| 1982 |
夏 |
ドラマーのYOSHIKIを中心にボーカリストのTOSHIたちとエックスを結成 |
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秋 |
ディープパープル等に影響を受けたYOSHIKIがもっと過激なサウンドを求めそれをもとに活動を開始。当時は高校生だった為に活動は学校の文化祭や各種のコンテスト出場などがメインだった |
1985 |
2月 |
都内のライブハウスを中心に活動を始める |
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6月 |
インディース レーベルDADAレコードよりファーストEP「I'll Kill You」をリリース。1000枚を即完売。 |
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7月 |
EXPLOSIONレーベルのオムニバスLP「HEAVY METAL III」に「Break the darkness」で参加。その後も何度かメンバーチェンジを繰り返す。 |
1986 |
4月 |
セカンドEP「オルガスム」をEXTASYレコードよりリリース。2500枚を完売したがメンバーチェンジのため再プレスを断念。 |
1987 |
2月 |
ビクターよりリリースされたオムニバスLP「SKULL THRASH ZONE」に「Stab me in the back」「No connexion」の2曲を収録。ギタリストにPATA、HIDEの2名を迎え再スタート。 |
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7月 |
自らプロモーションビデオを制作。「Xclamation」「Stab me in the back」「紅(kurenai)」の三曲を収録。 |
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7月 |
25日に目黒ライブステーションにてワンマン、300人を動員。同ライブハウスの動員記録を塗り替える。 |
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8月 |
7日、大阪バーボンハウスにてワンマン。530人を動員。200名にプロモーションビデオをプレゼント。 |
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8月 |
29日、目黒鹿鳴館にてライブ。前売りで350枚をSOLD OUT。200名にプロモーションビデオをプレゼント。 |
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11月 |
23日、24日、目黒鹿鳴館にて2DAYSワンマンライブ。両日とも前売りSOLD OUT。2日目で700人を動員。 |
| 1988 |
1月 |
15日、イシバシ楽器横浜店オープン記念サイン会。500人が集まりパニック状態。 |
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4月 |
14日、1stアルバム「VANISHING VISION」を発売(エクスタシーレコードより)。発売1週間で初回プレス10000枚を完売。 |
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4月 |
17日、新宿エジソンにて発売記念サイン会。約1000人が集まり、パニックとなり中断。 |
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5月 |
5日、東京中の公会堂(初ホールワンマン、SOLD OUT 800人を動員)。 |
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6〜7月 |
「VANISHING TOUR」。全国20ヶ所、24本を敢行。のべ約6,000人を動員。 |
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7月末 |
CBSソニー(現ソニーミュージックエンタテインメント)と契約。 |
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8月 |
作曲合宿 |
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9月4日 |
京都スポーツバレー(野外)にてワンマン。伝説に残る素晴らしいライブ。 |
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9月中旬 |
作曲合宿 |
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10月 |
「BURN OUT TOUR」。全国9ヶ所、12本。 |
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10月末 |
「VANISHING VISION」20000枚突破記念として、ピクチャーレコード「VANISHING VISION」を5,000枚限定発売。 |
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11月14日 |
MZA有明イベント「STREET FIGHTING MEN」参加。 |
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12月31日 |
目黒鹿鳴館オールナイトメタルパーティーにヘッドライナーとして参加。 |
| 1989 |
1月6日 |
メジャーデビュー作「BLUE BLOOD」レコーディングが始まった。 |
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1月8日 |
渋谷公会堂(3/16)2時間でSOLD OUT。 |
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1月29日 |
大坂厚生年金(4/25)、30分で売り切れ。 |
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3月 |
レコーディングが終了して「BLUE BLOOD TOUR」が始まる。 |
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3月16日 |
渋谷公会堂にて入場者全員に無料ビデオ「THANX」が配られた。 |
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3月29日 |
宝島イベント「クラブワンダーランド/ロック東京コレクション'89春」インクスティック芝浦ファクトリー。 |
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4月21日 |
「BLUE BLOOD」リリース |
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5月2日 |
「エクスタシー・サミット」目黒鹿鳴館 |
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6月1日 |
ビデオ「爆発寸前GIG」リリース |
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6〜7 |
オフ。ビデオ撮影と曲作りのため、メンバーはそれぞれ海外へ旅立つ。 |
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7〜8 |
夏のイベントに多数出演。 |
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8月25日 |
テレビ朝日「ミュージック・ステーション」に初演出。 |
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8月28日 |
大阪amホールで“大魔人5人組”という名前でシークレット・ライブを行う。ファーストシングル「紅(kurenai)」をリリース |
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9月28日 |
「エクスタシー・サミット」渋谷公会堂。「ROSE&BLOOD TOUR」をスタート。 |
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10月15日 |
インディース時代の名盤「VANISHING VISION」エクスタシー・レコードよりCD化 |
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10月30日 |
福岡ももちパレス。YOSHIKI、体調不良により中止、振替。 |
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11月8日 |
水戸市民会館。ドラム・ソロの途中でYOSHIKIが倒れ、途中で中断となる。 |
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11月23日 |
渋谷公会堂。YOSHIKI倒れる。 |
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12月1日 |
2ndシングル「ENDLESS RAIN」リリース。またこの日、TBS日本受賞する。 |
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12月14日 |
大阪・読売テレビ、第22回全日本有線大賞で再び最優秀新人賞を受賞する。 |
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12月30日 |
「エクスタシー・サミット」目黒鹿鳴館。 |
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12月31日 |
2ndビデオ「刺激!VISUAL SHOCK Vol.2」リリース。 |
| 1990 |
2月4日 |
日本武道館(YOSHIKI復活ライブ)。「ROSE&BLOOD TOUR」再開。 |
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3月12日 |
「ゴールドディスク大賞グランプリ・ニューアーティスト・オブ・ジ・イヤー」を受賞。 |
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4月21日 |
3rdシングル「WEEK END」リリース。 |
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6月 |
大阪城ホールのライブ(5/17)以降、Xは基本的に活動を休止。セカンドアルバムに向けての準備に入った。 |
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9月1日 |
活動休止中Xからのメッセージとも言える「VISUAL SHOCK Vol2.5」をリリース。 |
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11月24日 |
レコーディングのため、ロスアンジェルスに出発。 |
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12月8,9 |
東京ベイNKホールでフィルム・ギグが開催される。入場者全員にメッセージのCDをプレゼント。バリ・ライトや通常のライブなみに特殊効果をセッティングした前代未聞のフィルム・コンサート。 |
| 1991 |
2月 |
フィルム・ギグ・ツアーがスタート。37箇所でのべ8万人を動員。 |
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5月7日 |
LAにて緊急記者会見が開かれる。席上、YOSHIKIは8月23日の東京ドームコンサート、ニューアルバム「Jealousy」の7月1日発売、6月5日の帰国の3つを発表。 |
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6月5日 |
帰国。成田国際空港には1万人近いファンが押しかけ、警察も出動するほどのパニックに。しかし、この日、実際に帰国したのは、HIDE,PATA,TAIJIの3人。一部レコーディングの為、YOSHIKIとTOSHIの2人は、その2日後の帰国となった。 |
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7月1日 |
メジャーからの2ndアルバムになる「Jealousy」,ついに発売される。前作から数えて2年2ヶ月ぶりのリリース。 |
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7月31日 |
イベント「JTスーパーサウンド'91」(リゾートパーク鬼首高原特設会場)もシークレットで出演。90年5月17日の大阪城ホール以来、1年2ヶ月ぶりのステージとなった。 |
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8月 |
「Violence IN Jealousy Tour1991〜夢の中にだけ生きて〜」スタート。8月23日の東京ドーム(即日完売)以外のライブは「ドームの追加公演」として発表。 |
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9月11日 |
「Jealousy」からの第1弾シングル・カットにあたる「Silent Jealousy」リリース。 |
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