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今日は阪神タイガース和田豊選手の引退試合。阪神一筋17年、85年
の優勝を知る唯一の現役選手が、ついに引退する日がやってきた。
1997年9月23日、甲子園球場の対巨人戦。延長11回に、趙成aから
サヨナラヒットを打ったあの姿を、今でも鮮明に覚えている。
私はその時、ライトスタンドで観戦していたのだ。
和田豊、1962年9月2日生まれ。千葉県出身。
日本大学4年生時代にロサンゼルスオリンピックに出場し、
金メダルを獲得。同年11月に、ドラフト3位で阪神に入団した。
1988年に大野、中野とともに阪神の“少年隊”として売り出され、
レギュラーに定着。同年、56犠打の当時の日本新記録を樹立。
以後、安打製造機としてチームの中心選手に。通産1739安打は、
掛布(1656)や岡田(1520)、初代ミスタータイガース藤村富美男
(1694)をも上回る輝かしい成績だ。
しかしそんな和田も、年齢とともに動きが悪くなってきていた。
99年8月に神宮球場で観戦したときには、普通のセカンドフライを
グラブに当てることすらできずに落球したり、眼鏡をかけてプレー
するなど、一気にオジン臭くなってしまった。
2000年には、レギュラーポジションを若手に奪われ、代打に転身。
出番も減り、オフには年俸半減という屈辱を受けながらも、阪神に
情熱を持ち続け、今年はコーチ兼任でベンチ入りしていた。
引退試合は、長年務めてきた1番セカンドでスタメン出場。
6回途中でベンチに退いたが、和田の代名詞とも言える1・2塁間
を抜けるヒットを放ち、チームも5対0で巨人に快勝。
試合後の引退セレモニーでは、涙ながらにスピーチ。
多くのファンがともに涙を流したことであろう。
私もその時、もし甲子園球場にいたら泣いていたに違いない。
しかし、そんな感動的な場面も「すぽると!」でチラッと見ただけ
だったので、翌朝のテレビでスポーツニュースを見ることにした。
しかし、巨人の今季最終戦でもあったため、未だに人気だけはある
巨人のヘボ監督・長嶋の最後のユニフォーム姿という話題ばかりが
クローズアップされ、和田の映像が全く流れないのだ。
「大阪やったら和田の映像が見れるんやろなぁ…。スポーツ新聞の
一面も当然和田やし。まあ、ここは東京やから我慢や…」
と思いながらテレビを見ていると、
「そして昨日はもう一人、ユニフォームを脱ぐ人がいました。」
と流れ始めたのだ。
「やった!やっと和田のニュースや!」と思ったのもつかの間、
なんと、東尾監督退陣のニュースだったのだ。
まさか東尾よりも扱いが下とは…。東京、おそるべし。
ってか、キライや…。
ここで一句。
マスコミよ
巨人ばかりで いいのかよ
(これやから東京は…)