都内にある割と大きめのビル。黒っぽい色の壁で自動ドアの奥には普通の企業とは違ったどこか独特の 雰囲気があり、脇にはビルの大きさには不釣り合いなほど控えめに『ジャニーズ事務所』とかかれた プレートがある。タレント事務所。一言で言えば歌って踊れる集団だが、時代のトップ極めてきた多くの 男性アイドルは、皆この事務所に所属していた。歌手活動だけにとどまらず、ドラマ、舞台と幅広く活躍 している。この事務所のタレントが出演するTV番組は常に高視聴率をおさめてきた。所属は男性に限られ、 ファンは勿論女性中心だが最近では男性にも人気がある。


都内を走る白いバンの後部座席のリクライニングにして伸びをしながら、一人の男が眠そうに目を擦った。
「ねっみぃ〜。これからどこいくんや?」
大きくあくびをしてポケットに手を突っ込みながらその男が言った。3本ラインの入った黒いジャージと、 白いフードつきのトレーナーに黒のニット帽を深く被って気怠そうにしている。色はやや黒く、茶色い髪。 あどけない顔。
「自分のスケジュールくらい把握してろや。これから雑誌の取材やろ。」
かけていたサングラスをとって、ため息混じりにもう一人の男が言う。ジャージ姿の男とは違ってチェックの シャツと深緑のズボンをはいて、ストレートの茶色がかった髪が目立つ。好青年といった印象を受ける。
「そうだっ。CM2本と10月からスタートする連ドラ1本のオファーがあったよ。CMは清涼飲料水と電気機器で、 清涼飲料水の方は海外ロケだって。ドラマの方は剛君名指ししてきてる。」
「えっ、オレっ?!」
ジャージ姿の男は慌てて起きあがり、充血していた目を丸くしながら運転席のマネージャーに聞き返した。 自分の名前を呼ばれたことに動揺しているようだ。
「ええやん?やってみたら?」
男が横目で剛と呼ばれた男を見ながら言う。
「剛君はどう?やってみたい?」
ルームミラーで後ろを確認しながらマネージャーが笑顔で剛に話しかける。剛は少し照れながらうなずいた。
「・・・やりたい。」
「決定だね。じゃぁ、後でプロデューサーに連絡入れとくから。」
マネージャーの言葉に大きくうなずくと、剛はリクライニングシートを起こして菓子パンを囓り始めた。 黒いフィルムの貼られた窓の外は、休日ということもあってたくさんの人が行き交っている。


堂本剛。ジャニーズ事務所の所属タレントで人気上昇中のアイドルグループ『Kinki Kids』のメンバーで ある。都内の私立高校に通う17歳。そして剛のよき友人であり兄貴的存在であり、よき理解者である 『Kinki Kids』のもう一人のメンバー、堂本光一20歳。二人がグループを結成して4年。昨年CDデビューを 果たし、ますますその活躍の幅を広げている。


「・・・ぉはようございまぁす・・・・・っ。」
都心から少し離れた土手沿いの広場に、剛たちの乗った車はとまった。車から降りて伸びをし、眩しそうに 目を細める二人。
「おはようございます。月刊『PUSH!アイドル』です。これから撮影にはいるので、あっちのワゴンで メイクと衣装に着替えて下さい。」
雑誌社の用意した車に乗り込んで撮影の準備にとりかかる。メイクをして衣装に着替える二人。テープ レコーダーと手帳をもった記者が一足早く用意をすませた剛に質問をしていく。
「仲がいいタレントさんはいる?」
用意されていたジュースとお菓子を腹におさめながら元気よく答える。奥ではスタイリストが服を汚すなと 心配そうに見ている。
「V6の岡田とか井ノ原君と家でプロレスとかゲームとかしてる。昨日も岡田と格闘ものゲームやってて寝不足 になったし。」
ズボンの裾をめくって膝の痣を指さして続ける。
「この間、井ノ原君とプロレスして作ったアザ。腕にもあるよ。」
「V6の岡田君とは歳も近いし悩みとかも相談するの?」
「う〜ん。悩み事は岡田よりも光一に相談するかな。どんなことも大抵は答えてくれるし、どうしても 頼っちゃうところがある。」
「光一君はそのことについどう思ってるの?」
撮影の準備を終えた光一は、イスに座り直しながら照れ笑いした。
「そりゃあ、嬉しいですよ。でも頼り切られちゃうのは困る。」
苦笑いをして紙コップの中のジュースを口に含む光一。剛は相変わらずお菓子で口の中をいっぱいに している。
「じゃぁ光一君と仲がいいタレントさんは?」
「TOKIOの長瀬。吉田健さんにも時々ギターを教わったりしてますね。けっこういろんな話しますよ。」
「例えばどんな話?女の子についてとか?」
「う〜ん・・・。女の子について語ることもあるし・・、あ、社会のこととか。オヤジクサイってよく いわれます。その輪の中にイノッチとかが入ってきたら最後。永遠に語ってますから。『朝まで生テレビ』 みたいに熱弁しちゃって。基本的になかがいいですよ。凄く楽しい。合宿やコンサート先で宿泊するホテル での生活は修学旅行並だし。なんにでもタフだし。」
「今度対談なんてどう?」
「いいすねぇ〜。」
車の外で撮影開始の声がかかる。二人は元気よく車から飛び出し、カメラの前に立った。休日のせいも あって広場には親子連れの姿が目立ち、人気アイドルの仕草一つ一つに見入っている。剛と光一の二人は その親子の中から数人の子供を連れだし抱き上げてカメラに視線を向けた。


午前7時。何かを探しているかのように、ベッドから一本の手が伸びる。耳元で不快な音を出す目覚ましを、 その手が掴むのにそう時間はかからなかった。半分眠ったまま、やっとの事でベッドから起きあがって あくびをひとつ。青いパジャマの上着はだらしなくはだけていて、ズボンは片方だけ膝まで上がっている。 しばらくそのままボーッとしていたがどうやら観念したらしく、ゆっくりとした歩調で寝癖で立った髪を 揺らせてバスルームに入っていった。テーブルの上には雑誌やCD、TVゲームのソフトなどが乱雑に置かれ、 ソファには脱ぎ捨てられた服が何枚か落ちていた。フローリングの床には様々なMのがところどころで 道をつくっていた。シャワーの音に混じって電話の呼び出し音がする。少したってからシャワーの音が やみ、びしょびしょのままタオルを巻いてバスルームから剛がでてきた。事務所所有のマンションで生活 しているジャニーズタレントは少なくなく、剛もまたその一人だった。

「もしもし・・・・あぁ、マネージャー。・・・・・うんもう起きてる。今日の仕事って午後からでしょ? ・・・・わかった。じゃぁ、昼頃学校で。・・・・・うんその時間でいいや。じゃぁね。」
垂れた前髪から澄んだ瞳をのぞかせて剛はバスルームに戻っていった。彼の歩いた後には言うまでもなく 水たまりが出来ていた。首からタオルを下げて上半身裸のまま、剛はほとんど何も入っていない冷蔵庫の 中からミネラルウォーターのペットボトルを出すと、TVのスイッチを入れベッドに腰を下ろした。どの チャンネルを回してもこの時間はニュースだが、剛にとって何を放送しているとか、どのチャンネルだとか 関係なかった。ただ、静けさを嫌っているだけなのだ。洗い立ての髪からは水がしたたり落ちて、背中を 伝っている。うっとおしそうにタオルで頭を乾かしながら、ペットボトルのふたを開け口を付けると カーテンを開けた。部屋に差し込んできた初夏の強い日差しを浴びて剛は伸びをした。


生活が不規則であるためだろうか、学校で授業を受けるといっても剛の場合、授業中も休み時間も関係なく 眠っている。いつでもこの調子なので高校に入学してからなかなか友達が出来なかった。しかし高校生活も 2年目になり、それなりに友達も出来てきたようだが女子との会話はほとんどない。今のところ、色気より 食い気のが先行しているといったところだろうか。4時間目の授業終了を告げるチャイムが鳴り、友達の 一人が剛の肩を叩いた。
「剛、メシくいにいこう。」
顔を上げ眉間にしわをよせて額に付いた後を擦る。半開きの目で黒板の時計を見るなり、剛は机の横に かけてあった。鞄に手を伸ばした。
「悪い。これから仕事入ってん。昼は移動中すませることになってるから。」
慌ただしく席を立って教室を出ていく。乱れた少し癖のある茶色い髪を片手で掻き上げ曲がったネクタイを 直しながら、剛は学校の前に停めてあった車に向かって走っていった。
「あれっ、光一は?」
素早く車に乗り込み運転席のマネージャーに聞く。
「光一君は先に現場入りしてるよ。朝から仕事入ってたし。」
そういいながらマネージャーは助手席におかれていたコンビニの袋を剛に渡した。
「そっか。」
座席に寄りかかって袋に入っていたサンドイッチを早速食べ始めた剛は、静かに黒いフィルムに覆われた 窓から、通り過ぎていく外の景色を眺めていた。
「そういえばさ、CMのロケってどこ行くか決まったん?」
「さっき連絡来たよ。ロケ先はハワイで出発は再来週。撮影は3日間だって。うまく行けば1日オフになる かも。CM撮りの間にも雑誌5社、うち2社の取材が入ってる。あぁそう。ドラマの衣装あわせね3日後、 顔合わせは翌日に決まったから。これが台本ね。今日はとりあえず『歌謡HAPPY&HAPPY』の歌とトーク。 その後18時からJrとコンリハ。」
「今日も帰り遅くなりそうやなぁ。・・・これが台本か。『TRUTH』?」
サンドイッチを食べ終えた剛は、袋の中にあった菓子パンを手に取ると台本に目を通した。
「HTVの土9ねぇ。あっ、Jrの生田が弟役やん。超能力もんねぇ。面白そうやん。」


TV局の楽屋にはすでに光一がメイクを済ませて雑誌を開いていた。中央におかれた机には差し入れの 菓子やジュース、たくさんのファンレターの入った紙袋がおかれている。
「学校どうやった?」
足を組んで座っていた光一は視線を雑誌に向けたまま剛に言った。楽屋は6畳ほどの広さで、まだ新し そうな畳が青々としている。小さな窓が付いてはいるが、そこから大して光は入ってこない。
「どうってずっとねてたからなぁ・・。」
「お前らしいわ。」
首を傾げて答える剛に笑みを浮かべ雑誌を閉じた光一。剛は鞄からもらったばっかりの台本を剛の前に 差し出した。
「これ、今度のドラマの台本。見る?」
嬉しそうに光一のまえで正座してみる剛。剛から台本を受け取って開くなり光一の顔色が変わった。
「光一?」
不思議そうにのぞき込む剛の視線に気づき、光一は慌てて台本を閉じた。
「後で見せてもらうわ。それより・・・。」
台本を剛に手渡してテーブルの上の飲み物をとって一口飲むと、光一は外を指さした。
「V6も局入りしてるって。遊びにいってみる?」
「まじ?行く行く。」
学校の鞄を持ったままスナック菓子の袋に手を伸ばしていた手を引っ込めて、剛はその手で楽屋のドアを 開けた。

剛たちKinki Kidsの楽屋から少し離れたところで二人は足を止めた。ドアの横に油性マジックで大きく 『V6様』とかかれた薄っぺらい髪が貼ってある。
「ちわぁっす。」
勢いよくドアを開けられた楽屋から楽しそうな笑い声が廊下に漏れだした。
「おぉぉっ、Kinkiじゃん。今遊びに行こうかって話してたところだったんだ。」
メンバーのうちの誰かの言葉に二人は笑顔で楽屋に入っていった。
「俺らレギュラーのクイズ番組のスペシャル撮りなんだ。そっちは?」
井ノ原が緑茶のペットボトルを振り回しながら光一にジャレた。
「歌番組の撮り。」
「わかった。『HAPPY〜』の撮りやろ?俺ら前回のゲストやってん。」
岡田が嬉しそうに剛にスナック菓子を食べさせる。そこに、スタッフが息を切らせながら慌てて入ってきた。
「ここにいたっ。Kinkiさんカメリハお願いしますっ。40分後に撮りに入ります。」
スタッフの言葉に自分の格好を見てから剛は時計を見た。
「ヤバっ。オレなんもしてないやん。すんません、今行きます。」
スタッフの後に続いて急いで出ていく剛の後ろで岡田の声がした。
「剛君、帰ったらプレステしよな。」
「お前にはぜってぇ勝つから。」
楽屋から顔を出しながら岡田がそういった。その言葉に剛は振り返っていたずらっぽく言うと、軽く手を 挙げてそう答えた。



その日の仕事を終え、玄関のドアを開けると電話の呼び出し音が暗く静まりかえった部屋に響いていた。 すぐに電話が繋がり留守電にきりかわる。発信音の後から聞こえてきたのは若い声だった。その声を聞く なり、電話に見向きもしていなかった剛が慌てて電話をとった。
「もしもし、実央?どうした?・・・・・・・えっばあちゃんが?それで大丈夫なんか?・・・・・うん。 ・・・・・わかった。・・・・・うんじゃぁ。」
受話器を置いて、剛は電気をつけずにため息を吐きながら床に座り込んだ。突然玄関のドアが開く音がして、 剛は部屋の入り口に目をやった。マンションの廊下に電灯に照らされたシルエットが誰なのかわからず その姿に少々戸惑っていたが、それが光一だとわかった。
「なにしてんねん、こんな真っ暗にして。これ、借りてたCD。返すの忘れてたやつ。リハで汗かいたんや から、そんなとこに座ってへんではよシャワー浴びろや。」
光一は電気をつけてテーブルにCDをおいた。
「光一・・・、ばあちゃん倒れたんやって。さっき電話があってん・・・。・・・・大丈夫やろか・・。」
「おばあちゃんが?」
部屋を出ようとした光一の足が止まり、ストレートの髪を揺らして剛の前に座り込み顔をのぞき込んだ。 剛を育ててきた老婆は剛と血の繋がりがない。事情があって施設で暮らしていた剛を、彼が6つの時に 老夫婦が養子として引き取った。剛と電話で話していた実央という少女も同じように施設からひきとられた 養女だ。剛の2つ下で戸籍上は妹にあたる。剛は11歳で事務所に入りそれからずっと東京で暮らしている。 昨年養父が亡くなり、二人で暮らしていた養母と実央だったが、今さっき養母が倒れたという知らせに 剛は内心穏やかではなかった。光一もそのことを知っていて、何度か養母にも会っていた。
「・・・・平気やって。元気出せや。なぁっ?」
「うん・・。」


それから毎日実央に連絡を取り養母の具合を聞く剛だったが、幸い大したことはなく数日後にはげんきに なった。学校の定期テスト、コンサートのリハーサル、ドラマの撮影と休む間もない剛は精神的にも体力的 にも参っていた。カメラがまわっている時以外はほとんど睡眠をとっていたため、雑誌には剛の寝顔が 掲載されることが多かった。
「剛君、食べて。あたしが作ってみたんだけど。」
ドラマの撮影の合間、スタジオの隅のセットに座って台本を開いていた剛に、共演者の桂木舞樺が綺麗に ラッピングされた包みを持ってきてそう話しかけてきた。
「甘いもの、すき?」
包みを開けながら舞樺がそう問いかける。舞樺との距離を少し空けて座り直しながら、剛は台本を横に 置いて舞樺の持っている包みに視線を向けた。
「結構スキ。・・・ぉお。シュークリームやん。これホントに舞樺ちゃん作ったん?」
包みからシュークリームを出して剛に差し出す舞樺。
「そう。この頃元気ないみたいだったから・・・。でも少ししか作ってないから他の人には内緒ね? ・・ねっ、食べてみて。」
遠慮がちに舞樺からシュークリームを受け取って口に入れた剛は、口のはしに付いたクリームを手の甲で 拭きながら笑顔を見せた。
「マジうまい。なんか気ぃ使わせたみたいで悪いね。」
「ううん。・・それより明日からハワイなんでしょ?大変だね、スケジュールびっしりなんだ。 頑張ってね。」



翌日、成田空港にはたくさんのファンがハワイに発つKinkiKidsのことを待ちかまえていた。サングラスを かけた二人は、足早に先を急いだ。詰めかけたファンがカメラのファインダー越しに彼らを見て騒ぎ立てる。 手紙、お菓子などプレゼントでいっぱいになった袋を手渡したり、カメラのフラッシュを浴びせたり身体に 触れたり。彼らが止まればファンの群もとまり、彼らが走れば彼女たちも走る。やっと飛行機に乗り込んだ 彼らはすぐに重くなった瞼を閉じ、ハワイに着くまで眠り続けた。数時間後、目を覚ました剛は飛行機の窓の 外に広がる景色に釘付けになった。目の前には青く透き通った海が延々と続いている。
「すっっげぇ・・・っ。」
一気に眠気の吹き飛んだ剛は隣でまだ寝息をたてている光一を揺すり起こした。
「光一っ、外見ろよ。海めっちゃ青くて綺麗だよ。」
座席に寄りかかり腕を組んで眠っていた光一は、そのまま怠そうに目を開け剛の肩越しに景色を見ると すぐに目を閉じた。
「光一〜っ。」
服を引っ張って起こそうとする剛の手をふりほどき目を閉じたまま光一がうざそうにため息を吐く。
「後でいくらでも見れるやろ。」
それだけ言うと、光一は眠り込んだ。剛は横で寝息をたてている光一に向かって口をとがらせると後ろの 座席をのぞき込み、眠っているマネージャーたちを無理矢理起こして外を見ると促した。
「剛君、頼むから大人しくしてて。ハワイに着くまで寝かせてよ。」
マネージャー達から反感を買ったことは言うまでもなく、剛は一人口をとがらせてファンにもらった プレゼントを漁り始めた。


ホノルル空港から車でホテルに向かう。日本の湿気の多い夏の暑さに比べ、べたべたしない暑さに剛は感激 していた。
「暑っちぃけど、なんかいいっ。気持ちええなぁ。ねぇマネージャー、これからどこに行くの?海?泳ぎに 行くの?」
飛行機の仲から車に乗り込むまでずっとこの調子の剛に、マネージャーは肩を落として溜息をついてる。 話す気力のないマネージャーの代わりに光一は剛のサングラスを取り上げながら言った。
「何のためにここまで来てるのかわかってるのか?仕事、CMの撮影。」
タクシーのドアを閉め後部座席に寄りかかると、光一は剛の異様な笑顔を見て溜息を吐いた。
「この後ホテルに入って食事をとって。CMの打ち合わせ。それから早速だけど撮影にはいるらしよ。」
マネージャーは素早く鞄から手帳を取り出すと、タクシーの助手席から身体を捩るように振り返り、後部 座席に座っている二人に言った。
「遊ぶ時間は?海で泳ぐ時間は?」
光一とマネージャーの顔を交互に見て問いかける剛に二人は口をそろえて言った。
「そんなものないっっ。」


遊ぶ時間はなかったものの、CMの中で二人がサーフィンをしているシーンを撮ることが急遽決まり、 サーフィンの経験のない二人は午後からサーフィンの練習をすることとなった。所々雑誌の取材や撮影が 入って練習を中断することもあったが、元々運動神経のいい彼らは練習を始めて5時間ほどでコツをつかみ 波に乗れるようになった。
「とりあえず今日はこれで終わり。明日は午前8時から撮りに入って、午後6時には終了する予定です。 最終日は撮影予備日なので、明日中に全ての撮影が終わればオフということになるから。頑張って終わらせ ちゃいましょう。」
口ひげを生やした監督は、二人の肩を叩きながら頼もしそうに笑った。CMには2パターンが用意されていた。 明日のスケジュールは監督によると、午前午後で1パターンずつ撮り終えるということだったが、当然困難 なことだった。光一もマネージャーも二日間に分けての撮影を望んでいたが、剛だけは一日で撮り終えよう と必死になっていた。
夜はCMの撮影スタッフとの夕食のあと、雑誌のインタビュー。ホテルのテラスに移動し丸いテーブルを かこんで記者と向かい合う。巻頭カラーで二人の特集をするということで、インタビューの量もいつもの 倍近くある。記者の用意したテープレコーダーの前で大きなグラスに入ったジュースに手を伸ばす剛。
「剛君、撮影中のドラマはどうかな。共演者とは仲良くなれた?」
「現場はすごく楽しい。でも、ドラマと学校のテスト、それにコンサートのリハーサルが重なっちゃって 凄く辛かった。それで、心配してくれたみたいいで桂木舞樺ちゃんには元気だしてってシュークリーム もらった。嬉しかったぁ。ファンレターを読んで励まされるのと同じで。誰かに声かけられると、 一人じゃないんやって実感できるっていうか。」
「突然予知能力を得ちゃう高校生役だけど、演じてみてどうかな。自分と役との共通点はある?」
首を傾げながら剛はテーブルに頬杖をついた。
「自分じゃない誰かになりきるって大変だけど面白い。夜中の2時、3時まで撮影あって翌朝7時に現場 入りとかあるけど、普通の人が経験できないことを経験させてもらってるって思うと得した気持ちになれる。 共通点は、う〜ん、ないなぁ。・・・・頭が悪いのはまんま。でも、人に頼りっぱなしのところはオレと 同じなんやないかなぁ。誰かを好きになった時にも言えるけど、すぐ甘えてしまう。恋愛はともかく、 仕事で頼りっぱなしはいけないと思うけど。」
照れながらストローをくわえて話し続ける。
「剛君は年上が好み?」
「関係ないやろ。年上でも俺と同じように他人に頼れる人もいるし、年下にもしっかりしてる人はおる。
年齢は関係ないと思う。」
「彼女の浮気、許せる?」
記者の問いにストローをくわえたまま剛は眉間にしわを寄せて首を左右に振った。
「絶対あかん。どんな理由があったとしても許されへんし、そのことを知ったとたん彼女に対する気持ちも 冷めると思う。友達になんか戻れへんよ。」
「光一君の恋愛観について聞かせてほしいんだけど。」
腕を組み黙って剛の話に耳を傾けていた光一に記者が話を振る。
「お互い束縛しあわないで、成長していける恋愛をしたいですね。僕はヤキモチは妬かない。そういう ことを考えると大人の女性なんかがあうんかな?キャリアウーマンなんていいですねぇ。浮気はしても いいと思う。彼女にとって自分よりもふさわしい男だったら仕方ないでしょ。浮気の理由によって、 許せるかそうじゃないか決まるって言うか。とりあえずその理由を聞きますねぇ。」
剛と違い落ち着いた様子で淡々と答えていく光一。
「全くタイプの違う二人だけど、ケンカしたことってあるの?」
二人は不思議そうに顔を見合わせ首を傾げた。
「1回もないなぁ。光一にたいして腹が立つことって全然ない。なんでやろ、説教されることはあるけど。
無意識のうちに光一の言うことは正しいって思いこんでるのかも。」
「考えてみると不思議、4年も一緒にいるのに。反対に剛がいないとなんか違和感がある。」
「プライベートでも二人は一緒?」
「まさかっ。仕事の時以外はほとんど別。年がら年中一緒なんてやってられへんやろ。だから仕事も新鮮な 気持ちでうまくやっていける。」
苦笑いしながらそういった光一に、記者は何度もうなずくとテープレコーダーを止めた。



翌日の撮影は順調に進みはしたが、やはり2パターンを1日で撮り終えることは出来ず、結局帰国する 飛行機の時間ぎりぎりまで撮影はかかった。帰りの飛行機の中では三日間の疲れで静かに寝息をたてて 熟睡するふたりの姿があった。成田空港にはたくさんのファンが行き同様に詰めかけ、二人は疲れの 表情を伺わせながら、ファンの群の合間を抜けて空港を後にした。



「ハワイ帰りの剛君入りまぁーっす。」
HTV内のスタジオに笑い声に混ざってそんな声が聞こえた。ドラマの撮影のためにスタジオ入りする 剛をスタッフの一人がそういったのである。ドラマの撮影が始まって2週間近くたつ。スタッフとは 何回か一緒に仕事をしたこともあり仲がよかった。剛は照れながら、ほんのり日焼けした顔から笑顔を こぼした。
「ちゃんとおみやげ買ってきました。ハワイに行ったら日本人みんな買うマカダミアンナッツ。後でみんな で食べましょー。」
撮影の間は笑顔を絶やさない剛も、監督の「スタート」n声がかかると一瞬にして役者の顔つきになる。 それは監督からも絶賛されていて、剛も芝居をすることに喜びを感じていた。
午前12時30分撮影終了。剛は着替えを済ませ鞄の中から小さな包みを取り出すと、楽屋をでて向かいの 楽屋をノックした。返事がして少したってからドアが開いた。
「剛君、どうしたの?」
楽屋のドアを開けた共演者の舞樺が驚きながら言った。
「これ、シュークリームのお返し。女の子にどういうもん買ったらええんかわからなくて。スタッフとか 雑誌の取材の人とかいてなかなか渡すタイミングなくってさ。」
そういって、剛は包みを舞樺に手渡した。包みを受け取り開けてみた舞樺はそれを取り出した。
「貝殻の写真立て?かわいい、ありがとう。お返しなんてよかったのに・・・・。大切に使わせてもらう。」
廊下の奥でマネージャーの声がする。剛は嬉しそうにうなずくと、手を振って舞樺の楽屋から出ていった。
「剛君、舞樺ちゃんと何話してたの?」
「うん?ただシュークリームのお返し持ってっただけ。」



朝からドラマの撮影で午前6時30分に現場に集合。午前2時に帰宅し5時30分に起床した剛。帰宅して から午前3時まで台本を暗記していた剛は車から降りると、TV局の中に消えていった。寝癖でたったまま の髪にサングラス。サングラスの奥に隠された瞳は、まだ起きてはいない様だった。メイク室に入って メイクをしてもらいながら台本に目を通す。全ての準備を済ませるとスタジオの前室に移動し、そこで やっと剛は壁によりかかって仮眠をとり始めた。学校はすでに夏休みに入っていた。1週間後には夏の コンサートが始まり全国を飛び回ることになる。連日繰り返し行われるコンサートのリハーサル、ドラマの 撮影、養母のことなどが常に剛の頭を巡っていた。どこにいてもカメラが剛を追っている。
「剛君、そろそろ起きて。」
マネージャーが剛を揺すり起こす。赤くなった目を擦り、剛は再び台本を開いた。


午後11時過ぎ。夏のコンサートを5日後に控えたその日、Jrが帰り、光一と二人だけになった リハーサルスタジオにマネージャーがあわてて駆け込んできた。
「どうかしたん?そんなに慌てて。」
着ていたTシャツを脱ぎ捨てて、スポーツドリンクを片手に不思議そうにマネージャーを見る剛。
「つっ、剛くんっ。おばあさんが亡くなったって、今連絡が入って・・・。」
剛は自分の耳を疑った。周囲の様子を驚いた表情で見回す剛。一瞬の沈黙の後、剛の持っていたタオルが 床に落ちた。汗でびしょびしょのままリハーサルスタジオを飛び出そうとした剛の腕を光一が掴む。
「どこ行くねん。」
「家・・、家に帰るっ。婆ちゃんに会いに行くっ!会って確かめるんや、婆ちゃんが生きてること。」
何度も首を横に振って外に出ようとする剛を光一は必死に押さえる。
「今からじゃ無理やろっ。」
その言葉に剛は振り返って光一の胸ぐらを掴んだ。
「なんでみんなで嘘つくねん。ばぁちゃんは死んでない。昨日だって電話で話したんや。仕事頑張って、 って、ドラマ見るって、そう言ってくれたんや。みんなで俺のこと騙してるんやろ。婆ちゃんは死んで なんか・・・。」
光一の服を力一杯掴んで叫ぶ剛に、周りの人間は言葉を失った。スタジオに子供のように泣きじゃくる 剛の声だけがむなしく響いていた。




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