Childhood's endU


「気づいていたのか。」
「気配も消さずにこれ見みよがしにうろうろしていればな。」
「気配を読んでいても、避けることは出来なかったようだな。」
「あ・・・」「うわ・・・」「成る程・・・。」
向けた銃口の先には、四人のよく知る人物が立っていた。
勝ち誇った顔の紅骸児に、悟浄の幼児化が誰のせいだったのか納得する。
「たかがガキ一匹作るためにわざわざこの数の部下を殺すとは、
手前の所はよっぽど人手が余ってるらしいな。」
嫌悪感を露にする悟浄に、紅骸児は舌打ちし睨み返す。
「あれは俺の部下じゃない。人間でも妖怪でもない。」
「人間でも妖怪でもない、だと・・・?」
この作戦を喜んで遂行している訳ではない紅骸児は、声を低めた三蔵から
視線を外す。
「道理で手応えの無ぇ奴等だと思った。」
「お前には十分あったんじゃないのか?沙悟浄。」
わざと見下ろすように顎を上げて視線をやれば、いつもは皮肉気に型どられる
唇が悔しそうに噛み締められた。頬の傷も鮮やかな10才位の悟浄を目にし、
紅骸児は一人でこの作戦に当たったことを正解だと内心で思う。独角児の忠誠を
疑うわけではないが、酒を呑んだ時などに話される弟のことは、彼にとってどんな
存在であるか聞かなくても判る。
ニーの企てに乗るのは全く気が進まなかった。が、自分の目的はそこに拘って
いてはいけないのだ、と今回何度も自分に言い聞かせた台詞をもう一度心の中で
唱え、紅骸児は四人に向き直る。
「俺達の力は分かったろう?化学と妖術を組み合わせればこんなことは訳も無い。
目的を達成する為に俺は手段は・・・」
「すみません、今ちょっとそれどころじゃないみたいで。」
「おい・・・俺の話を聞けっ!」
優位な立場を誇示するように語る紅骸児をよそに、悟浄は悟空と取っ組み合いの
真っ最中だった。
「何するんだよ紅ゴキ!」
「馬鹿猿!手前が仕留め損なったから俺がこんな目にあったんじゃねーか!」
「うるせぇ!悟浄の殺し方が下手だから返り血浴びたんだろ?俺は今回は悟浄よりも
たくさんやっつけたけど服は汚さなかったんだからな!」
いつもの喧嘩もたいがい大人気ないが、見た目が子供になってしまっている今の悟浄と
悟空は兄弟喧嘩のようである。耳を引っ張り、首を掴んで蹴りを繰り出す悟浄と、髪を
引っ張り、頭突きまで多用しながらボコボコと拳を当てる悟空は、狭いシートの中で
揉み合って、紅骸児の言葉など全く耳に入っていない。
「お前達、自分達が置かれた状況を分かってるのか・・・。」
「これ位で動揺する人、この車には乗ってないんですよねぇ。それで、貴方は
わざわざ自分が犯人だと言いに来ただけなんですか?」
挑発的に笑う八戒に、紅骸児の頬が引き攣る。
「良いのか?そんな口を聞いて。そいつがそのまま戻らないかもしれないぞ?」
「そうすればお酒も煙草も堂々と止めさせられますし、夜遊びも禁止。
…保父としてはむしろ助かりますね。」
「・・・…嫌な奴だな。」
「お互い様です。」
あれだけの数の妖怪がかかれば、誰かは必ず血を浴び幼児化してしまうだろう。
その読みは当たったのだが。
「一番無駄な奴に薬が効いたな。」
ジープの上で「やかましい!」と三蔵にハリセンでバシバシと殴られている悟浄と
悟空に、僅かに落胆の色を見せた紅骸児に、八戒はあぁ、と納得顔で微笑んでみせる。
「ひょっとして、誰かを幼児化させて、僕らが慌てているどさくさに紛れて経文を
奪う気だったわけですか。」
「ぐっ…」
そこまで単純な作戦ではないですよね、と続ける八戒の言葉に紅骸児はぐぐっ、と拳を握り締めて黙る。
「うわー、卑怯な作戦だなソレ。」
「お前そんなに追い詰められてんの?」
こんな時だけ手を止めて、ジープから乗り出して呆れたようにこちらを見る悟空達の
呑気そうな様子にも悔しさが募る。
「・・・・・・経文を手に入れる為なら手段は選ばない。」
緊張感の無い悟浄と悟空に怒りで肩を震わせ、紅骸児は三蔵に向き直った。
「そういう訳だ。仲間を元に戻したいなら経文を寄越せ。」
「断る。こいつを仲間だと認識した覚えは無ェ。」
懐から取り出した拳銃を真っ直ぐに紅骸児に向け、三蔵が吐き捨てる。
「馬鹿が勝手に蒔いた種なんざ知るか。」
いつも聞き慣れているその台詞が、小さな苦味を悟浄の胸に落とす。
「俺のせいかよ!」
「うるさい。ガキは下がってろ。」
「な・・・」
不測の事態を自分のせいのような言われ方をされ、挙句ガキ扱いで下がっていろとは。
怒りで言葉が出てこない。睨みつける悟浄を無視し、三蔵は残りの二人に目配せする。
「交渉決裂だな。」
紅骸児の言葉に、悟空の手に如意棒が現れる。
「ちぇ〜、せっかく美味い物食べに行けると思ったのに。」
「ここで片付けないと夕飯どころか今夜の宿も危ないみたいですねぇ。」
口調はのんびりしたままだが、八戒もジープを降りる。後に続こうとした悟浄は、
後ろから伸ばされた腕に襟首を掴まれシートに放り投げられた。悟浄の視界を塞ぎ、
庇うように法衣がゆらめく。
「お前はここから動くな。邪魔だ。」
「何だと・・・?」
振り返らずに言い捨てられた言葉に、悟浄はカッと頬を染める。
「勝手なことをほざいてんじゃねーよ。誰が邪魔だって?」
勢い良く後部座席を蹴り上げ、三蔵の脇を摺り抜ける。
「っの馬鹿!」
上着を捉まれたが、服だけを残して悟浄は三蔵を飛び越し、悟空の横に立った。風を
唸らせて取り出した錫杖の重さに一瞬顔が引き攣ったが、何とか堪える。
「やられた分は返させて貰うぜ、オージサマ。」
地面を蹴り上げ素早く距離を詰め、悟浄は首筋に錫杖を突きつける。けれど全力で突き
込んだ錫杖は狙った喉元から簡単に叩き落とされ、皮膚一枚も傷つけないまま地面に転がった。
体勢を立て直せずたたらを踏んだ悟浄を突き飛ばし、紅骸児は易々と悟浄の右腕を捻じりあげる。
「沙悟浄。一応言っておくが、小さくなっていてもいなくても、お前の武器に脅威を感じたことなど無い。」
「ちっくしょ・・・」
暴れる悟浄の腹に紅骸児の膝が入り、悟浄の身体はくの字に崩れる。
「あぐッ・・・」
「馬鹿が。」
顔を歪めた三蔵が即座に紅骸児の腕に照準を合わせる。が、紅骸児は悟浄の片腕を掴み上げ、
楯のように三蔵達に向け持ち上げて見せた。気を失った悟浄の首がかくんと傾き、地面から
浮き上がった足が無抵抗に揺れる。
「・・・自業自得とはいえ、子供に膝蹴りっていうのは行き過ぎじゃありませんか?」
八戒の目がすっと細められる。
「もう少し優しいやり方があると思いますよ……お子様には!」
「!!」
身体の前で宝珠を包むように構えた両手から、青白い光が放たれる。悟浄ごと自分を撃つとは
思っていなかった紅骸児は釣り上げていた悟浄を放り出し、身体を反転させ木々の中に飛び込んだ。
真横に投げられた悟浄の身体は悟空が素早く抱き上げ、気砲から逃れて悟空ごと地面に突っ伏す。
「八戒ィ・・・撃つ真似だけで良かったんじゃねぇの?」
「すみません。本気で撃たないと駄目かなぁ、と思って。ちょっと勢い良く撃ちすぎましたね。」
さっきまで紅骸児が立っていた地面は大きく抉られ穴が開いている。(怖ェ・・・・・・)にこにこと
腕を振ってウォーミングアップをする八戒に、悟空は三蔵だけが不機嫌ではなかったことを思い出した。
「・・・来ますよ。」
立ち上がる悟空に手を貸し、八戒は紅骸児の気配に注意を促す。
「だな。よーし、三蔵!」
「あ?」
腕の中で呻く悟浄を三蔵に向かって放り投げ、悟空は如意棒を手に森の中に突っ込む。
少し遅れて八戒も後を追う。
「何で俺が・・・・」
手の中の悟浄の軽さに舌打ちし、悟浄を抱えたまま三蔵はジープに乗りこんだ。
「おい。」
後部座席にそっと寝かせ、自分も隣に座る。膝の上で頭を抱くと、大人しく身体を預け脱力する。
痛みで意識が朦朧としているのか、背中を丸めて呻く悟浄の背を撫でてやる。
「・・・八戒が戻ったら手当てして貰え。」
髪を撫で、戦ってこちらを見る余裕はないらしい悟空達を確認してから、腕の中の悟浄に素早く唇を合わせる。
「・・・・?」
気を失っている悟浄の小さな指先が三蔵の法衣を引き寄せた。三蔵の見たことの無い幼い表情で笑みを浮かべて。
「・・・・・・ッ!!」
きゅう、としがみつく掌を思い切り振り払う。ガクン、と首が垂れその勢いで悟浄の身体が傾く。
手を伸ばすこともせず、三蔵は幼い身体が床に落ちるのを、膝の上で拳を握り苛ついた表情のまま見ていた。
床に叩きつけられ、肩を強打した悟浄は痛みで意識を取り戻す。
「痛ってぇー・・・・・・。三蔵・・・?」
「寝てろ。」
「まだ不機嫌モードかよ…。紅骸児は?」
上半身を起こす間もなく頭に衝撃が来る。拳でなく銃の台尻で殴られ、悟浄の目の奥に白い火花が散った。
「手前は人間の言葉が通じねぇのか?今のお前は足手まといなんだよ。」
怒りを抑え切れない様子の三蔵に睨み付けられ、悟浄は口を噤む。そのまま黙って三蔵の横に這い登り
身体をシートに投げ出し目を瞑った。言いかけた言葉をそのまま喉の辺りで留め、三蔵はジープを降りた。
楽し気にやり合っている悟空に舌打ちし、三蔵は援護に回っている八戒の方に声をかける。
「おい。遊ばせてないでさっさと。」
「はいはい。」
例の厄介なのを召喚されない内に片づけちゃいましょうか、と口調だけは柔らかに、八戒の掌が組み合わされる。
今度の気砲は、若干の犠牲を払ったようだった。