このアルバムには、全くどういった賛辞を奉げれば良いんだろうかと悩んでしまう。
ニューウェーヴは英米。とりわけイギリス産のものはユーモアを盾としたコンセプトやパフォーマンスを中心に据える
”ニューウェーブ”であり、その末期には単なるオシャレユニット化していったものも少なくないのに対して、
「"異"なるもの」という感覚に重心を置き続けたのがジャーマンNWであった。(と、私は認識している)
そのなかには反米英気質というドイツ人ならではの感覚が見え隠れしているのでないだろうか。
60年代末からの"反英米"気質がジャーマンプログレ時代には炸裂したわけだが、
(もちろん、CANを筆頭としてASH RA TEMPEL、FAUST、TANGELIN DREAMその他モロモロのことです。)
この"反英米"というキーワードがここにも存在した。いや、連綿と受け継がれていたのではないかと思うのだ。
そしてそれがこのフザケたユニットの存在理由であり、このアルバムの存在はジャーマンニューウェーヴの大きな足跡だったと確信している。
ところでひとつ思うのは、これが発売された当時の人々の反応は、一体どういったものだっただろうか?ということなのだが・・・
ともかく、このアルバムがGerman New Waveという時代のワンシーンに、D.A.Fありという碑石を打ち立てたであろう事は疑いの余地がない。
容易に筋肉質を連想させる太いシーケンス音。絡み付くタイトなドラム。
聴く者をあやしげな世界へと誘うガビ・デルガドのウィスパーヴォイス。
それが一つの波となって、強烈な躍動感は聴く者の体を虜にして決して二度と離してくれないのである。