本名  Masakazu Shimizu
ハンドル名 マ−サ 射手座 A型
生まれ 19??・12・02
現住所 愛知県豊川市
出身地 愛知県豊川市
仕事 水処理(水処理の研究開発)出張が多い
家庭環境 妻 子供?人(さあ-何人でしょうか)(笑)
性 格 至ってオトナシイ
身長 179.8cm 
パソコン SONY VAIO PCV-R60 自作ペンティアムV1GHZ 120GB メモリ-512
ソフトウェア DTM作成ソフト SingerSongWriter 6.0
音 源 Roland SC-8850
楽器 モ−リス生ギタ- Moonエレキギタ−(特注品アレンビックピックアップ付)) シンセサイザ−ロ-ランドD-50) 楊琴  Roland RD-700(ステ−ジ・ピアノ)  Roland VG-8  Roland GR-33(ギタ-シンセ)  ケ−ナ 一部あるだけ・・・弾けない(汗)
昔はGibson Fender のギタ−もあったけど今はない(寂)
趣味・特技 パソコン(さわるだけ・・・)
 作曲、作詞
 ホ-ムペ-ジ作り
 音楽鑑賞
 インターネット
 山登り(ハイキング)自然探索
スキュ−バ・ダイビング(ここ10年は潜っていない)
  
影響を受けたアーティス ト ADIEMUS
Led Zepplin
THE Betles
Char
風の楽団
子龍
坂本龍一
久石譲
井上陽水
スティ−ビ−ワンダ−
山下達郎
角松俊生
原田真二
村松 健
トライト−ン
姫神

                         自己紹介

 はずかしながら、最近ホ−ムペ−ジを開設しました。ある意味ですごく楽しみでもありました。       
 昔は、バンドなんぞやっていましたが、時間やら、疲れなどで、音楽と離れていってしまいましたが、パソコンを購入し、また、音楽を自分のペ−スでやれるようになって、毎日が楽しいです。                      
 音楽を聴き始めたのは、今から30年前、ラジオを聴き始めていわゆる歌謡曲を聴きピンキ−ズとキラ−ズや、桜田淳子、森田健作、(おこれ男だ)等の音楽に影響され、当時は録音できそれを、再生できるシステムがめずらしく、毎日、テ−プレコ−ダ−に次々と録音し、後で何度も聴くのが楽しみでした。小学校3年生の時音楽をやり始めたのは、小学校4年生の時、井上陽水や、かぐや姫、吉田拓郎、等を聞き影響を、受け中学2年生に新聞配達で初めて中古のギタ−5千円で買いましたそれから、ギタ−を弾き始め、その時代、指にギタ−ダコを作ってみんなに、自慢するのが、流行みたいで、まあ、いわゆる青春だったのかも・・・・・・その時代は、コンプレックスの固まりで、何かを手探り状態で探していたのでしょう。それと、TV子だった。朝から、夜中までTVを見ていた。その時代は、大半が白黒TVが主流でちょうど、そのころ、カラ−TVが出始めそれも珍しかったんだろうと思う。      
だから、何かを見つけたかったんだろうね!その中で見つけたのが、音楽だった。               
 そして、中学2年生の時に、レッドツッペリン、ビ−トルズ、ディ−プパ−プル、等をはじめてレコ−ドで聴きすごくショックを受けた。これは、なんと言うミュ−ジックだって感じだった。世界はひろいって思った。それから、エレキギタ−を購入しペケぺケって感じではじめた。音楽として、すごく影響を受けたのが、、レッドツッペリンのギタ−リストジミ−ペ−ジだった。天国の階段を聴いた時フォ−クギタ−から、奏でられるなんともい得ないメロディックな感じから、ハ−ドな曲への展開へと心は変動し最後は、静かに終ってしまう。
 この、時代のクラシック音楽とさえ思わされた。こんな曲を作れるなんてすごい。それから、ジミ−ペ−ジに影響され、バ−トヤンシュのレコ−ドを手にいれた。その当時イギリスでは、サイモンとガ−ファンクルさえ影響を受けて、次々と名曲を送り出していったのである。バ−トヤンシュの奏でるギタ−は、今ときめくエンヤの故郷であるケルト音楽のように、詩人がハ−プを弾き、妖精とお話しているような世界に陥る。 ギタ−一本でのオ−ケストラのようだった。ジミ−ペ−ジよりも、影響が今でも残っているのは、むしろ、 バ−トヤンシュだったかもしれない。                                       
でも、それでも、フォ−クソングを奏でていました。あまり、うまくはなかったけど・・・・それから、曲ってもんを作り始めた。作ってみたい一心で中学2年生の時にはじめて曲を作った。最初はコ−ドと曲が合わなくて・・・・大変だったけど、人間なんとかなるもんだとも思った。それは、今でも同じだけど・・・・・・                    
今、自分は水処理の仕事をしています。最初は右も左もわからなかったけど、失敗の繰り返しだったけど、やっぱり 何とかなってきた。だから、同じ共感を持っている人はたくさんいると思う。何か感じた人メ−ル待っています。                                                  
(左)岡野弘幹さんと娘さんと(右)自分と娘と息子 妻と息子と映画ガイア・シンフォニ−Uの初女さん