ROCK'N ROLL PEOPLE

毎回、一組のアーティストにスポットを当てて、☆TAKEが独断と偏見で語る。主に60〜70年代のロック・アーティストを特集。

第3回

DAVE EDMUNDS

ーイギリスが生んだ「ミスター・ロックン・ロール」ー

イギリス人でありながら、ロックン・ロールと、そのルーツを最も知り尽くした男
      
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(1)R&Rを知り尽くした「ミュージシャンズ・ミュージシャン」
  デイヴ・エドモンズ。 確かに何曲かの大ヒット・シングルはある。また、パブ・ロック人脈のアーティストのファンなら、名前くらいは知っているかもしれない。だが、彼はロック史やロック・シーンにおいての「メイン・ストリーム」から、いつも少し外れた存在であり続けた。 これはひとえに、彼があまりにもまっすぐで、純真なロックン・ロールの愛好家であるからに他ならない。彼の発表する作品には「ロックン・ロール」という言葉から連想させられる「ハデハデしさ」が全くなく、ルーツ・ミュージックの影響が露骨に感じられる、あまりにもシンプル過ぎる、一種「渋味」のあるものである。 だが、それは逆に、いかに彼がピュアなロックン・ロールを愛し、また、ロックン・ロールに精通しているかの証明といっても過言ではない。だからこそ、多くのロックン・ローラーに敬愛され、尊敬されるのであろう。紛れもなく、彼こそ「ミュージシャンズ・ミュージシャン」、「ミスター・ロックン・ロール」と言って過言ではないだろう。


 
(2)ブルースからロックン・ロールへ
  エドモンズは1944年4月15日、ウェールズのカーディフ生まれ。15歳の時、スキッフル・ブームに影響を受けて兄や弟とスキッフル・バンド、ナインティ・ナインズを結成。次に自らがリーダーを務めるレイダースで活動したが、車のメカニックの専門学校に進学した時点でバンドを解散させ、その後は自動車修理工として働いていた。 しかし、やはりロックの道を諦めきれなかった彼は66年ロンドンへ上京。イメージというバンドに加入する。すぐにEMIとレコーディング契約を結んだイメージは、レコード会社からバンド名をヒューマン・ビーンズと改名させられ、67年7月、デビュー・シングルMorning Dewを発表。ちなみに当時のメンバーはエドモンズ(vo,g)、ジョン・ウィリアムズ(b)、トミー・ミレイ(d)。 しかし、これが全くの不発に終わると、EMIはまたも一方的にバンド名をラブ・スカルプチャーと改名させた上、ドラマーをボブ・ジョーンズに交代させた。そして翌68年にはラブ・スカルプチャーとしての再デビュー・シングルRiver To Another Dayを発売するも、またも不発に。そして、ここでまたしてもEMIからの横槍が入ることになる。

  EMIはエドモンズをスタジオに軟禁、エドモンズはジョン・メイオール&ブルースブレイカーズのBLUESBREAKERS JHON MAYALL & ERIC CLAPTONのアルバムを連日聴かされた上、「同じような曲を作れ」と命じられたのである。当時のイギリスはフリートウッド・マック、チキン・シャック、サヴォイ・ブラウンなどのブルース・バンドが大活躍、「ブリティッシュ・ブルース・ブーム」が巻き起こっており、EMIはそのブームにあやかろうとしたのである。 R&Rやロカビリー、カントリーなどのファンであり、ブルースの知識の全くなかったエドモンズではあったが、苦心の末、ラブ・スカルプチャーのファースト・アルバムBLUES HELPINGを完成。後の彼のイメージとはかけ離れた、ブルースのコピー色の濃い内容である。一応ブルース・ロック・アルバムとしてはそれなりの内容だが、やはりフリートウッド・マックなどと比較すると「深み」に欠け、 いかにも「やらされてる」というイメージが強い。しかし68年11月、思わぬチャンスが訪れる。ジョン・ピールのラジオ番組「トップ・ギア」に出演、有名なクラシック・ナンバーSabre Dance(剣の舞)をエドモンズ自らのトワンギン奏法のギターを中心としたギター・インストにアレンジして演奏したところ大反響。急遽この曲のレコーディングを行いシングル発売、全英5位の大ヒットを記録した。 だが超早弾きギターが印象的なこのナンバーは、実はテープ・スピードを操作したものであった・・・。その追い風に乗って、69年1月セカンド・アルバムFORMS AND FEELINGSを発表。前作から一転、ブルースのコピーではなく、ポップにアレンジされたブルース・スタンダード、ロシア民謡のロック・アレンジやサイケなど多彩な内容だったが、狙いすぎの感は否めず、セールス的にも失敗。 結局このセカンド・アルバム発表後、セカンド・ギタリスト、ミッキー・ジーを加え、ドラマーがテリー・ウィリアムズに交代するというメンバー・チェンジはあったが、レコード会社からの圧力に嫌気がさし、バンドの限界に気がついたエドモンズは ラブ・スカルプチャーをあっさり解散させている。

  こうしてレコード会社の圧力から解放されたエドモンズは、ウェールズにあるロック・フィールド・スタジオに資金参加して共同経営者となった。そしてしばらくは他人のセッションへの参加、エンジニア、プロデューサーとしての活動に専念。やがて、ほとんどの楽器を一人で担当し、50年代ロカビリーの名門レーベル、サン・レコードのサウンドの再現を目指すなど、自らの趣味にどっぷり漬かった 気ままなセッションも断続的に行うようになった。70年11月、このセッションで録られて長いこと放置されていた音源でスマイリー・ルイスのカバーであるI Hear You Knockingが突然、MANという弱小レーベルから発売された。するとこの曲、全英No.1、全米でも4位まで上昇する世界的な大ヒットを記録したのである。音がスカスカでシンプルで、深いエコー、パーカッション風にフューチャーされた ギターや、ピアノ・・・。時代はハード・ロック、プログレの全盛時代。最新流行のサウンドからかけ離れた、50年代風のこのシンプル過ぎるR&Rがなぜこんなに大ヒットしたのか、正直不思議でならない。とはいえ、この大ヒットの影には、おそらくザ・バンドなどをはじめとする当時の「バック・トゥ・ザ・ルーツ」的な流れの影響もあったのかもしれない。ジョン・レノンが「フェイバリット・ナンバー」として この曲を挙げるなど、この時期に至って彼は特にプロのミュージシャンの間で「ミュージシャンズ・ミュージシャン」、「ロックン・ロールを知り尽くした男」としての評価を確固たるものにしたのである。


(3)ニック・ロウとの出会い
  これだけの大ヒットと評価を得れば、一気に活動を活発化させるのが一般的であるが、エドモンズはこの後も一切ライブも行わず、シングルが数枚リリースされたに過ぎず、ロック・フィールド・スタジオに篭り、ひたすら気ままなワンマン・レコーディングを続けた。結局このセッションで録られたテイクは、72年になってようやくI Hear You Knockingを含むアルバムROCKPILEとして発売された。サウンド的にはI Hear You Knocking同様、シンプルで、パーカッシブなギターやピアノを フューチャーしたもので、チャック・ベリーなどのR&Rのみならず、ボブ・ディランやニール・ヤングの曲もとりあげているのが興味深い。しかし不思議なのは、この時期から彼は自分でソング・ライティングをあまり行わなくなり、ほとんど他人の曲をとりあげるようになったことである。エドモンズによれば「誰が書いたかは大事なことではない。本当によいと思える曲を演奏することが大事なんだ」ということである。ライターとしての才能があるのに そうしたスタンスをとることは正直「もったいない」と思う。今一つ納得できない部分もあるが、この言葉を聞くと、彼の音楽に対する姿勢が窺い知られるところではある。またこの時期、自らのバンド(第一期)ロックパイルも結成、メンバーはエドモンズ(vo,g)の他、元ラブ・スカルプチャーのジョン・ウィリアムズ(b)、テリー・ウィリアムズ(d)、元エイメン・コーナーのアンディ・フェアウェザー=ロウ(g:現エリック・クラプトン・バンド)というものであった。

  72年にはフィル・スペクターの音作りを露骨に意識したロネッツのカバー、Baby I Love You、73年にはコーデッツのカバーBorn To Be With Youをそれぞれ全英8位、5位に送り込むヒットを生んだ。さらに74年映画「スターダスト」に出演。75年にはこの映画のサントラと先のシングル・ヒット2曲を含むアルバムSUBTLE AS A FLYING MALLETを発売している。同時にプロデューサーとしての活動も活発で、手がけたのはダックス・デラックス、フレイミン・グルーヴィーズ、 モーターヘッド、フォガット、マンなど主にパブ・ロック系や、ストレートなR&Rバンドが中心であった。中でも重要なのがブレンズリー・シュワルツの74年のNEW FABORITEを手がけたことである。このバンドの中心メンバー、ニック・ロウはエドモンズの大ファンだったことからエドモンズに急接近、ブレンズリー・シュワルツは映画「スターダスト」のサントラでエドモンズのバックを務め、さらにエドモンズとロウは74年、ディスコ・ブラザーズ名義でLet's Go To The Discoを発表している。

  いくつかのヒットを放ちながら、地味な活動に終始していた彼に転機が訪れたのは76年であった。この年、エドモンズは友人でもあったロバート・プラントに誘われて、レッド・ツェッペリンのスワン・ソング・レーベルと契約。さらに77年、ブレンズリー・シュワルツが解散していたこともあり、ニック・ロウと二人で新バンドの結成を計画。そして、エドモンズ(vo,g)、ロウ(vo,b)に、元ニール・イニス・ファット・マットレスのビリー・ブレムナー(lead・g,vo:後にプリテンダーズに加入)、それにラブ・スカルプチャー以来の付き合いになるテリー・ウィリアムズ(d:後にダイアー・ストレイツに加入)というメンバーで (第二次)ロックパイルを結成。エドモンズのR&R、ルーツ指向に、ロウのイギリス人らしいひねくれたポップ感覚が見事に融合。2人の玄人受けするタイプのフロント・マンを擁するこの強力なR&Rバンドは、活発なライブ活動を行い、当時流行のパブ・ロック、パンクのアーティストやファンに高く評価され、一部で絶大な人気を誇った。しかしながら、エドモンズとロウが、別々のレコード会社に所属している関係上、ロックパイルとしてのアルバムは発売できなかった。だが、この時期に発売されたエドモンズのアルバムGET IT(77年、ロックパイルの結成はこのアルバムのセッションがきっかけ)、TRACKS ON WAX 4(78年)、REPEAT WHEN NECESSARY(79年)の3枚は、 ほぼ全面的にロックパイルのメンバーがバック・アップ。特にロウは作品を提供したり、エドモンズと共作したりと大活躍。この3枚は事実上ロックパイルのアルバムといって過言ではないだろう。また、これらのアルバムは、パブ・ロックやパンクのファンからも高い支持を得て、トップ・テン・ヒットしたシングルはエルヴィス・コステロの提供したGirls Talk(全英4位)のみ、トップ・テン・アルバムは一枚もないものの、彼の全盛期と考えて間違いない。ある意味、頑固にR&Rにこだわるタイプのエドモンズは、決して器用なタイプとはいえない。しかし、そこにパンクやニュー・ウェイブにも接近するなどの器用さを発揮、アーティストの個性を生かす術をよく知っている ロウが絡むことで、エドモンズはこの時代に自らの個性をうまく発揮するできたのではないかと思えてならない。そう、エドモンズにとって、ロウはなくてはならない存在であったのだ。


(4)ロウとの別れと、その後
  しかし、そんな2人の関係も長くは続かなかった。ロウのこの時期の2枚のアルバムJESUS OF COOL(78年)とLABOUR OF LUST(79年)も、ロックパイルのメンバーが参加しており、事実上ロックパイルのアルバムといえるが、後者からシングル・カットされたCruel To Be Kind(恋する二人)がヒット。プロデューサーとしてもスティッフ・レーベルを設立、エルヴィス・コステロやダムドをデビューさせるなど、パンク、ニュー・ウェイブというシーンにおいてロウは、なくてはならない存在となった。ロックパイル結成時、ロウはエドモンズを「大先輩」として慕い、 いつもエドモンズに一歩譲った存在であり続けた。しかし、こうしてスポット・ライトがロウの方にも当たりはじめると2人の力関係は微妙に変化しはじめ、2人の仲も悪化した。そんな中、80年ロックパイルははじめての「ロックパイル」名義のアルバムSECONDS OF PLEASUREを発表。ロックパイルにとってはじめてエドモンズとロウという、2人のボーカリストをフューチャーしたアルバムとなったわけだが、この時には2人の関係は修復不可能なところまできてしまっていた。結局、この「玄人好みのスーパー・バンド」ロックパイルは、81年に入って早々に 解散。所詮個性の強すぎる、並び立つはずのないエドモンズとロウという2人、遅かれ早かれこうなる運命だったのかもしれない。とはいえ、この時期こそが2人の全キャリアにおいて最高の時期であったことは間違いなく、お互いの存在がいかに大きなものであったかが窺い知れる。

  ロックパイル解散後、まず81年にはアルバムTWANGIN'発表。その後スワンを離れ、アリスタへ移籍。82年にはブルース・スプリングスティーンの書き下ろしFrom Small Things Big Things Will Comeを含むD.E. 7thを発表した。この時期、ネオ・ロカビリー・バンド、ストレイ・キャッツをスカウトしてデビューさせ、自らプロデュースを務めるなど、相変わらずプロデューサーとしての手腕も発揮した。ところがこの後、彼に異変が訪れる。83年のアルバムINFORMATIONとそれに続く84年のRIFF RAFFでは、プロデュース、ソングライティングで元ELOのジェフ・リンが参加。 60年代ポップスの感覚を持つ一方で、エレクトロニクスを導入するなどのオーバー・プロデュースで有名なジェフの参加は、当時から賛否両論あったようだ。個人的にはエドモンズの持つワイルドで、豪快なカラーを薄め、単なるポップ・シンガーに落しめてしまっているという感が否めず、成功しているとは思えない。おそらくロウに代わる新たなパートナーを求めてジェフと組んだものと思われるが、これは失敗であろう。その後、88年ライブ・アルバムI HEAR YOU ROCKIN'(LIVE)、90年CLOSER TO THE FLAME、94年PLUGGED INとアルバムを発表しているものの、正直70年代と比べると生彩を欠いている という印象は否めない。むしろファビュラス・サンダーバーズ、KD・ラングなどを手がけるプロデューサーとしての名声が高いようだ。しかし、R&Rとルーツを知り尽くしている彼のこと、必ずアーティストとしても復活してくれるものと信じている。

  何曲かの大ヒットがありながら、常に第一線に躍り出ることのない彼。しかし、トップ・アーティストとして君臨している多くのアーティストからも尊敬の念を抱かれ続ける、正に彼こそ「ミュージシャンズ・ミュージシャン」であり、「ミスター・ロックン・ロール」であるということに疑いの余地はない。個人的にはやはり、もう一度ニック・ロウとの共演を望みたいところである。一応エドモンズは90年のロウのアルバムPARTY OF ONEをプロデュース。以前と比べると関係は修復しつつあるようだが、エドモンズは当時のインタビューで「これからも彼と仕事するかどうかは分からない」とコメントするなど、 完全修復ではないようだ。しかし、アーティストとしてここ10年ほど生彩を欠くエドモンズを復活させるのは、ロウしかないのではと思ってしまう。個人的にはそのこと抜きにしても、2人の共演を見てみたいと思う。


(5)お勧めアルバム
  デビュー以来発表されたアルバムに関しては本文中で述べてきたが、彼のオリジナル・アルバムのうち傑作といえるのはやはり、ロックパイルをバックに従えたGET IT、TRACKS ON WAX 4、REPEAT WHEN NESSESARYの3枚であろう。ここでは、個人的に一番好きなGET ITをご紹介したい。

●GET IT

1.Get Out Of Denver、2.I Knew The Bride、3.Back To Schooldays、 4.Here Comes The Weekend、5.Worn Out Suits,Brand New Pockets、6.Where Or When、7.Juju Man、 8.Get It、9.Let's Talk About Us、10.Hey Good Lookin'、11.What Did I Do Last Night?、12.Little Darlin'、13.My Baby Left Me

プロデューサー:デイヴ・エドモンズ

日本盤CD:AMCY-109(MMG)

購入時期       1998年夏

  エドモンズがスワン・ソングス・レーベルと契約後、初のアルバム。バックはニック・ロウ他、後のロック・パイルのメンバーが中心。このセッションがきっかけでロックパイルは誕生したのである。サウンド的には音に隙間が多く、ストレートでシンプルなものであり、ソロ・デビュー以来変らない彼ならではのもの。しかし、初ソロROCKPILEと比較するとタイトでドライブ感の感じられる演奏が特徴。これはおそらく、ROCKPILEがほとんどワンマン・レコーディングだったのに対し、 こちらはしっかりロックパイル勢がバックを固めているせいであろう。特にパンク、ニュー・ウェイブに精通していたニック・ロウの存在が大きく、タイトな音作りにはパンクからの影響も感じられる。

  ソング・ライティングの面でもロウの功績が大きい。彼はI Knew The Bride、What Did I Do Last Night?を単独で、Here Comes The Weekend、Little Darlin'をエドモンズとの共作で提供。特に2.I Knew The Brideはロウも85年の自らのアルバムTHE ROSE OF ENGLANDに収録、エドモンズ、ロウ双方にとっての代表曲となっている。こうしたポップ感覚は従来のエドモンズが持ちあわせていなかったものであり、異彩を放っているが、きちんとはまっている。またパブ・ロック人脈の グラハム・パーカーの作品3.Back To Schooldaysや、ビーチ・ボーイズのパロディ風の8.Get Itなども、ロウの存在なくしてはとりあげなかったであろう作品だ。その一方で、ロカビリーのスタンダードLet's Talk About Us、My Baby Left Me、ハンク・ウィリアムズのカントリーのカバー10.Hey Good Lookin'、同時代のアメリカン・ロッカー、ボブ・シーガーの1.Get Out Of Denverあたりは、これ以前からのエドモンズのカラーそのもののナンバー。 個人的には、ロックパイルのライブの定番だった7.Juju Man、カントリー・バラードの6.Where Or Whenあたりに、エドモンズならではの魅力を感じる。なお5.Worn Out Suits, Brand New Pocketsは比較的珍しい彼の単独作品である。

  このように従来の彼らしいカラーを保ちつつ、そこにロウのもたらしたポップ感覚が無理なくブレンドされており、紛れもない傑作R&Rアルバムである。なお、バックは後のロックパイルのメンバー他、元ブレンズリー・シュワルツのボブ・アンドリュース(key:当時はグラハム・パーカー&ルーモア)、ビリー・ランキン(d)も参加している。この時期のロックパイルのメンバーの加わったアルバムは全てお勧めだけど、やはり彼が新たな「道」を見つけた瞬間が記録されているこのアルバムにもっとも魅力を感じるのである。 なお最近、店頭で国内盤を見かけなくなってしまったので、廃盤かもしれないが、輸入盤はしっかり発売されているので入手は難しくないだろう。しかし、本当に国内盤が廃盤なら早期再発を願いたいところだ。

   アルバム好感度     90


  レーベル移籍が多く、すべてのキャリアを網羅したベスト盤の少ない彼だが、最も広いキャリアから選曲されており、入門編としてお勧めできるのは次のベスト盤であろう。

●CHRONICLES

1.Sabre Dance(剣の舞)、2.You Can't Catch Me、3.I Hear You Knocking、 4.Down Down Down、5.Baby I Love You、6.Born To Be With You、7.Get Out Of Denver、 8.I Knew The Bride、9.Trouble Boys、10.Girls Talk、11.Queen Of Hearts、12.Crawling From The Wreckage、 13.Singing The Blues、14.Baby Ride Easy、15.Almost Saturday Night、16.The Race Is On、17.Warms Over Kisses、 18.From Small Things Big Things Will Come、19.Slipping Away、20.Something About You

日本盤CD:MSIF-3257(MSI)

購入時期       1995年頃

  ラブ・スカルプチャー時代から、84年発売のジェフ・リンのプロデュースによるRIFF RAFFまでの音源からセレクトされたレーベルを越えた選曲のベスト・アルバム。彼の長いキャリアを考えると、ちょっと物足りない内容ではあるが、駆け足で彼の活動を振り返るには最適なのでビギナーにはこれ以上ない内容であろう。

  まず1、2.はラブ・スカルプチャー時代のテイク。先に述べた1.Sabre Danceは大ヒット・ナンバーだが、むしろ注目はチャック・ベリーのカバーの2.You Can't Catch Me。異常にテンポ・アップした演奏が逆にユニークで、後の彼のチャック・ベリー・カバーとは一味違って聞える。3〜6.はロック・フィールド・スタジオに篭っていた時代の曲。 3.I Hear You Knockingは先に述べた通りの彼にとっての最大のヒット曲だが、はじめて聴く方はおそらく「こんなシンプルな曲がよく大ヒットしたもんだ」と驚くのではないだろうか。まあ、シンプルなR&Rのお好きな方なら、この魅力を分かっていただけるだろうが・・・。Baby I Love You、Born To Be With Youはフィル・スペクターのアレンジをコピーしたようなサウンドに仕上がっているが、よく聴くとスライド・ギターをストリングス風に使用するなど、なかなか型破りなサウンド作りが施されている。 そして、何といっても注目はロックパイル時代のテイクである7〜13.であろう。先にご紹介したGET IT収録曲以外では、エルヴィス・コステロが書いたこともあり、全英4位まで上昇した10.Girls Talk、グラハム・パーカーの作品12.Crawling From The Wreckageの2曲であろう。それ以外ではロックパイルのビリー・ブレムナーがエドモンズのことを意識して書いた9.Trouble Boy、 ブギーにアレンジされたガイ・ミッチェルの13.Singing The Bluesもエドモンズらしい。14.Baby Ride Easyはカントリー界の大物・ジョニー・キャッシュの養女で、当時のニック・ロウの夫人、カレン・カーターとのデュエットである。続くAlmost Saturday Night、The Race Is Onはロックパイル解散後のスワンからの最後のアルバムTWANGIN'から、 Warms Over Kisses 、From Small Things Big Things Will Comeはアリスタ移籍第一弾のD.E.7thより。 15.Alomst Saturday Nightは彼と同じような資質を持つジョン・フォガティのカバーで、まるでオリジナルのようにはまってて、個人的には好きなテイク。16.The Race Is Onはバックを彼がデビューさせたストレイ・キャッツが担当。18.From Small Things Big Things Will Comeは昔からのエドモンズの大ファンだったというブルース・スプリングスティーンの書き下ろしであり、いずれも見逃せない。そしてSlipping Away、Something About Youが ジェフ・リンと組んだ作品だが、聴けば聴くほど違和感しか感じない。

  このように、駆け足で彼のキャリアを振り返るには最適の内容である。このアルバムも残念ながら最近国内盤が店頭から消えているようだが、輸入盤は店頭にあるので入手は難しくない。ベスト盤では他に、ラブ・スカルプチャーやロック・フィールド時代のテイクを集めた2枚組THE EARLY YEARSや、全盛期ともいえるスワン時代のテイクを集めたベストTHE BEST OF DAVE EDMUNDSあたりがお勧めである。

   アルバム好感度     80

                                                                   *:1998年10月20日UP


      
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