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【2001.12.22】 メディアで知ること 戻る

最近の子供は賢い。行動する前にまず考える。いろんな情報源が身近にあるものだから行動する前にそれらから知識を得ることができる。つまり、行動する前にそれを知ってしまったかのような錯覚に陥ってしまうのだ。だから行動より口が先に動いてしまう。経験を伴わないヴァーチャルな知識。アンリアルな彼らの世界観。昨今のマルチメディアの発達によって得られた情報は一見リアルそうだが、メディアの偏った視点では真実が欠落していることもある。それを見てリアルと思っているのは自分達だけで、作った側から見た都合のいい部分を見ているに過ぎない。物事を知るということによって自分の選択肢を広げることもできるがこれは一方で未来の可能性を削っているとも言える。知るということはその長所も短所も見極めて真の本質を見極めることである。そして自分の中で再解釈し、自分の血や肉とすることである。知識の渇望とそれに呼応する情報の氾濫によって現代人の情報処理能力は常に飽和状態である。


【2001.09.11】 アメリカ同時テロ事件について(9/11) 戻る

 その日はたまたま仕事が遅くなり、帰ったのが10時ごろだった。かえって部屋のテレビをつけると8CHでなにやら大騒ぎをしている。黒煙を上げて炎上するビル。
「何だこれは?」
始めはビル火災かと思ったが違った。アメリカの富の象徴世界貿易センタービルに飛行機が突っ込んだのだった。そのリアルな映像を観た時これは大変なことだと感じた。事故なのか。それとも・・・。いろんな推測が頭をよぎる。それにしてもこれだけの高層ビル。どうやって修復するのだろう。火が消えたあともこれを元通りにするのは大変だ。
 そう思っていた矢先になんとビルが倒壊した。ショッキングだった。信じられなかった。事故はまだ現在進行中なのだ。まだ中に人が残っていただろうに大都会のど真ん中でビルが崩れ落ちる。地上には人もいただろう。テレビに釘付けになる。冷静な思考ができないほどそのシーンは映画的であった。倒壊したのは2機目の飛行機が突っ込んだビルだった。1機目の飛行機が突っ込んだビルは大丈夫だ。
 各チャンネルはすべてこの事件の特番を流している。情報が混乱し、錯綜するなか、これまでの映像繰り返し流し、断片的な情報を伝えている。ペンタゴンにも飛行機がつっこんだとか。ピッツバーグ郊外にも飛行機が墜落したとか事件はまさにリアルタイムで進行していた。このときばかりは世界中が混乱していただろう。自分も最新の情報を求めてチャンネルを慌しく替えまくる。そんななかNHKでリモコンを押す手が止まった。キャスターが言う。「信じられないことですが我々の目の前にはもう貿易センタービルはありません。」他のチャンネルにはビルが移っていたのに、NHKに現れた映像にもう一棟の貿易センタービルは映っていなかった。そう、もうひとつのビルも倒壊してしまったのだ。世界経済の中心貿易センタービルはたった一時間あまりで跡形も無く崩れ去ってしまった。全く信じられない光景だった。世界の最先端をいく都市システム、経済システムの象徴ともいえるビルがたった2機の飛行機によって余りに簡単に崩壊してしまった。

平和だと思われていたアメリカ、そして世界。これまで築き上げてきた平和で平穏な市民生活が一瞬にして崩れた瞬間だった。こうも簡単な方法で世界に多大な影響を与えることができるとは。
2001年9月11日、歴史に刻まれた日。


【2001.07.01】 ADSLの申し込みについて 戻る

6/24にADSLの申し込みをNTT西日本のページにて行った。
住所などの個人情報やアンケートに答えるのに数分かかっただけで その場は終了。待つこと一週間、7/1に郵送にて確認があり、その後モデムとスプリッタが手配できたので郵送しますとの連絡があった。そのときの連絡では開通予定日は7/10であるという。申し込みから2週間ちょっとということで予想よりだいぶ早い開通となるようだ。折りしも6月終わりにADSL料金の値下げがアナウンスされたばかりなのでタイミングは良かったような気がする。

攻殻機動隊2が発売された。マウスパッド付きであった。内容はまだ全部読んではいないがネット関連の話が強化されているようだ。ハードウェアの話からソフトウェアに重点が移された。


【2001.07.01】 ADSLについて 戻る

ADSLを導入すべきか否か。
以前の実家はISDN回線であったが、引っ越したため現在アナログ回線でネットにつないでいる。巷ではブロードバンド化の嵐が吹き荒れており、ISDN・ADSL・CATV・光ケーブル等の選択肢がある。そんな中で自分もこれを機にADSLを導入するべきかどうか迷っている。なぜADSLかというとスピードと値段と接続の手軽さというバランスの良さに惹かれたからである。
しかし、正直なところ導入すべきかどうか迷っている。実はネットに費やす時間がそもそもないのである。ネットをする時間がない以上、通信費にこれ以上投資しても無駄なのではないかと最近思い始めたのである。ADSLを導入することによって、現在よりは高い通信費を払うことになる。常時接続、定額料金であるから、いくら使っても一定料金となるのだが、使わないと逆に損ということになる。損をしてまでADSLに固執する必要があるのか?
しかし、時間がないからこそ、短い時間で快適ネットサーフィンを楽しむ。こういう考え方もある。回線が太ければそれだけ通信速度も速いわけで、読み込みにかかる時間も短縮される。これまでイライラしながら待っていた大きなサイズの画像なんかも瞬時に見ることができて、それはさぞ快適であろうと想像できる。実際現在の状況だと実質のネットをしている時間より、読み込み待ち時間のほうが長かったりすることもあるのだ。それを考えると1.5Mbpsという通信速度は魅力的だ。回線は細いより太いほうがいいに決まっているし、スピードが速い分同じデータ量なら通信料はADSLのほうがはるかにお得である。現在、ADSL人口は急激に増加しているらしく、その申し込み人数があまりに多すぎるため、開通が1ヶ月とか2ヶ月待ちになっているという話を聞くのでその実力は確かなのだろう。
単純に料金だけの比較だと次のようになる。現在月々6000円程度の費用がかかるというから、普通のアナログ回線でこれだけ使おうと思ったら、プロバイダ料金が月2000円として残り4000円。現在3分8.8円であるので計算すると28時間程度になる。一日1時間以上ネットサーフィンすればADSLを導入するメリットはあるということだ。 だがしかし、転送されるデータ量で比較するとADSLの方が圧倒的に有利であることを考えると多少値段が高くても導入するメリットはあるように思える。少なくともISDNよりは魅力を感じる。今後更に通信料と共に値段が下がることを願うとして導入すべきかどうかの結論はもう少し待つとする。


【2001.05.19】 攻殻機動隊2発売 戻る

攻殻機動隊2が6月28(木)に発売されることになった。
あと1ヶ月待ちということになる。これまでの度重なる延期によって膨らんだ期待感もしぼみつつあるような気はするが、ともかく発売されるということで一応の区切りはつくわけである。これまでの延期の理由は、カラーページが多いため作業に手間がかかるといった作品の完成度を上げるためのものであった。前作があれだけ売れたので、今回はそれを上回るものを作らなければいけないという作者の気持ちもわからないではないが、読者をあまり待たせるのもどうかと思う。しかし、ともあれ楽しみではあることには違いない。
 ここで攻殻機動隊1について少し。映画化もされゲームにもなったので名前は聞いたことがあるという人はたくさんいると思うが内容について詳しく知っている人というのはそんなにいないのではないのだろうか。そもそもこの作品を読んだ読者のうちどれほどの人が真に作者の意図をつかめたのだろうか。かくいう自分もほとんど理解しておらず、論理的なストーリーと行間に詰め込まれた情報量になかば辟易したこともあるが、しかし、そこにこそ面白みがあるのだともいえる。
 劇中の膨大な情報量とストーリー展開の冷淡さ、普通のコミックとは面白さの質が根本的に違う。一般的にSFモノといったあるジャンルに特化した話というのは専門用語の多用によってどうしてもとっつきにくいものになってしまう傾向がある。そこを何とか読者の身近な話に結び付けて話を展開するのが一般的な作家の手法なのだろうが、この攻殻機動隊は違う。読者のことなんか考えずに難解かつ圧倒的な情報量によって更に読者を引き離しているのだ。明らかに不親切である。いったい何を言おうとしているのか少しも伝わらないのである。最初に読んだ時はほとんど謎解きパズル状態で頭が痛くなったほどである。しかし、繰り返し読むことによって脳のロジック回路がバチバチと火花を散らしシナプスを刺激していくのである。知識の深淵に引きずり込まれるような錯覚に陥り頭のなかでエンドルフィンをまき散らすのである。生体倫理学的、哲学的、そして工学的な部分を多く含むこの作品はいわばそれらを統べる教科書とも言える。圧倒的な情報量と言われたエヴァンゲリオン(科学技術とキリスト教が融合したあの世界観)よりはこっちの純粋なメカニカルでテクニカルな世界の方が個人的には好きだ。サイボーグの作り方なんてなんともリアリティがあるし、人間の定義とかエントロピー増大の法則とか感情ぬきの話ではあるがゆえの面白さがある。


【2001.04.10】 しばらくぶりで 戻る

21世紀になってから日記をつけていない。なぜか?習慣になっていなかったからというのもあるし、ただ単に忙しかったからということもいえる。1月から2月までは修士論文を書き上げるのにかかりっきりだったし、3月、4月は就職のための準備等で、落ち着いて日記を書く暇がなかったのだ。こんなことを大学に入学したときも書いたような気がするが、時期が時期であるだけにいたしかたない。のんびり4月を迎えることのできる年もあったが、今年は人生でもっとも急激な変化を体験した年であると思う。おそらくはこれほどの環境の変化はもう体験することはできないかもしれない。
というのも、地方から都市部に引っ越してきて、いまだに自分が実家以外の場所にいるということにいまひとつ実感をおぼえていないのではあるが、とにかく、卒業、引越し、就職、一人暮らし、と、今までの生ぬるい環境から放り出され、いろんな意味で、一人で生きていかなくてはならなくなったのである。就職とはいかなるものか、一人暮らしとはいかなるものか、学生時代に考えたことがなくはなかったが、考えたことが薄れてしまうほど、やはりリアリティが違う。実生活の厳しさは、こういったゆっくりした時間を奪い去るには十分である。じきに、こういった状況になれていくのであろう。そして、自分に合ったライフスタイルを確立するのではろうが、今はその過渡期で実に不安定な時期である。食事もままならないし、体調もくずしがちである。社会人という枠組みに分類される境遇では、全てが自分の責任となるため、一刻も早い自己の確立と自律が何より大切となるのである。
さて、今日で入社2週間が終了した。まだ、研修の途中であるし、これから大変なこともたくさんあるであろう。朝の通勤ラッシュのすさまじさとそれを都会に生きるものの定めとして受け入れる自分。人が多くいつでも便利なものが手に入る都会。それと引き換えの欠点の一部がそういった人の過剰性。まだ、2週間なので振り返るものもあまりないが、周りの新入社員が皆若いこともあってか、あまり自分が社会人と意識する瞬間はない。学校の延長とでもいうべきか。そんな空気がある。社会人の責任というものの実態がいまひとつ掴み切れていないのかもしれない。口では立派なことを言うが実際に体験してはいないからいまだ想像の域を出ない。学業と就業の境界線があいまいなまま、人間なんてそう急に変わるものでもないのかもしれないと自分を納得させる。まだ2週間なので無理もないが、もし変わるとしたら、その変化はゆるやかでいいのだろうか?
2001年(平成13年)  4月10日(火) 入社2週間と1日を迎えて


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