独りを望んだのは自分だけれど 俺だって人間だし、人肌が恋しくなる時もある。 そういう時は街に出る。いわゆる逆ナン待ち。 笑いながら女が寄ってくる。 下心丸見えの汚いメス達。 …俺がいう資格はないか。 用を済ませ、女の事など気にも留めず帰宅する。 そしたら何故かアイツの顔が頭の中を支配するんだ。 そう。別れを切り出したのは俺なのに、 こういう行為の後にはかならずあいつが出てきて何故か胸が痛くなるんだ。 しめつれられている様な痛さで、悲しくなる。 俺は「なんて馬鹿なんだろう」って、 俺が犯した二つの行為に後悔とむなしさで独りで泣くんだ。 「明日はミーティングだ。早く寝よう。」 こういう日はすぐ寝入れる。
*** 「おはよ。…たつろは?」 「はよー。行かないってさ。昨日メールあった。」 「ふーん。」 この頃、欠席が多い達瑯。 達瑯はあまり重要じゃない…たとえばスケジュール決めとか。 後からメンバーから聞けるような内容のミーティングは欠席していた。 そんなに俺と顔合わせづらいのかな? 悪びれず思っている自分に少しだけ嫌気がした。 ミーティングは始ったものの、 仕事やスケジュールやそういう話は退屈で、 あまり聞かず、気付けばあいつの事考えていた。 「そういや、1週間は会ってねぇな。」 「たつろと?」 ボソッと自然に出た独り言に速く反応したのはゆっけ。 こいつもつまらなくてマネージャーの話なんか聞いていなかったんだろう。 「あぁー、うん。」 「俺も会ってないよ。メールも昨日着ただけで全然こないし、電話もないし。五月病かなぁ?」 俺の顔をジッと見て言う。この顔をする時は大体話を知っている時だ。 「あはは、ありえるねぇ。」 それから逃げるように視線をそらし空笑いした。 一週間前にみた達瑯は別れた後で、顔は暗くて蒼くて目を合わせ様ともしなかった。 「見に行ったげれば?」 「は?」 またこの顔だ。ジッと俺をみる目。なんとなく俺達を分ってる目。 「たつろの家。行ったげれば?」 「あーうん。分った。」 目線を逸らしたくて、適当に答えた。 帰り際、達瑯の家へ行く気なんかさらさら無い俺は、真っ直ぐ自分の自宅へと向かっていた。 ・・・無かった筈なのに、あいつの顔が脳裏から離れなくて。 突然、思った。 「俺、なんであいつと別れたんだろう?」 その理由が本当に、いくら考えても分らなくて気になって足が止った。 気付けば、俺は体の方向を変えてあいつの家へ向かっていた。 **** 達瑯の部屋があるマンション。 何日ぶりかなぁ…なんて考えながら足が覚えているように自然に達瑯が居る部屋に向かう。 ピンポン。 ベルを鳴らす。 少し遅れて扉の向こうから人の動く音がした。 心臓が早くうつ。 「緊張してる?…バカな。」 思うと同時に扉が開く。 「はい。」 「たつろ、ひさしぶ…」 「おい、あけるなよっ…」 三人の声が重なった。 男二人の声と、女の声。 「え?」 と前をみる。 そこには達瑯じゃなく、見た事もない女だった。 黒髪で肌が白くて美人で、いわれなくても分る達瑯好みな女。 俺は思考が停止してしまって、ずっと女を見ていた。 そこに達瑯が下を向いてダルそうにこっちへ来る。 顔を上げた達瑯は俺と目が合い、吃驚した顔をして足が止ってしまった。 ―――――――――― 沈黙を破ったのは女だった。 「友達?」 「あー、うん。」 目線を逸らして言った。 「恋人だよ。」って言ってやりたかった。 …元だけど。 思いっきり引くだろうなぁ。 「あ…ねぇ…」 女が言った。 なんだ?俺の顔を不思議そうに見てる。 雨の降り始めたような音が聞こえた。 音がした腹の辺りを見ると雨が一粒落ちた様に滲んでいた。 屋内なのに何故? 頬が湿っていた。 手を頬にやると、無意識に泣いていた。 恥ずかしくて、袖で乱暴に涙を拭くと居た堪れなくなってそこから逃げた。 女に腹が立っているのは何故? 達瑯に腹が立つのは何故? なんで泣いてしまった? なんで逃げているんだ? まだ好きだからか? それが浮かんだ時、俺は目を見開いていたと思う。 時はもう遅くて。 後悔で頭の中がいっぱいだった。 今まで狂ったように走っていた脚が今は肉が鉛になった様な…とても重くて動けなかった。 人も車も通らないとても静かな夜の道 重い脚を引きずって帰路につく。 泣きながら。 *** やっとの事で部屋に着いて涙も、もうとまりかけていた。 うまく働かない頭で色々思い出してみた。 色んな思い出が次々と出てきてその中にゆっけと喋った時のものが浮かび上がった。 「大変だよね。」 毎日、替わり映えのない仕事の休憩時間での一言だった。 今まで横で口を閉じていたゆっけが突然言ったのだ。 何が大変なのか分らなかったけれど、その一言は妙に重くて忘れられなかった。 今、思えば色々沈んでいる時だったな。 同性愛なんて今じゃ珍しくないけれど、やっぱり風当たりはきつかったりする。 まわりの目がうるさくて、恥ずかしくて、とても達瑯と一緒にいられなかった。 あいつは強い。 なのに、なんで俺は…自己嫌悪になって達瑯と喋る事さえ嫌になってしまった。 そのまま別れて今ではみての通り、最悪だ。 あの時、ゆっけは心配して言ってくれたんだろう。 今になってはっきり分る言葉の意味。 ゆっけ、君はこの現状をみて何を言うだろう。 あぁ … バイブの音が聞こえる。携帯だろう。 今はとてもじゃないけれど携帯を相手になんか出来ない。 … 「ウザイ」 … 「あぁ!もう」 自分より少し離れている携帯の方へ眉をしかめて行く。 携帯の画面には「非通知設定」とあった。 達瑯なわけないし…誰だろ。 出ようか出まいか悩むフリをするミヤ。 その時に切れれば出ないですむわけだ。 しかし一向に切れない。 バイブがうるさく、通話ボタンを押した。 「はい」とも「もしもし」とも言わず携帯を耳に当てる。 相手も何も言わない。 切ろうとした時、相手が喋った。 「ミヤ?」 達瑯だった。 「あ…」 吃驚して口に出てしまった声。 気が動転して携帯を切ろうとした。 「切らないで!聞いて、お願いだからっ」 「ね?」と最後につけて俺を説得した。 俺も子供じゃないし、自分を落ち着かせて再度、携帯を耳にあてた。 相手から発せられる言葉までの短い数秒間、 さっきの女の事とか、聞いてもいない事を焦った声で聞かされるんだなって思っていた。 すると急激に冷めていくのが分って うんざりだ、早く言えよ。 と言いたげな目をして俺は声を待った。 携帯から聞こえてきた声は俺の予想する言葉とは違っていた。 「俺は今でもおまえが好きだよ。」 力強く、耽々と達瑯は言った。 夢を見ているのか? こんな俺をまたこいつは好きでいてくれてるのか? 少しの沈黙。 無言だけれど返事を急がされてるような感じだった。 「・・・ぉまえは…――――っ…」 おまえはバカか?と言いたかった。 けれど涙が邪魔をした。 こんなひどい事をされても俺を想っていてくれていた嬉と、哀が一気に押し寄せてきた。 涙が止まらなくて言葉にならなかった。 「何?みや君」 「――――――っっ・・・」 それを携帯越しから何となく分った達瑯は何時ものからかった口調で言った。 顔は笑っていると思った。 それが嬉しくて、思いっきり泣いてしまった。 涙が片手ではどうしようもなくて、携帯を耳から離して頬を拭おうとした。 少し遠ざかった携帯からかすかに鼻のすする音が聞こえた。