Childhood's end
牛魔王の蘇生実験を阻止し、桃源郷の異変を食い止める。その為に西へ真っ直ぐ向かい、邪魔する敵は倒す。
シンプルなツアーを日々過ごす三蔵一行は、今日も元気に戦っていた。
「・・・悟浄と悟空の働きで、今日は全ての敵を片付け宿に辿り着けました、と。」
「呑気に日記つけてる暇があったら手伝え八戒!!」
錫杖を振り回しながら悟浄が怒鳴る。山道に差し掛かった途端、お約束のように現れた妖怪達にジープが急停車し、
後部座席で騒いでいた二人は運転席も飛び越えて地面に零れ落ちた。空腹だと唸っていた悟空は、町への到着が
また遅くなりそうなことにブチ切れ、「メシが遅くなっちまうだろぉ!」と勝手な怒りをぶつけながら素手で
相手を次々に殴り倒している。
悟空と掴み合っていたお陰でジープを飛び降りた悟浄もそれに続き、二人で充分だと判断した八戒と三蔵は
「任せる。」と勝手に宣言したきり道の脇に離れて止めたジープの上でくつろいでいた。
「見物だけなら後で見物料払えよ二人とも!」
「うぜぇ。」
ガウン、と撃たれた弾丸は身をかわした悟浄を掠めて妖怪に当たる。コンビネーションは完璧だったが
三蔵の狙いはかわした悟浄の方だったらしく、不満そうに舌打ちするのが聞こえた。
「…どういう性格してやがるあのサド坊主。」
つまらなそうな顔で銃をしまう三蔵を睨み、悟浄はわらわらと飛びかかる妖怪を錫杖でなぎ払い、
地面に叩き付ける。ぶつぶつ文句を言いながらも好き放題暴れられる悟浄の口元はいつになく酷薄に
引き上げられていた。
昨晩、その前と通り雨に降られ、この所三蔵の機嫌は低空飛行を続けている。もう一人の雨苦手組の八戒も
辛辣な口調に磨きがかかり、放っておけば良いと分かっているのについちょっかいをかける悟浄は格好の
餌食になっていた。口で突っかかれば完膚無きまで言い負かされ、悟空との小競り合いには正確に照準を
合わせた銃で黙らされる。目の前の妖怪に手当たり次第に倒している悟空と同じく、悟浄も暴れたくて
うずうずしていたのだ。
(ったく・・・。頭ばっか使って身体を動かさねーから性格歪むんだな、あのコンビは。)
涼しい顔の二人に背を向け、錫杖を構え直す。斬り伏せると一旦は引くものの、すぐに群がる彼らに、
逃げ場を塞がれないように間合いを取りながら二度三度と錫杖を振るった。背後の二人に届けとばかりに、
肉塊を引き千切るように錫杖を勢いよく斜めに払う。緩められた悟浄の口元とは違い、狩る目つきは醒めた
ものになっていく。
(・・・まぁ、寝不足な二人を無理矢理働かせてもしょうがねぇか。)
雨足が強かったせいなのか、夜になって急に振り出した雨に過去の何かを重ねたせいなのか。同室の三蔵は
昨夜は吸殻で皿が見えなくなる程積み上げ、じっと窓の傍から動こうとはしなかった。いつもと違う空気を
纏った三蔵に、悟浄も気を遣ったつもりだった。それなのに。
『うるせぇ。』
眠れなくてもベッドに入って身体だけでも休めろと、精一杯気を使って声をかけたのに。
『手前に関係無ェだろう。』
吐き捨てられた言葉に怒るよりも呆れ、自分だけ先に眠った。朝になって隣を見たが、ベッドを使った
形跡は無かった。
(関係無い・・・ね。)
不本意ながらも一緒に旅する仲間に、あの言い草はあるのか。一応・・・何の関係も無いとは言い切れない
こともしてるのに。
「金輪際あの生臭坊主の相手なんざしてやらねぇからな。」
小さな呟きは、耳障りな妖怪達の断末魔のせいで、誰にも聞かれずに済んだ。
数分もすれば片付くだろうとのんびりしていた三蔵と八戒だったが、延々と続くかのような妖怪達の戦い振りに
顔を見合わせた。この手の弱い妖怪にしては、引き際が悪すぎるのだ。いつもなら、仲間が半分もやられれば
逃げていく。それなのに、最後の一匹になるまで戦うつもりなのか、一匹たりとも構えを解いて逃げ出そうと
いう気配が無い。
「・・・妙だな。」
「戦っているというより、殺して貰いたがってるみたいですね。」
一撃で倒れる妖怪達だが、数だけは多い。しかも数十人いる妖怪達は足元の同胞を踏みつけて、悟浄と悟空に
近づいていく。棒切れを振り回すだけの彼らを必死に捌く悟浄と悟空は、じわじわと周囲を取り囲まれ始めている。
不安にかられた八戒が声をあげた。
「悟浄!あまり長引かせない方が良さそうです!」
「了解っ!悟空、伏せてろっ!!」
だらだらと単調な攻撃にうんざりしていた悟浄は、悟空を避け、錫杖の鎖鎌を振る。悟浄の周囲に居た妖怪が
ひしゃげた悲鳴を上げバラバラと千切れ飛んだ。
「悟浄!ごめんそっち任せた!!」
「あぁ?!」
悟空の脇をすり抜け正面から向かってくる妖怪に、構え直す暇も無く錫杖で貫く。
「ちっ・・・しまった。」
抱きつくように悟浄に向かって倒れこんだ妖怪の返り血で、悟浄は派手に血しぶきを浴びた。
「うわ、ひでぇ格好。」
「うるせぇよ。」
残りの妖怪に回し蹴りを綺麗に決めた悟空は、赤黒く汚れた悟浄を指差して笑う。
「何だコレ…?」
普通ならポタポタと流れ落ちる血液は、ゼリーのような粘性でぬるぬると皮膚に張り付き、腐臭を放ち始める。
「どうかしましたか?」
身体中を紅に染め、呆然としたように見えた悟浄に、八戒が気遣い声をかけた。黙ったままの三蔵も、
赤く染まった悟浄の姿に、退屈そうにしていた表情を引き締める。
「いや・・・…こいつの血、普通じゃ落ちねぇみてぇ。」
「さっき休んだ泉で洗ってきたらどうです?」
「そうだな…残りは時間の問題みたいだし。」
まだ残る十数匹の妖怪は、既に悟空が視界に捕らえているのを見て、悟浄は錫杖をしまい、ジープの二人に
声をかけ森の中に入って行く。
「一人で行かせて大丈夫ですかね。」
「………。」
悟浄の背に視線を留める八戒は、傍らの人物にだけ聞こえるような小声で呟いた。三蔵と八戒が雨を嫌う
ように、悟浄にも苦手なものがある。普通の生活を送っていれば血に染まることなど日常的な出来事では
無いのだが。
「あ、悟空。出来るだけ血を浴びずに倒した方が良いみたいですよ。」
「分かった!…あと2匹っと!」
流れるような体捌きで残りを片づける悟空に感心しながら、八戒は悟浄に身体を拭くものを持っていって
やろうかと考える。が、横で煙草のフィルターを苛立たし気に押し潰す指に気づき、そのままジープに居座る
ことに決める。
「………。」
二本目の煙草を咥えかけ、舌打ちして胸にしまうと三蔵はジープを降りる。
「悟空が全部片づけたら僕達も後を追いますね。」
「必要ねぇ。ここで待ってろ。」
「はい。」
声に滲ませた笑みに気づいたのか、睨む三蔵に八戒は素知らぬ顔で地図に目を戻した。
三人と別れ泉に戻った悟浄はしゃがみこみ、手早く顔と手足を洗い始めた。血はすぐには溶けず水面に浮かぶ
ようにしてから沈んでいく。浅瀬の温んだ水をばしゃばしゃとかき混ぜ洗い落としていた悟浄は、髪にまで
べっとりとこびりついた血にうんざりし、そのまま泉に入った。身体を横たえた砂地の水底は柔らかく、
悟浄は大きく吐息をつく。
仰向けに寝転び身体を伸ばし、温い水にひたひたと浸かる。うっかり眠ったら置いて行かれたらマズイ、との
考えが頭をよぎったが、水に溶け込むような心地良さに悟浄は目を閉じる。
「おい。」
「・・・痛ッ。」
頭上に落ちる固い声と共に肩の辺りを蹴られるまで気づかず、悟浄は眠りかけていた。さほど時間が経っても
いない筈なのに渋面で自分を見る三蔵に、まだ不機嫌モードが続いているのかと慌てて起き上がる。
「?」
三蔵の身体がやけに大きく見え、目を瞬かせる。水を吸って重くなったせいか、衣服が脱げそうになるのを
押さえる悟浄に三蔵が水面を見るようにと指差す。
「何の真似だそれは。」
「何って・・・?」
眉根を寄せ押し黙った三蔵に、悟浄は自分の身体に目を落とす。
「うわ・・・・・・あ?・・・。」
目にしたものが信じられなくて、慌てて泉に顔を近づける。空を映してきらきらと光る水面には、肩から
ずり落ちそうな大人の服を引き摺った10歳の悟浄が映っていた。
「うわぁ・・・小っちぇえ。」
「やかましい!触ンな!」
面白がって頭を撫でようと手を伸ばす悟空に、悟浄は怒鳴りつけ手を叩き落す。濡れた服を着替えはしたものの、
シャツもズボンも身体に合う筈も無く、ぶかぶかの服を被ったような悟浄がジープに乗り込む様子に、八戒も
苦笑して手を貸す。
「それにしても、どうしてそんなことになっちゃったんです?」
「知らねぇよ。」
ふてくされる悟浄を振り返り、三蔵は何か言いかけたのを止め、背を向ける。逸らされた視線と三蔵には珍しい
態度が悟浄の神経を逆撫でた。
「おい、三蔵・・・」
(何だよ・・・不機嫌モードが更に上がったか?)
「泉の水は僕らも飲みましたし・・・変ですね。」
運転席から八戒が振り返り、頷く悟浄は前を向いたままの背中に話しかけるタイミングを逃す。
「悟浄だけ何か食ったんじゃねぇの?」
「お前と一緒にすんなっ!チビ猿!」
「残念でした。今は悟浄の方がチビだもんな。」
「うるせぇ!」
体格が同じくらいになってしまうと、悟空の力には悟浄はまったく歯が立たない。座席に押し付けられ、
馬乗りになる悟空にじたばたと抵抗する。
「やかましいッ!」
振り向いた背中は、仲良く一発ずつ自分と悟空にハリセンを振り下ろした。
「いたいけな子供にすることか・・・」
「動物と子供の躾は保護者の義務です。」
三蔵に代わってニッコリと微笑み返す八戒に、悟空と悟浄は掴み合っていた腕を離す。静かになった
後部座席から身体を戻し、八戒は三蔵に話しかける。
「急激に若返ったのは・・・恐らくさっきの血が原因ですね。」
「あぁ。泉に原因があったなら俺達も感染しているだろうからな。」
「この血を調べて、成分を割り出せますかね・・・。」
通行の邪魔になるからと八戒と悟空が積み上げた妖怪の残骸の山を眺め、八戒が考え込む。
「・・・元凶を叩きのめした方が早い。」
「三蔵?」
「さっさと出てきたらどうだ。」
森に向けて、三蔵が銃を向ける。撃鉄を起こす音に、傍らの木の影が動いた。
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