Little Screening Review
”リトル・スクリーニング・レビュウ”
のんびりしたり結論急いだりのエッセイコーナー (by midnight)

第9回 清志郎と涙

 個人的な話で恐縮だが、私の学生時代の恩師は、ある日飲みながら私にこう説いた。
「女の前で泣かないような、女々しい部分をもたない男は信用するな」と。
(「僕の好きな」の小林先生のようだ!)
 はて、清志郎はどうなのだろうか。清志郎は人前では泣かない、というイメージを私は持っているのだが。
 清志郎関連本には事務所独立の経緯において泣いたエピソードがあるし、雑誌のインタビューにて本人も
TV(アニメや「知ってるつもり」)を見て泣くとも語っている。だから、泣かない訳がないのだが、簡単
に涙を見せる人ではないという印象が強いのだ。
 そのあたりを探るために、今月は”涙・泣くということ”をキーワードにしてスクリーニングしてみよう。


 涙なんて単語は詩の常套句だから、曲や詩の雰囲気で歌い込む場合が多い。清志郎の場合もしかり、
”涙だけが友達だよ”「バカンス」
”俺の涙の河が流れつくところ”「ハイウェイのお月様」
”君の笑顔が泣いてるみたい”「イキなリズム」
などはその口であろう。ホントに涙を流している訳ではなくって、詞のアクセントとして用いてるのだろう。

 でも、この曲の涙は本物だ。そして重い。それは「ヒッピーに捧ぐ」”次の駅でぼくは降りてしまった
30分泣いた” ボーカルそのものも、本当に泣いているように、慟哭しているように聴こえる。死に関連
する涙だから、他の曲の涙とはちょっと違う。
 さて、ここから本筋に入ろう。清志郎は泣くか泣かないか・・・
私が考えるに、清志郎は、「昔は泣いていたー彼女を泣かせたー彼女を泣かせないようにしたー自分も泣か
なくなった」という経路をたどって、大人になっていったと思うのだが、どうだろう?

 かなり若い頃(少年時代か?)の清志郎は失恋して涙している。
特に「涙でいっぱい」など、なんと純情な失恋ソングであろうか。”どうして避けるのさ 君が好きなのに
もう一度目の前で笑っておくれ 僕の目は涙でいっぱいさ”
”君の後ろ姿にじんていた 風に吹かれ一人で泣くよ”「春がきたから」なども、同じく失恋の涙である。
ちょっと当時のフォークソングぽい詞だ。

 恋愛以外の理由でも、純情で繊細で感受性が高いが故に涙することもある。うまくいかないもどかしさ、
じれったさ、あきらめ、自責、自虐が入り混じった涙である。心で泣くと云った方が近いかもしれない。
”幾晩もの間 枕を濡らしました”「まぼろし」
”鏡の前できみを呼んでも 泣きだしそうなぼくがいるだけ”「夢を見た」
”あの娘にふられて涙も出ない”「寝床の中で」などは、まさに心で泣いている、もしくは涙も枯れ果てた
くらいのダメージをうけている。誰しも、青春時代(大人になってからも)少なからず経験する苦しみかと
も思う。そんな経験がないなんて一見幸せのようだが、人生の深みには不可欠な経験ではないだろうか。
この頃の清志郎の詞にもそんな深みがあって、それが名曲を生む原動力に繋がっていると思うのだが。

 そんな”ぼく”の内面と重ね合わせて、彼女の涙をいたわる歌もある。
”悲しくなって泣きながら あの娘は電話をかけてくるのさ”「もっとおちついて」
”汚れた心しかあげられないと あの娘は泣いていた”「ぼくとあの娘」
とはいっても、これらはいわば仲間としての同情を含んだ「愛情・いたわり」であって、本当の愛や理解と
はちょっとベクトルが違う気がする。
”ベイビーもう泣かないで ぼくの胸ははりさけそうさ”「ベイビーもう泣かないで」もそんないわたりの
ように聴こえる(「イエスタディを歌って」と似た感じといえばお判りだろうか)。もっとも、失恋ソング
のようにも聴こえるが。

 失恋を経験し、人生の壁を経験した清志郎は、シニカルになる。シングルマンにはそんな曲が多いと思う。
例えば、”感違いにまたがって君は泣くことができる”「ぼくはぼくの為に」確かに、女の子は涙を武器に
することもあるし、泣くことで発散する傾向が多い。その辺りを鋭く指摘ししまうあたり、清志郎はいろい
ろな経験を積んだのではないか?「涙でいっぱい」のような純情少年を卒業したのだろう。
 そして、女の子を泣かせるような事も重ねたのではないかな(「あそび」の詞のような)?これは単なる
想像にすぎないが・・・

 やがて、心から愛する人に巡り会い、彼女の涙を受け入れつついたわるようになる。そして、冷笑的な表
現は少なくなり、愛する人に涙して欲しくないと歌うようになる。
浮気なんかもうやめて、”きみを泣かせる事は二度としないよ”「私立探偵」。
二人のために困難を乗り越えようとする、”だから涙ふきなよ さあまかせとけよ ぼくに”「ラプソディ」
”涙をふいて BABY”「すべてはALRIGHT」
”どうぞ泣かないで たどりつくぼくだから”「Drive My Car」
これらの曲には愛する”きみ”の涙を拭き取ってあげるやさしさが満ちている。”ぼく”が幸せにするとい
う気持ちが徐々に高まっていく。
そして、”お前の涙 苦しんだことが 卒業してしまった学校のような気がする夜””別れたりはしない
嘘をついたりしない”「ダーリンミシン」 これは、若気のいたりからくるお遊びや浮気などからの別離、
いわば青春時代からの第2の卒業かもしれない。

 次は、愛する”君”の涙が”ぼく”を苦しめる、それほど愛しているのだという告白の曲になる。
”俺を悩ませるのは お前だけさ”「あふれる熱い涙」
”ぼくを泣かせたいなら 夜ふけに悲しい嘘をつけばいい”「Oh!Baby」
今月の特集ではないけれど、個人的には「君僕」よりも女心にグッとくるプロポーズかと思うのだが。
「ソングライター」”とつぜん君が泣いたこと”などもちょっと似てるかも。

 色々な経験、時を乗り越えて、”君”との愛に確信を持つ。
”別れはしない ある日君が僕を泣かしても”「サヨナラはしない」なんて、そんな自信を感じる。
 そうして、恋愛関係の涙に対する清志郎の結論はこの曲にあるように思う。
”だから僕は泣かない 君を泣かせたりしない”「涙あふれて」それ故、清志郎は泣かないという印象を
持ったのかも知れない。

 涙を流さないイメージのもうひとつの由縁となっているのがこの曲。
、”悲しいときも涙なんか誰にも見せられない(略) 涙なんかもう二度とは流せない 涙だけじゃ空が
また暗くなる”「空がまた暗くなる」
恋愛を超え、人生の様々な困難にさえもたくましく立ち向かう決心が、ここにはある。もしくは、泣くこ
となく前向きにぶつかるぞという心構え。

 最後になるが、「生卵」の最後に「泣きながら歌っても平気な男」という清志郎のエッセイがある。こ
れはボーカリスト清志郎の意見として興味深い文章である。
抜粋・要約すると(正確には、「生卵」を御覧くださいね)
「泣いて歌えなくなるのはアマチュア以下だが、いろんな想いがよみがえって泣き出すのをガマンしなが
ら歌うことはよくある。だが、泣きたい気持ちをこらえて歌うというのも、まだ未熟である。
泣きながら歌ってもちゃんと歌えるというのがいちばん偉大だと思う。
感情にまけずに、感情のままに歌う、涙は流れ落ち、よろこび、充分に傷ついて、最高に幸福で歌っている。
私はそんな人になりたい。まだまだ道は遠い」

 そんな彼の理想のままに、これからももっと名曲を作って、もっと素晴らしく歌い上げてくれることを
切望してやまない。 


”涙、泣く”でスクリーニングした曲

「バカンス」 {HAPPY HEADS}
「ハイウェイのお月様」        {BEAT POPS}
「イキなリズム」          {Rainbow cafe}
「ヒッピーに捧ぐ」 {シングルマン}
「涙でいっぱい」 (シングル)
「春が来たから」 {初期のRCサクセション}
「まぼろし」                 {BLUE}
「夢を見た」            {FEEL SO BAD}
「寝床の中で」 {初期のRCサクセション}
「もっとおちついて」 {楽しい夕に}
「ぼくとあの娘」         {ハートのエース}
「ベイビーもう泣かないで」 {初期のRCサクセション}
「イエスタディをうたって」 {ハードドークサクセション}
「ぼくはぼくの為に」 {シングルマン}
「あそび」        {レザーシャープ}
「私立探偵」            {FEEL SO BAD}
「ラプソディ」             {RAPSODY}
「すべてはALRIGHT」       {ハートのエース}
「Drive My Car」              {O.K}
「ダーリンミシン」            {PLEASE}
「あふれる熱い涙」         {Baby a Go Go}
「Oh! Baby」                 {O.K}
「ソングライター」        {GROOVIN' TIME}
「サヨナラはしない」      {復活!タイマーズ}
「涙あふれて」              {MAEVY}
「空がまた暗くなる」        {Baby a Go Go}
「生卵」(河出書房出版)
 注:「空が泣き出したら」は2カ月続けてスクリーニング
   したので、今回は割愛しました。
 (引用順 :{}は主な収録アルバム名)


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