C-Diary(1999~2000)

あるロック依存症患者の闘病日記(全然戦ってないけど?)

 その時に買ったCDにちなんだ日記を付けよう。だから「C-Diary」(だじゃれか?)。

2000.12.3 出費大!

 今まで使っていたスキー板は先輩からのもらい物で、さすがに相当古い物だったんで、今年はブーツ、板、ビンディングをすべて新調することにした。しめて十二万円の出費。そのついでにCDも買っちゃいました!(おいおい)
 初めて聴くアルバムは、ピンク・フロイドの「夜明けの口笛吹き」とロキシー・ミューッジックの「アヴァロン」の二枚。紙ジャケの獲物はポール・マッカートニーの「ヴィーナス・アンド・マース」と「スピード・オブ・サウンド」。さらにジェントル・ジャイアントの「イン・ア・グラス・ハウス」の紙ジャケ版も発見! ここで買わなきゃ男じゃないっしょ? よだれをダラダラと垂らしながらレジに疾走。
 フロイドを「原子心母」や「狂気」といったロジャー・ウォーターズ主導時代から聞き始めた僕としては、シド・バレット主導で作られた「夜明けの口笛吹き」はとても新鮮でした。そうだなぁ、シドのソロ・アルバムをよりサイケに、よりテンポ・アップした曲調とでも申しましょうか? なかなかいいよ、これ。
 ロキシーの「アヴァロン」はねぇ、う〜ん難しいな。80年代ポップを代表するアルバムの一つであることは認めるけれど、ぼくはこういうのはチト苦手。70年代のロキシーの特徴である「変態性(?)」が失われてしまっていて残念。おとなしくなっちゃった感じかな。まあ80年代に入っておとなしくならなかったバンドなんて皆無だけどね。聴き始めの一曲目でいきなり、トヨタ・ヴィスタのCMで使われいている曲が流れてきたのでビビった。
 お次はポールの脂がのりきった時期のソロアルバム「ヴィーナス・アンド・マース」と「スピード・オブ・サウンド」。いや〜、懐かしい。最初に買ったのは高校生の時だったよ。当時は月五千円のお小遣いの中から苦労してCD代をひねり出していたもんだ。残りは学校帰りに食うラーメン代、レンタルCD代、本屋でこっそりと買うOO本代に当てていたっけか? 失恋するたびにジョンやポールのアルバムを聴き、慰めてもらっていたよ(苦笑)。お世話になりました。
 最後に、数あるロックアルバムの中でもっとも斬新なジャケットではないかと、僕が常日頃から思っているGGの「イン・ア・グラス・ハウス」。昔プラケース版を買ったときにもたまげたけれど、今回の紙ジャケ版もさらにこった作りだった。どう説明したらいいんだろう? 「ネガ二枚重ねジャケット」。全然わかんないって? ぜひ買ってくれぃ!あ、そうそう、今回の紙ジャケ版にはボーナストラックとしてライブテイクが入っていたの。GGの名高きライブを聴くのは初めての経験だったもので、すごいうれしかったよ。周到なアレンジ、あふれんばかりのテクニック満載の音の洪水といった感じ。何言ってるかわかんないって?ぜひ聞いてくれぃ!

2000.10.9 コンサートの思ひで

 会場のCD売り場でさあ、「一万円以上お買いあげの方にはもれなくサイン色紙をプレゼント」って掲示してあったの。そんなこと言われたら買っちゃうよねえ、やっぱ。という訳で「太陽と戦慄」、「暗黒の世界」、「レッド」の紙ジャケ版、それに「アブセント・ラバーズ」を買っちゃいました。めでたくメンバーのサイン入り色紙もゲット、えへっ。
 前の三枚は今更説明はいいよね。紙ジャケの作りはなかなかグーよ。
 「アブセント・ラバーズ」は80年代クリムゾンのライブアルバム。あんまり期待してなかったんだけど(一万円以上買うためにとりあえず買っといたって感じ?)、ところがすっとこどっこい。スマートでかっこ良かった。「暗黒の世界」の時代のライブほど「突っ走っている(暴走している?)」感じはないけれども、逆にその時代の方向性を保ちつつ「ある程度完成された」ライブと言った所かな。「宮殿」の時期の叙情性たっぷりライブよりも、僕はこっちの方が好きかもしれん。

2000.9.17 秋のスポーツ合宿(酒飲み合宿?)


2000.8.12

 今日は海水浴に新舞子へ行って来た。う〜ん、最近の海はギャルかギャル男ばっかし。昔は普通の女の子もいっぱい居たのになぁ?
 その帰りに名駅でCDを買った。あい変わらず「紙ジャケ探求」に精を出す。今日ゲットした獲物はポール・マッカートニーの「マッカートニー」と「ワイルド・ライフ」、「バンド・オン・ザ・ラン」の三枚。年代順にそろえていってるの、わかるかな?(おいおい、結局全部そろえる気かよ?) さらに、すでにプラ版を持っているアルバムだけ買っててもつまらないので、ロキシー・ミュージックの「ロキシー・ミュージック」も買った。では感想の方を。
 「マッカートニー」と「ワイルド・ライフ」はポールの三大ネクラ作品のうちの二つだね。どちらも非常にラフな仕上がりのアルバムです。しかし曲自体は珠玉の名作が数多く入っていて、お勧め。それに対して「バンド・オン・ザ・ラン」は、ポールらしい「良い明るさ」が前面に押し出されており、メンバー難に苦しみながらも(ドラムを叩いているのはポール!)丁寧に仕上げられた作品です。このアルバムはウィングスのアルバムの中で、いやポールの全ソロ・キャリアにおいて代表作であると言えます。いや、ロックを語る上でも欠かせない存在だと思うね、このアルバムは。
 次にロキシー・ミュージックのデビュー・アルバムである「ロキシー・ミュージック」の感想。そのエロティックなジャケットに始まり、メンバーの派手な衣装(+イーノの広いおでこ、フェリーのおっ立ってる前髪、マンザネラのヒゲづら)、フェリーの変態っぽい歌声、耽美的な曲調などすべてに置いて「これがロキシー・ミュージックなんだなぁ」と思えるアルバムでした。聞いていると実に退廃的な気分に浸れます。その曲調とルックスの特異性故に、初めのうちはアトランティック・レコードも長期契約を渋っていたそうだ、納得。
 あっ、あともう一枚買ったんだった。急にたまらなく最後の二小節が聞きたくなり、ラベルの「ボレロ」を買いました。たしかカラヤン指揮、ベルリンフィル演奏でした。そのCDには「展覧会の絵」も入ってました。今日はこんなところ。じゃあ、またね。

2000.7.22

 今晩は久しぶりに会う友達と栄で飲む約束をしており、待ち合わせの時間より少しばかり早く栄に到着したので、ナディアパークのヤマギワを覗いてみることにした。クリムゾンの紙ジャケシリーズが新たに発売されていることを期待していたのだが、残念ながらあいかわらず「アイランズ」以前の作品しか置いてなかった。そこで気分を新たにポール・マッカートニーの紙ジャケを買うことにした。特に思い入れのある作品「ラム」と「レッド・ローズ・スピードウェイ」、そしてプラケース版で唯一私の持っていない作品である「プレス・トゥ・プレイ」の三作品を買うことにした。さらに最近プログレに飢えていたので、ルネッサンスの「プロローグ」も買うことにした。
 アルバムのラストで「僕たちは悪くないよね〜」と切なげに歌い上げる「ラム」は、いつ聞いてもジーンとなってしまう。なにかと明るいイメージのつきまとうポールではあるが、ビートルズ問題を引きずってクヨクヨと悩んでいるこういう「暗い時代」のポールも意外と良い物である。でも評論家たちの評判はそうとう悪かったらしいけどね。そして様々な不評、悪評を吹き飛ばした起死回生の一発が「レッド・ローズ・スピードウェイ」である。「ラム」や、「レッド・ローズ・〜」の前作である「ワイルド・ライフ」に比べると明らかに音の厚さが増している。最後に80年代半ばの作品「プレス・トゥ・プレイ」。時代にマッチしたタイトな音で割と格好良いんじゃないかと思う。80年代のポールのアルバムって、ゲストとしてピート・タウンゼンドとかデビッド・ギルモアやフィル・コリンズなどが平気で参加しているけれど、これってよく考えるとすごい事だよね?(よく考えなくてもすごい事だって!)まるでエビフライも入ってればヒレカツもあるし、さらにハンバーグも入った幕の内弁当みたいだな? やっぱりポールは偉いや、ブリティッシュ・ロック界の親分的存在なのかなぁ?
 ここで少し「ポールの紙ジャケシリーズ」に文句を言わせてもらう。以前のプラケース版では、アルバム未収録曲(シングルのみで発表されている曲やライブの演奏曲)がボーナストラックとしてアルバムの最後に多く収録されていました。ところが今回の紙ジャケシリーズでは、あくまで忠実に「レコード発売当初」の収録曲のみの構成になっているのです。ということはポールの曲を一曲でも多く聴きたいというファンは一つのアルバムを「紙ジャケ版」と「プラケース版」の二種類買わなければならないのです。なんかこれって、無駄でないかい? そこで提案します。ぜひとも、ポールのアルバム未収録曲ばかりを集めた企画アルバムを発売してほしいのです。別に紙ジャケでなくて結構ですんで。そうすれば「紙ジャケ版」もレコード発売当時の雰囲気を損なわないですむし、「紙ジャケ」を買った人は今まで持っていた「プラケース版」を、捨てるなり人にあげるなり出来るわけよ。その上で「アルバム未収録曲を集めた企画アルバム」を買っちゃえば良いんだもんね。どうですか? 東芝EMIさん。全国一千万人(推定)の紙ジャケファンは買っちゃうと思うけどなぁ?
 最後にルネッサンスの「プロローグ」。全体的にアニー・ハズラムのスキャットがフューチャーされた作品です。クラシカルな音で荘厳な世界を作り出す技は、ルネッサンスならでは。なかなか良いアルバムを買ったな。

2000.6.11

 今日は日曜日、夕方にのろのろと起き出してぶらっと栄のHMVに行ってみた。特に何かを買いたいと決めていた訳でもなく、CDのコーナーをAから順にボーっと眺めながら歩いていた。何事もなくH、I、Jと通り過ぎKにさしかかった時、見慣れたデザインのとあるジャケットがひときわ大きく僕の目に飛び込んできた。「あ〜キンクスのローラか、ん! なんかでかいぞ! あっ! 紙ジャケじゃん!」 そう紙ジャケは通常のプラケースよりも大きいので、一緒に並べられていると目立つのである。「え〜、キンクスも紙ジャケになっていたのかよ〜。聞いてないよ〜。」 今まで逸品を数多く逃してきた経験から「紙ジャケは店頭で見かけた時に即買うべし」という教訓を、僕は学んでいた。読者のみなさんには、僕が次にどういった行動に出たかもうおわかりでしょう? そう、僕はキンクスの紙ジャケ全12枚のCDをすべてひっつかんで、レジへと駆け込んだのである。さすがの僕でも、これだけの枚数のCDをいっぺんに買ったのは初めての経験である。今思うと何か悪しきものにとりつかれていたのかもしれない。でも後悔はしていないよ、キンクスの紙ジャケシリーズもなかなか凝った作りになっていて十分に満足したからさ。今日キンクスのCDを買いに栄のHMVに行かれた方、キンクスコーナーをほとんど空にしてしまったのは僕です、ごめんなさい。
 さらにカードのポイントが満タンになったので、はっぴいえんどのCDも3枚買った。これも期せずして紙ジャケ。また、だめ押しとしてなぜかパスカル・ロッジ演奏のサティ作品集も買ってしまった。
 では今回買った全16枚のCDの解説を、軽く行ってみよう。まずはキンクスを年代順に。「ザ・キンクス」「カインダ・キンクス」「キンク・コントラヴァーシー」「フェイス・トゥ・フェイス」「サムシング・エルス」の辺りはボーっと聞けるアルバムだと思う。なかなか良い曲も多くあるけれど、いまだやりたいことを模索中といった感じだろうか? 次の「ヴィレッジ・グリーン・プリザベイション・ソサエティ」「アーサー、もしくは大英帝国の衰退ならびに滅亡」「ローラ対パワーマン、マネーゴーラウンド組 第一回戦」の辺りで彼らのコンセプトアルバム指向が明らかになり、トータルアルバムもしくはロック・オペラとして芸術性の高い作品となっている。そして「マスウェル・ヒルビリーズ」「この世はすべてショー・ビジネス」「ソープ・オペラ(石鹸歌劇)〜連続メロドラマ”虹色の夢”」においては、すでに熟練の域に達した彼ら独特の手法が際だっている。そしてライブアルバム「ワン・フォー・ザ・ロード」を聴くことにより、彼らのパワーあるステージが疑似体験できる。
 ここで僕なりにキンクスについて考察してみよう。彼らが採用してきたテーマは「英国の村落広場」「大英帝国の衰退」「アイリッシュ・パブに集う人々」といった非常にイギリス指向の高い物であった。これは逆に彼らがアメリカに対して強いコンプレックスを抱いていたことが示されるのではないかと思う。そのコンプレックスを「イギリスだって悪くないぜ」と歌い上げることにより克服しようとしたのではないだろうか? う〜ん、みなさんどう思われます?
 次にはっぴいえんどですが、びっくりしたのはその歌詞。松本隆氏の作る歌詞はものすごいです。日本語をしゃべる民族に生まれて良かったと思いました。最後になりますがサティ。ピアノはいいですね。自分がもしもピアノが弾けたなら・・・と思います。

2000.3.16

 予告通りクリムゾンの紙ジャケを買ってきました。「宮殿」から「アイランズ」までの四枚。紙質も含めて全体的に丁寧な作りをしていて、満足です。音質もリマスターされていて以前のCDよりもくっきり聞こえる(ような気がする? ゴールドディスクだしね)。それにしても、買いに行ったCD屋さんで今月の一押しコーナーみたいなところに「宮殿」がおいてあったんだけど、添えてあった手書きの説明書きを呼んでみると「プログレと思わずにロックとして聞いてみればなかなかいける」みたいなことが書いてありまして、わたしは頭にくるのを通り越してなんだかとっても悲しくなりました。どうして世間一般では「プログレ=ダメな物」という図式になってるんでしょうか? そこで帰りのバスの中、じっくりその理由を考察してみました。
1、歌詞やメロディーが難解
 たしかに一部のマニアックなプログレバンドでやたらに難解な物もあるけれど、フロイドやイエス、ELPなんかは難解を突き抜けて芸術の域に達していると思うし、クリムゾンやジェネシスなんかはとっても格好良くて、初心者でも聞きやすいのになぁ。
2、バンドの歴史がろくな終わり方をしていない
 なるほど。たしかに最後までプログレ精神を貫き通すことの出来たバンドっていないね。でもそれはレコード会社や時代の必要としている物が70年代後半にかけて変化してしまったため、やむを得なかったんだと思うけど。時代のニーズに応じて現れ、必要が無くなり消えてしまったプログレのどこがいけないんだろう? それにプログレという色眼鏡を外してみれば、ELPの大問題作「ラブ・ビーチ」なんかはなかなか良い作品だと思うけれどなぁ。でもそれまでエキセントリック路線だったELPが「愛の浜辺でメイクラブしよう」なんて歌ってるのを聞いた当時のファンは、たしかに耳をふさぎたくなったんでしょうね。ELPに限らず70年代後半に多くのプログレバンドが問題作を出したけれども、そのことで70年代前半の彼らのすばらしい仕事を否定するのは間違ってるよね。
 おっとまた長々とグチを言ってしまった。今日の残りの収穫はキンクスの「スリープ・ウォーカー」と、ストローブズの「魔女の森から」です。どちらもまぁまぁ良かったです。

2000.3.14

 すごい久しぶりに更新します。え〜っとジェネシスの紙ジャケをだいたい(「フォックストロット」と「眩惑のブロードウェイ」だけはどうしても手に入らなかった・・・)そろえてからは、エマーソン・レイク・アンド・パーマー(略してELP)とザ・フーの紙ジャケにはまりました(笑)。ELPは「レディース・アンド・ジェントルメン」以外(CD二枚組だったためわざと買わなかった、だってオリジナルはレコード三枚組なんだもん)、ザ・フーはプレゼントの応募に無理矢理間に合わせるために帰省途中の小倉や大分のCD屋さんも駆けめぐったおかげで、なんとか全部そろえることが出来ました。プレゼント(Tシャツとバインダー)も見事いただけることが出来ました。ザ・フーの紙ジャケシリーズはボーナストラックが盛りだくさんでなかなかおいしかったです。例によってELPもザ・フーも同じアルバムをダブって所持することになってしまったのですが、昔買ったプラケースのCDの方は全部人にあげました。だってこのすばらしいロック文化を世の中に広めるのがぼくの指名だから!
 なんでもちまたの噂ではポールの紙ジャケもでてるんだって? ふーん、どうしようかなぁ。えっ!? クリムゾンの紙ジャケも出てるの?うわぁ〜、明日買いに行こう!

1999.7.18

 いま現在でもジェネシスの紙ジャケを探し続けています。ここ二週間名古屋市内の大型CD店を回り、全国の他のチェーン店に在庫がないかどうかを問い合わせてもらい、もしあったら名古屋に送ってもらうという作業を続けた結果、現在手元に幾タイトルかそろいました。ヤマギワさん、タワー・レコードさん、HMVさんどうもありがとうございました。とりあえずココにご報告。
 まずは希少価値の高い物から(いっぱいあるので一言づつネ)。70年の「侵入」。輸入盤しか持っていなかったので嬉しい獲物です。内側のジャケットがすごいきれいだった。輸入盤しか持っていなかったら一生わからなかったことだろうな。次に73年の「ライブ」。これはピーター・ガブリエル時代のアルバムの中で唯一初めて聞く物。ガブリエル時代のライブ自体は去年発売した「ARCHIVE 1967-1975」や海賊版のビデオを持っているのでだいたいは知っているつもりだった。しかしそれらに収録されていない曲が2、3あり、それらのライブバージョンを初めて聞けたので感動。特にラストの「ザ・ナイフ」はガブリエルの不気味なボーカルに全身鳥肌が立ってしまった。そして73年の「月影の騎士」。バンドとしてのまとまりがとてもあるアルバムだがガブリエルの勢いはこのアルバムでは減少。
 次に今でもちょっと大きいCD屋にいけば売っているであろうもの。いわゆるフィル・コリンズ主導のジェネシス時代。最初に78年の「そして3人が残った」。前作の「静寂の嵐」に比べ曲調はだいぶポップになり、一曲も短くアルバム全体での曲数が多く、トータル性も薄い。しかしなんとかまだプログレかな? 次に80年の「デューク」。愕然としたのはラブソングが半数以上を占めること。ショック! 今までのアルバムではラブソングなんてほとんど無く、だいたいにおいて英国風刺に満ちた不気味な物語がいい味を出していたのに・・・。しかし一概にこのアルバムは否定できません。なぜならラストの「男爵の旅」「男爵の最後」とアルバム全体のテーマが形を変えて繰り返され、怒濤のエンディングを迎えるからです。なんと、これは立派なトータルアルバムじゃないですか! ぼくにとっては否定も肯定もしづらい位置づけの難し〜いアルバムです。そして81年の「アバカブ」、82年の「スリー・サイドズ・ライブ」、83年の「ジェネシス」。まぁ、ここら辺はあまり多く語るのはやめておきましょう・・・。
 この努力を続けている中、思わぬ特典がありました。ずっと前に生産停止になってあきらめていたビデオ「ジェネシス・イン・コンサート1976」を見つけたのです! ガブリエル脱退後なんだけどまだ演奏曲のほとんどはガブリエル時代のプログレ作品だし、映画監督が作ったらしくライブ演奏をバックに無声映画や青や緑の幻想的な映像が流れたりして、思わずトリップしてしまいました。ロックのライブビデオには珍しくきれいにまとまった作品でした。フロイドの「ライブ・アット・ポンペイ」みたいな感じかな? あとキング・クリムゾン解散後のビル・ブラッフォードとジェネシスとの珍しい共演がみられたし満足、満足。
 でもどっちかというとやはりガブリエル時代のライブビデオの方が不気味な迫力満点でいいな。友達が家に来た時とかにこっそりうしろで流していると、みんな必ず「この気持ち悪い人、何!?」と注目するので面白い。残念なのは海賊版なんで映像汚いし音も最悪な点だけ。ビデオメーカーさん、公式版だしてくれないのかなあ? フィルムが残っていないんだろうか? それともこういうのって著作権が難しいんだろうか?

1999.7.3

 ジェネシスの紙ジャケ版が売っていたのは春頃から知っていたけど、店頭ではフィル・コリンズ時代、さらに80年代のアルバムしか見かけず、「ガブリエル時代のアルバムは今回紙ジャケにならなかったんだなー、それ以前に普通の国内版もまだ製造停止だもんなー」と思っていた、ずっと。しかしこの間ガブリエル脱退後だけど70年代中期の名作「静寂の嵐」の紙ジャケ版を見かけ(もちろん買ったが)、「もしやガブリエル時代の紙ジャケもあるのでは?」と疑問を抱いた。そこで慌てて情報を集めたところ、ガブリエル時代のアルバムも紙ジャケ化されていたのである! ではなぜ、二週間に一度はCD屋巡りをするぼくが店頭でまったく見かけなかったのか? 80年代のアルバムはいっぱい見かけたのに!? おそらくフィル時代のアルバムに比べ圧倒的に生産数が少ないのであろう。
 あわてて栄に走り、一日中ありとあらゆるCD屋を巡ってガブリエル時代のアルバムの紙ジャケ版を探し回った。しかし、哀しくも手に入ったのは「月影の騎士」だけ。そこで足で探すのはあきらめメーカーより在庫を取り寄せてもらうことにし、店員さんに問い合わせてもらった。そこで返ってきた答えは「初回限定生産なんで在庫がありません・・・」だった。少し考えて「普通のプラケースのアルバムで国内版生産停止になっていた数タイトルは手に入りますか?」と聞いてみた。ぼくの持っているアルバムの中で何枚か国内版を買いそびれた物があり、それらは輸入盤でしか持っていないからだ(輸入盤は歌詞も解説も付いていないのでキライ)。しかし返ってきた答えは「あいかわらず生産停止のままです・・・」だった。目の前が真っ赤になった、怒りで。
 ぼくはこれを書いている今でもとても怒っています、某レコード会社に対して。「良く売れるもの」だけを生産するのは営利団体として当然のことでしょう。しかし音楽業界において「良く売れるもの」だけを作り「ほとんど売れないもの」を全く生産しないことは明らかに誤っている! なぜなら「音楽」は「芸術」であり、レコード会社にはそれを養護し後世に伝える義務があるからだ! ある作品を鑑賞したいと思った人がたった一人でもいれば、その人にその作品を提供するのが「芸術を養護し、伝える」こととちゃうか? それは「ほとんど売れない物」はちょっとずつ生産し、ほんのわずかの在庫を維持しておくだけで達成されるのと違いますか?
 大勢の人が好きな物が「すばらしい芸術」で少数の人が好きなものは「おそまつな芸術」とでもいうのか? それは無個性な全体主義であり、「右向け、右!」と言われたらついつい左を向いてしまうぼくにはとても耐えられません。クラシックのアルバムは「売れる物」「売れない物」の両方を作っている、だからレコード会社は「芸術」を守っているだろうって? クラシックは「芸術」でロックは「金儲けの手段」なのか? そんな馬鹿なことがあってたまるか! ロックもビートルズ以降立派に「芸術」だっ!
 ぼくはここに誓います。80年代以降顕著な「レコード会社による好みの押し付け」に対抗し、「ほぉらこのアルバムはいいアルバムだぞぉ。みんな聞け!」と言わんばかりに店頭に山積みされているCDには見向きせず、本当に自分が欲しいCDだけを徹底的に探して必ず手に入れることを。さらに「ロックを単なる金儲けの手段に陥れたレコード会社」に対抗し、「芸術としてのロック」を守り後世に伝えることを。
注:だいぶ調子に乗って書きました。「それは違うだろう!」と思われる方もいらっしゃるでしょうが、あまり深くとらえないで軽く流してくださいネ。ただぼくの考えを述べただけですんで。世の中にはいろんな考え方があって当前ですし、ぼくも自分の考えが「正しい」なんて思ったことは今まで一度もありませんから。

1999.6.19

 今週はやぼ用で(?)大阪にいる。今夜には難波で大事なイベントがあり、その緊張をほぐすため地に着かぬ足でアメリカ村に出かけた。そしてタワー・レコードにて掘り出し物の獲物を思わずゲットしたのである。
 ゲットした四つの獲物はすべて紙ジャケ版。ELPの「エマーソン・レイク・アンド・パーマー」「トリロジー」、ジェネシスの「静寂の嵐」「インビジブル・タッチ」だ。ELPは二作とも若かりし頃に普通のCDを買った物なので特に感想は省く。
 そしてジェネシスの二作だが「静寂の嵐」は1976年度作品、「インビジブル・タッチ」は1986年度作品と、この二作の間にはちょうど十年の歳月がある。前作が未だガブリエル時代の叙情性を匂わせるプログレ作品であるのに対し、後作は強烈な80年代ポップ作品であり、この二つのアルバムが同じバンドの作品であるとはとても信じがたい。
 この二つのアルバムを例に音楽界における70年代サウンドと80年代サウンドの違いを考察してみた。まず音において明らかに70年代の方が音の数が少なく、電子楽器の割合も低い。それだけにちょっと変わった音に出くわした時に「この音はどんな楽器で出しているんだろう?どうやって音を出しているんだろう?」と想像が膨らむ。夢が膨らむのである。一方80年代においては電子楽器の進歩により、変わった音に出くわしても「あー、どうせシンセの打ち込みかなんかを使ってるんでしょ、はいはい」とそれ以上に想像が膨らまないのである。
 次に実際の曲について考察する。70年代のアルバムにおいてメロディーは流動的で次々に変化し、いつのまにやら次の曲へと受け継がれていく。そこには聞いている者をも取り込む「物語」が存在するのである。ところが80年代のメロディーは基本的にちょっと格好いいフレーズの「繰り返し」であり、アルバムにおける曲と曲とのつながりも薄い。「ぶつ切り」なのである。
 ここまで書くとぼくが「インビジブル・タッチ」よりも「静寂の嵐」の方を強く推しているように皆さんには見受けられるであろうが、実際は大違いである。どちらのアルバムも文句無しに良い。「静寂の嵐」は「美しく」て「はかない」。さらに口惜しいかな「インビジブル・タッチ」はすごく「格好いい」のである。今まで80年代ジェネシスは毛嫌いしていたのだが、彼らが70年代には得られることのなかった「スーパー・バンド」という名声を、80年代に入ってやっと獲得しただけのことはある、と思い知らされた。
 以上なんだか今回は文体が硬くなってしまったが、今夜の合コンに対するぼくの緊張具合を皆さんにわかってもらえたら幸いである。

1999.5.26

 今日は出張(?)で岡崎に行った帰りに、金山駅そばの小さいCD屋に寄った。昔ずっと金山でバイトしてた頃はちょくちょく来ていたのだが、大量にCDを持っている今の僕にとってはそこらのCD屋では品数が少なくて、買いたい物がなかなか見つからない。でもせっかく来たのでどうしても新しいCDが欲しくなり、一時間半ほど粘ったあげくシド・バレットの「帽子が笑う・・・不気味に」とロキシー・ミュージックの「サイレン(セイレーン?)」、イエスの紙ジャケ版「海洋地形学の物語」(またまた既に持ってる物を買ってしまった・・・)を買った。
 「シドのこの作品はすでに奇行のためにピンクフロイドを脱退したあとのソロ・デビュー作であり、彼はこの次のセカンドアルバム以降精神上の理由で姿を消してしまうこととなる」といったような事情を先に知っているためか、シドの曲や歌声が非常に不気味に聞こえてしまった。まあ、普通に聞けばちょっとサイケな60年代サウンドなんだろうけど。ロキシーのアルバムは相変わらずブライアン・フェリーの歌声が変態っぽくて、全体的にエロ度の高い作品でした。
 話は変わりますが、名古屋にはサッポロビール直営の「浩養園」というビヤガーデンがあります。そこにこの前、24時間の間に二回行ってしまいました。最初は土曜日の四時ぐらいから屋内でビールとジンギスカンの飲み放題、食べ放題をたんのうし、そのあと大きなお腹を抱えて町をふらふらと飲み歩き結局夜中に先生の家に泊めてもらいました。そして次の日の朝、喫茶店でコーヒーを飲んだあとパチンコに行き、連れのうちの一人が勝ったのでその金でスーパー・銭湯に行って塩サウナでさっぱりしたあと、またふらふらと振り出しの「浩養園」に行ってしまいました(日曜のお昼過ぎぐらい)。その日はすがすがしい天気のいい日曜日で、オープン・テラスにそよぐ風や太陽の光にきらきら光るビールの黄金色を浴び、勢いよく噛んだときのパリッというシャウエッセンの音を聞きながら「あー、しあわせー。このままゆるゆると一生飲み歩いて死にたいー。」などと退廃的な快楽にどっぷり浸ってしまいました。ちょっと反省。でもたまにはそういうバカな飲み方もいいよね。

1999.5.12

 今日から日記を付けることにした。どんなことを書くかというと、その日にCDを買うに至った経緯、そのアルバムを選んだ理由や聞いてみた感想、そこで出くわしたおもしろい出来事などについてである。そう、その名も「C-Diary」だ。ちょっと照れくさい。
 今日は名駅のヤマギワに行った。延々二時間ぐらい悩んだあげくELPの「展覧会の絵」(紙ジャケ)とジェントル・ジャイアントの「インタビュー」、ピーター・ガブリエルの「SO」を買った。キンクスの「スリープ・ウォーカー」とシドバレットの「帽子が笑う・・・不気味に」はまた今度にしよう。
 ELPは先月「タルカス」も紙ジャケ版を買ってしまったので、昔に買ったプラケース版の「タルカス」と「展覧会の絵」がいらなくなってしまった。誰かにあげることにしよう。やはり紙ジャケはいい、芸術的である。さらに帯に書いてある当時の宣伝文句がおもしろい。「大上段に構えた斧が今振り下ろされる!」とか「怪物が今目を覚ます!」みたいなことが書いてあった日にゃ、手ぶらでCD屋を去れませんて。それにしても最近はやりの紙ジャケは憎い。昔一生懸命CD(普通のプラケース版)をそろえたのに、ぼくの心を再び揺らせてついついまた買わせてしまう。CD化する時に味気のないプラケースではなくて、最初から紙ジャケで出して欲しかった。
 ジェントル・ジャイアントの「インタビュー」はそれなりにG.G.らしくて良かった。次に問題の「SO」である。ピーター・ガブリエルの「I」から「III」までは昔にすんなり買ったのだけど、それ以降のガブリエルには今までなかなか手が出なかった。なぜかというとぼくは80年代以降の軽いポップサウンドが嫌いだからである。「III」が結構限界だった(決して悪いアルバムではないのだが)。「SO」を聞いた結果はやはり「軽い80年代だね」っていうかんじだった。でも「III」と同じく決して悪いアルバムではない(ガブリエルの声が御年を召してしわがれてしまっていたのが少し気になったが)。たぶんこれからも、悔しいけれどついつい棚から引っぱり出してきて聞いてしまうだろう。
 CD屋のレジで抽選券を渡された。どこそこの会場に行って下さいみたいなことを言われて行ってみると、くじ引きではなくてもれなく小さなケーキの箱をもらった。家に帰ってあけてみると大きなケーキが二個も入っていて「今日中に食べて下さい」っていわれたしなあ、と頑張って全部食べた。うー、苦しい。今日の収穫はCD三枚とケーキ二個。
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