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 2002年12月某日。今日は会社の納会。1年間の締めということで、
 ふだんは出向している社員が夕方から集まり、部署ごとに飲んだり
 食ったりするイベントだ。強制ではないが、業務に支障がなければ
 全員参加することが基本になっている。
 
 しかし、集まってくるのは半数ぐらい。
 仕事で忙しくて参加できない人や、参加しないでそのまま帰る人が
 多いので、毎年半数ぐらいしか集まらない。
 私はピザ、寿司、揚げ物、ケーキがタダで食べれるので参加するが、
 もし食べ物が出なければ面倒くさいので参加しないだろう。
 
 午後5時30分、定時をまわったところで中締め。
 これから抜けやすくなる…はずなのだが、みんななかなか帰らない。
 同期の間で「そろそろ抜ける?」というようなことを言い合うが、
 なかなか行動に移せない。そろって抜けたのは、6時半ごろだった。
 
 それから他部署の同期とも連絡を取り合い、集合することに。
 部会などがあるときは、いつもだいたいこのような流れになる。
 集まった同期は11人。
 
 どんな話題になるかと思いきや、中心はなんとゴルフ。
 すでにラウンドを回っていたり、土日は打ちっぱなしに行くなど、
 「みんなオッサンになってきたなぁ…」と思った。
 実際、オッサンと呼ばれつつある年齢なのだが。
 
 子供の頃はゴルフしたくてたまらず、実家の庭に穴を掘ってパット
 遊びをしたり、富田林の“ワールド牧場”でパットゴルフのコース
 を回ったりしたが、今のところゴルフはしたいと思わない。
 時間的にも、金銭的にも、そこまで余裕がないというのが原因だ。
 
 やることがなくなったらハマるかもしれないが、今はやりたいこと
 がいっぱいあるので、とりあえずやらない。
 「みんな他にやりたいことがないのかなぁ?」と思った。
 まあ、そのやりたいことがゴルフなんやろうけど。
 
 あと、もうひとつ気になることがあった。
 それは、私と同時期に東京へ転勤となった同期が、標準語になって
 いたことだ。それも、山田雅人ばりの気持ち悪い標準語。
 帰りの電車で一緒になったので、注意しておいた。
 
 しかし、関東の人と喋ると、うつってしまうのだと言う。
 たしかに、私と喋るときは関西弁に戻る。
 でもやっぱり、どんな時でも絶対に関西弁を変えない私から見たら、
 悲しい出来事である。
 
 
 
 ここで一句。
 
  標準語 うつって使うは 田舎者
 
                 (ええやん、関西弁で堂々としとこうや)