YOU   




―Calm flowing winter―

高校3年2学期の終わり頃だった。
アイコとその親友のアユミと二人揃って美容専門学校の合格通知が届いて、
合格祝いにアユミの従姉妹でアイコとも仲のいい人が
雑誌の取材のついでにスタジオ見学に連れていってくれることになった。
アイコとアユミは近くの駅でアユミの従姉妹の松田華重(26)と待ち合わせをした。

二人が駅の改札を出るとすでに華重の乗った迎えの車が二人を待ちかまえていて、
アユミがすぐにそれを発見した。
車に駆け寄ったアユミの後をアイコも追った。
アユミは運転席の華重に手を振ると、ロックの解除された後部座席のドアを開けた。
アユミとアイコが乗り込んで、ドアを閉めるとすぐに車は走り出した。

「二人とも、合格おめでとう。」
「ありがとう。それより華重ちゃん、新婚生活はどうですか?」
華重は1ヶ月前に有名ミュージシャンと結婚したばかりだ。
もちろんその席には従姉妹と友人として2人も出席した。
「ラブラブですよ。そっちは?二人ともカレシできた?」
「さっぱりだよ。」
「まぁ、相変わらずだねぇ。」
「でも、今日、うちら見学しても大丈夫なの?華重ちゃんそんなに力あるの?」
「何を言っちゃってるの?そんなことは心配いりません。
ちゃんとカメラマンさんと編集部の人には言ってあるから。
多分取材される方は知らないと思うけど。」
「てゆうか、誰の取材?」
「V6知ってるでしょ?アレの若い方3人。」
「おぉー。すごいじゃん。」
「でも今日はドラマのスタジオにこっちがお邪魔するんだから、あんまり変な事しないでね。」
「変な事ってなに?」
「ドラマの撮影ってさ、すっごい体力的にきついわけ。だから気をつけて。」
「全然意味ワカンナイ。」
「大人しくしてろって事。」
「最初っからそう言やいいじゃん。」
他愛ない会話をしているうちに、車は砧にある撮影所の駐車場に入っていった。
入り口の所で華重は警備員に自分の身分証明を見せた。
車を停めて車から降りた3人は、撮影所の入り口に向かって歩く。
華重が警備員にもう一度身分証明を見せて、アイコとアユミのことも了承済みであると告げた。
警備員は撮影所の中と連絡を取り3人を中に通した。
正面玄関を入って行くと、中では数人の現場スタッフらしき人間が行き来していた。
ロビーの大きなホワイトボードには、数人の有名人の名前と楽屋の番号が書かれていた。
華重は受付で身分証明を見せ、取材時間と内容を告げた。
すでにアポイントを取ってあったので受付からはすぐに解放された。
華重の後を着いて2人はロビーを抜け廊下を歩いていった。
華重はすれ違う何人かの顔見知りに挨拶をしていた。

「華重ちゃんもちゃんと仕事してんだぁ。」
「当たり前じゃん。」
すると突然アイコは、後ろから走ってきた誰かに思い切り体当たりされた。
紺のブレザーの制服姿の男は前のめりに倒れ、アイコは横にはじかれるように転んだ。
短めの茶色い髪が清潔感を感じさ、大きな瞳が印象的だとアイコは思った。
「ごめん。ちょっと急いでて。」
男は立ち上がってアイコにそういった。
「大丈夫?」
アユミと華重がアイコに声をかけたそのすぐ後に、男が華重を見て言った。
「なんや、松田さん。今日も何か取材っすか?」
「あれ?岡田君。なんで?もう入り時間とっくに過ぎてるよ。何?しかも制服で。」
「ヤバ。俺ちょっと急いでんねん。ごめん。ちゃんと前見てへんかった。ホンマごめん。」
男はそういい残すと、鞄を拾ってまた走り出していった。
「今の、岡田准一クン。知ってるでしょ?」
立ち上がったアイコと隣のアユミに華重が言った。
「芸能人ってあんなに忙しいの?」
「いや、今のは例外じゃない?見るからにただの遅刻だけど。」
華重が歩きながら言った。

有名人の名前がたくさん書かれた紙の貼られているドアを通りすぎる度にアイコもアユミも大騒ぎした。
少し歩いた所で華重は何人かの顔見知りを見つけて駆け寄っていった。
その華重の一番近くの扉には、『森田剛』『三宅健』『岡田准一』の名前が書かれていた。
華重の後に続いたアイコとアユミに、華重はそこにいた数人を紹介した。
「こっち、今日のカメラマンさん。で、こっちが編集部の人。
こっちが、V6のチーフマネージャーさん。」
華重がそういい終わると二人は会釈をして、それぞれ自分の名前を告げた。
「取材の後半の写真撮影とその準備を見学させてくれるって。
だからそれまで向こうのロビーで待ってて。」
そういって華重は玄関とは反対の方向を指さした。
アイコとアユミが返事をすると、華重の隣にいたカメラマンが扉を開けて入っていった。
一番最後に華重が入って、アイコとアユミに「じゃぁ」といって扉を閉めた。

華重がロビーにやって来たのは、アイコとアユミがロビーに来て1時間近く経ったころだった。
手に持っていたコーヒーの紙コップを捨てた二人は、溢れるほどの期待を押さえて華重についていった。
一通り撮影の準備や進行、その手順や段取りの仕組みなどをカメラマンや編集部の人間から説明された。
アイコもアユミも、もちろん芸能人やV6に興味はあったが、
それよりもテレビ業界やその裏方の方が興味があったので
被写体よりもその周りの動きが何より目を引きつけた。

「ちょっと時間余ったんだ。」
そういった華重は二人を連れて扉を開けて中に入っていき、
続けてアユミとアイコも中に入っていった。
比較的広い楽屋には、さっき紹介されたチーフマネージャーと編集部の人間はいず、
カメラマンと談笑している3人がいた。
衣装に着替えた准一がアイコとアユミを見つけた。
「あ、さっきの。どうも、すいませんでした。」
そういって准一はイスを立ってアイコに頭を下げた。
「いいえ。」
アイコが緊張して答えると、隣にいた剛が准一を茶化すように言った。
「お前何したんだよ。」
「今日、俺賭に負けたやん?急いで廊下走ったらぶつかって。」
「だったらもっと早く気付よ。この子達ずっといたじゃん。」
そういったのは健だった。
「ずっと撮影見てたでしょ?」
そういった華重の言葉に、准一はやっと思いだしたように言った。
「あぁー。松田さんの知り合いって人。」
「そう。」
「今日3人で賭をしてたんすよ。
最近俺遅刻してなかったし、剛クンや健クンには余裕で勝てるって思ってめっちゃ変なバツゲーム決めて。」
「だからあんな尋常じゃない焦り方してたんだ。
それよりこの子達ね、美容専門学校に合格決まったからそのお祝いに連れてきたの。
二人とも未来のメイクさんとヘアメイクさん。」
華重が応えると、健が二人に向かっていった。
「てことは、俺の1コ下?」
健の言葉に二人は頷く。
「俺とタメやん。なんや、よろしく。」
「そのよろしくってなんだよ。お前テスト近いって言ってたじゃん?教えてもらえば?」
「あ、そーしなよ。この子達ね、すっごい頭いいんだ。」
「そんなによくないよ。ねぇ?」
アユミがアイコに向かっていった。アイコも相槌を打つ。
「とりあえずお友達になっとくべきだろ。」
そういって健は鞄から自分の携帯電話を取り出した。

「何でお前がお友達になっとく必要があんだよ?」
剛がそういうと健の手から携帯を取り上げた。
「いーじゃん。剛はさ今幸せだから。」
そういって健は剛から携帯電話を取り返した。
アイコもアユミも、芸能人のお友達という願ってもないチャンスで、
健と准一とそれぞれに番号を教えた。
「でもV6って勝手に番号教えたらいけないって前言ってなかった?」
華重は一生懸命番号を入力してる健と准一に言った。
「ああ、そう。でも、番号聞いちゃダメとか、かけちゃダメとかはないじゃん?」
液晶画面を注意深く見ながら健は言った。
「どうするの?」
「こうするの。」
番号を全て入れ終わった健はそういうと何かボタンを押した。
それから数秒してアユミの持っていた携帯が振動し、ピンク色のキティが光り出した。
そしてまた数秒して振動はおさまり、キティも元に戻った。
「番号、出てるでしょ?」
健の言葉に画面をのぞき込んだアユミは頷いた。
「なるほどね。よく思いつくね。」
同じ事を准一も繰り返しながら華重の言葉に答える。
「剛クンが発見したんや。どうしても番号交換したいって。」
何気なくそう言った准一の言葉に剛は驚いて飛びつき、座ったままプロレス技をかけた。
「余計なことを言うんじゃないよ。」剛のそのつぶやきは苦しむ准一以外、
多分アイコとアユミには聞こえなかっただろう。

「そろそろカメリハ始まります。よろしくお願いします。」
それぞれが一通り番号を交換し合った頃、スタッフの一人が楽屋の扉を開けてそう告げた。
3人が揃って返事をすると、スタッフはすぐに扉を閉めた。
「じゃぁそろそろ帰ろうか。」
「松田さん今度のMステの密着も来んの?」
立ち上がった華重にそう聞いたのは健だった。
「うん。」
「じゃぁ二人も見に来なよ。生と収録じゃ全然違うし、ドラマと音楽番組も全然違うし。
俺さ、前に出した観覧希望ハガキが当たって、もったいないじゃん?」
「てゆうかなんでハガキ出してんの?でもその日アタシちょっと忙しんだ。」
「そうだよ健。そういえば松田さんこの間teosのユウキさんと結婚したばっかじゃん。
おめでとうございます。」
「ありがとうございます。
今度、別の雑誌でteosの取材もしなきゃいけなくて、
あんまり逢えないからMステの時に打ち合わせすることになってるんだ。」
「今度のMステteos一緒なんだよ。」
「いろいろあるんだ。じゃぁ剛が案内してやりゃいいじゃん。」
「健クンそれもあかんやろ。剛クンだってなぁいろいろあんねんで。」
「そっか、今度一緒だったっけ。だったら俺らで案内してあげるよ。なぁ?」
「あぁ。俺らどうせいつも遊んでるんやし。」
「ホントにいいの?最近撮影立て込んでて疲れてるんじゃないの?」
「平気平気。俺ら若いし。」
「前田さん(マネージャー)とかに怒られないの?」
「何とかなるでしょ。
じゃ、今度の金曜に、松田さん俺らの楽屋にハガキ取りに来てくれます?
ちゃんとプロデューサーとかに言っとくから。」
「うん。」
3人が出ていくと楽屋はやけに静かに感じられた。
アイコもアユミも現実に起こったこと全てが、未だに真実味がない物に感じられた。



それから数日後。
約束の金曜日。

その日アイコは浮かない顔をするアユミが気になっていた。
前にスタジオを見学させてもらった時は朝からとても機嫌がよかったのに、
何だか今日は心配事を抱えているみたいだった。
何度も「どうしたの?」と尋ねてはみたが
その度にアユミは「何でもないよ。嬉しすぎるんだ。」と言って表情を笑顔で隠した。
アイコはきっと自分の気のせいなんだと思った。
アイコ自身も再び彼らに会えることを、華重とアユミに大きく感謝した。

学校帰りの制服のままアイコとアユミは六本木に向かった。
二人は麻布警察署の前で約束の時間ぴったりにやってきた華重の車に乗り込んだ。
華重はアユミの小さな曇りには気付かなかった。
この前と同じ手順でsunriseTVセンターの中に入っていったのが5時前。
砧のスタジオの時と同じように大きなホワイトボードには出演者の名前が書かれていた。
二人は華重の後に付いて廊下を進み、
ドアに『musical staition V6様』と書かれた扉の中に入っていった。
広めの楽屋には、V6のリーダー坂本昌行とメンバーの井ノ原快彦がいた。

「おはようございます。」
華重がそういうとリーダー坂本は
座っていたイスを立って深々と頭を下げ「松田さん。ご結婚おめでとうございます。」と言った。
もともと華重と坂本は仲がよく、結婚式にも坂本は出席していた。
華重は笑って「ありがとうございます。」といった。
「おめでとうございます。そういえば名前変えないの?」
井ノ原も続けていった。
「うん。名刺とか免許証とか面倒だから、仕事はそのままで。」
「そうなんだ。最近多いね、そういうの。
そういえばリハーサルでteosのメンバーに会ったよ。」
「うん。今日一緒でしょ?アタシそっちの打ち合わせも入ってるんだ。
だから健クンを探しにきたんだけど。」
「健ならさっき長野クンと飯食いに行ったよ。
もうすぐ帰って来るんじゃない?松田さんの連れってもしかして健の?」
坂本の言葉に井ノ原は思いだしたように言った。
「えぇっ?健の彼女?どっち?」
「彼女?何?二人どっちか健クンと付き合ってるの?」
華重は驚いて後ろを振り返った。
アイコも驚いて隣にいるアユミを見た。
そこにいた全員の視線がアユミに注がれて
アユミは表情の曇りをまた笑顔で隠し照れたように小さく頷いた。

「なんだ、まだ言っちゃいけなかったの?」
井ノ原がそういった。井ノ原も坂本もアユミの表情の微妙な変化には気付かなかった。
アイコは小声でアユミに尋ねた。
「いつから?」
「・・・昨日、アタシ早退したじゃん?
あのあと健クンに会いに行ったんだ。つきあい始めたのは最近だよ。
アイコも一緒に行ったじゃん。スタジオに。あれから何回か逢ってたんだ。だまっててごめん。」
アイコの耳元でアユミがそう囁いたとき、ちょうど准一と剛が楽屋に戻ってきた。
准一を見たとき、不意にアイコの心臓が大きく音を立てて飛び跳ねた。
アイコは、これは恋なんだと悟った。

中に入って扉を閉めた剛は、そこにいた華重を見て言った。
「何だ来てたんだ。
さっき廊下でユウキさんに会ってさ、松田さんまだ来てないかって聞かれたんだ。
探してたよ。」
「ホント?でも、健クン帰ってこないと、この子達置いては行けないし。」
「じゃぁ俺らで健、探してくるよ。ついでにスタジオとか案内してくる。」
そういって剛はいつのまにかイスに腰を下ろして話を聞いていた准一に言った。
「ああ、ええよ。俺らどうせランスルーまで暇やし。」
「じゃぁ、お願いしていいかな。」
華重の言葉に剛も准一もすぐに快諾した。
華重はそれを見ると「じゃ、またね。」と言って楽屋を出ていった。
その場に残されたアイコとアユミはどうしていいか分からずにいると、
准一が立って奥に座っていた坂本と井ノ原に向かって言った。
「こっちが健クンの彼女でアユミちゃん。
隣が俺に今度勉強教えてくれることになってるアイコちゃん。
二人とも花の女子高生やで。」
アイコとアユミは奥の二人に向かって頭を下げた。

准一の言葉が、アイコを少しだけ切なくさせた。
形だけの友達。下手をすれば、メンバーの恋人の友達。
そう思ったとき、アイコは准一との果てしなく遠い距離を感じた。
奥の坂本と井ノ原も二人に答えて首だけで軽く挨拶した。
それを見て「じゃ、行こ。」と扉を開けて剛が言った。
アイコの胸はひどく傷んだ。



地下にある食堂へ行くと、奥の方に健とメンバーの長野博が向かい合って座り、
健の隣にはteosのメンバーのレイジが座っていた。
3人とも食事を終えていたらしく食器は片づけられ、
それぞれの前には缶のコーヒーが置かれていた。
3人の姿を見るとアユミの表情は心なしかすっきりと晴れたようにアイコには感じた。
今までのは自分の考え過ぎなんだとアイコは思った。

4人は健と合流し、長野とレイジをその場に残して、アイコとアユミに局内を案内した。
美粧室や衣装室など、彼女たちの進路に関係の深い実際の現場の見学から、
スタジオでのリハーサルの流れ、ランスルー(出演者全員で行う全体を通してのリハーサル。
カメラの動きや、当日の番組の流れ、動き方などのリハーサルをする。)などの進め方を丁寧に説明した。
5人がちょうどスタジオに入ったところで、
実際にランスルーが行われたので3人もそれに参加し、
アイコとアユミはV6の密着取材を始めていた華重と一緒に見学をした。
2人は生放送が始まるまで、華重の取材の様子を見せてもらった。

放送が始まる直前に二人は観覧ハガキを見せて席に着き、いよいよ生放送が始まった。
アイコの胸の痛みも、生放送の緊迫感と臨場感の中では忘れることが出来た。
夢中になって隣のアユミの表情を見ることさえ忘れていた。
放送は大きなトラブルもなく順調に進み、いつも通りエンディングを迎えた。
番組が終了し出演者がスタジオを去ってから、華重はアユミとアイコを迎えに来た。
華重に連れられてまた密着取材の続きを見学しに楽屋に向かうと、
そこに健の姿はなかった。




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