III

剛君はすべてを呪いました。
走りながら呪いました。
胸の奥の得体の知れないものと闘いながら呪いました。
泣きながら呪いました。
ときに嗚咽しながら呪いました。
級友を呪いました。
先生を呪いました。
学校を呪いました。
両親を呪いました。
人間を呪いました。
社会を呪いました。
世界を呪いました。
青空を呪いました。
それでもまだ呪いたりませんでした。
嗚咽は止まりません。
もはやそれは叫びに変わっていました。
頭をやられたようで、足がふらふらしました。
すこしづつではありますが、目も見えなくなってきました。
それでも、走ることはやめませんでした。
立ち止まってしまうのが恐かったからでした。
立ち止まった瞬間に、なにもかもが、すかすかになってしまうような気がして、それが恐かったからでした。
剛君は立ち入り禁止になっている学校の裏山へ向かいました。
とにかく誰もいない所へ行きたかったのでした。
錆びたバラ線の隙間を腹ばいになってすりぬけました。
そのまま、裏山の林の中へと、それはすごい速さで走っていきました。
やがて池が見えてきました。
この池は去年の夏に、クワガタ取りに夢中だった少年が溺れた池でした。
裏山が立ち入り禁止になったのも、そういう理由からでした。
剛君は池のほとり近くまで走ってくると、さすがにもう息が続かないのか、静かに、静かに、速度をゆるめました。
そしてほとりで立ち止まりました。
息は荒く、嗚咽も止まりません。
それでも、すこし落ち着いたのか、静かに腰をおろしました。
剛君の顔は、赤や白のチョークの粉で、お化粧したみたいでした。
そしてほほを流れた涙の跡がくっきりとついていました。
それはまるでピエロのようでありました。
池にうつった自分の姿を見て、剛君は悲しくなりました。
悲しくて、悲しくて、悲しくて、どうしようもなくなりました。
また涙が流れてきました。
自分ではどうにもコントロールできないくらい流れてきました。
泣きました。
熱を感じるくらいに、ぽろぽろ泣きました。
剛君は今まで、涙をこんなに熱く感じた事はありませんでした。
ぽろぽろ、ぽろぽろ、泣きました。

 

 

IV

剛君は池のほとりで夕暮れどきにひとりぽっちで座ってました。
傷だらけの足をくみ、ほほには涙の跡、目は真っ赤でした。
みなもを静かに見つめていました。
それはそれはきれいな景色でした。
山際は金色に輝き、空は一面スペクトル、そして明星が微笑んでいました。
みなもには、空がありました。
上も下も、前後左右、どこまでも、いつまでも空は広がっていました。
剛君は今まで生きてきて一番幸せな瞬間だと思いました。
上の景色と下の景色を見比べながら、体中に秋の風をいっぱいに感じていました。
汗が風に触れ、ひんやりする感触が、ほてった体にとても気持ちよく感じられました。

 

やがて日は暮れていきました。

 

ぼちゃん。

 

剛君の体は、だんだん軽くなり、溶けて、消えて、なくなりました。

 

 

V

なおちゃん、なおちゃん。
こんにちは。
突然のお手紙で、びっくりした?
ぼくの体はもう溶けちゃって、なおちゃんにはもう会えないみたいだから、お別れにと思ってね。
ぼくのお葬式にでてくれていたね。
どうもありがとう。
みんな泣いていたよね。
先生なんか泣き崩れちゃってさ、おかしかったなぁ。
なおちゃん、なおちゃん、
だけどね、なおちゃん。
みんなを許してあげてね。
ぼくはね、別に世をはかなんで死んだんじゃぁないんだよ。
ぼくはね、自殺するようなあ馬鹿じゃないさぁ。
ねぇ、なおちゃん。
ぼくはね、お空があんなにきれいだなんて知らなかったよ。
お空があんなにやさしいなんて知らなかったよ。
いっつも、いつでも、ぼくらの上に、
あんなお空があるなんて知らなかったよ。
あの日、ぼくはずぅっとお空を眺めていたよ。
時間が止まってしまったような感じがしてね。
ずぅっと眺めていたんだよ。
そしたらさ、なんか、どうでもよくなっちゃってね。
学校の事も、お家の事も、世界の事も、自分の事も、
なんか、ぜぇんぶどうでもよくなっちゃってね。
お空は不思議だよ、本当に不思議だよ。
ぼくなんかは、ほんとにちぃさくってさ、
はかないものなんだなぁって、そういう気持ちになるんだよ。
気がついたらさ、笑っていたんだよ。
ぼくは笑っていたんだよ。
不思議だよね、本当に不思議だよ。
ねぇ、なおちゃん。
なおちゃんもお空を見上げてみてね。
苦しくってどうしようもなくなったときも、そうぢゃぁないときも、お空を見上げてみてね。
そしたら、ぜぇんぶどうでもよくなっちゃうからさ。
きっとだよ。
きっとだよ。
そろそろお別れみたい。
ねぇ知ってる、なおちゃん。
人は死ぬとねぇ、お空へ行けるんだよ。
やさしいお空へいけるんだよ。
素敵だよねぇ、本当に素敵だよねぇ。
むふふふふふ。
じゃぁね、なおちゃん。
また、お空の上で会いましょう。

 

 


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