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「MUSIC LIFE 1978年4月号」(8/13)
部屋の片付けをしていたら、押し入れの奥の奥のそのまた奥の辺から「MUSIC LIFE」の1978年4月号が出てきました。
あれは確か、今から5年前。
19才の管理人はコージー・パウエル・フリークで、音源だけでは飽き足りず、古本屋でコージー・パウエルの載っている雑誌まで漁り出すというのめり込み様でした。
う〜ん、青春だ。
そして、そのころ買った一冊が、この「MUSIC LIFE」1978年4月号。
「あ〜、そういえば、こんなのも持ってたな〜」
と手に持ってみました。
表紙には「日本取材第2弾 コージー・パウエルにきく 車とミュージシャンの関係」の文字が。
「なるほど〜、昔の俺はコレ目当てで買ったんだな〜」
と中をパラパラめくってみると、衝撃の記事がゴロゴロ眠ってました。
それもそのはず。
1978年といえば、「ロック」という大きな括りのなかでそれぞれのバンドが自由にオリジナリティを発揮していた時代。
アイアン・メイデンはデビューしておらず(ゲッ!)、ジューダス・プリーストが「BRITISH STEEL」を出す前、つまり、「ヘヴィ・メタル」という概念が確立されていなかった時代なのです。
ちなみに、管理人うまれてません。
そう考えると、この「MUSIC LIFE」1978年4月号が持つ重要性が浮き彫りになってきます。
5年前の管理人は気づかなかったんですね。
レインボーとマイケル・シェンカーくらいしか興味がなくて、この雑誌を「時代」としてとらえることができてなかったんです。
今、この雑誌を見ると、この時代がもっていた空気を、想像ながらも感じることができます。
さーて、何からいじっていこうか。ネタが多すぎるんだよな〜。
では、いきなり、管理人が一番衝撃を受けた記事から御紹介。ひっくり返りそうになりました。
「チープ・トリック、初来日まで30日」
うぎゃー、まだ来てないのかよっ!!!
「AT BUDOKAN」の発売前、というか、録音すらされてない、1978年4月。
「AT BUDOKAN」が存在してない世界なんて、いくら雑誌で空気が伝わってくるとはいえ、管理人の想像をはるかに超えてます。
ということは、「あの」チープ・トリックが極東の小さな国でだけ売れていて、その国にすらまだ来てない時代。
…、ああ、眩暈がしてきた…。
とはいえ、来日前にして、すでに雑誌での扱われ方はかなり大きい、というか、来日を前に特別企画まで組まれている。
…、なんなんだ、この盛り上がり方は。
いや、そもそも、なんで初来日で武道館公演が実現したんだ?
キャラクターが立ってるのはわかる、「CHEAP TRICK」「IN COLOR」が素晴らしいアルバムだというのもわかる。
しかし、それは今だからわかるのであって、本国でも無名だったこの若者4人が、なんでいきなり武道館を埋められたんだ?
しかも、その1ヶ月後に待っていたのは、「あの」黄色い声援(というか、絶叫)である。
…、なんなんだ、この国は。
武道館公演をやってみて、一番びっくりしたのは当のバンド自身だった、という逸話がめちゃくちゃリアルにせまってくる記事です。
それにしても、恐るべし、ミーハー根性。
次に衝撃を受けた記事。
「恐怖の蠍団がやってくる」
ひえー、「TOKYO TAPES」公演前だー!
スコーピオンズ、久しぶりの来日が決まった2004年。
が、この当時は来日すらしていない。それに、メンバーが違う。この当時は、「あの」ウルリッヒ・ロート(そう、「ウルリッヒ」なんですよね)在籍時。
そのウリ・ジョン・ロートは、この公演以降来日せず、ようやく実現したのが3年前。(管理人、行きました!)
”Wind Of Change”も出してなけりゃ、「BLACKOUT」も出してないスコーピオンズ。
…、ああ、倒れそうだ。
そのほかにも、初来日(!)で武道館公演をおこなったELOのインタビュー、若々しい、というか、オーラがないQUEENやAEROSMITHなど、見た瞬間貧血をおこしそうな記事連発の「MUSIC
LIFE」1978年4月号。
管理人には刺激が強すぎました。鼻血でそう…。
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