Little Screening Review
”リトル・スクリーニング・レビュウ”
のんびりしたり結論急いだりのエッセイコーナー (by midnight)

第3回 清志郎と電話

気持ちがブルーな時、どうしますか?
私は友人や恋人と電話して元気を取り戻す事が多いです。最近もそうしました。
”君と話した、長い長い電話”「2時間35分」
ということで、今月は電話についてのスクリーニングレビュウです


電話といえばケータイのCMにもでていたっけ。
CM元からもらったというケータイ、ラジオ出演の真っ最中に鳴ったことも数回あった。
(収録中に電源を切っていないところが、清志郎らしい)
そして「ん・・・今忙しいんだよね・・・また電話します」とか言っていた。
あの独特な語り口で・・・


清志郎は電話口ではおしゃべりなのだろうか?
私のイメージする清志郎は無口に近く、饒舌な清志郎の姿は思い浮かび難いのだが。
「2時間35分」も話題がつきないほど話続けるのだろうか?
ここで、「もし、清志郎が電話でも寡黙だとしたら?」と仮定してみよう。
例えば、2時間35分の大部分は彼女からの愛の告白で、”僕”はそれに頷いているだけ・・
そんなシチュエーションを想像してみよう
”すばらしい君が 僕を好きだって”・・・まず、”僕”は”君が僕を好きだ”という”すばらしい”
事実を知る。そして僕の中で”二人の愛がたしかめられ”る。
この詩のなかで”君”への愛の告白の台詞はでてこない。僕”の気持ちを長々と話さなくても、
電話から伝わる空気で”すばらしい君”は僕の気持ちを察する。
そうしてお互いに”二人の愛がたしかめられ”ていく、というのはどうだろう?
お互いに甘いおしゃべりをしあうよりは、この方が素敵だし、”君はすばらしい 言葉を忘れそうだよ”
という気持ちとマッチするように感じるのだが・・・

甘い恋の唄の中の清志郎は、恋人に電話をかけてくれるよう願っている。
「モーニング・コールをよろしく」なんて、まさにそうだ。
”本物の君のキス”で起きるその日まで”電話で我慢するさ”とか、”あまり甘い声じゃだめさ 
夢の続きになるから”など、ロマンチックで可愛らしい。
女性にしてみたら、プロポーズと思える曲ではないだろうか。

「CALL ME」では”ひとりで退屈なとき” ”ひとりでさみしい夜” ”誰かが必要なとき”に”すぐに
CALLME ”と彼女に願っている。これは彼女が電話をしたくなる状況を指しているのだろうが、
そんな時は誰だって電話で話したくなる。電話を待つ側の”僕”だってそうだろう。
そう考えると、この主語は彼女だけではなく”僕”でもあるかもしれない。たとえば、”(僕が)
ひとりでさみしいとき(中略)僕にCALL ME”といった具合に。
また、”僕を呼びだしておくれ”という言葉は”電話をかけて”と ”(電話でコンタクトをとって)
直接会っておくれ”という二つの行為を掛けている、ともとれる。
英語の" Call me. "(私を呼んで、と、電話くださいの両意)と同じ様に。
さりげないけど、粋な言葉遣いだ。

電話は楽しい話ばかり伝える訳ではない。
彼女からの切ない電話も、しばしば曲に登場する。
”家出をはかった夜明けの街で 悲しくなって泣きながら あの娘は電話をかけてくる そんな電話が
いつも鳴る”「もっとおちついて」
”月光仮面がこないのと あの娘が電話かけてきた”「いい事ばかりはありゃしない」
これらの曲で辛い当事者は彼女の方だ。でも、そんな彼女を慰める立場の自分も、いいようのない
辛さ・切なさを感じているのが曲に表れている。

そして「トラブル」では”公衆電話でおまえとなぐさめあう 悪い星の下にうまれたってことさ”と、
お互い同じくらいブルーな状態になっている。それがトラブルたる所以のひとつなのかも。
ちなみに、自分から電話をしていると判るのは、唯一、この曲だけだ。


時に電話はじゃまな存在でもある。
”僕のために電話はならないでおくれ”「ねむい」では、自分の自由・欲求を妨げるものになっている。
また、”電話のベルで醒まされた”「多摩欄坂」では、空想・想像の世界から現実に引き戻すもの、
例えば”中途半端な夢”という名の自己世界にトリップしていた僕を日常に引き戻すもの、とも捉えら
れないだろうか?


そして「プライベート」。”じゃますんなよ 電話すんなよ”
この電話はほんとにじゃまな訳ではないだろう。”おまえ”と電話して仕事が長引くよりも、とっとと
仕事を片づけて”おまえ”に会う方がいいだけだ。
それに、この曲の中で「モーニングコール」や「コールミー」のような電話は必要なくなっている。
電話で確かめなくても”この愛は変わらない”のだから。
これは、この頃の清志郎自信の”プライベート”と同じ状況ではないだろうか。
結婚し、不変の愛情でつながれた家族を持ったならば、愛を確かめあうような電話はもう必要が
ないのだろう。偶然にも、この「プライベート」以降は電話を歌いこんでいる曲は発表していない。


電話は時代とともに変わっている。現在、「2時間35分」のようなベルの電話はレトロだ。
公衆電話よりは携帯だろうし、ましてや”テレホンカード”を恋人にあげる(「コールミー」)のもないだろう。
でも、”悪い星の下にうまれた”となぐさめあうのは公衆電話の方が合う。多摩蘭坂の電話のベル
だって電子音ではなくジリリリンといった昔の音だろう。
清志郎の唄に共鳴するのは、その時代に則した生活の息づかいが聴こえるから、でもある。
一見かっこよさげな単なる絵空事の詩よりも、清志郎の詩が心に響く所以はそんなところにあるかも
そう考えるとーちょっと矛盾するようだけどー清志郎の表現世界は普遍なのかもしれない。
テレホンカードってのは古くても、「CALL ME 」って気持ちは今時の恋人達に共通してるだろう。
”明日の朝、モーニングコールをよろしく”って恋人に頼むなんて、いつの世でもありそうだ。
枕元に置いてあるのが、携帯電話に変わっていても・・・


”電話”でスクリーニングした曲
 
「2時間35分」 {初期のRCサクセション}
「モーニング・コールをよろしく」{PREASE}
「CALL ME」          {MARVY}
「もっとおちついて」     {楽しい夕に}
「いい事ばかりはありゃしない」 {PREASE}
「トラブル」         {BEAT POP}
「ねむい」          {楽しい夕に}
「多摩蘭坂」           {BLUE}
「プライベート」{Music From Power House}
 (引用順 :{}は主な収録アルバム名)


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