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2002年12月某日。関西出身の友達と、私の彼女と、ジュニアファン
の女の子の4人で千原兄弟のトークライブ“チハラトーク”を観た。
このライブは、ジュニアが交通事故を起こして入院していた時期は
お休みしていたが、2000年9月から月一で定期的に行われている。
平日に行われることが多く、この日も月曜日だった。みんな開場の
18時30分までに集合できるかどうか不安だったが、無事集合できた。
会場は、青山一丁目駅下車徒歩5分の位置にある“草月ホール”。
座席数は668で、8割ぐらいの入りだった。
開演時間の19時になり、千原兄弟が登場。
前半は、Jrの最近キレた話や、出演したテレビ番組の話。
12月28日の深夜放送の“ウッチャンナンチャンお笑いバトル2002”
に出演している芸人についての話が最高に面白かった。
Jr「ウンナン寄りのソフトな芸人さんが集まって…」
兄「いわゆるタレントさん」
Jr「わかりやすく言うと、技術のない人たち。
コメディNo.1(前田五郎)風に言うと、タラントさん」
こうもハッキリと言い捨てるJrはさすがだ。東京に出てきてから、
少し丸くなってしまったかと思っていたが、大阪で一時代を築いた
あの頃の鋭利な刃物の鋭さは無くなっていなかった。さらに、
Jr「出演者の中にムカツク奴がいまして。あ、これは名前を出すと
アレなんでイニシャルで言いますが、T・I・M」
〜場内爆笑〜
兄「(小声で)それ、よそでも使えるんちゃうかなあ」
Jr「皆さんご存知の通り、私、お笑いポイント8600持っていまして。
そんな私に、お笑いポイント3のTIMが生意気な挨拶をして
きよるわけですよ」
実に素晴らしい。低レベルな関東芸人のことを“お笑いポイント”
という、おもしろおかしく、そしてわかりやすい表現でバッサリと
切り裂いて行くのだ。
そして、Take2東を名前ではなく“息子”(東八郎の)と呼び、
「息子がつぶやきシローに説教してた。つぶやいてる場合じゃねぇ
んだよ!とか。お前何様や!テイク2やんけ!1回で決めろ!」
親の七光り野郎と誰もが思ってる東を、息子という言葉で皮肉って
笑いにつなげるあたり、ジュニアのキレはまるで衰えていなかった。
むしろ、進化しているのではないかと思えた。
アニキが四国でキレたエピソードに変わり、その内容が言いがかり
のようなキレ方だったので、Jrがアニキに“千原ざこば”と命名。
さらに「あ、いま千原朝丸(ざこばの旧名:桂朝丸)になった!」
という一言で、私と関西出身の友達はさらにウケた。しかし、会場
の反応はイマイチ。関東人には、ざこばが朝丸だったというのは、
少し難しかったのだろうか。
後半は、携帯電話のメモリに登録されている人で、どっちが凄いか
を競い合った。そこで、アニキの高校時代の旧友、通称“たまご”
の話で、2人が盛り上がる。自分の友達の話をされるのは、その人
を知っている人には面白いかもしれないが、知らない人にとっては
わからないことが多かったり、面白さが伝わってこなかったりする
ものである。しかし、さすがはプロ。たまごやその他の友達のエピ
ソードを紹介していくうちに、会場も次第に大爆笑となった。
ほかにも、あゆ様、サイボーグ魂、SMの女王様、2丁拳銃の小堀
などの話で盛り上がった。以前、アニキにサインをもらったことが
ある友達も、携帯で写真を撮ろうとして音が鳴ってしまい、
アニキに「誰や今1upしたん!」と言われ、
「ネタ振ったった」とご満悦。
そんな感じで2時間が過ぎ、また観に来たいと思った。
と言っても、毎回来れるはずもないので、3ヶ月に1回ぐらい。
いや、スカパーに入って、ファンダンゴTVで見よっかな。
とにかく、早くこの2人の番組ができて、売れることを願う。
ここで一句。
東京で つぶれる芸人 数知れず
(でも千原はつぶれてはいけない)