6年ほど前、大阪厚生年金会館に44MAGNUMがライブをやっていた。
1990.10.31俺がそこに立っていた。
夢がいろいろかなった。
でも、夢はまだまだある。
と、書いてるうちに何がいいたいのかわからなくなってきた。
今までありがとうというしかない。
俺ももっともっとやる事がある。
本当にやりたい事を楽しくやりたいです。
金ではなく。
みんなも、一度の人生悔いのない様に。
本当にありがとう。
それでは。
瀧川一郎 |
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今まで1本のレールの上を4人で歩いて来た。
そして4本のレールが生まれた。
もう二度と交わることの無いレールが・・・
これからも4本のレールは、
腐った日本をなめて行くだろう。
TETSU |
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THANK YOU!!
D'ERLANGERとみんなの最高な想い出を
いつまでも大切な宝物として・・・
SEE YOU AGAIN!!
KYO |
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おまえらは今でも宝です
ありがとでした。
中尾朋宏 |
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【事務所 某社長のコメント】
89年11月KID'S BLUE結成以来これまでデランジェを応援してくれてありがとうございます。残念ながら昨年11月19日をもって解散してしまった彼らですが、事実上4人で最後の作業となってしまったLIVE
VIDEOの編集も1月31日のAM1:00にすべて終了しました。同封しましたメンバーからのメッセージはこの時書かれたものです。解散の噂は昨年のツアー中にもありましたが(最後のツアーとして計画されていた等)実際にはそのような事実は無く、現に91年3月には全国ツアーの具体的な会場名(東京は代々木第一体育館とか)もリストアップされて次のアルバム制作を待つばかりだったのですが、11月19日に私とメンバーで話し合った結果「4人での活動は不可能な状態」という結論になり解散を決定しました。一部ではいろんな憶測が飛びかい、おひれがついた状態で情報が入り乱れ、ファンレターや事務所への電話などで(中にはメンバーの自宅にまでイタズラ電話や不愉快な内容の失礼な電話をしてくる無神経なファンもいる)そういった間違った情報を信じこんだ内容の問い合わせが多数ありました。ここに一つある事実は、解散が決定したのは11月19日であって一部で言われているツアー前の解散決定は事実無根でありそういう事実は決してないという事です。この件ではメンバー非常にショックを受けており、メンバーの心の痛みを皆さんには理解してほしいのです。
外観やイメージだけをコピーすれば誰もがデランジェになれるという誤りがはびこる中、これまでデランジェが作り出した真の世界は我々の心にいつまでも深く残り、日本のロック史に淫らな一ページを残し、悲しみと困惑の中デランジェは“虚無”から“過去の実像”となってしまいました。私個人には、彼らの個性と才能に酔わされ無我夢中の3年でした。上京前の京都での打ち合わせや、「ラヴィアンローズ」のレコーディングでの共同作業など、思い起こすと彼らと苦楽を共にした時期が懐かしく思えます。彼らは自分達に正直だったから解散を選んだと思います。そんな彼らが今後作り出す次の世界に期待すると共に、今は静かに見守って行きたいと思っています。4人はすでに4本の別々な道を歩み始めています。きっと次にアクションを起こす時彼らはきっとデランジェ以上の魅力でまた新たな“誘惑”を繰り広げてくれる事でしょうし、それが彼らの使命だと私は思うのです。 |
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