ザ・コアーズのもうひとつの悲劇

ジム・コアーが6歳のとき、彼の弟が亡くなった。
彼はそのときのことを初めて、バリー・イーガンに語った。

それは今ではもうひとつの生涯、もうひとつの世界のように思える。
ジム・コアーは裏庭で幼い弟と遊んだころを思い出していた。
彼の瞳には光るものがあった。

「僕らは一緒にDinky(おもちゃメーカー)のミニカーですごく楽しく遊んでいたよ。」
「彼は小さな黄色いJCB(イギリスの建設車両)のミニカーを持っていたんだ。すごくカッコよくて、僕はずっと欲しがっていたんだ。僕らは似たようなプレゼントをもらっていたんだけど。
いつも裏庭を走り回って遊んでいたことを覚えているよ。」

ジムは弟の世話をしたのだろうか?

「僕らは幼かったから、母がいつも僕ら2人の世話をしていたよ。」と彼は笑った。
「思い出せる限りでは、彼はいいやつだったよ、一方、僕はガキでいたずらっ子だったけど。」

ジム・コアーは彼の弟が亡くなった32年前の日のことも覚えている。彼はその出来事を目撃していたのだ。
「その出来事は、この先もずっと覚えているだろうね。」と彼は話す。

世界が知る必要がなかった、5番目のコアーの話は本当に痛々しいものだ。
ジェラード・コアー(Gerard Corr)は1966年8月12日にこの世に生を受けた。
彼は3歳のとき、交通事故でこの世を去った。そのときジムは6歳だった。
彼はこれまで、このことについて話すことはなかった。今、こうしてそのことを話すのは、彼にとって
大きな苦痛であるだろう。
私たちは彼のダンドークの実家で座って、彼がジェラードと共に遊んでいたという裏庭を見ている。
Long interview with Jim 1

McManus'sでくつろぐジム

3/24付けのSunday Irish independent紙に、ジムのロングインタビューが掲載されました。
その内容は、実はCorrsにはもうひとり、男の兄弟がいたという衝撃的なものでした。

しかもジムはその弟の死を目撃してしまい、それが彼のその後の人生に大きな影響を与えました。
インタビューは彼の幼少期から青春時代、両親の出会いから宗教観にまで及ぶ非常に深い内容の
ものでした。

宗教、精神性に絡む場所は翻訳が非常に難しかったので、訳すのには苦労しました。
日本語としておかしかったり、読みにくい場所があると思いますが最後までお付き合いください。

翻訳に際して、nanaさん、HIROさん、そしてExciteの翻訳ページ(笑)にお世話になりました。
原文と読み合わせてみて、おかしいと思うところがありましたら、メール下さい。原文はこちら

「弟はダンドークの実家のすぐ外の道路で車にぶつかったんだ。彼はフットボール(日本で言うところのサッカーボールだと思う)を取ろうと道路に出たところで、車にぶつかったんだ。それはシャロンがちょうど生まれたころの出来事だった。」とジムは語った。(シャロン・コアーは1970年3月24日に生まれた)

「事故の直後、母が門のところに立っていたのを覚えている。母はおびえていたんだ。父が弟を抱えて車に乗せ、そのまま病院に直行したよ。両親はベッドの横で付き添っていた。
弟は翌日の朝6時に亡くなった。それは幼い自分にとってはトラウマ的だった。」とジムは事故を
振り返った。

「その出来事は自分が気づかない方法で自分に影響を与えていると思う。事故のとき、僕はそこに
いたんだ。でも僕が経験したトラウマは、両親のそれとは比較にならないと思う。今でもそれは理解するのは難しいよ。彼は僕の友達だったから。」

ジェラードの死後、ジムは引っ込み思案になってしまったのだろうか?

「そうだったと思うよ、ある程度は。」と彼は答えた。「あの後、自分は変わったと思う。あんなことは、誰にもポジティブな影響を与えるものじゃない。でもそれは今でも付き合っていく問題なんだよ。」

彼(弟)はより幸せな場所にいるだろうか?

「疑う余地はないと思う。「善人ほど早く死ぬ」っていうことわざがあるじゃないか。たぶんそういう
人間(善人)はこういう理由の元に生まれてくるんだ。僕らにあることを教えにね。」

弟の死は、なにか教訓になりましたか?

「彼の死を通して、そしてそれと付き合っていくことで、何かを学んだと確信している。でもその答え
は、心理学者に求めるものじゃないんだ。ただうまく生きてきただけだ。」

「善人ほど早く死ぬ」、そのことを彼は考えていた。「弟はその典型だった。彼はトラブルを起こさな
かったし、僕とは正反対だった。僕と言えば、トラブルから抜け出せなかったし。」

悲しみというのは、心から苦痛を和らげるプロセスだと言われてる。悲嘆に暮れた喪が明けた後にもさらに悲しみが残るが、それは私たちが持つ、楽しい思い出に起因する、過去を懐かしむ悲しみで
ある。特にジム・コアーにとっては。

「ジェラードが両親の演奏するどんな音楽にもテンポを合わせて、しきりに椅子をガタガタさせていた
のを覚えているよ。」と彼は語る。
「彼は明らかに、幼いころからすごく音楽好きだった。彼は確実に、僕ら他の兄妹とともに、
ザ・コアーズのメンバーになっていただろうね。」

ジムとジェラードが遊んでいた裏庭

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