音源で振り返るKING OF LIVE
(第7回−1986年)
音源を聴いて過去のライブを振り返るコーナー(BY Naugty)
音源で振り返るKING OF LIVE 第7回は1986年のライブです。
この年は、5年ぶりに野音のステージに立ち、以後恒例となる夏の野音コンサートを行い、
そのライブからのベスト盤的性格のライブ盤をリリースして、ここまでの活動の集大成的な年と
なりました。
では、早速振り返ってみましょう。
***千葉県文化会館 (86/4/26)
SKY PILOT/Sweet Soul Music−Strawberry Fields Forever/トランジスタ・ラジオ
たとえばこんなラヴ・ソング/DRIVE/海辺のワインディング・ロード/横浜ベイ/プン・プン・プン
スローバラード/Bad Boy/ぼくとあの娘/山のふもとで犬と暮らしている/腰をふれ!
つきあいたい/自由/LONELY NIGHT
(アンコール) Where Have All Flowers Gone/S.F/プライベート/かくれんぼ/サマーロマンス
ファンからの贈りもの/雨あがりの夜空に
昨年暮れから続いているツアーの後半です。したがって、セットリストやアレンジも前回の連載で紹介した昨年の武道館と基本的にはいっしょです。変わった点は、まずSweet
SoulからのメドレーがBeatlesのStrawberry〜に変更になりました。これは、今月の特集でも触れましたが、デジタルシンセが発達した為に出来た曲だと思います。これに関してのG2は良かったと思います。聴けるアレンジは「the
Tears Of a Clown」と同じです。他にはアンコールの"雨あがり"の前が会場によって曲目が、かなり変わっていました。大半は清志郎の弾き語りなんですが、"愛する君に""サン・トワ・マミー""あそび""500マイル"等、他にもたくさんありましたが、後年のアルバムや
ライブで披露される曲がすでに演奏されているのは興味深いです。この日はKJLCのからみでチャーがゲストで来たのですが、何とこの日はS.F〜かくれんぼの3曲を、清志郎とチャーの2人だけで演奏しました。チャーは他にもこのツアーで立川等にゲストで出ましたが、2人っきりで3曲も演奏したのはこの日だけでした。ちなみに立川では"つきあいたい"の時に、チャーが出てきたのですが、当の清志郎が歌詞を間違えたりしてボロボロの演奏になってしまったという事もあったようです。 |
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この日は他にリリースされたばかりのミニアルバム「NAUGHTY BOY」からサマーロマンスが演奏される等、このツアーの中では演奏曲も多いし、演奏もまとまっていたので、ベストの部類に入ると思います。 |
***日比谷野外音楽堂 (86/8/16)
ロックン・ロール・ショウ'86/IN THE MIDNIGHT HOUR/Sweet Soul Music−Strawberry
Fields... SUMMER TOUR/君が僕を知ってる/ラプソディー/よそ者/マーマレード・ソング/打破
サマー・ロマンス/君はそのうち死ぬだろう/トランジスタ・ラジオ/ブン・ブン・ブン
上を向いて歩こう/ドカドカうるさいR&Rバンド/LONELY NIGHT
(アンコール) ヒッピーに捧ぐ/自由/雨あがりの夜空に
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RCは5年ぶりに日比谷野音のステージに立ちました。
the TOURS OF a CLOWNと銘打った夏のスペシャルライブです。
以降は暮れの武道館と並んで、恒例となる夏の野音の1回目となります。この野音ライブはこの年4日間行われまして、集大成的ライブアルバム「the
Tears Of a Clown」の録音も念頭にあったのでしょう、Best Of RC的な選曲のライブとなりました。この日はその初日でした。1曲目は"ロックン・ロール・ショウ'86"で始まりました。が、出来は全然良くないです。それまでのフロア・タムでリズムを刻むアレンジではなく、普通の8ビートになっているうえ、リズムが直線的になってしまっています、ライブアルバムに入らなかったのも納得のいく出来です。2曲目はカバーで"IN
THE MIDNIGHT HOUR"これはアルバムでも聴けるように、なかなかの出来となっています。次のSweet
Soul〜のメドレーは春までのツアーと同じです。その次は"Summer Tourなんですが"この曲のメイン・リフをG2はピッチが不安定な音色で弾いているので、曲の良さがブチ壊しになっています。この辺は、今回の特集でも触れましたが、G2の悪い面が思いっきり出た感じになっています。その後、3曲を演奏した後、始まった曲は、何と当時の未発表曲"マーマレード・ソング"です。この曲が正式に世に出たのは、この時から10年後のソロ名義のシングル「世界中の人に自慢したいよ」のカップリングででした。 |
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この曲は野音4DAYS以外では演奏されてないと思いますし、ライブ・アルバムにも収録されなかったので、この曲は本当に来た人だけのスペシャルソングとなったようです。アレンジはシングルで聴ける物とはかなり異なり、基本のはね気味のリズムは、一緒なんですが、G2のマリンバっぽい音色がメインとなっているアレンジとなっていました。次のチャボコーナーは、ソロアルバムからの曲で"打破"です。個人的には、集大成的なライブアルバムが前提なんだから、ソロの曲ではなくRC名義の自分のボーカル曲にして欲しかったと思います。次は"サマーロマンス"、これは夏の野音の雰囲気にぴったりでした。アルバムに入らなかったのは非常に残念です。その次は再び新曲"君はそのうち死ぬだろう"ですが、この日はライブアルバムで聴けるような、軽快なアレンジではなく、非常に重い感じのアレンジとなっています。歌詞の内容も相まって客が静かになってしまったので、後半の野音ではアレンジが変わったのも納得がいきます。その後は代表曲のオンパレードとなって、本編終了。アンコールはこの野音4DAYSのハイライトというべき"ヒッピーに捧ぐ"を6年ぶりに演奏しました。この曲は以前のアレンジと違って、G2がストリングス系の音色でワルツ風のリズムを弾くのがメインとなっています。そして、最初は押さえ気味の清志郎のボーカルが最後に向けて徐々に盛り上がっていき、最後のシャウトでピークを迎えるという素晴らしいアレンジなんですが、難点がやはり一つありました。やはりこの手の曲は新井田氏は全然ダメで、せっかく最後のバンド全体で盛り上がっていく部分も一人で淡々と叩いていて、今一つ盛り上がりきれないという結果になってしまっているので、この点が非常に残念でした。この日はライブアルバムで1フレーズだけ聴けるような"キモちE"は演奏せず、泉谷と白井貴子をゲストに迎えた"雨あがり"でライブは終わりました。余談ですが、ライブアルバムにどうして、"キモちE"のさわりだけを入れたんでしょうか?私個人としてはあの終わり方は非常に違和感があります。今回の4DAYSは、ライブアルバム録音という前提があった為か、ダラダラとした演奏もなく、なかなか良いライブだったと思います。 |
***札幌市民会館 (86/12/16)
IN THE MIDNIGHT HOUR/SHAKE/Sweet Soul Music−Silent Night/DRIVE
君が僕を知ってる/ラプソディー/よそ者/君はそのうち死ぬだろう/あそび/打破
スローバラード/IDEA/トランジスタ・ラジオ/ブン・ブン・ブン/キレル奴/上を向いて歩こう
ドカドカうるさいR&Rバンド/LONELY NIGHT
(アンコール) エンジェル/腰をふれ!/自由/雨あがりの夜空に
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「the TOURS OF a CLOWN」と銘打たれた年末のツアーですが、このツアーは5公演しか行われませんでした。この日は最終の武道館の前の公演となります。ツアータイトルからもわかる通り、ライブはアルバムと同じく"IN
THE MIDNIGHT HOUR"でスタートしました。次の"SWEET SOUL〜"のメドレーですが、この年の暮れのツアーでは"Silent
Night(きよしこの夜)"が選ばれました。出来云々という演奏ではありませんが、なかなか良い感じだったと思います。次の"DRIVE"はやはり今までのライブと同じで、ビデオ「スペードのエース」で聴ける、途中にブレイクの入るアレンジです。このライブは基本的に「the
TEARS OF a CLOWN」のプロモーションも兼ねているので、アルバム収録曲はアレンジの変更もなくそのままです。で、このツアーで興味深いのは、2ヶ月後に発売になる、清志郎初のソロアルバム「RAZOR
SHARP」の曲を3曲も(あそび/IDEA/キレル奴)RCバージョンで演奏している点です。アレンジ等は、ほとんど変わらないんですが、ソロアルバムと比べると、微妙にニュアンスが違っていたりして、興味深かったです。 |
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ただ、個人的にはRCでソロの曲はやって欲しくなかったという風には思いました。この辺も影響してるのかは不明ですが、だんだんライブでのRCがバラバラになっていったのもこの辺りからです。ちなみにチャボのギターの音色も前年暮れ位から兆候はあったのですが、全然サスティンの聞いてない音で"雨あがり"等を弾くものですから、スカスカの音になってしまった、ただ、ダラダラと流して演奏いる曲に成り下がってしまっています。この辺の感じは、オフィシャルビデオの81年武道館の同曲と「the
TEARS OF a CLOWN」の同曲を聞き比べてもらえば分かると思います。 |
以上、86年のライブを振り返りました。この年は集大成的ライブアルバムを出して、そこまでの活動に
一区切り付けた感があった年でした。ただ、マンネリもあったり、メンバー間の感覚の違いも出てきて、だんだんとRCがバラバラになっていくきっかけでもあった年でした。
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