、自分は祖国中国のためにがんばってみせる」と答えた。とても9歳とはおもえぬ愛国心。これをあっさりと言ってのけたのには驚いた。先の大戦の傷が癒えておらず、9歳の子供にいまだに影響を与えているのだろうか?。少なくとも彼女の心には負けたくないという強い気持ちはあったようだ。
 次の日から学校へ通うこととなったが、彼女は全く日本語がわからない。教室では自分の名前だけは言えたものの、先生は日本語でいつもと変わらぬ授業を淡々と進めていく。聞いたこともない言葉や見たこともない文字ばかりの中で彼女はただ目を白黒させるばかりである。休み時間ともなればめずらしさから机の周りに皆が集まってきて、彼女は一方的な質問責めに遭う。優しくは接してくれているが、聞き慣れない日本語の質問ばかりで彼女はとまどいを隠しきれない。何とか応答したいが、自分がしゃべれるのは中国語だけ。コミュニケーションがとれない。中国の学校では優等生だった彼女も、このときばかりは悔しさで涙を流した。しかし、彼女は負けなかった。教科書に載っている日本語を先生に読んでもらい、自分もその後に続く。その場にいたクラスメート達も協力して、休み時間中朗読が続いた。意味はわからないものの、発音やアクセントを一生懸命感じとろうとする姿には本当に感動した。つらい状況であるのに嫌な顔ひとつせず正面から向かっていくまっすぐな姿勢。この努力には本当に頭が下がる。それからも毎日、彼女は日本語の勉強を続けた。
 そして一年後、カメラは再び彼女のもとを訪れる。当初、全く話すこともできずにいた日本語を、いつの間にか彼女は流ちょうに話せるようになっていた。普通にしゃべっているとクラスメートも彼女が外国人であることを忘れてしまっているほどだ。もはや誰が聞いても日本人と変わらないほどであり、成績はクラスでトップになっていた。彼女は周りの友達や先生が優しくしてくれたからだと言っていたが、なにより本人の努力が一番ではなかっただろうか。周りの暖かい支えによって、当初の日本に対するイメージが彼女のなかで日本に対する情熱へと変わっていったのである。
 わずか9歳にして言葉と文化の障壁を乗り越えた彼女。その姿をブラウン管を通して見ていて伝わってきたのは、何に対しても絶対に負けないという強い意志の現れだった。日本の同年代の子にはまず見られないと思われる他人にも自分にも甘えることのない強い精神力を彼女は持っていたように思える。その底辺にあるのは負けん気の強さなのか、祖国を思う気持ちなのか、いずれにしてもその幼い体のどこにそんなパワーがあるのかと感心せずにはいられない。自分自身を全く異なる環境に持っていき、その重圧に屈することなく成長したその姿は誰が見ても美しいと思えるものである。彼女はお父さんの仕事の都合で再び北京に帰ることとなるのだが、その姿は日本に来たときは比べ物にならないほど大きく輝いて見えた。わずか1年半ほどの日本での生活だったがこの経験が彼女の人生に与えた影響は計り知れないだろう。

このドキュメンタリー番組、実は中国人の方が撮影されて中国で放映されたものなのだ。10回シリーズとかで今回日本で放映されたのはそのうちの一話だけである。中国では放送直後からかなり大きな反響があったとかで、そのほとんどが放映を見る以前にくらべて日本に対するイメージが変わったというものだった。この番組のおかげで日本と中国の距離がぐっと近くなったという人もいる。お偉い外交官の方々が50年かかってなかなかなし得なかった偉業をこのドキュメンタリー番組はいとも簡単に成し遂げてしまったようだ。

【中国の女性って綺麗な人が多い?】
このドキュメンタリーを撮った女性はかなり綺麗な人だった。中国は人口が多いのでその分、綺麗な人も多いと言われればそれまでだが、中国人で輝いている人は結構多いと思う。この彼女もフジテレビに突然やってきてカメラ貸してくれと頼みこんだ。応対したフジのディレクターはその話を聞いてあっさりOKしたという。なおかつ、そのときの様子をカメラに納めていた。まあ、彼女の熱意が伝わったからだろうけど、彼女が綺麗だったからっていうのも少しはあったのではないかとも思う。中国から何も知らずに大仕事をやってみたいと行って来た中国人女性。これだけでネタになる。彼女自身そのものがドキュメンタリーになる。そう直感したのではないだろうか。事実、日本で放映された番組の前半部分は彼女自身のことが描かれたドキュメンタリーで、それだけでも十分に感動できるものだった。このディレクターの読みは当たっていたことになる。しかも、国交親善にも役立ちそうな出来である。中国ではこういった形で日本を取り上げた番組が少ないのか、この番組に感化された人が大勢いるらしい。
 しかしながら、こういう草の根的な運動から国を越えて通じ合えるというのは、本当に素晴らしいことだと思う。少しでも日本のことを理解してくれる人が外国にいるっていうのはうれしい限りである。自分にできることは何かないかと考えてしまうほどだ。



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