インド音楽とジョージ
George's songs is not Indian songs.

 ビートルズはだいたい聴いたけど、ジョージのソロは聴いたことがない。という人はちょっと考えてみてほしいが、「ジョージの音楽=インド音楽」という考えが頭のどこかにないだろうか。ビートルズはベストだけ、という人に比べ、なまじっかビートルズを聴き込んでしまっている人に、その傾向が顕著に見られる。
 "Something"や、"While My Guitar Gently Weeps"代表されるポップ・ソングがジョージのビートルズ時代の曲の大多数を占めるにもかかわらず、それ以上に"The Inner Light"や"Within, Without You"、"Love You To"の、たった3曲のイメージが勝ってしまっているのは、どういう事なのだろう。

 それに加えて、ビートルズ時代には上の3曲、プラス映画音楽のサントラアルバム"不思議の壁"収録のインド音楽が数曲があるが、これがソロ時代では、これはジョージのソロ時代も聴き込んでいるファンにも意外に思えることなのかもしれないが、バリバリのインド音楽と呼べるのは92年の"Ride Rujbun"だけしかないのだ。
 もちろんソロ時代も、ビートルズの"ノルウェイの森"のように、インド楽器を使った曲はあるし、74年のアルバム"ダークホース"収録の"It Is "He"(Jai Sri Krsna)"のように、インド楽器は一切使用していないが、実にインド風の曲もあるにはある。

 しかしそれらの数は圧倒的に少ない。一般的なミュージシャンが、時折エキゾチックな曲をアルバムに収録してみたりしているのと、大差ないのではないだろうか。試しにビートルズ解散後のインド楽器を使用した楽曲をリストアップしてみよう。

73年 "Living In The Material World"
87年 "When We Was Fab"
90年 "The Devil's Been Busy"
91年 "Ride Rujbun"

 …これだけ??これだけなのだ。これだけなのにシタールを使うと「いかにもジョージらしい」という評論が出てしまうのは不思議だ。

 ジョージは自分でシタールを弾きこなすのは、ビートルズ時代にすでにあきらめてしまっていたようだが、インド音楽への傾倒は醒めていなかったようで、72年のバングラディッシュ救済コンサート、および74年の北米ツアーにラヴィ・シャンカールをほとんど同等の扱いで同行させている。
 それにヒンドゥー教への信仰は終生変わりなく続いたようで、98年に暴漢に襲われた時も「ハレ・クリシュナ」と唱えていたために、逆に暴漢を"邪教の経文を唱える者"として逆上させたりしてしまったりしたようだ。

 ジョージの音楽=インド音楽、というのはどう考えてもまったくの誤解ではあるけども、ジョージの人生におけるインド文化の影響は、これについてはまったく否定できないし、はかり知れない。