素敵奏徒然不定記
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〜 三奈の徒然エッセイ 〜
三奈のエッセイです。
ある日ふと思ったことを気の向くままに書き綴る…
エッセイってそんなものだよね?
そういった意味でもかなり不定記になりそうな予感…。
どうぞ気長にお付き合い下さいませ。
(いつかエッセイ集になるかもよ?!)

索引

2000/04/07 執筆
「いじめ」
先日、テレビで「いじめ」を特集していました。
実際にいじめられた経験のある子が出て、その体験を語っていた。

たくさんの辛い言葉を言われつづけた子達はみんな下を向いたままで
「自分には生きる価値がない、と思った」とか
「本当に死んだ方がいいのでは、と考えた」とか
当時の思いつめた気持ちを吐き出すように語っていました。

小、中学生にとって、学校はその子の世界の全てだったりします。
そこで自分の存在を否定されることは、本当に苦しいよね。
世界中の人に責められてる気さえするでしょう。

学校なんて、当然行きたくなくなると思う。

そんな時って周りの人間には何ができるんでしょうね。

親の立場からすれば、
勉強はして欲しいだろうし、
家にいるだけじゃ解決にはならないって思うだろうし。
本人の言う「いじめ」を本当に理解していないなら
「学校に行きなさい」って言ってしまうんでしょうか。

でも、学校に行く事で解決するいじめなんて、あるのかなぁ。

学校ってそもそも子供たちが社会で生きる為に
「集団での生活」の仕方を学ぶところでしょう?
それまで「家族」という小さな社会で生きて来た子供達に、
他人を理解し、信頼関係を築き、一般社会の中で
生活できるような準備をする場所が学校だよね。

その学校で、人間不信になっているのに
なおも行く必要などない感じがするんだけど。私だけ?

まあ、学校の定義なんていうのは置いておいたとして、
「頑張れ」とか「学校へ行け」とかっていう言葉自体、
いじめられて不登校になってる子にとっては
とても辛いんじゃないかな。って思うんです。

いじめを受けて一番辛いのは当然本人。
「頑張れ」なんて言葉、すごく無神経で無責任な風にしか
届かないと思うな。

「自分の気持ちをわかってくれてない」と心を閉ざすだけだよね。

どんなアドバイスより、

とことん自分の話を聞いてくれる人、
100%信頼しきれる人、
自分を絶対に裏切らないと確信できる人、

そんな存在が必要なのではないでしょうか。

私が見ていた番組、
最初は、いじめ経験のあるその子達は表情も硬くて
ゲストたちに何かを尋ねられたり励ましの言葉をもらっても
反応が薄かったんです。
でも、その番組の収録現場にいる人達が自分の味方だと知った時、
彼女たちは、とても素敵な笑顔を見せたんですよ。

そういうものだよね。

人間っていうのは一人では生きていけなくて、
自分の存在を他人に認めてもらえないのはつらいですよね。

いじめられている子達はそこで苦悩してると思うんですよ。

ところが、実はいじめてる側も、
自分の存在を認識するためにいじめ行為をしているらしいんです。

誰かをいじめて、自分よりも弱い人間を作る事で
自分の存在意義を確認しようとする。

「自分は駄目人間じゃないんだ。」
「世の中に必要とされる人間なんだ。」
「生きていていいんだ。」
…そんな感じなんだろうか。

こちらもカウンセリングが必要だ、と
あるカウンセリングの先生が言ってました。

確かにいじめる子達の心の中にも何か傷があるのかも知れない。
でもさ、いじめられる側に非があるなんてことは決してないよね。

この番組を見た直後、
私はいじめに関する、特に掲示板の充実したHPを見てみたんですよ。
その掲示板にね、いじめられてる人に対して
こんなコメントが書いてあった。
「自分の事ばかり考えてないで、人の為になにかしなさい。
人に支えられる事を期待してるのではなくて、
見返りを求めず、他人に奉仕しなさい。」
みたいなかんじだった。

その書込をした人は自覚してるか分からないけど(多分してない)、
それは結局は自分の存在を
人に奉仕する事によって確認するという事だよね。

めちゃめちゃ見返りを求めてるじゃーん。

つまりは、前述した「いじめっ子の心理」を
人に迷惑をかけないバージョンで実施しましょう。って事でしょ?

別にね、彼(か彼女か分からんけど)の言ってる事自体は
間違ってないと思うし、例え間違っててもその人の考えだし、
いいんですけど、その言い方(書き方?)がとげとげしくて。
なんだか、「いじめられてる奴が悪い!」って
言ってる感じだったんですよ。
それが、気に障ったの。
でも言ったらちょっとすっきりした。ふぅ。

いじめられている子、いじめている子に限らず
全ての人は自分の存在意義をさがしていると思う。

孤独を感じ、不安を抱いて生きている。

私は登校拒否になるほどのいじめは
幸いうけたことがないけど、不安は常に抱いているよ。やっぱ。

自分の生きている証。

存在する意味。

それを見つける為に
私は音楽をやっているのかもしれないなぁ。

みんなは何をしてますか。
2000/04/18 執筆
「意外」
私は、月に結構な数の雑誌を買うんですよ。
主にファッション誌。あとは、音楽関係かな。

あ、でも最近極端に減った。貯金をすることにしたから。
…の割に全然お金がたまらないのはナゼ?

まあ、それは置いておいて。

その日は私が毎月かかさず買ってる
洋服の雑誌の発売日だったの。
だから朝のうちにそれを買って、
昼休みに会社で読んでいたのね。

そうしたら、食堂に昼ご飯を食べに行ってた先輩が戻ってきて
雑誌をだまって覗き込んでいた末に「意外だ」って言い出した。

なんでも、私がそういう「おしゃれさんの本」を読むのは
意外らしい。

「服なんて着れればいいやぁって思ってるかんじじゃん。」ってね、
言われたのよ。言われてしまったのよ。

っかぁぁぁ〜〜〜!

なんか、はらたったね。わたしは。

そりゃ確かに会社では化粧も直さないし、
会社以外だって先輩とは「路上」で逢うくらいしか
ないから化粧もほとんどしてないし、
そんな時は服も汚れてもいいや、くらいなつもりで
行ってるけどさぁ。

そういう言い方はないんじゃないの!?

私からしたら、先輩も十分
「服なんて着れればいいやぁ」な人に見えるんですけど。

…て、どんなに言ってやろうかと思ったけど、
まあ大人になってですね、ぐっとこらえたワケですね。

でも、どうしても納得いかん!

女の人で(男性だってそうだろうけど)、
「おしゃれに無頓着だよね」っていわれて
嬉しい人はいるのかい!?

「化粧薄いね」は、嬉しいかも知れない。

しかし。

違うでしょう?それは。
言って良い事と悪い事があるでしょう?
そう思うのは自由だけどさあ、
思ってりゃいいじゃない。勝手に。

私だって、正直、先輩が
「コムサでスーツ買った」とか言った時「意外」って
思ったさ。
でも言わなかったさ。

だって、それは会社っていうほんの一部のその人しか
見てなくて、その中で私が勝手に作った枠での判断でしょう?

そこにおさまってないからって
「意外だ」なんて、失礼だしお門違いってもんだわ!

だいたい「意外」ってなんなのだ?
その人の行動パターンを自分の視点だけで分析して
そこから外れたら、「意外」?

そりゃ、おかしいでしょ。

あなたにあなた以外の人間の何が分かるっていうの?

もっと言えば、あなたは自分の行動さえも
すべて解析できるほどわかっていると言えますか!?
そして、その通りに生きてるのですか?

どんな突飛な行動だって
その人がやった瞬間に、それも含めて
「その人」なんです!

…はぁ、はぁ、はぁ。

…ふぅ。

興奮してしまいました。

あ、でも異性のその「意外さ」に惚れちゃう事って
あるよねぇ。
じゃあ、完全否定はできないね。(笑)
2000/05/01 執筆
「春の別れ」
すごく暖かい日です。
大きく開けた窓から太陽の香りのする風が入ってきます。

今日から5月。いい季節だね。
春は好き。なんだかわくわくする。

花が咲いて、
コートも脱いで、
軽いかんじで歩いてるでしょ。みんな。

春特有の霞んだ感じの空気も好き。

たくさんの変化があるのもこの季節だよね。
大学生になったり、社会人になったり、
出会いがたくさんある季節だよね。

でも、春は「お別れ」も多いのです。

この春、私の会社の同期の人(仮にMちゃん)が
会社を辞めちゃいました。

辞めた事はね、Mちゃんの出した結論だから
なんとも思わないんだけど、
やっぱり単純に寂しいです。

自分の席についてふと顔をあげた時に、
いままでそこにあった顔がないの。

おはようっていう相手が減ってしまった。

昨日の出来事を話す相手も、
私が髪を切った事に気付く人も。

もちろんMちゃんとは会社以外でもとっても仲良しなので
これからだってたくさん逢うんだけどね。

私たちの出会った場所は会社なわけで
その共通の思い出の場所から
Mちゃんがいなくなってしまった事はとても悲しかった。
…っていうか、悲しい。

先週の金曜、つまりMちゃんが会社にいた最後の日に
送別会をやって、
その帰りに私はMちゃんを車で駅まで送ったんだ。

電車まで時間があったので、
たわいもない事をちょっと話して、
時計の針が動いて、
「そろそろ電車来るね」なんて言って、
Mちゃんが車から降りた。

「またね〜」って言って別れて、
2人とも笑顔で、
Mちゃんの背中がちょっとずつ離れていって、
たまにMちゃんは振り返って手を振った。
私もぶんぶん手を振った。

Mちゃんが階段を上って、
足の先まで見えなくなって、
それでもしばらく見てた。

「あー、Mちゃんホントにいなくなっちゃったぁ…」

ってその時、「ふ」と実感して、
そしたら涙がさぁ、だぁだぁ出た。

止まらなくってね、歩道を歩く人に変な目で見られたから
少し恥ずかしくなって車を走らせたんだけど、
自宅に着くまで止まらなかった。

もう、途中から何を思って泣いてるのか
分からない感じだったよ。(笑)
なんか、どっかが壊れちゃったのかしら?

なんだろうね。別にすぐ会えるんですけど。

私は「お別れ」にとてももろい人間なんだな。

そして、何よりも
私の周りの人が、そのくらい良い人ばかりなんだと思う。

そう思っては、幸せを感じる私。
人前では絶対って言うほど泣かないけどね。

出会いばかりならいいのにな。

出会ったら必ずいつかお別れしなきゃならないんだな。
って考えると、
それだけで悲しくなってしまうもの。
2000/05/23 執筆
「孤独」
私はよく社交的に見られます。
就職活動の時も、営業や接客業に向いている、と
よく言われました。

それはそれでとてもありがたい評価なのですが、
「じゃあ営業をやろう」とか
「接客業に就こう」とかは全くといっていいほど
思いませんでした。

だって、向いてないと思うから。

他の人が私にこういった職種が向いている、と言う理由は
なんとなく分かります。
人事のプロの方がそう言ってくれたのだから、
やればある程度はこなせるかも知れない。

…でも。

「私」という人間は、本当はどんななのでしょうか。

見た感じはどうですか?

社交的で、
積極的で、
誰とでもすぐに打ち解ける。

それは、本当の私?

いやいや、別に二重人格なつもりはないんですけど。
大概はいつもべらべらお喋りで、
にこにこしてるんですけど。

でも心の中に常にね、
正反対の自分が存在してるわけですよね。

不安を抱えた自分。
誰かに甘えたい自分。
凹みやすい自分。(←これはいつも。)
じっとして、笑顔のひとつもこぼさない自分。

そんな自分を感じた時、
私はひどく孤独感に襲われます。

自分を分かってくれる人はいないんじゃないか。

弱い私を見たら、離れていく人がいるんじゃないか。

…っていうかんじで。

私は例えば今の10倍友達がいたとしても
孤独感を感じてしまう気がします。
私はいつも人の輪から外れているのではないかという
不安があります。

あとね、自分から誰かを「この人は親友です」って言えない。
自信がないの。
相手にもそう思ってもらえてるかっていうね。
否定されるのが恐くて、言えない。

それは私以外の人たちも持ってる感情なのでしょうか?
それに耐え切れない人たちが、
自殺をしたり、いじめをしたり、するのかなぁ。

自殺はしません。いじめもね。

でも、孤独感はとても強いです。

見た目がこういう性格なので、
強く見られがちなのよね。

「何を言ってもへこたれないだろう」とか、
「一人でもやれるだろう」とか。

これって結構辛いです。

私は思うんですけど、案外明るく振る舞っている人ほど
厚い殻をかぶっている気がするんです。

殻を被って、笑う事で自分を守ってる。

そうやって、自分で自分を見せないようにしてるくせに
孤独を感じるなんて、変な話なんですけどね。

さらに言うと、そうやって一見明るく見せてるが為に
余計に傷付けられたりもするんですけどね。

他に方法を知らないんだろうな。
家族にさえも偽ってる気がするもの。

誰かの前で自分の弱さを見せれる、
そんなふうにできたらずっと楽だと思うのに。
2000/06/22 執筆
「チャロ」
暗い家に私が帰ると誰もいないはずの廊下に電気がつく。
寝ぼけ眼でてくてくと歩いてきて出迎えてくれたのは、チャロ。
うちは最近センサーでつく電気に変えたので、
チャロが歩くとそれに反応して点灯するのです。

「チャロ」とは私の家に、もう13年いる猫の名前です。
毛並みは茶色、随分と体が大きくて、目も大きくて、しっぽが長い。
アメリカンショートヘアの血が混ざってる(と信じてる)雑種。

彼が若かりし頃にはうちの前に雌猫が来て、
甘い声で誘っていましたが、今ではそれもありません。

ご隠居です。

チャロは先述した通り、とても大きい目の持ち主で
それがチャームポイントでした。
「でした」というのは、チャロには片目がないのです。

もう、4〜5年前でしょうか。
チャロも今よりずっと元気に外を飛び歩いていた頃です。

夏の暑い日で、日の光は白くまっすぐ部屋に入ってきていました。
まだ朝だというのに、蝉が鳴いて暑さを強調します。
私も母も学校や会社に出かける用意に追われていました。

バタバタと家の中を歩いていると
ベランダに通じるすりガラスのドアの向こうに
チャロの姿が見えました。
数日前から出たまま帰ってこなかったチャロ。
きっとお腹が空いたのでしょう。

ドアを開けたのだけど、チャロはちょっと離れたところに
行ってしまってなかなか入ろうとしなかった。
私は電車に間に合うように身支度をしなくてはならないので、
後を母に任せました。

何分かして、家に入って来たチャロを見た母が小さく叫びました。
すぐ後に緊張した声で母が私を呼びました。
心臓が急にどきどきしました。
慌てて母の元に飛んでいきました。

そこには母がしゃがんでおり、
その向こうではチャロが餌を食べているようでした。
母の肩越しにチャロを見ようとすると母がとめました。

「見ない方がいいよ。チャロの目が潰れてる」

「え」

心臓はもっともっと早く鳴り始めました。
手の先が冷たくなっていきました。

私と母は学校や会社に電話をして、
チャロをすぐに病院へ連れていきました。

バスタオルでくるんで、
ダンボールに入れて、
私が抱えました。
母が運転しました。
車が大嫌いなチャロは「あおーんあおーん」と
大きな声で鳴き続けました。
私も母も泣きたかったですけど、
ダンボールをさすって、
とにかく急いで病院に向かいました。

病院の待合室で、
私は息をするのも忘れるほどに全身を緊張させていました。
すっかり冷たくなった両手をかたく握って
いらいらと、チャロの診察が終わるのを待ちました。

やがて診察室に私も招き入れられ、先生の話を聞きました。

他の猫との喧嘩でやられたらしいチャロの目は
この暑さの為に腐っており、
もう手術でもどうにもならない。という事でした。
「このままでは死んでしまう。」

摘出しかない、と。

その瞬間、大きくひとつ「どきん」と体が脈打って、
涙が出てきました。

もっとちゃんと世話をしていれば、
毎日ちゃんと部屋に入れてあげていれば、
こんな事にはならなかったかもしれない。

今まで飼い猫で片目猫なんて見た事がありません。
余計に悲しくなりました。

チャロはそのまま入院。

取り敢えず大学に行く為に乗った電車の中で
私は胸がぎゅうっとなって
それで絞り出されたような涙を
ずっと流しました。

チャロは私をうらむ事はないでしょうけど、
私は自分に対してとても責任を感じていました。

手術も終わり、看病のかいあってか
今では元気です。
最初は片目である事に慣れず、
壁などによくぶつかっていましたが、
今ではそんな事もなくなりました。

でも、この事をきっかけに
チャロが随分老け込んでしまった気がします。
家から出る回数も極端に減りました。

そんなチャロを見てると切なかったです。

たくさん季節が回りました。
私は人生の半分以上をチャロと過ごしてるんだなぁ。

網戸ごしに外を眺めるチャロ。
その背中をさすりながら
「長生きしないと駄目だからね」って言う私を
チャロはうるさそうに片目でちらっと見て、
すぐに視線を戻しました。

2人で見る空の色はもうすっかり夏。
またあの悲しい事を思い出してしまうけど、
ずっと仲良くしようね。チャロじいさん。
2000/08/04 執筆
「置いて行かれたもの」
私は学生の頃、販売促進のバイトをしてました。
ほら、スーパーとかでビールなんかの試飲させてくれる
お姉ちゃんいるでしょう?あれですね。

まだそのバイトを始めたばかりの頃だったか、
シーチキンの商品を扱ったんですね。

シーチキン缶が5つくらいひとまとめになってて、
それを買うと魚の形をした風船をプレゼント。っていう企画。
「買う」っていっても、
私はレジのとなりでこの仕事をやっていたわけではないんで、
「買ってくれようとしたら」ってかんじだったんだけど。

週末にやって子供連れの家族をターゲットにするわけですね。

たいして大きな声を出したりしなくても、
風船を膨らませるガスボンベの音に子供が振り向いて、
「風船欲しい〜〜!」って親にせがんで、
親は「まあ缶詰なら痛むものでもないし、買い置きしておこう」と
商品を買ってくれて、
それと引き換えに風船を渡す。

子供やお母さんたちとも交流をもてたりして、
長時間の立ち仕事である事以外は
結構楽しくやってたのです。

でも、午後になってしばらく経った頃、
スーパーの人がシーチキンの缶を持ってこちらにやってきた。

「あれ?それは…?」と聞く私にスーパーの人は、
それを私の前に詰まれた缶の山の中に戻しながら
「違う商品の棚に置いてっちゃった人がいたのね」と
言いました。

驚きました。

風船欲しさに人(この場合私やお店の人たち)を
だました誰かがいるという事です。

自分の子供の目の前で。

目の前で人をだます母を見て、
平気で商品を別の棚に置いて知らんぷりの母を見て、
「風船もらえて良かったねー」などど笑う母を見て、
子供は何を感じるのでしょう。

とても悲しくなりました。
もしかしたら言葉や笑顔を交わしたかもしれない人に
だまされたという事も辛かったけど、
そんな姿を子供に見せてしまえる親ってなんなんだ、と
思うと空しささえ感じました。

残念な事にそうやって缶を店のあちらこちらに置いて行く人は
その後も続きました。

私自身も、雑貨の棚に置かれたシーチキン缶を見かけました。

奇麗に陳列された洗面器やらの中にぽつんと置かれた缶。
そこに置いて行かれたものは、ホントに缶だけだったのかな。
2000/08/16 執筆
「チャロ日記」
これは、チャロが入院した時からつけていた日記です。
毎日はつけていないし、時間をかけてつけたものなので
文体が一致していなかったり
感情に統一性がなかったりして読みにくいかもしれません。
でも、チャロが確かに居た事を残したかった。

本当はこの日記が完結しない事を祈っていたのに。


6/29(木)
帰宅した私をここ数日ではめずらしくチャロが出迎える。
彼の顔の半分が見て分かるほどに腫れている事にその時気付く。
夜中だったため、しばらく様子を見ていたが、
朝病院に連れて行く事にする。

6/30(金)
9:00。会社を午前中休み、病院に連れて行く。
年齢の為、歯が弱くなり、根っこが炎症を起こしている模様。
食欲のない事もあり、体力が手術に耐えられるほどに回復するまで
薬を投与するとの事。
血液による精密検査を依頼。
通院と言う事なのでチャロを連れて家に戻る。
11:30過ぎに病院から電話がくる。
精密検査の結果、腎不全である事が判明。
既に腎臓の75%以上が機能していないらしい。
「このままではあと2週間の命でしたよ」と言われ、悲しくなる。
即、入院。

7/1(土)
10:00前。チャロの様子を見に行く。
箱の中、端っこにじっとして動かないチャロ。
他の動物もいたから恐かったこともあるだろうが、
元気がない。
顔の腫れは昨日よりも大きくなっている。不安。
左手に点滴を打たれている。
なでてもごろごろ言わない。
15分ほどいたと思うが、この間、体制はほとんど変えなかった。
餌は多少食べたらしい。おしっこも出ているとの事。

7/2(日)
10:00。チャロの様子を見に行く。
昨日よりも箱の手前側で座っているチャロ。
顔の腫れ物が消えている。
自然に爆ぜたらしい。
よく見ると、確かに頬に小さな穴が開いている。
人工的に穴を開けて処理すると炎症を起こす可能性が
あるということで、これはいい事なのだと先生がいう。
点滴をしていない。
本人が嫌がって、自力で取ってしまったらしい。
それ自体は困った行動であるが、
点滴を取るほどの元気が戻ったのかと思うと
ちょっと嬉しい。
喉をなでるとごろごろ言った。
体制も15分強の間に数回変えた。
帰る時には相変わらずさみしそうに見る。

7/4(火)
チャロの血液検査。
結果、値が取り敢えず測定可能なところまで落ち着いてきた。
嬉しい。どきどきした。

7/8(土)
10時前に病院を訪れる。
チャロは元気がなく、だらだらと寝ているかんじ。
心配になる。看護婦さんに聞いてみると午前中はいつも
こんなかんじだ、という事だったので、ちょっと安心。

7/9(日)
LIVEの為、初めてお見舞いできず。1日気がかり。

7/10(月)
点滴による効果が出難くなってる。
ある程度までは血液検査の結果が良くなってきていたが、そこから
値が下がらなくなってしまってる。

腎臓の機能が低下しているため、
血液を作りなさいという命令が出されず、
チャロは貧血状態に。
入院直後には少し戻った食欲も、
今ではその7割くらいの食欲にまで落ち込んでいるとの事。

体重は入院時の5Kgから4.5Kgまで落ちた。
人間でいったら5Kgくらいは落ちた事になる。
元気だった頃は6.5Kgもあった事を考えると
その痩せように涙がでます。
きっと、今チャロを覆う毛をすべて剃ったら、
その体の細さに、私は号泣すると思う。

…あー。涙が出てしまいました。


(この頃、チャロの体力を考えると
手術が不可能である事を知らされる。)


7/23(日)
久々に逢う。チャロ輸血。

7/24(月)
輸血のせいか、飛躍的に元気になっていた。
私と母がそろってるのを見て、遠くから大声でなく。
点滴装置と檻を借りて一時帰宅。つまり、退院。

7/25(火)
朝起きると夕べの餌を完食していた。
水もほとんどない。
夜通し鳴いていたようなのでお腹が減ったのだろう。
この日の夜は私が起きている間に餌を完食。
お代わりもした。すごい!

7/27(木)
朝点滴を外してしまったので、母が慌てて病院へ。
点滴は外す事となり、はれて自由の身になった。
貧血用の薬が増えると餌を食べなくなった。
私が帰宅して居間に行くとチャロも現れた。
私の席の傍に来て寝ている。かわいい。

7/28(金)
朝は貧血用の薬を混ぜずに餌をやると完食した。
夜は貧血用の薬を混ぜた為、やはり食べない。

7/29(土)
朝ご飯を食べさせようとすると嘔吐。
先生に電話をして午前中に病院へ。体重4.4Kg。
注射を打ってもらう。
餌を食べる事が何よりも重要、と先生に言われる。

(猫の餌を食べなくなり、母が刺し身やいかの薫製などを
買ってくるようになる。
いかの薫製を私がかみ砕いて差し出すと喜んで食べる。

この頃から少しずつ居間に姿を現さなくなる。
別の部屋(チャロ部屋)にじっとしている時間が増える。)

8/6(日)
母が病院に連れていく。
注射を打ってもらった事で、多少元気になる。
なくなっていた食欲も歯の痛み止めを打ってもらったせいか
少し戻る。
釜揚げじらすをたくさん食べた。贅沢思考。(笑)

8/8(火)
チャロはぐったりしている。
最近は食欲もなく、水のにおいをかいだだけで
吐き気をもよおしている。
手も細く細くなってしまって、痛々しい。
病院で輸血してもらい、命を繋ぎ苦しみを長引かせるのと
家で静かに休ませてあげるのと
チャロは一体どちらを望んでいるのか。
一言でも、心の声を聞かせて欲しい。
チャロがいなくなったら、私はぐにゃぐにゃになってしまうよ。

8/11(金)
日付が変わる頃に帰宅する。
相変わらずチャロ部屋とよばれる小さい部屋に
チャロは寝ていた。
手足を引っ込めて丸くなっていた。
私が「ただいま、チャロ」といって背中をなでると
ごろん、と横に転がった。

8/12(土)
体を伸ばして寝たまま、あまり動かないでいるチャロ。
朝、母と話して病院にはこれ以上連れていかない事を決める。
病院が嫌いなチャロ。
先日母が病院に行く為に車に乗せると
おしっこをもらしてしまったらしい。
それほどまでに嫌がるチャロを無理に病院に連れていって
恐い思いをさせて命を長らえる事に意味があるのか。
チャロの居たい場所にいさせてやりたい。
家族の決断だった。

この日は素敵奏のTV、ラジオの収録があり、静岡に行く。
ラジオ収録が終った後(21時くらい)スタジオを出ると
携帯に留守電が入っていた。
母から「チャロ危篤」の知らせだった。
虫の息であるという。吐血もしているらしい。
打ち上げの食事は急遽断り、自宅へ急ぐ。

チャロは目をうっすらと開け、
視線を動かす力も残っていないようだった。
横になって手足を伸ばし、ぐったりとしていた。
息も浅い。
口の周りに血がついていた。
拭こうとするとそれだけで吐き気をもよおすらしく、
母もそのままにしてあるようだった。
声をかけるとしっぽで反応してくれた。
苦しいだろうに。

8/13(日)
朝。
チャロは何度か吐血。
ぐったりして動く力もないのに、吐く時には思わず体をおこす。
それほど苦しいのだろう。
母は安楽死について私に話した。
私ももちろん頭をよぎっていた言葉ではあったが、
母の言葉に返事ができなかった。
ただ、うつむいて聞いているだけだった。

今日は素敵奏の路上LIVEの撮影の日。
でもなかなかチャロの傍から離れられない。
私が声をかければ一生懸命に反応するしっぽ。
長いしっぽがぱたん、ぱたんと振れる。
チャロが生きているかどうかを知らせるのは
もう、呼吸で動くお腹と
呼びかけに必死に答えるしっぽだけだった。
私がスーパーにチャロの為に
食べものなどを買いに行こうと
玄関のドアを開けた時にチャロが再び吐血。
チャロが「傍に居て欲しい」と言っているようだった。

母が出かける時間が過ぎている私を気遣い、
「これ以上チャロが吐血をするようだったら
お母さんがお医者さんを呼んで、楽にしてもらうから、
いってらっしゃい」と言った。
浅くて早い息。呼吸も口でしている。
私が帰るまでチャロが吐血をしないで待ってる可能性は
ないに等しかった。
私は、目の前の苦しそうなチャロを見て母に言った。
「先生を、今、呼ぼう」

母は先生に電話。泣きながらだった。
「これ以上見ているのが辛い」と。

しばらくすると先生と看護婦さんが来てくれた。
チャロの様子を見たり、私たちに聞いたりした後先生は
楽にしてあげましょう、と言った。
「処理をしますので」という先生の言葉で
私と母はチャロ部屋を出た。
5分したかどうかくらいの13時半、
再び呼ばれた母と私。
先生の傍に寝ているチャロが居た。

目は閉じられ、口も鼻も奇麗に拭いてもらって
とても安らかに、ただ寝ているようにチャロが居た。

でも。
お腹は動かなかった。少しも。
呼んでもしっぽは振れなかった。

しっぽを触られるのが嫌いだったチャロなのに
しっぽを持ち上げても抵抗しなかった。
置いた場所にだらりと垂れるだけだった。

「チャロ」と呼んでも、呼んでも。

チャロの体を撫でては泣いた。
覆い被さるようにして泣いた。
声を上げて泣いた。

悲しいという言葉以外に見つからない感情。
たくさんのチャロの姿が浮かんで、涙になる。

手のひらにも乗ってしまうほど小さかったチャロが
うちにやってきたのは私が小5の春。

一度トイレの場所を教えるとちゃんとそこでおしっこをする
利口な猫だった。
猫ずわりができなくて、壁によりかかって
パンダのような恰好で座ったチャロ。
頑固で、自分の意見を通すまで鳴き続けたチャロ。
朝は私と共に起きて一緒に顔を洗った。
トイレに入るとドアの前で待ってて、
私が扉を開けるとぶつかった事も何度もあったね。
お風呂からあがると一生懸命足をなめてくれた事もあったなあ。

猫なのにまたたびに興味の無いチャロ。
カルカンが好き。
毛をすいてもらうのが好き。
私の部屋が好き。
私のバッグや座布団も好きで、毛だらけにしちゃったよね。
若い頃には網戸によじ登ったり、
こたつの線を切っちゃったり、
なかなかやんちゃだった。
掃除機が嫌いで、知らない人も苦手。
お風呂も嫌いだった。

体が弱くて、我慢強くて、
たくさんの治療に頑張って耐えてきたチャロ。

胆石ができた時も、
目がひとつになっちゃった時も、
そして今回も。

本当に頑張ったね。
私たちの応援に応じるように一生懸命に
病気と闘ったね。えらかったね。

チャロは赤いバスタオルに寝かせてあげました。
チャロは赤が似合うから。
箱に入れちゃうのがかわいそうで、
大きくゆっくり寝かせてあげました。

体を持ち上げた時、体温がとても低くなってました。
こんなにも体温が低下してたのか。と
悲しくなりました。

私は静岡で予定通りに歌いました。
一部の友人や相方はチャロに何が起きたのか
知っていたので、それが逆に救いだったな。

自宅に帰るとチャロがかたくなっていて、また涙が出た。
冷たくなった頬。
黄色くなった肉球。
母がお線香と餌、水をあげてくれていた。
私はチャロと一緒に1階の部屋に寝た。

8/14(月)
先生や母の話によると富士宮では
動物を火葬してくれるらしい。慰霊碑もあるそうだ。
しかし火葬するためには
市役所で許可証をもらう必要があった。
そこで、午前中、チャロとともに市役所に向かう。
すると「今日の予約はいっぱいなので明日以降にお願いします」と
言われた。
明日の9時の許可書をもらい、家に帰る。
チャロはもう一晩うちに居たかったのだろう。
もしかすると具合が悪くなって上がれなくなった2階にある
私の部屋に行きたかったのかもしれない。
今日は私の部屋に一緒に寝る事にした。
葬儀屋さんで母がドライアイスをもらってくれて
チャロの体を冷やした。

8/15(火)
雨。お盆でうちに来ている叔母や祖母が
チャロにお線香をあげてくれた。

朝9時に火葬場に行く。
人間が火葬されるのと同じ建物内に動物を火葬する場所があった。
正面の入り口から入り、
人間のものよりも随分小さい入り口から
箱が入れられた。
箱には
赤いバスタオルにくるまれたチャロのほかに
花と
私のフェイスタオル
(私の使っていたものを何か入れたかった)と
餌とが入っていた。

もっとたくさん入れたかったけど、
いざとなると何を入れていいか分からなかったし
燃えないものは入れられなかった。

鉄の扉が閉まって、おじさんがそれを固定した。

がらんとした火葬場にチャロの燃える音が
低く響いた。
私は突っ立って、鳴咽した。

20分もすると、チャロは骨さえも残らないように
なってしまうという事だった。

30分近く、そこに居た後、建物の後ろにある慰霊碑に
「チャロをよろしくお願いします」と挨拶して帰った。

チャロの毛並みも
チャロのにおいも
先っぽだけ内側に巻いた長いしっぽも
もう私の記憶にしかなくて
二度と、触れる事ができなくなってしまった。

今まで生きてきて、
こんなに悲しい事はなかった。

転校して埼玉から静岡にやってきた高橋家。
見知らぬ土地に来た私たち姉弟に
母は「欲しいものをひとつだけ言ってごらん」と
言った。「それは必ず叶えてあげる」と。
私は迷わず「猫」と答えた。
そうして我が家に来たのがチャロだった。

転校や、いじめや、受験や。
たくさんの辛い時にいつもチャロはいて、
そして私が社会人になった今、
役目を終えたように居なくなってしまった。

私の余命の半分をチャロにあげられたらいいのに。
と何度も思った。
チャロと話がしたい。

チャロ。
まだ今の私には「今までありがとう」なんて
言えないよ。
まだまだたくさん一緒にいたかったよ。

でもさ、最後に出会ってお世話をしてくれた
先生がとても優しい、いい先生で良かったね。
看護婦さんも一緒に泣いてくれたよ。
みんなに愛されてるんだよ。チャロ。良かったね。

チャロ。大好きだよ。
2000/12/08 執筆
「避けられない場所」
誰かが亡くなる。
芸能界の人とか、身内とか。

芸能人の人が亡くなると、TVで報道されますよね。
私はそういうのを見ると
特にやっぱり番組とかによく出てて、活躍ぶりを見てた人だったりすると
とてもとても胸が痛くなります。

それが、ファンとか、ファンじゃないとかに関わらず。

元気な姿が浮かんできて、

そして

死んだ時の病室の様子や、
息絶える瞬間の表情や、
やせ細ったり傷ついたりした体や、
伝えたかった気持ちや、
言えなかった言葉や、

そういうものを想像して
「死」の近さを感じて、頭がどうにかなりそうになるんです。

他人から見ると、逢った事もないような人の死にも
そこまで感傷的になる私は不思議なようです。
「ファンだったの?」なんて聞かれたりもします。

そうじゃないんだな。

故人の無念さを勝手に想像したりして、泣いてしまう事もありますが。
でもそれもファンだったから、とかではないなぁ。

すべての生き物に平等に、
そして突然に訪れる「死」を目の当たりにして
動揺してしまってるんだと思います。

私は小さい頃から「死ぬ事」を意識していたように思います。

いじめ
受験
就職
仕事
責任
結婚
出産
音楽

全てのものは、避けて通る事ができます。
逃げ出す事ができる。

でも、「死」は、どうにもならない。

どこまででも追いかけてくる。

死んだら、好きな人たちと話をする事もできない。
死んだら、新しい思い出も作れない。
死んだら、流行の音楽を聴く事もできない。
死んだら、服も雑誌も買えない。
死んだら、柔らかい猫の背中を撫でる事もできない。
死んだら、良い天気だったり雨だったり、季節の移り変わりも感じれない。

その後の世界に何一つ触れられなくなってしまうのです。
私は過去になっていくのです。
みんなから忘れられる事はあっても、出会う事はなくなってしまうのです。

こわい。

死ぬのは、こわいです。

私の知らない世界が続いていく事。
私がいなくても変わらない世界。
みんなに忘れられてしまう事。
「良い人だった」で片づけられてしまう私の人生。

こんなに恐ろしい「死」を迎える為に私は生まれてきたのだろうか。
死ぬ為に生まれたんだろうか。
だったら生まれなくてもいいじゃん。
死んでも世の中になんの支障もないような人生を送るのなら。

そう考えて、とても焦ったりもする。
「何かしなきゃ」って。
世界をたった1ミリでも動かして死ななくちゃって。

死んだらどうなるんでしょう。

病気と闘って亡くなって行ったあの人は。
自殺してしまったあの人は。
家族を残していかざるをえなかったあの人は。

どんな気持ちだったのか。
今、どうしてるのか。

先にその場所を通った人の顔が浮かびます。
その人との思い出も。

経験した人とは、もう話せないし、
自分が経験した時にはもう遅い。


「死」は、人間の力ではどうにもできない事もこわい。

死んでしまったものに対して、
私は何もしてあげれない。

生き返らせる事は絶対にできないんですよね。

当たり前なんだけど、これってかなり絶望的な気持ちになります。

名誉や地位やお金や力や
どんなものをつかっても、どんなに頭をつかっても
何もできないんです。

気がおかしくなる。

割れるほどに悩んでも、泣いても泣いても泣いても
解決策は浮かばないなんて。

命を分け与える事も、

立場を変わってあげる事も、

痛みをもらう事も、

なんにもできない!

できない…!!!!!



みんなには死んで欲しくないです。ホントに。
私より、長生きしてください。
2001/08/01 執筆
「嫌い」
誰かを、嫌いたくないなぁ。と思う。

誰かを嫌いでいる事はとてもパワーがいるし、
誰かに逢うだけで不快になるような事はない方がいい。

でも、やっぱり誰かに激しく傷つけられた時
その人を憎いと思ってしまいそうになります。

傷ついて、悲しくて、悔しくて、腹ただしくなってきて。

でも、結局誰かを嫌いになりたくないので、
私の結論はいつも「すべてを捨てて逃げ出したい」というところに
行き着いてしまいます。
卑怯でしょうが。

音楽も、恋愛も、家族も友達も生活も要らない。
誰も私を知らない場所へ行きたい。
私ひとりが消えれば、万事うまく行くんだろうなぁ。などと
考えてしまうのです。
誰も、私を必要としてなんていないんじゃないか、とまで
思いつめたりするの。


私は弱いですね。


誰かを嫌いになりたくないのは、
自分に自信がないからなんでしょう。
誰かに嫌われたくないからなんでしょう。

人が、自分から離れていく事が何よりも恐いからなんでしょう。



こういう自分が大嫌い。
2001/09/13 執筆
「言葉=伝わる ならいいのにね」
言葉って難しい。
ないと困るけど、あると面倒が起きたりする。

私が知ってる言葉の数程度では、
心をキレイさっぱりとあの人に伝える事なんてできないし。
言葉にした瞬間に、どこか心とはズレてるし。
例え世界に溢れる言葉の全てを知っていたとしても
だからと言って本当に伝えたいと思うか、と言うとそうでもないし。

伝えたい気持ちと、
カッコつけたい気持ちと、
あの人の立場を考慮しちゃう気持ちと、
本音と、
建前と。

いろいろごちゃごちゃ。
そういう迷ってる部分さえも本来は私の気持ちなんだから
それも含めて伝えられちゃえばいいのかもですけど。

でもさ、それって言った本人は肩の荷が下りて楽かもしれないけど
聴かされた相手にとってはかなりヘビーなんじゃないかな。


思ってるだけでいい事と、ちゃんと言葉にしなくてはならない事。
このバランスはとても難しい。
この選択を間違えると、
大変な結果を招く事もあると思う。

喋り過ぎた事で、相手の負担を大きくしてしまったり、束縛してしまったり。
伝えない事で、相手の不安を大きくしてしまったり、心が離れたり。


今の私はといえば、恐くて言葉が立ち止まっている。
誰かに伝える事が恐いんじゃない。
…それもちょっとはあるけどさ。
それよりも、その言葉を自分も聞かなくてはいけない事が。

自分の中の迷い。あやふやな心。

言葉にすると、「言葉」という形にしてしまうと、
心がはっきりとした輪郭を持ってしまって
気持ちもそれに引きずられてしまう気がする。

自分の言葉に、自分の心がハッとしてしまうんだ。

それは恐いな。

ああ。勇気のないことだ。
2001/09/28 執筆
「所詮」
所詮、人の気持ちなんて分からないんだよな。

人の相談を受けて、非常に正しい意見しか出てこない時、特にそう思う。

人間は、どんなにたくさんの本を読んでも
TVや新聞でたくさんの情報を手に入れても
やっぱり自分の経験した世界でものを見てしまう。

そう、経験がすべてなんだ。

その人の抱える痛みや苦悩を、一緒に感じてあげられるのは
同じ経験をした人だけだと思う。

正しい意見は誰でも知ってる。
咎められない考えもみんな分かってる。

でも、道徳や理性ではどうにもできない感情もあるものだ。
例えば、恋愛。

「浮気する事は悪い」

それは誰でも分かってる。

「浮気するような彼氏とは別れるのが正しい」

その通り。

私もそう思って来たし、もちろん今でもそう思う。

昔、友達に恋人の浮気について相談された時、
それについて悩んでいる彼女が、私には理解できなかった。

浮気されてまで一緒にいるだけの価値がある相手なのか?
悩むくらいなら別れればいいし、
それが彼女にとって一番幸せである事も分かってるのに。

もちろん私はこの考えをそのまま彼女に伝えた。
彼女は「うん。」と肯いたけど、別れる気はないようだった。
そういう彼女を見て、私はイライラしたものだ。

しかし、時が経って自分も彼女と同じ経験をした。
同じ立場になってものを考える機会ができた。

浮気が正しくない事はもちろん分かっているんだけど、
それだけでは片づけられない、
それだけではどうにもならない感情があるんだ。と知った。

それ以来、私の意見は変わった。

いや、方針は変わらない。
やっぱり浮気は許せないし、いけない事だ。
そういう相手とは別れたほうがいい。
だけど、それに加えて、
そう分かっていても一緒にいたい、と思ってしまう、
そんな複雑な気持ちを「そうだよね。辛いよね。」と
理解してあげる事ができるようになった。
決してうわべだけの”分かったような口”ではなく、だ。

人は悩んでる時、誰かに自分の想いが間違っていない事を
認めて欲しいんだと思う。
誰かに「それでいいんだよ。そういう時もあるんだよ」と
言って欲しいんだ。

それができるのは、同じ経験を持つ人だけ。
同じ言葉をかけたとしても、重みが違う。伝わるものが違う。

いじめやいじめられた経験のない人間が教師。
障害者と身近に接した経験のない人間が看護学校生。

志は立派だろう。
でも経験を持つ者には敵わない何か決定的なものがあるのだ。
残念ながら。

それは私自身が経験のない人間に傷つけられて来たから分かる。
まあ具体的な話はまたの機会に。

逆に、経験者によるたった一言にどれだけ救われたか。
ほっとして、涙が出た事か。

経験は財産だ。
大切にしよう。
2001/10/25 執筆
「暗闇散歩。」
暗闇を歩く。

水の音。木々の黒い輪郭。空はぼんやりと明るく。
星が綺麗。
音もなく光って消えてまた現れる。

見上げていると自分の足元はとても不確かでよろけてしまう。
ちゃんと立ってないと、吸い込まれそう。

お互いの姿さえ見えない漆黒の中で
冷たい手のあなたと、あったかい手の私が手を繋いで
それだけが頼りで

きっとあの瞬間、私たちしか居なかった。
2001/11/05 執筆
「心のままに」
長く生きていればそれだけ経験は増えていって、
物事に対して答えはひとつでない事を学ぶ。
答えを出さずにいる、という答えもある事を知る。

他人から見たら、それは
いい加減で自分勝手で理解不可能な結論かも知れないけれど

「自分も彼女の立場だったら、
上手にひとつの答えを出す事なんてできない」

と考えると、
何も言えなくなるし、
苦悩しているであろう彼女の心を受け止めたいと思う。

しかし、それだけの事をするなら
それだけの覚悟はして欲しい。

複数の人とお付き合いしたり、
逆に複数の恋人がいるような人とお付き合いしたり。

それは、オッケーとは言えないけれど
そういう結論しか出せない事もあるんじゃないかと思える。

相手を本当に好きならね。



そう。

本気で好きかどうか。



これはとても重要だと思います。

何故なら、こういう恋愛の場合、
必ず誰かが不幸になるから。
全員がハッピーエンドになるなんてありえないから。

自分が将来必ず誰かを傷つける事になる。
それをちゃんと知らなくてはいけない。

誰かを傷つけてでも想いを遂げたい、と
いえるだけの強い気持ちがあるのか。

自分が傷つけばいい、とかね
いざとなったら自分は身を引く、とかね
そんな奇麗事を言えるくらいなら最初から一線は守りなさい。
本当は相手を好きで好きで仕方なくて、
でも私の手前カッコつけてるだけなら、
そんな報告はいらない。
表面しか言えないような関係なら、私も一緒に悩む事は無意味。
勝手にやってください。

今しかできない事はたくさんある。
世の中がどう言おうと、自分の心に正直に生きる事は大切だと思う。
でもそこには愛情を持っていてね。
そして覚悟を。
2001/11/12 執筆
「潤い」
テレビを見ていると、主婦が出てきて自慢の小技を披露していた。
「こうすると丸まったカレンダーが綺麗に伸びます」とか
「これを使うとコードの管理が楽です」とか。

確かにすごいし、見ていて感心するんだけど。

なんかね、そういう発見を日々の喜びにして生活してるのは
私には耐えられないなぁ。とか思った。

自分の発見を、
目をキラキラさせて私に語りかける主婦。
虚しささえ感じながら、それを冷ややかに見つめる私。

いや、そういう主婦を別に否定する気なんてないのです。
ただ私にはムリだな。と。
きっと逆にその人達にとっては
私の生活は、無謀で何も残らなくて刹那的としか思えないでしょう。

生きがいとか、生活を潤すものというのは
一人一人本当に異なるものなんだなぁ。
そしてそれは、他人にとっては
多分なんの価値もないものだったりするんだなぁ。

だから人の真似をして見つけられるものではないんだよね。

好きなものをちゃんと見つけられた人というのは
ラッキーなのかも。
そこに才能や能力があったら、最高だ。
2001/11/26 執筆
「嘘という罪」
人を疑う事をあまり知らない。

鈍感なだけかも知れないけれど。

その人の言う事を信じたいと思っているんだろうな。
自分は人の心を揺さぶるような嘘はつけないだろうから、
他の人も当然そうだろう、と思い込んでるところもあるのかもな。
自分が本気で接していたら、相手も本心でぶつかってくれる。
そういう気持ちでいるんだろうな。

だから、「誰が聞いても怪しい話」も
普通に信じてしまったりする。
私って騙されやすいかも。ちょっと心配だわ。


信じてしまっている反動で、
嘘をつかれていると知ったとき、
騙されたと感じたとき、
私は非常に動揺します。

悲しくなるし、
頭にくるし、
イライラして
なんでその人は私にそんな事をしたのだろう、と考えます。

もしかしたら誤解かも。
だとしたらあの人を信じられない私って最悪だ。
でも騙されていたのだとしたら。
あの人が平然と嘘をついていたのだとしたら。
私はなんてバカだったんだろう。
あの時「あれ?」と思ったのに、なんで気づかなかったんだろう。
何を以ってあの人を信頼できる人だ、としていたのだろう。

たくさんの感情が頭と心をびゅうびゅう駆け巡って
ぐしゃぐしゃにかき回して整理もできず、
しかしそんな嵐も少しずつおさまりますが、
結果、もうその人を信じられなくなります。

一度なくした信頼は、
それが誤解でない限り取り戻すのには相当時間がかかります。
というよりも、完全に取り戻す事なんてできないです。


嘘をつくにも理由があるのかな。
誰かを繋ぎとめたくてつく嘘もあるだろうけど、
それほど大切な人ならば騙すなんて真似はしないほうがいいよね。
いつかはバレるんだし、その時
真実よりも嘘をつかれた事の方が相手を傷つける事は
明らかなのだから。
2001/11/06 執筆
「タイミング」
時間の流れは一方にしか向いていなくて、
だから出逢う順番というのはとても重要だと思うの。
予想もしなかったハプニングや第三者の存在、行動。
それらも全て、時間の経過の中でどの順番で起きたのかは重要。

「もっと前に出逢っていたら」なんて、もうありえないのだから。

正直に言えば、そんな風に言ってくれることさえも
嬉しく感じるのだけど
ちょっと落ち着いてからあらためて考えると悲しくなってしまうのよ。

私たちの心には波があって、
とても逢いたかったり
ちょっと離れたくなったり
絶えず変化しているのだけど
二人の心の動きは常に平行してる気がするわ。

感情が重なって強く絆を結んだり、
双方の心が遠く離れて相手の存在が自然と消えていったり、
そういう事がないのね。

だからこそ諦められないのでしょうけど、
きっと、深く想い合って情熱的に愛し合うこともないと思うの。

私たちのタイミングは出逢った瞬間からずれていたのよ。
二人の間にこれまで起きた出来事の
どれかひとつでもタイミングが違っていたら結ばれていたでしょうに。

きっとこれからもずっと、いろんな事のタイミングは、ずれるわ。

誰かが意図的に私たちの時間を
そのように操作しているのだとしたら
もう、抗うことなんてできないのよ。
それが、運命なのね。
2002/05/10 執筆
「逃げ方」
私は今まで随分幸せに生きてきたんだろうと思う。

だから、
人間不信になりそうな時
どうしたらそのような方向にいかないで済むのか
わからない。
2002/05/16 執筆
「Commit;」
人は本心をまったく誰にも言わずに過ごす事はきっとできない。
複数の人に心の断片を少しずつ渡したり、
ノートの端っこに本心を書き連ねたり、
そうやって自分の居場所を確認するんだろう。
自分の心の存在を明確にするんだろう。

第三者に認められる事でしか、私たちの心は確定しない。
誰も知らない想いを抱えるのは、なんと辛く心もとない事であろう。