若く、自然体のジギーーデヴィッド・ボウイ

     
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ロック・スターの代名詞、デヴィッド・ボウイ
 「80年代のMTV全盛期に中高生だったものの、当時は洋楽音痴だった」。そのことは私自身、多くのコンテンツで述べている通り。とはいえ、大島渚監督、ビートたけしや坂本龍一が出演した「戦場のメリー・クリスマス」をはじめとした多くの映画に出演、LET'S DANCEの大ヒット直後の来日公演でのアイドル並みの扱われよう、そして日本のCMへの出演と、ボウイに関する話題は事欠かなかったので、 いくら洋楽音痴の私といえども、デヴィッド・ボウイの名前と顔くらいは知っていた。つまり洋楽音痴の私にとって彼は「海外のロック・スターの代名詞」でもあったのである。

  その後、洋楽ロックに目覚めて以降、多くの彼の作品を聴くに至ったわけだけど、同時期の彼はティン・マシーンを結成「二度と過去の作品は歌わない」と宣言して「最後の」ソロ・ツアーを行うなどしていた頃。ティン・マシーンで彼がやろうとしていることは理解できたものの、やはり「昔の作品の方がいいなあ」という印象しか残らず、過去の作品はそれなりに熱中して聴いていたものの、 リアル・タイムでの彼の活動を追うことはせずにいた。ティン・マシーンとしての来日の後も、1996年にソロとして来日したボウイだったけど、残念ながら私の中では「過去の作品だけ聴いていたいアーティスト」と化していたので、特に関心を示すこともなかった。

  確かに「様々なキャラを演じることよりも、いちバンドのメンバーとして活動する」ことを目的としたティン・マシーン、前言撤回して再び新たなサウンドに挑戦し続けるその後のソロ活動、その辺の彼の生き様は理解できた。だけど私の中で、やはり彼は「ロック・スターの代名詞」であり続けた。サウンドを様々に変化させながらも、そのサウンドに見合うキャラクターを「演じ続ける」ことによって、神秘的で神聖な存在であり続けた70年代、徹底して「ロック・スター」を演じきってみせた80年代、 時代は変わり、キャラは変わろうとも、彼は一貫して「現実離れした、一般人には手が届かない超人的存在を演じる人」であり続けた。それなだけに、ティン・マシーン以降の彼の言動は、あまりにも人間臭いものがあり、超人的なオーラが消えてしまった、私にはそんな風に映っていた。だから新譜が出ても関心は示さず、来日しても興味は持たずで・・・。

  しかし2003年発表のREALITYの評判は高く、その後の彼のライブ活動の評判も80年代以降では最も高いものがあった。しかも、何かで偶然見た彼の最新映像に愕然。ティン・マシーン時代以上に若返って見える。まるでサイボーグ手術でも受けて生まれ変わったかのよう。また「新たな顔」に生まれ変わった時、 前の「顔」は捨ててしまうはずの彼が、往年の曲もアレンジを変えずに演奏しているらしいとの情報も。「今のうちに見ておくべきかも」と思った。この数年、60、70年代に活躍したアーティストの体力的&才能の衰え、ライブのナツメロ・ショー化が目立ち、しかも多くのアーティストの重病、引退、死去のニュースを聞く機会すら増えている。ジョー・ストラマーに至っては来日公演直後に急死・・・。それ故に「ベテラン・アーティストは見れるうちに見ておかねば」という強い焦燥に駆られている。「見るなら今のうち」。そう思った私はボウイ来日のニュースを知った11月、速攻でチケット獲得に動いた。 福岡には来ない、東京と大阪だけ、しかも忙しい3月・・・、だけどなりふり構っていてはいけないんじゃないかと・・・。


ハードな大阪行き
 というわけで2003年11月のうちにチケットを買っていたわけだけど、いざ2004年の3月になると当初予想してた以上に忙しい。ライブ当日の3月11日早朝まで勤務→ちょっとだけ就寝→新幹線で大阪へ移動→ライブを見る→宿泊先で就寝→翌日には帰宅→その翌日から勤務、というハードなスケジュールとなった。 本当はもう少し大阪でゆっくりしたいし、前日から休んで「時差ボケ」を解消してから大阪に向かった方が体調的にはベストだったし、移動に深夜高速バスなどを利用して宿泊しない方が経済的負担も小さくて済んだんだけど・・・。さらに「ライブ前の予習のために」と思って最新作REALITYを購入していたにもかかわらず、結局忙しすぎて2、3回聴いただけで、 「予習」もままならなかった。旧作を聴き直すこともしておらず、気分が全然「ボウイ・モード」にならない。本当にバタバタとした落ち着かない気分での出発、眠気と戦いながら「ライブに行く」という実感も湧かないままに荷物を抱えて大阪に向かっていた。案の定、新幹線に乗っていた約2時間ちょっとの間、爆睡状態。眠い目をこすりながら新大阪駅で新幹線を降り、宿泊先の梅田のホテルへ向かう。荷物を部屋に置いてシャワーを浴びて着替えて、 すぐに会場へ向かう。ホテルの部屋でその準備をしている時、ちょうどボウイ出演の清涼飲料水のCMがテレビから流れる。「ああ、俺はこの人を見にきたんだ」、はじめてそのことを意識した。いやはや、本当にもっとゆっくり準備する時間があればよかったんだけど・・・。

  当日の福岡は昼過ぎからずっと晴れていたけど、大阪は雨が降ったりやんだりだったようで、傘を持って歩いている人が多い。一応折り畳み傘を持って出かけることにした。JR大阪環状線の大阪城公園駅で下車。開場6時、開演7時、まだ開場前だったけど、既に会場に向かって人の波ができている。ベテラン・アーティストのライブにしては客層は若い。もちろん、私より一回り以上上の人も目につくけど、 逆に20代の人も異様に多い。しかも若い女性の多さにも驚いた。確かにボウイは今風に言うと「イケメン」のアーティストではあるけど、何しろもう57歳。20代の女性から「ミーハー的」支持を受けるとは考えにくいんだけど・・・。とはいえ、最近の彼のルックスを見ると若返って見えるほど若々しいのは事実だし、分からなくもないか。逆にニール・ヤングの時に多く見受けられた「むさ苦しい、ヒッピー風のオッサン」は少なかった(笑)。 まあ、この辺も納得か。グッズ売り場の前に人だかりが見える。まあ、俺が買うのはパンフくらいだし、だったら会場内でも買えるだろうからと素通り。やがて6時になったので「会場に入ろう」と列に加わる。私が会場の入り口前の屋根にあるところにさしかかった瞬間、本格的な雨になった。この辺はタイミングがよかった。私より後ろに並んでる人たちは「濡れたくない」とばかりに慌てていたけど。

  会場入りして自分の席を確かめる。スタンド席とはいえ、下の方だし、角度的にも比較的見やすい位置。自分の身長(166cm)を思えば、必ずしもアリーナの方が見やすいってわけでもないので、とりあえずはまずまずの席。次に「パンフだけ買ってこよう」と会場内の売店へ。ところが、そこで売られていたのはCDと、最近出たというボウイ関係の書籍のみ。そうか、パンフは会場外にしか売ってなかったのか、会場に入る前に買っておけばよかったと後悔。 大阪城ホールはジョージの来日公演(1991年)以来だけど、あの頃は「会場内の飲食禁止」で、食べ物は売られていなかったはずだけど、今回は売られている。何か買おうかと思ったけど、ライブ中に眠気に襲われてはまずいと思ったので特に何も飲み食いしないことにして席に戻った。

  開演20分前にもかかわらず、意外と席は埋ってない。まあ「前座」もあるから当然といえば当然か。私の周りの観客もまた、20代女性が目立つ。しかもミーハーみたいにはしゃいでる人も。本当にベテラン・アーティストのライブには珍しい。一方でオヤジの観客もいる。私の前の席のオヤジはスポーツ紙を広げて読んでいた。いや、この辺はベテラン・アーティストのライブ会場らしい光景だ(笑)。やがて7時になる。 珍しく時間通りに客電が落ちる。しかし、登場したのはボウイではなかった。


可哀相な、でも潔い清春
 オープニング・アクトは元黒夢の清春。ボウイほどのビッグ・アーティスト、しかも大会場のライブにオープニング・アクトというのも近年ではかなり珍しい。それに清春といえば既にメジャーなアーティストなわけだし。とはいえ、私には全く馴染みのないアーティスト。彼が出ることは事前に知ってはいたけど、正直「困ったなあ」と思っていた。 いや「知らない」だけで、別に「嫌い」なわけじゃないから、一応拒絶せずに寛大な気持ちで受け入れようという心の準備はあった。でも・・・、私の音楽的嗜好とは一点の接点も見出せず。本当に残念だけど、彼の演奏する楽曲に心を動かされることは全くなかった。 いかにも「ヴィジュアル系」っぽい(彼自身はヴィジュアル系ではないはず)、ヌメっとしたボーカルが生理的に馴染めなくって・・・。ただ、馴染めなかったのは私だけではなかったよう。会場からはほとんど拍手も歓声も起こらず、本人も「なるべく早く帰ります」なんていうほど。私と違って「聴く前から拒絶している」風な人が多かったようで、前の席のオヤジは彼が出てきても新聞を読むのをやめなかったし、 斜め前の40代女性は居眠りしていたし。だけど、「聴きたくないから最初から無視」という彼らの選択は間違ってはいない。最悪なのは、最初の2曲が終わったところで「清春、引っ込め」と叫び、その後ブーイングを浴びせた観客が約1名(きっと同一人物)いたという事実。正直、私はそいつを同じ「音楽ファン」だとは思いたくないし、清春と、清春のファンに申し訳なく思う。心無い、たったひとりの愚か者のせいで、この後味の悪さは、この日のボウイの公演のことを思い出すたびに永遠に尾を引きそうな予感もする。

  とはいえ一方で「主催者の人選ミスでは?」とも思った。1998年のニック・ロウの来日公演ではカーネーションの直枝政広がオープニング・アクトだったけど、彼はMCでニック・ロウへの想いや、バック・ステージで会った彼の印象などを喋り捲ってた。おかげで私をはじめとした、直枝のことを知らない観客もそれなりに彼のパフォーマンスを楽しむことができたし、最初は拒絶している風だった人々も最後には彼を普通に受け入れていた。だけど清春はそんなことはしなかった、いや、そういうアーティストではないんだろう。だとすれば、これは人選ミスなんじゃないか。彼は普段通りに出て来て、普段通りのパーフォーマンスをしただけだから、彼には何ら責任はない。 彼をこの場に出してきた、そのことこそが過ち。大会場のライブでのオープニング・アクト、しかも既に有名なアーティストを登場させることの難しさを感じた。あくまでもこれは当日感じたことだけど・・。

  だけど、今思うとちょっと印象が違う。彼のパフォーマンスは約30分、聴き覚えのある曲も1曲あったので、きっと黒夢時代の曲もやったと思う。ギターを掻き鳴らしながらの熱唱、熱演で、私自身は彼の楽曲に全く馴染めなかったし、のめり込むことも全くなかったものの、冷たい客に媚びを売るようなMCもなくクールに、でも熱く数曲演奏してさっさとステージを去っていった、そんな彼の媚びないパフォーマンスって「前座」としてはある意味潔い姿だったような気もする。 今思えば、その潔さがカッコよくすら思える。東京2Daysのオープニング・アクトは布袋寅泰&松井常松の元ボウイの2人のユニット(布袋はプロデュースのみ)だったそうだけど、そっちの印象はどうだったんだろう。まあ、彼らの場合はファン層がデヴィッド・ボウイと被る部分もあるから、普通に受け入れられていたかもしれないな。清春がステージを降りると一旦休憩となり、ステージ上ではセット・チェンジが行われていた。この間、空いていた空席も埋まりはじめた。

  約30分後の8時前、「再開」のアナウンスが流れて会場が暗くなる。まずスクリーンにボウイと今回の彼のバンドのメンバーにソックリのキャラが演奏しているアニメが映し出される。そのアニメはやがてホンモノのボウイとバック・バンドが演奏している映像に変わっていく。ここで会場から大歓声、清春の演奏中からは想像もつかないほどの熱狂ぶり。私の周りはいきなり立ち上がりはじめたので、私もそれにつられて立ち上がる。スクリーンにはニューヨークの摩天楼、さらに地球のアニメに切り替わったところでバンドのメンバーがひとりずつ順にステージに登場する。 そしてバンドのメンバーだけで演奏がはじまる。それに続いてボウイがゆっくりと歩いて登場。女性客の黄色い声援も上がる。そんな中、ゆったりとしテンポで最初の曲を歌いはじめる。

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