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東芝EMI TOCT-5906 (CD) 1.Drive My Car 2.Oh!baby 3.お墓 4.誰かがBedで眠ってる 5.ねむれないTonight SIDE B 6.うんざり 7.ブルドッグ 8.指輪をはめたい 9.ドカドカうるさいR&Rバンド Recorded at Sea West Studio Kahuku,Kuilima Produced By Rc Succession
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このアルバムを語る上で忘れてはいけないのが、初の海外(ハワイ)録音であり、清志郎の体調が
かなり悪かったり、親戚の不幸などしいったヘビーな状況で作られたことです。
このあたりのことは、「生卵」の一旗新聞のコーナーに詳しいですので、そちらを読んでください。
アルバムでは始めて、ジャケット・インナーともメンバーの写真が使われてないものとなりました。
結局5人のRCのジャケットは前作BEAT POPSが最後となったわけですね。
いかにも井上嗣也デザインといった作りですが、この当時病気で悩んでた清志郎は心臓から
血が流れてるのが気に入ったらしいです。
「OK」、シングル「Oh!Baby」、ライブアルバム「THE KING OF LIVE」で3部作になってるみたいで
この時期のジャケットは私も大好きです。CDだとわかりませんがLPではジャケットがコーティング
みたいな紙質で絵の具の立体感もすごくありました。歌詞カードもざらついた感じの紙質で
独特でした。これは一度LPで見ていただきたい作品ですね。また、レコード盤のB面の内側の
マトリクスナンバーのところに「OK Baby Send Me Some Lovin'」と薄く手書き文字で彫って
あります。かなり薄いので光のあてかたが悪いと見づらいです。
(註−アナログの説明はオリジナルのLONDON盤のみで再発の東芝盤では紙質も変わっており
メッセージも彫られてません)
特に曲を用意しないで(する暇もなく)、ハワイでのレコーディングに入ったため、体調の悪さもあり
かなり曲作りには苦心したらしい。「お墓」「指輪をはめたい」以外はほとんどハワイで作られた
ものと思われます。新曲7曲のうち5曲が共作となっているのも珍しいですね。
リアルタイムの体験でないとなかなかわからないと思いますが、当時のRCといえば
「ルージュマジック」〜「サマーツアー」に代表されるミーハー的な人気が一番最大の時で
その時期にこのアルバムをファンに突きつけた勇気が素晴らしいです。
現在の緻密に計算された音楽界では考えられないような気がします。
1.Drive
My Car 作詞・曲:G2&忌野清志郎
アルバムの1曲目となるとやはりロックぽいもの持ってくることが多いと思うのですが、
あえてこの曲がトップを飾るというのが「OK」が名盤たるところではないかと思います。
全体的にこの時期はビートルズっぽいアプローチが多く、もちろんこの曲もビートルズの
同名の曲からヒントを得たものと思います。歌詞やギターのフレーズがパクリではありますが
いまの歌謡曲に氾濫するパクリとは全く違うものであります。
ビートルズの場合もそれまでのアイドル路線からレコーディングアーティストへの転換期に
あたるアルバム「Rubber Soul」の1曲目ですね。
このアルバムから清志郎の歌い方に変化があって、さらに言葉を大切にするような発声法に
なっているんですが、この曲の「夜道をとばして行くよ〜」の部分あたりにその特徴が顕著に
現れてます。
2.Oh!Baby 作詞・曲:忌野清志郎
ハワイで作った、石井さんの事を歌った曲で先行シングル。この曲派手さはもちろんない
ですけど、名曲だと思います。シンプルの極地ですね。
歌詞で最初は「僕」が曲を書くんですけど、最後は「君」のほうが「僕のために」書いている
のがなんなとなく面白かったりします。
3.お墓 作詞・曲:忌野清志郎
これは古い曲で高校時代のことを歌っています。フォーク時代から演奏されていて、
アルバム「シングル・マン」でもレコーディングされましたが、この時は未収録に終わりました。
チャボがこの曲好きだったらしく、初の彼のソロツアー(85年)でもちろんチャボのボーカルで
披露されたりもしました。94年のイベント「GLAD ALL OVER」でもチャボがやりたがったが
曲を忘れていて、2-3'Sのメンバーからスコア送って貰ったが結局出来なかったとのこと
でした。そのせいか「GLAD ALL OVER」の直前の山川ノリオのライブに清志郎がゲストで
出演した際にこの曲をやりました。
4.誰かかBedで眠ってる 作詞・曲:忌野清志郎
これも石井さんのことを歌った曲。BEAT POPSに入っていてもおかしくない曲調ですね。
なぜか清志郎はお気に入りみたいでRCの時も休止後もちょくちょくやっています。
5.ねむれないTonight 作詞・作曲:RC SUCCESSION
「つきあいたい」と似た進行で、いかにもハワイでセッションで出来ましたって曲ですね。
詩も良く読むとありがちだし。しかしながらなぜか憎めない曲です。アルバムMARVYの
「DANCE」は完全にこの曲の焼き直しだと思うんですが、あちらはどうも好きになれないん
ですが、どうしてなんだろう。(このパターンの曲の元ネタはJOHN LEE HOOKERの
「BOOM BOOM」ということです−Naughtyよりのアドバイス)
アルバムからシングルカットの予定もありましたが結局は無しでした。
6.うんざり 作詞・曲:忌野清志郎
このアルバム制作中にハワイへ同行した事務所の人間が遊び回ってるのを見たりして
事務所への不満から生まれた曲だと思います。この路線が「FEEL SO BAD」へと続くわけ
ですね。OKの中で唯一ハワイを感じさせる作りになっています。83年のこのアルバムのツアー
では清志郎がウクレレを弾きました。
7.ブルドッグ 作詞・作曲:仲井戸麗市&忌野清志郎
思えばこの曲から「チャボ=怒りの人」のイメージが始まったのかも知れない。
私はどちらかというと、ラブソングのチャボの方が好きだったりします。
8.指輪をはめたい 作詞・作曲:忌野清志郎
この曲と井上陽水の「帰れない二人」についての関係は余りにも有名なので、ここでは
語りません。知らない方は清志郎関連のサイトの掲示板で聞きましょう。
古くからライブのレパートリーであり、とくに屋根裏時代から81年位までは、ライブの
終盤の定番曲でありました。「はめたい」の言葉が発禁になる恐れありとして自主規制して
レコーデイングしなかったとインタビュー等にありますが真偽はわかりません。
80年頃のライブといえば、まずチャボのあおり(アルバム「RHAPSODY」に代表される)で
始まるというのがパターンで有名ですが、この曲の最後の盛り上がりのインスト部分
(「OK」ではフェードアウトされてわかりませんので、アルバム「KING OF LIVE」を
思い出してください)で、清志郎がステージを去った後にチャボが再び前に出て
「どうもありがとう。僕たちRCサクセションです!」って客をあおりもう一度清志郎を呼ぶ
というライブの終わり方もひとつのパターンでした。アルバム「KING OF LIVE」で
わかるように「OK」のツアーではなぜかこのあおりはなくなりましたが、87年の夏の野音で
突如復活し古くからのファンを驚かせました。
9.ドカドカうるさいR&Rバンド 作詞・曲:G忌麗
清志郎が「サービスしすぎた」と語った曲で、いかにもこの時期のRCのイメージ(実際は
違ったとは思いますが)に忠実な歌詞の曲。清志郎の作った曲の中でファンの持っている
イメージを念頭に置いていかにもといった曲を作るなんてことは珍しいかも。
もちろん名曲であることは否定しませんが、私にはなんとなくこのアルバムにそぐわないように
思えます。この曲をシングルで先行で出して、アルバムには未収録でも良かったのかも知れない。
もし、もっとスローな名曲がこの曲の代わりにはいってれば、「シングル・マン」を越えたかも
しれないと思うのは、私だけでしょうか。
しかし、セールスを考えた場合はやはり目玉の曲が必要なんでしょうね。「OK」を語るときに
「ドカドカ」収録のアルバムで片付けられることが多いのが惜しいです。
この曲目当てで聞いた場合は、全然他の曲の印象変わるでしょうね。ただの暗い曲とか
そんな扱いで。
この曲が出てもう15年・・・。よく考えたらこの曲以降、ライブの定番の名曲は出てないように
思えます。94年の「GLAD ALL OVER」でも、バンド部分ではこの曲が一番新しいもの
(すでに10年たってたのに)だったというのが少し悲しかったです。
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OKよりの先行シングル。カップリングは元々ドク梅バンド+清志郎のアルバム「DANGER」の中に入っていたものをRCにて再録したもの。もちろんハワイ録音。この曲でドラムの新井田耕造が始めてコーラスを担当。現在ドラマーズ等でコーチャンがこの曲を歌うのはそのためです。 |
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OK発売時のツアーからのライブ盤。これはOKライブテイク集といってもいいほどの選曲で「うんざり」以外のアルバム収録曲がこちらにも収録されてます。 冬のツアーをやらないかわりに、ライブ盤を急遽出すことになったらしく編集等も荒かったりしますがそこがまた良かったりします。このアルバム自体も素晴らしい出来ですので機会があれば別の時に解説したいと思っています。 ちなみに録音は6/26の渋谷公会堂、オーバーダフ等はしてないイメージで語られますが、ダンスパーティのソロはほとんど差し替えられてます。 |