Little Screening Review
”リトル・スクリーニング・レビュウ”
のんびりしたり結論急いだりのエッセイコーナー (by midnight)

第6回 清志郎と学校・学生生活

春ですね。卒業式も終わり、入学シーズン到来です。
新しい服を着たようなうれしさ、緊張、ぎこちなさ、そんな感じが学生時代の春にはあったように思います。
就職して5年も経つと、そんな初々しい4月が懐かしくなる・・・そんな訳で、今月は”学校””学生時代”
が垣間みれる曲をスクリーニングしてみましょう。

学校にまつわる曲といってまず思い浮かぶのは「僕の好きな先生」「トランジスタ・ラジオ」。どちらも不真
面目で学校も好きではない学生の視点から見ているというのに、愛すべき思い出が詰め込まれている曲である。

「僕の好きな先生」の理由、それは”ぼく”と”先生”の間に共通点があることだ。
それは”職員室がきらい”という事実。職員室から連想される、いわゆる教師らしい教師がきらい、という事
だろう。”ぼく”と同じく”先生”も職員室や教師がきらい。そして”先生”は”ちっとも先生らしくない”。
だから”ぼくの好きな先生”なのだが、先生という言葉はきらいだから”ぼくの好きなおじさん”と、愛情を
込めて言い直している。
ちなみに、このセリフと正反対の詩を唄ったことがあった。マザーグースの詞に曲をつけた企画CD、コンサ
ートでの「フェル先生」 ”フェル先生 僕はあなたがき・ら・い!”

「トランジスタ・ラジオ」では授業をサボっている。サボるというより、エスケープっていう懐かしい言葉が
似合いそう。この詩について語るのは今更って感じがするが、ひとつだけ書くと、”うまく言えたことがない”
はずの”こんな気持ち”がとてもよく伝わる。気持ちがつづられている訳ではなく、情景を簡単な言葉で描写
しているのに、こんなに感じることができるなんて不思議だ。それが名曲たる所以なのだろう。

ところで、「トランジスタ・ラジオ」にでてくる”彼女”ってどんな娘だろう?”ぼく”のように不真面目で
はない、むしろ真面目な生徒のように思える。”ぼく”は”彼女”に好意を寄せてはいるものの、とりたてて
何かあるような関係ではない。高校までによくある恋というモノは、こんなものだったかも。

「こんなんなっちゃった」でも、そんな恋がでてくる。授業中、落書きを”特別にきみだけに見てみてもらい
たい”。そして”ぼく”は”特別にきみだけを見て見ていたのさ”というだけだ。それは見てるだけの恋。願
いといえば”笑っておくれ” ”笑顔を見せて”。 ”放課後ふたり愛を語ろうよ”といっても、それは実現
しない夢なのかも。

学生時代のさわやかな恋は「体操しようよ」からも感じとれる。”一番ステキだった”君を見てるだけ。帰り
際に”君”を送っていく訳でもなく、木の上から見送ったりする。そういう恋が一番楽しくてドキドキするも
のかもしれない、なんて思う。そういえば”バイバイ またね また明日 いっしょに”なんて、小学生同志
の別れ際みたいだ。

プラトニックな彼女との関係は他の曲にもでてくる。
「2時間35分」では好きな娘と長電話で話す、それだけ。
「イエスタディをうたって」はビートルズをうたってあげる、ただそれだけ。リクエスト曲から察するに、彼
女は失恋したのかも知れないが、何も尋ねはしない。
「よごれた顔でこんにちは」は彼女の部屋にこっそりやってくる。でも”夕焼けの窓の向こう”からやってき
ている訳で、夜には帰っていく気がする。おつきさまの窓の向こうに出ていく、そんな感じがするのだ。
「夜の散歩をしないかね」もこれと似ていて、散歩が終わるとそれぞれ別れて帰るように思える。
「おやすみもうすぐ遭える」では、逢えることを楽しみにしている、それだけだ。
学生時代のような若い時の恋って、そんなモノかもしれない。「DRIVE MY CAR」のように、夜に彼女の元に
かけつけたりするのは、大人になってからかも。

「涙でいっぱい」なんかは若いからこその素直な詩。こんなストレートな失恋の詩はもう創らないだろう。
その裏返しともいえるような、皮肉たっぷりのが「三番目に大事なもの」。唄う側も、唄われる側も、こんな
に冷たい事が言えるのは若いからではないだろうか。

学生時代を振り返って唄っている曲もある。まず「言論の自由」。社会に出てから感じるギャップ、とまどい
なのだろうか。”本当の事なんか言えない”そして”学校にいるときはそれは許された 卒業したらそれは通
じなかった”私も、同じ事を社会人になって間もない時は感じた。そんなに長い間は思わなかったが・・・・
もう少し大人になって振り返っているのが「僕の家の前の道を今朝も小学生が通ります」これは学校時代とい
うよりは幼児期を振り返っているようにも思えるが。なんとも郷愁あふれる詩である。
”とても素敵な頃だった””友達もたくさんいたし いろんな物が今よりも明るく見えたような” ”毎日が
新しくて平和だった”そんな時期。 ”いちばん変わってしまったのはぼくなのです”この曲のクレジットに
は肝沢幅一とあるから、「まぼろし」とか「世間知らず」とかをつくった頃の曲かもしれない。
(注:当方確認せぬまま書きましたが、pieよりこの曲はフォーク時代の代表曲との指摘がありました。失礼!)

最近は学生時代を匂わせるような曲はほとんど発表していない。その時々に感じる事をうたう清志郎だろうから
それは当然かも。
もしも、今、清志郎が学校や学生時代にまつわる曲を書いたとしたら、どんな曲だろうか?例えば、「僕の家の
前の道を・・・」をもう一度書くとすると、かなり違った雰囲気の作品になりそうだ。明るく、夢のあるような
詩・・・清志郎の子供が主人公になっているような詩が出来上がるような気がする、でしょう!?


”学校・学生時代”でスクリーニングした曲
「ぼくの好きな先生」   {初期のRCサクセション}
「トランジスタ・ラジオ」        {PLEASE}
「こんなんなっちゃった」      {BEAT POPS}
「体操しようよ」            {PLEASE}
「2時間35分」     {初期のRCサクセション}
「イエスタディをうたって」{初期のRCサクセション}
「よごれた顔でこんにちは」         {EPLP}
「夜の散歩をしないかね」      {シングルマン}
「おやすみもうすぐ遭える」       {日本の人}
「DRIVE MY CAR」 {O.K.}
「涙でいっぱい」            (シングル)
「三番目に大事なもの」{ハードフォークサクセション}
「言論の自由」      {初期のRCサクセション}
「僕の家の前の道を今朝も小学生が通います」     
        {スクリーミングレビュー(ビデオ)}
 (引用順 :{}は主な収録アルバム名)


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