めるとたうん バックナンバー


日々の思い

 

徹夜カラオケ>

長引いた風邪もようやく治まったので、その日の午後から自転車に乗ってちょっと長い散歩をした。

夕暮れ、日吉に辿り着く。日吉は慶応大学のキャンパスがあることで知られる街である。暇つぶしにと駅ビルに新しく出来たという大型電気店へ。インターネット体験コーナーがあったのでしばらく遊ぶ。しかしマックだったので操作しづらかった。ウインドウズに慣れてる人間にとっては同じパソコンといっても、もはや未知なる物体にしか思えない。

夜、日吉に住んでいる友達と落ち合い、駅前の人気ラーメン店に連れて行ってもらう。結構僕はラーメンには凝っているというか、おいしいラーメンには目がない。友達が言うにはその店は最近は人気が出すぎて行列が途絶えることはないそうである。案の定十五分ほど待つ。

その店のラーメンは期待どおりおいしかった。詳しく言うと家系の味。それにしても昨今のラーメンブームは大したものだなあと店の外に続く行列を見て思った。しかし家系のラーメン店のサービスの悪いこと。水すらもセルフサービスってのはどうかといつも思う。味に自信があるからその他の接客サービスはしないという方針なのかどうか知らないけど。

実は人気店でもそんなにおいしくないラーメンを出すという所は少なくないと思う。期待はずれの味で終わってしまったという経験が何度もある。あんまり行列の有無はおいしさとは直結しないものである。一度三人で行って三人ともが口を揃えておいしくなかったと言ったことがある。その店は今でも相変わらず人気店のままである。

ある評論家がこの味と人気のバランスが必ずしもイコールではない現象についてこう言ったそうだ。

「彼らはラーメンを食べに来ているのではなく、情報を食べに来ているだけなのだ」

おいしいという情報を耳にして、それを確認するために食事をする。そしてそれがおいしいと信じこんでしまう。彼らは自分ではおいしいという判断基準を持ち得ない。情報をそのまま鵜呑みにするだけだから。そして彼らは自分が判断基準を持っていないという事にすら気づいていないのである。これは料理だけではなく、全てのことにあてはまることだと思う。

夜になって、帰ろうかと思っていると外は雨。友達は何故かカラオケに行きたがる。徹夜カラオケ。さほど乗り気でもなかったが今まで一度も経験したことがないし、雨宿りも兼ねて、まあ一回くらいはやってみるかという気分になる。僕は初めてという言葉にとても弱い。限定という言葉にも弱い。

店に入って、部屋に案内された瞬間僕達は思わずのけぞった。

(な、なんだこの部屋は・・・!?)

扉を開けた瞬間、何とも言えない濃密な空気が部屋中を占めているのがわかった。これは、そう、煙草の匂いだ。それも一年や二年どころの話ではなく十年、二十年という長い期間をかけて熟成された匂いだ。壁の中から煙草の匂いが漂ってくるのではないかと思われる程だ。改めて煙草は毒なのだと実感した。煙草を吸う奴だってこの部屋にいたいとは思わないだろう。何ていうか、お金を払ってわざわざ牢屋に入れてもらったような不自然な感覚。この部屋に入るなら、逆にお金をもらわなくちゃ割に合わない。

全く、競争のない資本主義ってやつは最悪のシステムだと思った。

この街にはカラオケ店が二軒しかない。そしてこの街は学生街である。需要はあるのに選択の自由はない。こんな店しか知らない学生は幸せなのだろうか。やっぱり不幸なのだろうか。

そんなことを考えながら薄い壁を通して聞こえてくる隣の部屋の学生の歌声は素直に楽しそうだった。単に酔っ払ってるだけかもしれないけど。

朝になって家に帰ってすぐに煙草の匂いが染み付いた服を全部洗濯機の中にぶち込んだ。それから風呂に入って寝た。

早朝のさえざえとした空気が僕は好きだ。徹夜した朝も結構好きだ。
でも徹夜カラオケは好きじゃない。

初めての経験って重要だ。それが、その人の一生を決めるかもしれないからだ。
好きになるか、嫌いになるか。幸せか、不幸なのか。全ては紙一重。ほんのささやかな違い。

 

映画瓦版

日本最速の映画評ページを目指しているだけあって、さすがに早いです。見たい映画のチェックに使えると思います。

デパガのホンネ

デパガ(デパートの店員)をやっていた女性の方のHPです。現在はテレアポに転職してすぐ辞めたそうです。なんていうか非常にストレートな感じがしました。何もかもが。今時の女性というのかな。

 

 

<スタジオジブリ>

ドキュメンタリー番組を見るのが好きです。

そんなわけで、今日は五月に見たドキュメンタリー番組のお話をしようと思います。

スタジオジブリといえば、宮崎駿作品で有名な日本を代表するアニメーションスタジオ。現在は来夏公開予定の宮崎作品「千と千尋の神隠し」を制作中です。そもそも宮崎監督は前作「もののけ姫」が最後の作品となるはずだったのですが、高畑監督の「となりの山田君」が大方の予想通り、大コケ。スタジオジブリは赤字を抱え込むはめになってしまったので、仕方なく宮崎監督が新作アニメーション映画を作らなければいけない状況に陥ったようです(もちろん、そんな事情はTVでは言わないですけど)。まあファンとしては、何であれ新たな作品が見れるというのは嬉しいことです。

番組ではこの制作スタッフの姿を追っていきます。アニメーション映画は製作期間が一、二年はざらというほどの長いスパンで作られます。制作スタッフも、ベテランもいれば新人もいる。新人は練習なんてしている暇はありません。すぐに現場。すなわち映画制作に参加することになります。新人とはいえ、彼らは厳しい試験を突破して、その才能を認められた人材。彼らにも早速仕事が与えられます。一人数秒というわずかなシーン。セルガにして約30枚前後。これを三日、五日でやれと監督からの指示。

何だ、簡単じゃないかと誰もが思います。そもそも彼らは作画能力にかけては腕に自信があるツワモノばかり。さっそく描きあげて監督に見てもらいます。すると監督は眉をしかめて言います。

「駄目だな。これは全然人間を描けてないよ」

人間?人間が描けてないってどういうこと?

「例えばさ、これは食べるシーンだな。君が描いた絵は、ちっともおいしそうに見えない。何故かわかるか?そもそも君はどうやってモノを食べる?どうやって口を動かしているか知っているか?固いものを食べたときと柔らかいものを食べた時じゃ口の動かし方は違うんだぞ。食べるという行為そのものをきちんと理解していないと、正しく表現することはできないんだ。頭で考えてるだけじゃあ駄目なんだよ」

宮崎アニメーションの真骨頂は、まさにここにあります。徹底的なリアリティの追及。本物以上に本物を描ききる。そうすることではじめて嘘の描写が生きてくるのです。そうしないと観客は騙されてくれないのです。人間の細かい動き一つ一つに対する細やかな観察力が必要とされるわけです。

彼らは、改めて自分の行動を観察します。鏡を使って自分の体の動きを観察する人。ビデオカメラを回してチェックする人。そうして観察力を磨いていくのです。頭で考えていたことと現実との違いを感じながら、新たに描きなおします。しかし、そんなに甘くはありません。監督の納得するレベルに達するまでは何度も何度も描きなおしを命じられます。彼らは悩みながら、描き続ける。もう、自分ではどこが悪いのかわからなくなるくらい描き続ける。徹底的に自分を追い詰めて行く。監督は言います。

「若いうちは、それこそ死ぬほど悩んだっていいんだ。時間はいくらでもあるんだからな。むしろ死ぬほど悩んで苦労するくらいじゃないと成長しないよ。大丈夫、考えすぎで死ぬことはないから。むしろ一日中、朝から晩まで一つのことだけを考えていられるなんて、なんて幸せなことだろうね。しかも自分が好きでやってることなんだからね」

自分が一番好きなことだけをやって生きていけたら。誰もが夢見ることなのに、なかなか思うように人生は進まない。いつしか夢をあきらめていく。それが大人になることなのかもしれない。賢い生き方なのかもしれない。でも夢を夢のままで終わらせない人もいます。彼らにとって夢は現実に他ならない。夢が現実に変わるとき、彼らは挫折を知り、現実の厳しさを知る。それでも諦めず前に進む者だけがつかめる何かがそこにはあるのだと思います。

静かに微笑みながら語る監督の視線は、さながら弟子を見つめる哲学者のように見えました。こういう人に何かを教えてもらうということは、それだけで幸せなことなんだろうなあ。

さて、それではベテランの制作スタッフはどうなのかというと、彼らは人間観察という基礎がしっかりと出来ているので、監督の要求するレベルの作画をきっちりと仕上げることができます。そして、それだけにとどまらず監督が考えていた以上の画を描くことができるようになるのです。

そういう画を見た時の監督の嬉しそうな姿。若い才能を取り入れながら、どんどんと作品を膨らましていく。いくつになろうとも、貪欲に物事を吸収しようとする姿勢。好奇心の塊のような宮崎監督の姿を見ていると、天才とは努力し続けることを決して止めない人のことを指すのだろうなと思いました。

 

スタジオジブリ

スタジオジブリ。日誌は毎日更新の模様。新作の進行状況とかがわかります。アニメ作りってやっぱり大変なんですね。文章中心のHPだそうです。

NEVER ENDING

V6の坂本くんという人の大ファンの女性の方のHPです。熱心なジャニーズファンとはいかなるものかというのかよくわかります。日記も当然ジャニーズ中心ですが、それ以外の日常の描写が、結構いい感じでした。別にジャニーズについての描写がつまらないというわけでもないです。でも、好きじゃないとねえ。

千里の道も一歩から

キャラクターショーというちょっと変わった話題についてのページが良かったです。こういう日頃縁のない世界を垣間見せてくれるHPは見ていて面白いですね。女性の方のHP。

 

 

五月八日

<かぜっぴきのお買い物>

冷蔵庫を開ける。

何もない。

白々とした空間が目の前に存在するばかりなのである。

昨日から我が家の食料番を司る母が妹と甥っ子と共に実家へと帰ってしまった。

基本的に僕と父は家事一切を母に全権委任している状態なので、母がいなくなるとそれはそれは困ったことになってしまうのである。洗濯物はたまるわ、部屋は汚れてくわ、料理はしないしといった惨たんたる状況に陥ってしまう。

別にできないのではない。単に二人して掃除や洗濯や料理することを面倒がっているだけなのである。これが一週間になると、さすがにそうも言ってられないので家事をするのだが、三日、四日なら、なんとか耐えられるので家事をさぼってしまう。

どうやら父は外食や弁当で食事をすませているようだが、風邪で外出できなかった僕は冷蔵庫の中にあった食料で食いつなぐしかなかったのだけれど七日の朝、昼、晩と八日の朝と昼の食事を終えたところで食料はどうやら尽きてしまったらしい。正確に言えば冷凍庫には一食分ずつラップに包まれたご飯があるのだけれど、ご飯だけあってもしょうがないので買い物に行く事にする。

夕方、ふらふらと近くのスーパーに歩いていった。

買い物をするのは楽しい。特にスーパーの食料品売り場なんていう、自分にとって日ごろ縁のない場所での買い物は非日常的で刺激的であり、意味もなくわくわくする。何より自分で食べるものを自由に選べるのが面白い。コンビニなんかとは比較にならないほどの商品の山には圧倒される。牛乳一つとっても沢山の種類があって、どれにしようか迷ってしまう。ひょっとしたら買い物の醍醐味とは、選択肢の多さにあるのではないだろうか。商品の種類が豊富であることと買い物の楽しさは比例していく。

まあ、せっかく沢山種類があっても僕なんかは安いという基準でしか選んでいないので、あんまり意味はないのかもしれないけど。牛乳、バナナ、納豆、卵、ヨーグルトを購入。これだけあれば、二日は大丈夫だろう。

重くなったビニール袋をぶら下げてふらふらと帰る。

何故か幸せな気分にひたりながら。

 

Oron

ビリヤードが大好きな方のHP。もちろんビリヤードについてがメインですが、ビリヤードをしない人にも十分楽しめるサイトではないかと思います。「感じること」をテーマにしているそうです。なるほどと納得させるものがあります。

ミライカンゴク

なかなかキレがある文章と言うかコラムのような文章を書いています。しかし新事業立ち上げなどいろいろ忙しい方のようです。もう少し量が読めたらなあと思いました。

 

 

<GWの正しくない過ごし方 後編>

夜10時、横浜。Sからの電話は飲み会への誘いだった。何でそんな遅い時間に飲み会などやるのかと聞いたら、Tの仕事の都合とのこと。Fも来るとのことなので、計4人。高校の部活(バドミントン)の集まりとしては、およそ1年ぶりとなる。

久しぶりにTに会ったら一人スーツ姿。名刺をくれたので見たら、今年から東京都内の私立高校の教諭になったという。なんでも全国大会常連のブラスバンド部の顧問にさせられて毎日大変らしい。休日も練習するので休めないそうです。平日も夜遅くまで帰れないそうです。それって結構つらいかもね。

Fは相変わらず茫洋としている。かれこれ6年近く専門学校とか大学に通っているはずなのに、未だ学生。いつ卒業するのだろう。まあ昔から勉強はできる奴だったので何とかなるのかもしれない。現在も風呂無しアパートに住んでるらしい。電話も通ってないらしい。PHSがあるから必要ないらしい。ついでに頭は坊主。確かに合理的ではある。しかし理解はできるけど、あんまり共感はしたくないかも。

途中からNも参加。仕事は、工事の監督みたいなものらしいけど、つまらないので半年過ぎたら辞めたいと言っていた。思うに、Nは高校時代からそういう人間だった。気まぐれで調子ばっかりよくて、部活でも一番練習しないくせに、持ち前の運動神経で常に一番上手かった。僕たちは努力しても報われないことがあることを知った。しかし試合に出ることも面倒がったので、そのうち試合には出してもらえなくなった。才能があっても、それを生かそうと努力する姿勢がない人には才能は無駄なものなのかもしれない。Nがやる気を出して何か一つのことに打ちこんだら、それなりに結果を残せるのではないかと思う。でも、性格はなかなか変えられないものだし難しいかもね。

そういうNに僕は「苦労していない顔をしている」と言われてしまいました。それって、どんな顔なんだろうか。

横浜。夜の飲み会。僕らは、Kを呼び出すことにした。Kとは部活の部長だったやつである。今どこに居る?千葉の市原。よし、今から来なさい。すぐ来なさい。やれ来なさい。酔っ払いはある意味無敵の存在だと思う。夜の12時半K到着。その手には東京湾横断道路のチケットが握られていた。4000円なり。

Kが横浜国際競技場(2002年ワールドカップ決勝戦の舞台)の駐車場で、友達とギターの弾き語りをするというので、見に行くことにする。場所は新横浜。例によって横浜と新横浜間は遠い。特定の地名に新を付け足して新たな町作りをすることは、世界中で見られるが(ニューヨークとか)、日本では、その多くが失敗に終わっているように見える。新横浜も新幹線は通っているが、一歩町を出れば周りには畑が広がる田舎町に過ぎない。何もない場所だからこそ新しく町作りをすることができるともいえるんだろうけど。いつか本家を超えるような町になるんだろうか。ちょっと日本では難しいことのように思える。アメリカのような歴史の浅い国だけが出来ることなのかもしれない。

新横浜へ行くことになったのはいいが、Kの車には全員乗りこむのは無理なので、横浜に住むSが家まで車を取りに行く。思えば、あの悲劇の始まりはここから始まったのである。そもそもSは僕たちの中で、最も運が悪い奴は誰になるかという話をしたら、おそらく全員が迷うことなくSの名をあげることになることは間違いないと言われるほど運が悪いと言うか、ついていないというか、間が抜けていると言うか、まあ、そういうタイプの人間である。だから僕とTはさっさとKの車に乗りこんだ。大体Sは飲酒運転になるわけだから危険極まりない。普通でも危険なのに飲酒運転なんて危険度が2乗されているようなものだ。取り残された茫洋FはしぶしぶSの車に乗る。

Kは現在、築地の市場で働いている。シジミの担当だそうだ。シジミはどうでもいいけど、マグロやカツオの担当とかならなってほしいものだ。僕らのためにも是非。Kの趣味は釣りで大学も広島の方の水産大学に行ったという、筋金入りの魚好き、海好きの男だから、魚市場での仕事は天職なのかもしれない。しかし、女性が全くいない職場なので高校教師のTに合コンをセッテイングして欲しいと、かなり真面目な顔で言っておりました。多分、何とか条例にひっかかると思います。

そして新横浜、競技場へ向かう橋の手前で事件は起こる。運の悪いことに警察が検問をやっていたのである。幸いKはお酒は飲んでいなかったのだが、問題はS。案の定Sのところへ行った警察官の動きが慌しくなる。とりあえずKの車は通してもらえたのだが、Sの車は一向に来ない。Kに飲酒運転ってどういう処分をされるのかと聞いたら、問答無用で一発免停だそうだ。我々3人は、Sのあまりの不運さを思い、笑うに笑えない状況であった。

しかし10分、15分過ぎるうちに、当初の緊張も解けて、みんなして笑ってしまった。ある意味ここまで不幸な男ってのも珍しいよなあと笑いながら3人で話していると電話。Sから。何と幸運にも飲酒度チェックにギリギリでひっかからなかったというのだ。しかし運転はしばらくしないようにと言われたらしい。Sのところへ行くと、青い顔でもう運転はしたくなよおとつぶやいていた。どうやら軽いトラウマを負ってしまったらしい。Fは、これだからSの車には乗りたくなかったのにと言っていた。確かにSの災難に巻き込まれてしまったFは可哀相な存在ではある。

それじゃあ歩いていこうということになり、競技場へ向かう。橋を渡ると目の前には暗闇に白々と浮かぶ巨大な建造物。大きい。なんていうか、周りに何にもないだけに、より一層その大きさが際立っている。外周沿いに歩いているとTが内側には行かないようにとのこと。何でもセンサーが働いていて近づきすぎると、警告のアナウンスが流れるらしい。Tは一度ひっかかって驚いて走って逃げたそうだ。無駄にお金を使っているなあ。

まあ、そのおかげか、これまた巨大な駐車場には全く人の姿はなかった。Kの友達が3人ほどいて、おのおのBMXやスケボーやギターの練習をして遊んでいた。毎週週末になると、ここに集まって遊んでいるらしい。こういう自由になる空間を持っているのはなんだか羨ましいような気もする。

そこに30分ほど留まってから帰りはSに送ってもらう。やっぱりSはいらない期待に応えるように車を歩道に乗り上げるは、信号の電柱にぶつかりそうになるはで散々だった。ここまで運転に自信を持たない奴ってのも珍しい。ようやく車を降りたときには、心底ほっとした。

次の日から僕が新聞の交通事故の記事をかかさずチェックするようになったのは、多分Sのおかげである。誰だって自分に降りかかってくるかもしれないことには敏感になるものでしょう。

そんなことより、朝帰りした僕は次の日風邪をひいてしまったのだけど。いらぬお土産が付いて来たらしい。全くあれはGWの正しくない過ごし方だったなあと思う。

 

ドラゴニア:西洋史、歴史文学のページ

お気楽読書日記が文句なく素晴らしいです。お気楽どころか、ここまで丁寧かつ端正な文章で綴られた書評は見たことがないです。書評というよりは一つのコラムやエッセイと呼んでもさしつかえないかと思います。他にも論語や歴史のページなどがあります。それにしても英語の原本を読めるほどの英語力は羨ましい限りです。

 yan’s website

主婦の方のHP。お隣の奥さんの生活を覗き見ているような気持ちというか、世の中の主婦というのは、こういうことを考えたりしているのかなあと思いました。誰だって悩んだり、笑ったり、考えたりする。主婦という記号にひとまとめにしてしまうのは間違いなのでしょうね。あと、山崎まさよしの熱心なファンのようです。僕は「ドミノ」と「SHEEP」しか聴いたことないんですが、これではファンとは名乗れませんかね?

 

 

五月六日

<GWの正しくない過ごし方 前編>

夜の八時ごろ、携帯電話が震え出した。携帯の呼び出し音は、うるさくて好きじゃないので常に振動呼び出し設定にしている。周りの見知らぬ人を不快な気持ちにさせるのも悪いしね。自分が不快に思うことはなるべく他人にもやらないようにしたいと思う。発信音が鳴らないんなんてつまらないって言う人の方が遥かに多いだろうけど。

ちょうど、その時僕は隣町の駅前のブックオフで岡崎京子の「pink」を読んでいて(その当時は岡崎京子のマンガにはまっていたのだ)ああ、いいところなのに誰だよと思って液晶画面を眺めたら、全然知らない番号で(つまり登録されていない番号っていうこと)これはもしかしたら間違い電話がなんかかなあと思いながらも、マンガを棚の上において、店の外に出ながら、受信のボタンを押すと、もしもし○○ですかというので、いきなり昔のあだ名を呼ばれてびっくりした僕はこれは一体誰であろうかと思いながら、しばらく喋っていてのだがいいかげん困ったのでこう言った。

「一つ聞きたいんだけど、君は誰なわけ?」

「あれ、いってなかったっけ。Sだけど。ははは、悪いな。わかってると思った」

その電話は高校時代の友人Sからのおよそ一年ぶりの電話であった。しかも電話番号は前と違っていた。そのことを告げるとSはこう言った。

「そうだっけ。新しい番号教えたと思ったんだけどなあ」

教えてもらってません。それより最初に名前は言おうよと思った夜八時。

そしてこの電話が、あの長い夜の始まりを告げたのだと気づいた時には何もかも遅すぎたのであった。

 

後編へ続く。

 

kyoko okazaki

岡崎京子

岡崎京子とは90年代という時代を軽やかに、そして鮮やかに切り取って表現することが出来た稀有な存在であり、天才だったのではないかと思う。何年か前に交通事故に会い、それ以来復帰していない。彼女の後期作品における息詰まるような狂気と閉塞感は、前期・中期のポップさ、明るさとは無縁で、その矛盾がさらに彼女の評価を高めている一因となっていると思われる。(なんかいろいろ書いてみたけど、要は彼女のマンガは面白いので読んでみたらということです)

 

五月三日

<ある晴れた休日に>

その日は、まさに五月晴れという言葉にふさわしい一日だった。あまりにも良いお天気なので、本当は用事があったけど、キャンセルの電話を二本かけた。こんな日に外に出ないなんて馬鹿げてるなと思っていたけど、(用事は屋内でする予定だったので)それを素直に言っても理解してはもらえないだろうとも思ったので、約束の時間に間に合いそうにないので行かないと言っておいた。まあ、それも嘘じゃないからいいか。

さて、どこへ行こう。一瞬の逡巡のあとに、横浜でお気に入りのバンドのインストライブがあることを思い出したので、行くことにする。まだ時間はたっぷりある。空を見上げては、自転車を走らせた。

横浜へと向かう道は、昔は東海道と呼ばれていた。僕が生まれ育った鶴見という町も横浜へと向かう途中にあり、この場所で鶴を見た徳川家康が付けたと言われている。本当かどうかは知らないけど。鶴見を過ぎると国道駅のガード下が現れる。ここは映画のロケの名所として知られている。国道駅のすぐ先には魚河岸が軒を連ねる。まあ、朝早く来ない限り、そうとはわからないだろう。午後には朝の喧騒が嘘のように通りはひっそりと静まりかえる。魚河岸とか市場というのは朝しか機能しないものだからだ。

魚河岸があるということは海が近いのかというと全くそんなことはない。海は埋め立てを繰り返す度に遠ざかってしまったからだ。ここに海があったのは遠い昔のことだ。今では魚河岸という場所だけがかっての海の名残を伝える。

不確かな記憶を頼りに魚河岸の通りから、路地に入ってしばらく進む。うろうろさ迷ってようやくたどりつく。そこは白い浜辺。ただし白いのは砂ではない。貝殻だ。かって膨大な量の貝殻がそこに捨てられたため、一見砂浜と見間違えるような浜辺ができあがったのだ。今では貝殻海岸といわれることもある。横浜市に残る数少ない自然の海岸線がそこにはある。だが海岸と言われてもそういう感じはしない。どちらかといえば川の下流と言ったほうが正しい。今は遥か沖合いまで埋めたてられてしまった。川は長くなり、海は遠くなった。

魚河岸を過ぎて少し進むと、生麦事件の碑が建っている。生麦事件とは日本史を少しでもかじっている人なら誰でも知っている幕末に起きた有名な出来事である。僕は世界史専攻だったので、詳しいことは知らないけどね。ちなみに日本史専攻だった友達に聞いたらメジャーすぎる事件のため試験には出ないそうです。関係無いけど、僕は生麦中学出身です。

今でもよく碑の前で佇む人達を見かける。そして今では横のビール工場の方が有名な観光地になっている。

ようやく横浜へ。するとパレードが行われている。そうか、仮装行列の日なのだ。去年も偶然このパレードにたち合わせたことを思い出した。つまり二年続けて同じ日に横浜を訪れたということになる。不思議なシンクロ。

 

にい小屋R

東京でフリーライターをされている方のHP。東京で毎日頑張ってる様子が見えます。本もたくさん読まれているようですって、よく考えればあたりまえかもライターなだけに。将来作家になれるといいですね。

いまどきのはは 〜Mama in a jam〜

双子の妊娠、出産(帝王切開)と、長男の妊娠、出産(自然分娩)についての綿密なレポートがあります。ここまで細かく描写しているHPってあんまりないように思えます。しかし、現在の注目はなんといっても日誌。子供三人を連れて離婚するそうです。なんだかすごい人生を送っています。波乱万丈というか。

 

 

 五月二日

<田舎暮らし>

最近というか、少し前から田舎暮らしに憧れる人が増えているという。確かに本屋に行けば、その類の雑誌や本は割と簡単に見つけることができる。TVでも都会での忙しい生活を離れて、田舎でのんびり暮らす人達の生活を取り上げる番組もよく見かける。

大体こういう雑誌やTVなんかでは田舎暮らしは素晴らしい理想郷のような場所であるという。人間らしい生活ができるのは田舎だけなのだと。

でも、それは本当に正しいのだろうか。僕の両親はどちらも東北の農家の出身であるが、どちらも田舎に帰りたいなんて言った覚えがない。むしろ田舎暮らしはしたくないと言っているくらいだ。

僕は子供の頃、親の実家へ行くことが嫌いだった。理由は簡単で、田舎には何もないからだ。何もないこと。子供にとって、それは耐えがたいほどの苦痛だ。周りには山と畑しかない。そもそも店なんてものが近所に存在していない。田舎では車がないと生活できない。行動半径が狭い子供にとっては、田舎は退屈極まりない場所だった。

それにトイレ。水洗トイレではない汲み取り式のトイレをはじめて体験したのも両親の実家でのことだった。あの時の衝撃は今でも忘れられない。こんなトイレがこの世にはあるのかというある種のカルチャーギャップを感じたものだ。実際利用できるまでには三日くらいかかった。それまでは近所の水洗トイレがある場所に連れていってもらったり、そこらの草むらで用を足したり、もしくはトイレに行くのを我慢していたのである。

子供の頃はあのトイレがあるという理由だけで、田舎を嫌いになれたのだなと今にして思う。

それに言葉の問題もあった。僕が思うに東京から離れるほどに言葉は複雑に変化していくものだ。幼い頃、僕は母方の祖父母の言葉の意味がほとんどわからなかった。だから怖かった。この人は何をいっているんだろうか。意思の疎通ができない人は僕に不安を抱かせるだけの存在だったからである。方言とはそれほど凄いものなのだ。幼い頃の僕はわからなくてもわかったふりをしていた。後からこっそりと母親に意味を教えてもらった。英語を訳してもらう感覚といえばいいのだろうか。大きくなるにつれ、ようやく難しい会話も3回繰り返し聞けばだいたいの意味が理解できるレベルになった。確か、小学生の高学年くらいだった。今なら1.5回くらいで理解できると思う。

都会で生まれて、ずうっと都会暮らしで生きてきた人がいきなり田舎暮らしにチャレンジするのは大いに危険が伴うということを子供の頃から自らの体で体験していたのかもしれない。しかし次第に何もないことに大きな魅力を覚えるようになる。ようやく田舎の魅力に気づくようになったのは小学校の終わりくらいだったろうか。その頃からようやく田舎という場所が楽しい空間であるということがわかるようになった。しかし、田舎の魅力がわかった頃には、部活やらなにやらで親と一緒に行動することが少なくなっていた。親と一緒に行動すること自体避けるようになっていくのである。反抗期やら思春期やら、なかなか面倒なしがらみがあったわけだ。

さて、ここに田舎暮らしを実際に行っている一家がいる。もともとは都会暮らしをしていた一家であるが、ある日父親が田舎暮らしをしたいと一念発起し、この山深い里へとやってきたのだ。彼らはほぼ完全な自給自足の生活をしている。子供は五人。男三人、女二人の兄弟である。母親はいない。田舎暮らしの生活に耐えきれなくなって出ていってしまったのだ。

息子は語る。自分達を置いて出ていった母を許さないと。

すでに、ここで大きなすれ違いが起こっている。生まれてから今までの生活ほとんどを田舎で生きてきた子供達と、都会暮らしの方が遥かに長い母親との間には深い溝が存在している。その溝は残念ながら簡単には超えられない。育ってきた環境が違いすぎるために起こるすれ違いである。

ある立場の人から見れば簡単に理解できることなのに、違う立場の人間には全く理解できないということは、よくある出来事だ。

長男と次男は東京に行った事があるという。東京の感想について彼らは語る。東京で電車に乗ったとき、この電車ひょっとして地獄行くんじゃないかと思ったと。電車に乗っていた人達の顔はみんな死んでるみたいだった。何で東京の人達はあんなにつまんなそうな顔しているんだろう。

そうか、そういう考え方もあるんだなあと思った。違う視点からの意見は、しばしば新たな発見をもたらしてくれることがある。

長男と次男はこのまま田舎で生きていくことを決めたという。しかし三男は都会に出て行くことを望んでいる。彼は語る。田舎で土にまみれて生きていくのも、そう悪くはないと思ってるよ。都会は人が多くてあんまり好きじゃない。でも、今はここから出て行きたい。ここには居たくないんだ。ひとりで自立して生きてみたい。ここにいると、息がつまりそうなんだ。

そう言えば、僕の父も母も末っ子だったな。どちらも長男と次男は田舎に残っている。偶然かな。僕はTVを消して、布団に寝転がった。TVの向こうには長閑な田園風景。僕の部屋の向こうには灰色のコンクリート。

 

Vain System

ネットから拾ってきた様々なニュースについてちょっとずつコメントしているHPです。こういうサイト見ると、その姿勢に拍手してあげたくなります。努力賞とか差し上げたいですね。

リンク日記

ここも努力賞をあげてもいいかなと思ったサイト。その名の通り、リンクしたWWWについて色々と語っています。なんか面白いHPはないかなあと思っている人は除いて見てはどうでしょうか。でも、ちょっと個人の趣味が出すぎてるような気もします。

 

 

五月一日

<落し物>

ある日、TVを見ていたらスキー場の落し物を探しに行くという番組をやっていた。

これがまたすごい。春先、雪が解ける頃のスキー場は、ありとあらゆるものが落ちている。見ていて思わずうなってしまった。というか、近所にスキー場があれば僕は迷うことなく宝捜しに出かけるに違いない。それほど、凄いのだ。もう、お宝ざくざく、王様気分といったところである。

まずスキー用品が一揃いどころか何十セットと揃えられるくらいの数がある。このままレンタルスキー屋が開店できるのではないかと思わせる量である。
他にも、およそ考えられるものは全て落ちているといっても過言ではない。携帯なんか当たり前のようにごろごろ落ちていて、中には使えるやつもある。そして何よりお金。カバンの落し物の中には財布があったりして、もうお札がぎっしりと詰まっているのである。スキーに限らずレジャーというのは色々と物入りになるから、みんな財布には結構なお金を入れているのだ。

そういう落し物が雪解けと同時にどっとスキー場には溢れるのである。いやあ、なんだか羨ましい話だなあとも思ったけど、もちろん落し物は落し物であって見つけた人のものにはならないんだけどね。こっそり自分のものにするのも犯罪ですのでなるべくなら止めときましょう。でもお金を拾った時って、嬉しいものですよね。

それにしても財布。財布だけは落としちゃあいけませんよね。
一度落とした経験がある僕が言うのもなんだけど。

 

plastic crania

何ていうかイラストがとても素敵です。割と個人的お気に入りです。日記は率直でちょっとだけひねってるみたいな感じがしました。そうそう、書けないんじゃなくて書かないんだよね。

メビウスひみつきち

マンガ評で有名なHPのようですが、マンガ以外のもう一つの看板として麻雀のページがあります。麻雀のルールを知っている人なら、お腹一杯楽しめること請け合いです。一種の麻雀小説(実話)ともいえそうです。

 

 


四月 夏総集編